ライド・ザ・ライトニング/メタリカ
今や大物アーティストであるメタリカを、「地下シーンの王者」と表現すれば全くピンと来ないはず。しかし、スラッシュ・メタルがマニアのための音楽だった80年代前半を考えると、メタリカの存在は正に「地下シーン王者」だったに違いない。ロック・シーンの流れとリスナーの認識を大きく変える衝撃作「メタル・マスター」(1986年)が発表されるのは、本作よりも数年後の事。
今回紹介するのは、メタリカの2枚目のアルバム「ライド・ザ・ライトニング」(1985年)。ジェイムズ・ヘッドフィールド(Vo.g)、カーク・ハメット(g)、クリフ・バートン(b)、ラーズ・ウルリッヒ(ds)の4人で活動していた時代の作品だ。
発売当時は「血染めの鉄杭」と邦題が付けられていた前作「キル・エム・オール」(1983年)はシーンに衝撃を与えるも、その衝撃は後の「メタル・マスター」における衝撃とは種類が違っているように感じる。単に大人が顔をしかめるような過激なサウンドという扱いである。ただし、それはメタリカが提示したサウンドが余りにも斬新だった事を意味する。
改めて「キル・エム・オール」を聴くと、各楽曲の構成や展開は練りに練られておりドラマティックだ。メンバーが聴いて影響を受けたニュー・ウェーヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(NWOBHM)を下地としながら、エネルギーを持て余した若者が独自の解釈を加え、とにかく速く過激に仕上げたのが「キル・エム・オール」のような気がする。
アルバム発表後、メタリカは精力的にライヴを行いファンを獲得。1984年にはヴェノムと共にヨーロッパを廻っている。初期メタリカの凄いことろは、テレビやラジオのオン・エアに頼る事無く、ライヴでレコード・セールスを伸ばしてファンを獲得した事だ。誤解を恐れずに言うと、当時からすれば楽曲はメディア向きでは無い。こうせざるを得なかったとも言える。
そして1985年に本作「ライド・ザ・ライトニング」を発表している。メタリカはメガ・フォースというインディーズ・レーベルからデビューしており、前作も本作もそこから出ている。今でこそ「キル・エム・オール」「ライド・ザ・ライトニング」「メタル・マスター」は、スラッシュ時代の初期メタリカ3部作のような見方があるので、方向性としては前作の流れを引き継ぐ形の作品に。
その中でも前作よりスケール・アップしている点が幾つもある。まずはアルバムの音質だ。「キル・エム・オール」以上に、本作はダイナミックで分厚い音作りになった。また、ジェイムズのヴォーカルにも注目したい。ブラック・アルバム以降の表現力と比較するとアレだが、この時点では前作以上に声が良くなっているのは明確だ。
叙情的なアコースティック・パートから、一気に攻撃性をむき出しにする「ファイト・ファイヤー・ウィズ・ファイヤー」で本作は開始される。鋭いギター・リフが切り込んで、一気に疾走する流れに。この演出というか、構成ひとつ取ってもメタリカの曲作りの上手さを表しているようだ。
タイトル曲「ライド・ザ・ライトニング」を筆頭に「フォー・フーム・ザ・ベル・トールズ」「クリーピング・デス」など、本作には以降のライヴで欠かせない楽曲が何曲も収録されている。「クリーピング・デス」は、観客と共に「Die! Die!」とコールする間奏明けのパートが有名。「ライド・ザ・ライトニング」は、クレジットを見ると元メンバーのデイヴ・ムステイン(メガデス)の名前も。
また本作で特筆すべき1曲が「フェイド・トゥ・ブラック」である。90年代以降のメタリカの音楽性を踏まえると、このような楽曲があっても不思議は無いが、当時としてはスラッシュ・メタル・バンドのバラードというのは異例中の異例だ。単なる静かな曲ではなく、悲しみや怒りを歌い上げた壮大なスケールの曲に。
「トラップド・アンダー・アイス」は取り上げられる機会が少ない1曲。それでも初期のメタリカを象徴する要素が満載の疾走曲だ。同じく「エスケイプ」も日の目を見る機会が少ないが、ザクザクと刻まれるギター・リフを中心としたメタリックな曲。「ザ・コール・オブ・クトゥルー」は9分近いインスト曲。オーケストラとの共演ライヴなど、不定期ながらステージでもプレイされている。
本作もまた、アルバム全体を通して聴くと疾走曲のインパクトが前に出る作品かもしれない。しかし前作と同じく、本作も各楽曲の構成が練りに練られている事に気づく。「ザ・コール・オブ・クトゥルー」は、その代表的な1曲と言えまいか。構成のみならず、歌詞についても書きたい。
「ザ・コール・オブ・クトゥルー」はインストであるが、これはクトゥルー神話を題材にした楽曲であるし、他にも聖書をモチーフにした曲、戦争など現実的なテーマを歌った曲まで、歌詞の題材は幅広い。スラッシュ・メタルのサウンドを聴けば、暴力的な事を歌っているような先入観を抱くかも知れないが、本作の歌詞を今一度じっくり読み解けば、メタリカの持つ奥深さが見えてくる。