PRYCE16写真日記 -26ページ目

PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

2カ月に一度の通院で、いつものクレヨンしんちゃんの街へとやって来た。重厚な造りの変電所のような建物が遂になくなっていた。

 

 

東口の駅舎も見事になくなっていた。この跡地に仮設の上り線が出来る模様。

 

 

反対側。重機が置かれている付近に変電所のような建物があった。

 

 

検査も終わり、何度か訪れた事のある虎贔屓な店(豊楽亭)へとやって来た。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

いつもの炒飯餃子。量、味共に満足。ただ最近は体重増加が著い為、罪悪感を隠しえない。

 

 

店の番犬。番虎は背後にいるのだが、少し割れている。

 

 

ファンタジーな人形類で埋め尽くされた民家。これはそのほんの一部分。

 

 

診察が終わる。調子が良さそうという事で3ヶ月毎になりそうだ。全然良くなってないのだが…

 

 

民家の庭にいたゴン太君。

 

 

シダのような植物。オジギソウだと思って一生懸命触った事もあった。病院の駅から2駅歩いている途中の一コマと思われる事が写真の日付からうかがえる。もう一駅歩けば自宅の最寄り駅なのだが、そこには大きな川が流れている。

 

 

 

最寄駅々前の蕎麦店。もう一つの好物である冷やしたぬきがあるものの、まだ訪れた事はない。

 

 

以降はいつも歩ている家の近所。だがココが何処だかは判らない。

 

 

 

 59.15 17.1

 

 

行きつけだった蕎麦店「八州」。3月の閉店依頼、代替店を探して近所の蕎麦店に片っ端から入っているのだが、そんな中の一店「竹舟」。以前当店を訪れた際に、普通の蕎麦に加えて「田舎そば」というものがあったので、再び訪れてみた。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

見た目は今はなき「八州」のものと同サイズ。コシというか歯ごたえというか、麺の硬さは八州よりは柔らかいが、普通よりは硬目。必要にして十分。味は流石に十割蕎麦だけあり美味い。八州も十割だっという事か?そして八州の後釜店となるか?!。当店の大盛りと八州の普通盛りが同じ位の量。値段は倍。八州の大盛は僅か100円増しで更に倍近い量となる為、八州は実質1/4程度のコスパだったとも言える。八州の偉大さを改めて認識した。

 

 

14:29、それからいつもの「クリコガ」へ行き、いつもの8685列車を捉える。以前よりはだいぶコツをつかんで来た。しかし何分手持ちなもので、列車の通過につられ、カメラの向きが徐々に左にずれてしまった。あともう少し右のままだったら意図した通りだったのだが…

 

 

14:43、上り臨8072石油返空列車。手持ちなので上り列車も同機材で狙える。

 

 

15:01、下り4091石油列車。EF65を撮ったら即帰るつもりだったのだが、試作機901号機がやって来るというので、雨の中更に30分待つ。カメラの向きはまあまあ良くなった(左の家の縁が画面と重なるのがベスト)が、上下が非常に惜しい事になった。まあこれは三脚を立てていてもイチかバチかなのでやむなしか。

 

 

1枚前の写真はカスタムイメージを「リバーサル」で撮影。雨や曇りでは鮮やかさに欠けるのでよく使用している。しかしやはり目がチカチカするので、これは「銀残し」にしてみた。国鉄機なら非常に有意義なモードだが、雨の日ならJR機でも有効。というか雨の日にそれらしく使えるモードという事のようだ。

 

 

後ろ姿。こんなにごちゃごちゃした場所なので、上り列車を撮るには苦労する…苦労しても結局は単なる記録にしかならない。

 

 

濡れた機材を吹きながら撤収をしていると、いつものあずさ型特急(ヨ257系)がやって来た。

 

 

今日は5両編成(5500番台)。なので前後共貫通型。

 

 

本日の前情報。3054列車は、EH500型の中で最も格好イイ(と思っている)量産2次車が充当されていただけに惜しい。

 

 

帰宅後、いつもの近所徘徊で訪れるショッピングモール(?)の駐車場が湖のようになっていた。

 

 

一時的に水を溜めるような構造に初めからなっているのだが、それを知らずに果敢に突入する勇気ある車達。

 

 

湖面にはモーターボードが通った後のような波が押し寄せる。

 

 

この付近が最深部。水深25cm位か。

 

 

流し撮り?!

 

かなりの走行抵抗にビビり、アクセルを緩める車が続出する箇所。

 

 

以上WG-30Wで撮影。せっかく光学ズームが入っているというのに、合焦の悪さの為か、暗所性能的なものか、結局はトリミングと大差ない不鮮明画像となった。

 

 

以降はiPhone14で撮影。流石はGR3に肉薄するカメラ性能だ。照明直写で見事な何やらが出ているし、点光源があると夜空に大群のUFOが写ったりするの同様、ご愛敬の範囲だ。GR3はこの天候で使用したら間違いなく不調になるであろう事や、GR3で位置情報を記録するのは至難の業(電源を入れっぱなしにしておくか、電源を入れて40秒位待つ等。どちらにせよ電池バカ喰いなGR3では致命的な作業)である事考慮すると、総合的にはかなり優秀なカメラと言える。

 

 

車止めが完全に隠れており、それに乗り上げる車多数。右端に見える車もそうなりそうな予感。

 

 

最深部を通過して来た車両が、あともう少しで脱出出来そうでホッとしている頃か。

 

 

最深部ではない為、悲壮感(?)はイマイチ。水深10~15cm位か。

 


その分速度は出ている為、水しぶきの高さはむしろ高くなる。

 

 

流し撮り?!。社用車なら良いが、自分の車では絶対に走りたくない。

 

 

幸い故障した車はなかったものの、アンダーカバーが脱落した車は一台あった模様。
 

 

 58.75 16.6

 

14:04、上り臨8586石油返空列車。うすら曇りという事で、第3ワシクリへ。iPhone14。以降上り列車は全て同じ。

 

 

14:22、下り臨8685列車。毎度この貴重なEF65が牽引する列車で構図を思案。もったいない…

 

 

14:50、上り臨8572石油返空列車。串パンだが仕方がない。EH500は前後非対称…といってもパンタの位置が違う事位しか判らないが、どちら向きなのが正しいのだろう。そしてそれは何処でひっくり変わるのだろう。

 

 

 

14:55、下り4091列車。上り列車が見事に被ってしまった。まあ顔が見えなくなるようなどうしようもないかぶり方ではなかったのでまだましか。仰角がまだ微妙に定まっていない。

 

 

15:08、あずさ型特急車両による上り修学旅行列車?

 

 

15:32、いつもの「鮫」による下り4093列車。上下カツカツにする事が出来た。カツカツ写真は良くないと言われているが、この場所での撮影で上下に隙間がある事に意味を見いだせないのでこれで良い。しかしこのように断言すると何か言いたくなるヒトも出てくるだろう。なので「ボクはコレが良い」と言えば、以降誰にも文句を言われる事はないだろう。

 

 

 

本日の貨物列車撮影の成果。8072列車がコンテナになっているのは何故か?!

 

 

16:20、列警が鳴ったので練習の為に構えていると、妙な列車がやって来た。これが検測車である事は知っているものの、パンタグラフを下げたまま走っていた。確か電車タイプと気動車タイプがあったので、これは後者という事なのだろう。それにしてはディーゼルの音も匂いもしなかったし、何故パンタグラフがついているのか。

 

 

16:32、いよいよ本命のカシオペア紀行がやって来た。しかし列警は「のぼり、くだり、接近」と鳴いており、イヤな予感がした。案の定、あと僅かの所で被ってしまったが、まあ仕方がない。また牽引機EF81のパンタグラフの集電舟の一部とスノープラウの一部が欠けてしまったが、バンクした場所でこの程度の欠けならばむしろ良いのではないかと思えるようになって来た。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、少なくとも4091列車(EF210)のような寄せ切れていないようなものよりは遥かに良い…と「ボクは」思う。

 

 

曇天だという事もあり、K-1で撮影した下り列車はカスタムイメージを全て「リバーサルフィルム」で現像したのだが、やはり反則技な訳であり、曇りといえども目がチカチカする。なので真逆とも言える「里び」(本当は「雅」の対義モードなのだが)で現像してみた。やはり落ち着くが、それは国鉄機故に成り立つのか。

 

 

後ろ姿をiPhone14で撮影。近くで見ると結構痛みが目立つ。落成から四半世紀。鉄道車両としてはそれほどの車齢でもないが、使用頻度や牽引機の行く末も考慮すると、先はあまり長くないのかとも思う。現在のクルーズ列車ような使用法(乗るのは片道だけで、復路は新幹線)ではなく、臨時で良い(現役時も臨時扱いだったが)ので通常の運行を復活させたり出来ないのだろうか。青森止まりで普通に1往復させたら、席はあっという間に埋まるのではないだろうか…

 

(それともカシオペア紀行形式の方が儲かるのだろうか…?!→だろうなorz)

 

 59.75 16.7

 


グソクムズさんの「ハルケシ」MVに好きな女優さんが出ていたので、撮影が行われた商店街に行ってきた。ロケ地探索とはいっても、ロケに使用された店舗の情報が公開されていたので、どちらかといえば探索というよりも訪問である。

 

 

しかしひなびた商店街を怪しげな男がウロウロするのはかなり人目をひく為、同一構図をじっくり狙うのは諦めた。多少広目に撮っておいて後からトリミングしようと思ったものの、7:3という超横長画像な為に前後感覚がよく分からず、全くもってうまくいかなかった。トリミングしたので、左右の画角は何となく合っているものの、画面右側の商店街の写る範囲が狭い。これは右端にあった柱を避けた為である。よってこの位置から5~10歩程前進する必要があった。

 

 

 

vegetables bar base『T』の前に置かれた特徴ある小屋状の何やら。これの置いてある位置や向きが異なる為、単なるイメージというか、訪れた証拠的なものでしかない。もう少し広角で撮り、向かいの商店街をもう少し取り入れればまあ良い感じになったかもしれない。32mm相当。

 

 

 

魚眼レンズで撮ったかのような不思議な光景。歩道の縁が下がっている部分が2か所連続し、その間にポールが立っている場所を(事前にストリートビューで)かなり探したものの、そんな場所はない。ほどなくしてこのトリックに気づいた。

 

 

 

ココは是非とも訪れたい場所だった為、かなり真剣にカメラ位置を検討した。今までのものに比べるとかなり良い感じだが、カメラをあと10cm左に。そしてカメラの高さが高い。お珠ちゃんのはるか遠くに歩いているヒトの姿が見える。やや背が高そうである事も考慮すると、お珠ちゃんの肩のやや下と、背後の人の白いバッグの上縁が同じ高さのように見て取れる。それがカメラ高だ。計算してみると約120cm。普通に構えるのに対して25cm程しゃがまなければならない。微妙にしんどい量だ。

 

 

 

ココはとうふ看板と青果店をただ写しただけになってしまった。もっと離れた場所から望遠で撮られている。カメラ高さは先程と同じ方法で算出できるが、メンバーの身長が不明だ。

 

 

まるでアビーロードのジャケ写のような印象深いシーン。一見なかなか良いように見えるが、背後のビルの大きさが1.5倍位ある。という事は横断歩道からカメラまでの距離を(ざっくりとだが)2/3にする必要がる。道路のど真ん中でカメラを構えなければならないので要注意。

 

 

カドヤ青果店前(カメラを構えていたのは岩間表具店前)。上下以外ノートリ。43mm相当。あと3歩前進し(その分広角に)、そしてカメラ高さは130cm位で構えればまあまあとなるか?

 

 

ココら辺はもう適当。77mm相当だとやや狭い。50mm位でもう少し前へ行くと良いか?

 

 

一枚上の写真をトリミングし直したもの。もはや単なる記録でしかない。

 

 

駐車場から一番近く、一番最初に撮影した場所。35mm相当。一応手前のポールに気を付けたものの、まだもう少し下がらなければならない。ポールと旗との長さの比率が同じになるようにし、ポールの先端と道路の赤い部分との位置関係を同じにすれば、カメラの位置が割り出せる。

 

 

当MVの室内風景で多用された「雑貨と音楽 amist」。肝心の当店には立ち寄らない所がボクらしい(笑)。最近は街の蕎麦店と中華店には入れるようになったが、それ以外はまだまだ怖い。

 

 

商店街にあった蕎麦店へ。満留賀という店名はあちこちに見かける。ココもまた「八州扉」だ!

 

 

夏季限定で冷やしたぬきもあったのだが、蕎麦本来の味がわからなくなるので、シンプルなもりそばに。薄いが蕎麦の味はある。麺は細目で、比較的柔らか目。それでいてふにゃふにゃな訳ではない。喉越しを味わうという意味がわかったような気がした。普通盛り500円で、大盛が600円という価格は八州(の冷やしたぬき)と同価格。出入口の扉も八州タイプ。
 

 

 

 

 

◎おまけ。帰宅後、Googleストリートビューにて探索したもの

 

ストリートビュー上で、商店街の裏を徘徊していて発見。本当にただあちこちを歩いていただけ。これぞロケ地探索の醍醐味だ。現地を実際に歩いて発見したかった。

 

 

ココは現地でもやや気になっていたものの、ヒトしか通れない道がメンバーの影に隠れていたのと、かなりの望遠で撮られていた為に雰囲気が異なるように見え、確定には至らなかった。

 

 

西武鉄道の通称「赤電」。50年程前に新性能電車が登場した際、この赤色の部分を鮮やかな黄色に塗って区別をつけたのが西武鉄道の黄色い電車の始まり。そのリバイバルカラー車の走る路線は限定される。大した距離ではないので、一駅づつ巡っていけばそれらしい場所に当たる。線路が分岐している事から駅のすぐ近くである事が判る。駅の前後で大きくカーブしている駅はと調べて行けばおのずと限定される。

 

 


ホーム上の屋根が山型や谷型ではく、平たいのが特徴。カメラ位置が柱のこちら側とあちら側という決定的な違いがあるものの、駅構内のストリービューでよくぞここまでといった所だ。

 

 

赤電の大写しシーンと同じ駅。一見ドンピシャなように見えるが、4本の柱の間隔がまるで異なる。これは一体どういう事か。カメラ位置を特定する為のヒントは無数に隠されているので、これは是非とも現地を訪れてみたい所だ。

 

 

 

◎オマケ

1:19付近に写る電車の側面。特徴としては

 ・裾が絞られている(裾以外が広げられている)

 ・プレスリブ入りステンレス製

 ・水色と青の横帯(水色が上で、水色の方が太い)、2色の間に無色の隙間あり

 ・窓上部の帯はナシ

 ・4扉車(戸袋に窓ナシ)

 

これまでの流れからして西武の6000系か20000系かという所だが、どちらも車両裾の絞りはない。青帯の車両と言えば小田急が思い浮かぶ。1000系及び2000系には裾の絞りはあるが、側面のラインは単色。そして戸袋に窓がある。次に思いつくのが東西線だが、これも車体幅が狭い上に、側面ラインの濃淡が逆。東京臨海高速鉄道の70形も狭幅車な上に、ドア上部にラインがある。相模線のヨ131系もドア上部にラインがある。三田線も横浜市営地下鉄も狭幅車。213系は側面上部にも水色のラインが引かれているが、それ以前に2扉車だ。という訳で、多少の鉄道好きであるにもかかわらず、意外にもこの車両がまったく判らなかった。これは「ロケ地探索マニア」としては失格か?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 59.20 16.6

 

先日、雨の「クリコガ」で撮った鮫の写真。傘をさしながらの手持ち撮影に限界を感じ、この後やってくるカシオペア紀行を待たずに帰宅という苦い思い出があった。

 

 

なので日を改め、再びやって来た。今回は三脚を立ててしっかりと構図を決め、狙った位置に置きピンをするという、鉄道写真の王道的な撮り方で、ギリギリ構図を狙う。

 

 

13:57、まずは上り臨8586石油返空列車が反対側からやって来たので、カメラを三脚から外し、手持ちで適当に撮る。順光ではあるが、顔はすでにかなり陰り始めている。

 

 

14:29:06、下り臨8685石油列車がやって来る。いきなり本命の列車で構図の確認をするという残念な状況に。何故もう少し早く現場に到着出来ないか。この写真を元に構図を調整。もう少しカメラを上に向け、ピントももう少し手前に合わせる。77mm相当。

 

 

14:29:33、僅差で上り3054列車。4種類あるEH500の外観のうち最も格好イイと思う量産2次型機。やはり顔面がかなり苦しいと共に、側面の電線の影がうっとおしい時間になって来た。

 

 

14:44、上り臨8072石油返空列車。もはや単なる記録でしかない。

 

 

15:01、下り4091石油列車。この時間になりやっと顔面に少し光が回ってきた。あともう少し引き付けたかったが、高速連写速度を誇るK-3markⅢにもかかわらず、次のコマは車体が画面からハミ出てしまった。やはり連写に頼るとこういう事になる。

 

 

15:04、最近よく見る「あずさ型」車両。5両よりは長いので、5000番台。前回も同じ時間に走っていたが、その時は全面の非貫通制御車に修学旅行と書かれていたので今回も同じと思われるが、しかし修学旅行列車はそんな毎回定期的に走るのだろうか?そして今でもこんな列車がある事に驚きだ。確かに東海道新幹線に乗って京都等に行くのならば東京駅までの移動はどうするかという話が出るのは必須だ。ボクの時はどうしていたのだろう?

 

 

15:39、「鮫」牽引による下り4093列車。ガングロはかなり改善されたが、あともう少しだ。夏至の頃にはあと3.5度程北方向に沈む為、この時間の太陽もあと3.5度程北に向かう。勿論カシオペア紀行の時間ならば今でもまったく問題ないであろう事が確認出来た。次回は100mm程のレンズで狙ってみたい。

 

 

PENTAX100周年パーティーの時に頂いた銀色のストラップ。その時に開発が発表されモックが展示されたK-3markⅢをまさか購入する事になるとはその時には思いもしなかった。

 

 

おまけ。「ミクリ」こと南栗橋駅隣接の車両基地にスペーシアXと、原形顔の8000系が並ぶ。最西の洗浄機付きの線にはスカイツリートレインの片割れが止まっていた。

 

 59.80 17.6

 

昨年9月2日(金)に「修理したぜ!」と得意になっていた電気式振り子時計。その後すぐに猛烈に遅れるようになった為、程なくして動作させるのをやめた。

 

 

前回は単に電池の電極を磨いだだけだったので、今回はちゃんと分解し、原因を探る。

 

 

(2022年10月16日(日)で諦めた模様)。蓋があると真っすぐ立たないが、外すと真っすぐ立つので、振り子を振らせながら動作を確認する事が出来る。

 

 

電気とメカのどちらが悪いのかわからなかったのだが、振り子が歯車を動かすラチェットをフリーにしてみた所、ブンブンと振れるようになったので、電気は冤罪。
 

 

ラチェット付近の清掃と注油で直った。やはり原因がわかった上で対策しないとうまく直せない。車とかカメラとか、人間とかも同様だ。

 

 

ついでにガラスも丁寧に磨いてピカピカになった。60年分の埃。冒頭の写真と比較して欲しい!(笑)。

 

 

調子に乗って今度はこんな時計に手を出す。1985年頃、ゴミ捨て場で拾ったドイツHelmle社製の機械式置時計。豪華だが、機械式故の手間と精度の悪さからお荷物となったのだろう。

 

 

内部はこんな感じ。正時に時刻を打つ他、15分毎にもチャイムが鳴る為、場合によってはうっとおしい。そんな事も廃棄の理由なのではないかと思った。なので中央の時計を動かすゼンマイ以外は巻かないようにして使用していたのだが、ある時から妙に遅れるようになった事により、我が家でも放置される事となった。

 

 

ドイツ製である事だけはうかがえる。上の73という数字は1973年製という事か?

 

 

振り子時計同様、極超低トルク動作する部分を厳選して注油。スムーズに動作している…ような気がする。このテンプ部分に調整機構がついているので、ココの調整にしばらくかかりそう。

 

 

ネットでHERMLEを検索してみると、文字盤のデザインが多少異なるがほぼ同様の時計に驚くべく値段がつけられていた。まあいくら何でもここまで価値があるとは思えない。釣り?というか、値段を見て購入するヒト向けの出品だろう。注目しているヒトが11人もいるが、勿論購入を検討している訳ではなく、売れるかどうかに興味を持っているだけだろう。ボクも興味深い。

 

 

似たような感じの別の時計が出品されていた。この価格でも売れなさそうだ。新品時に10万、現在の取引価格2万円といった所だろう。

 

 

更に調子に乗って、いつ、何処で購入したのか判らない戦後まもない頃の目覚まし時計にも着手。1分間で200回振動(時計の場合は行って帰って1回ではなく、2回と勘定するらしい)とう変な時の刻み方なので計測しにくいのだが、それにしても明らかな「不整脈」を起こしており、みるみる遅れてゆく。

 

 

こちらは完全な油切れな上に、内部は誇りまみれだった為、人間ブロワー(口でフーッと息を吹く)の後、やはり低トルク駆動部に注油。元気に脈を打つようになった。ただ進遅調整はかなりクリチカル。寝る前にゼンマイを巻いて、朝起きるまでの10時間位だけ持てば良いというような精度のようだ。

 

 

 58.90 16.7

 

 

3年振り(一昨年は申し込みをダラダラしていた所、定員に達してしまい不参加。昨年は何故か不参加)3度目(2019年から参加)となったMTB(Meat The Beat、ホンダビートの大規模オフ会)。5時チョイ過ぎに出て、のんびり走って7:40位に到着。早起きが辛かった。

 

 

まずは集合写真を撮る模様。スロープの上から全体写真を撮っていた為、真っ先にかけつける事が出来た。なので横断幕(?)のすぐ横を陣取る事が出来た。

 

 

その横断幕が正規の場所に戻され、開会式が始まる。

 

 

毎年恒例の、ビートのエクステリアデザインを担当した石橋さんの挨拶。3年前は部品の欠品により故障が直せず、フツウの車で参加なさっていたが、今回は無事に直った模様。一般参加者に交じり、御自身の車を並べていた。

 

 

開会式が終わると、後は特にイベントはないので、会場内の車を眺めたり写真を撮ったりする。

 

 

早く着いた割には僻地になってしまったと思っていたのだが、実はイベントスペースの目の前。

 

 

珍しい車両の前には時には人だかりができる。オーディオすらついていないという完全ベース車。しかも恐ろしく綺麗。これと同じ状態のものがコレクションホール内にも並べられている。

 

 

1989年型マクラーレン・ホンダを模した塗装が目を引く。本日一番のお気に入り車両。気になる車両は他にもあるが、以前既に紹介済。

 

 

何とフェンダーミラー仕様。生まれて初めて見た!恰好イイかどうかは???として(笑)、とても見易そうだ。初代CITYに通じるものがある。というか同じものではないか??

 

 

ボディーショップカミムラさんが持ち込んだ丸裸のビート。

 

 

ホワイトボディーに対して転がせるように最低限の部品が付いているといった所だ。

 

 

ココまでバラして防錆と塗装を行うというデモで持ち込まれた。180~200万位との事。

 

 

 

 

◎ビートの特殊オーディオに関する独自調査?!

 

当イベントのような旧型同一車が多数集まるイベントでは、是非とも調べてみたい事が多々ある。例えば、エアコン稼働の可否(稼働/非稼働/レトロフィット)とか、タイヤサイズ(純正タイヤのプロフィールはスポーティーでない上にスポーティーな純正タイヤも現在はない為、変更したタイヤサイズ及びそれに適応するホイールの選定)等は、オーナとして興味深いものだ。

 

そんな中でも、ビートの特殊なカーオーディオの稼働状況が是非知りたいと思っていた。なので独自に個人的に調査してみた所、以下のようななかなか興味深い結果となった。

 

 ①旧スカイサウンド(2ch or 4ch、稼働非稼働は不明)…132台

 ②25周年新スカいサウンド…76台

 ③DIN化(カーナナビ化含む)…112台

 ④その他(純正フタ、空っぽ、別カ所にDINオーディオ、計測機器化等)…40台

 ⑤不明(カバーがかかっていた、及び撮影の為移動?←公式参加車両数から逆算)…6台

 (ショップカー含まず)

 

①のうち稼働機(非稼働のまま放置しているものが多々あると思われる)の台数が不明であり興味深い所である。もしも非稼働機であっても、多少の電気の知識(?1オーディオアンプやアマチュア無線機等にはんだごてを当てた事)があれば修理は容易だし、広島の業者に出せば安価で修理してもらえる。しかし今時、ラジオとカセットがあれば良いヒトというのは皆無だろう。


②の新スカイサウンドの360台中76台という比率は、現存BEATを16000台とすると、3177台程に取り付けられている事になる。実際の販売数は3500台だったというからなかなか面白い結果となった。残りはネット上で高値状態でダブついているのか?(笑)。しかし今時、Bluetoothがついていないというのが最大のネックである。

 

③は好き嫌いが別れる所。ラジカセ程度の内部構成でしかない①よりも、カーオーディオが栄華を誇っていた頃の贅沢な造りの2DIN機を使いたいという心理はオーディオマニアのはしくれであるボクにも痛いほど良く判る。現に我が家にもそういった高価なオーディオが数台余っているので本当は使いたい所だ。しかし純正品の横幅はDINよりも狭い為、実装するにはフレームをぶった斬らなければならない。そして市販されているDIN取り付け用の内装はどう見ても不自然に膨らんでおり、どうしても後付け感が否めない。当たり前だが美しさで純正内装には敵わない。

 

なので④の別カ所にDINオーディオをぶら下げるというのがてっとりばやく、DIN化キットを購入する必要もなく(結構高い)、ノーマルに戻すのも簡単だ(今回調査した①の132台の中に、そのようにしているものもあるかもしれない)。初めて乗った車も取り付け金具がなく、助手席ダッシュボード下に吊り下げていた

 

しかし携帯プレイヤーやスマートフォンに入っている音楽を再生するのが主流となった現代では、そもそもカーオーディオのような形状のものである必要はなく、外付けアンプとAUX入力、及びそこにBluetoothレシーバーでも取り付ければそれで良い事にもなってしまう。その場合ラジオもRadicoで入力する事になるが、ボクはラジオ必須なので、この方法は絶対に出来ない。

 

 

 

 

 

毎度恒例のホンダコレクションホールへ。

 

 

裏庭では自車の撮影会が行われている。一人5分で、24台(だったか)限定。

 

 

我が家にある車が博物館で展示されている。これが噂のベース車。アルミもオーディオもなく、ラジオ用のロッドアンテナもない。

 

 

我が家にあるオートバイもやはり博物館に収納されている…というネタも既に何度も使用した。

 

 

我らが御本尊とも言えるOKIカラーの8耐車。残念ながら優勝した92年型ではなくその前年型。

 

 

ホンダ初のF1。RA271。典型的な葉巻型な車体。エンジンは横置き。1964年製。

 

 

第1期最後のRA301。排気管が下から生えている。そして何やらいろいろ装備が備わり、だんだんと葉巻型からは離れて行こうとしている。楔型前夜。葉巻型F1だけで7台も展示されていたが、しかし空冷のRA302は片付けられていた。

 

 

会場内にキッチンカーが出ていた。たまにはこういうものを食ってみようと思い、食料は持参しなかったのだが、やはりちょっとい今のボクには刺激が強すぎる為、断念。

 

 

途中一瞬雨が降ったものの、傘をさすには至らなかった。

 

 

それどころか最後には陽がさして来て暑い。幌を開けたくなるが、幌の掃除を昨日出来なかった為、断念。この写真及びこれ以降はGR3。それまではPENTAX K-3markⅢ+DA16-50mm。

 

 

お楽しみの抽選会の景品群。

 

 

何とイグニッションキーのスイッチ部分が当たった。比較的大物だったようで、景品受け取り後、記念写真を撮ってもらった。果たして何に使うのかは不明。

 

 

最後に一同で「Meat The Beat!」と叫んで終了。

 

 

その後、食いそびれた昼食をとるべく、目ぼしい店を回るもののどうも良い場所がなく、結局家のすぐ傍まで戻ってきてしまった。盛りの良さと値段の安さが魅力な当店で、カレー炒飯を注文。辛すぎず丁度良い。チェーン店(〇将やY田うどん等)でもないのに1000円を切る店は近年では皆無。

 

 XX.X XX.X

 

 

森君(SG9フォレスター)のオイル交換後、近くの名物焼きそば店を訪れたものの臨時休業。

 

 

なので手賀沼の農産物直売所を経由した上で、禁断の「リバーサイド」へ。最後に訪れたのは何年前だったか。あの頃とは年齢も体調も異なるので不安だったが…

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

いつもの「布佐駅前交番スペシャル (ナポリタン&ドライカレー)」を注文。これが1200円とかだったら絶対に選択しないのだが、単品の僅か200円増しとなると、大盛無料同様、頼まないのは負けのような気がしてならない。

 

ナポリタンはパンチョの500g位、ドライカレーは食堂カーちゃん(又は味のイサム)のチャーハン位という、通常よりやや多目な量の2品が同じ皿の上に載っているのだから、食いごたえがあるとかいう以前に完食出来るか不安になって来る。残しても命を取られる訳ではないが、自主出禁は必然なので神経を使う。

 

 

どうにか完食。写真判定(タイムスタンプ比較)によると22分程かかっていた。

 


後から調べてみた所、当店を訪れたのは2018年1月28日、及び同年9月9日のたった2回だけだった。どちらの回も食後には成田付近へ撮影に出かけている。しかし今日は標準ズームしか持って来ていないのと、この後体調に何が起こるか不安があるの(と、少なくとも今すぐにでも横になってゴロゴロしたいの)で、大事を取って直帰する。

 

 

帰宅後のいつもの散歩にて、何やら妙な既視感を覚える廃店舗の入口を見つけた。

 

 

今春閉店した加須の「八州」の入口とそっくりだ。厳密には桟の数が異なるし、扉全体の幅もこちらの方が短いような気もするが、扉上部の意匠も含め、少なくとも同一メーカーのものだろう。こんな近所に八州の面影があったとは。今後ココを通る度に胸が痛みそうだ。

 

 

帰宅後に体重を計測した所、遂に60kgを超えてしまった(60.05kg)ので、今後しばらくは絶食だ。

 

 60.05 17.7

 

街の蕎麦屋。普通。もりなのに揚げ玉付きというのが斬新。ネオたぬきといった所か?!

 

 

昔からの住宅街の中にある普通の店。よく通る裏道で気になっていたのだが、普通のヒトはその存在にはまず気づかないだろう。

 

 

あっという間に新潟県。日中に上越国境を超える唯一の下り列車…の後を走る6083列車(この季節だと十分に写真を撮る事が出来る)に間に合いそうだった為、光の向きも考えて無難に岩原スキー場駅で待ち伏せる。湯沢界隈での下り列車の撮影に適した場所を知らない。

 

 

コンティニュアスAFを駆使し、ズームリングを回しながら追い続ける。ピントが合ってる!!!!!!

 

 

ついでに上り列車が去ってゆく所も(記録として)撮っておいた。

 

 

本日の夕食。スーパーは懲りたので、普通のコンビニ弁当。そして「追加発注」を避ける為に、近所にコンビニのない神立Pでの宿泊。

 

 

しかしコンビニまでは歩いて行ける距離である事に気づいてしまった。片道500m程の所を結局2往復してしまった。宴会は遅くで続く。

 

 

こんな時期にもかかわらず、車中泊者は他にも5人位いた。

 

 

◎翌朝

前回目をつけていた岩原大カーブへ。光の向きは正面部も右側面もばっちり。だが左側は果たしてどうなるかという所だが、どうだった所でどうする事も出来ない。

 

 

いつもの岩原スキー場のペンション群を入れる(入れないと何処で撮ったから判らなくなるので)。しかし最上部の架線支持用の鋼材が邪魔(上越線らしくはあるが)。全長は思ったより長くてケツが切れた。ならばもっと左に振るべきだった。…と、色々反省点はあるが、やはり一度は撮って失敗しないと反省点すらわからないので良かった。135mm位。

 

 

ベストショット(?)に対して、P社独自のカスタムイメージ をカメラ内現像で適用。RVP(富士ベルビア50)ライクな1枚目は今も昔もチカチカし過ぎ。なので70年代のネガ写真を目指したという2枚目の「里び」が落ち着く。GR3の「ネガフィルム調」と似ているものの、ややセピア色になっている感じか。近代機(国鉄機に対して)に対しても意外とマッチする。

 

 

十日町の中華店を目指すが、開店時間迄微妙に時間があった為、ほくほく線の美佐島駅へ。ひなびた集落の公民館のような外観と室内だ。

 

 

その一方で地下ホームへの階段及び二重の扉は未来的。

 

 

しかしトンネル内を160km/Hでぶっ飛ばす特急がなくなり、過剰装備に?!

 

 

公民館の集会室のような待合室。こんな所にも流行の波は押し寄せているようだ。

 

 

魚沼平野に戻り、道の駅魚沼の、名物「へぎそば」。つなぎにふのり(って何?ふ?のり?)が使用されているのが特徴もいうが、あまり良くわからなかった。普通に美味しいが、何かが違う…といった所。昨日に続いてつけ麺なのに揚げ玉付き、しかもおかわり自由!

 

 

上越線を日中に下る唯一の貨物列車を敷島付近で何とかそれらしく撮れそうな場所を探していた所、轟音と共に目の前を通過していった。呆然としていると今度は「キヤ」が下っていった。

 

◎教訓
・列警無線は常に携帯すべし
・場所探し時にもカメラを持つべし

 

 

本日はあまりイイ事がなかった。半分ふてくされながら本日の宿へ。店内キッチンで調理される品を、かなり遅い時間に調達したにもかかわらず、わずか100円引き。別店舗ならば半額でもおかしくない時間帯だが、まあ仕方ない。

 

 

またもやコンビニが比較的近い場所。なので結局徒歩で2往復。片道400m。イイ運動に。

 

 

◎翌朝

06:12、早朝ワシクリ練習。冬場に行った時には真っ暗だったが、初夏の今では普通の明るさなばかりか、下り列車の正面が順光になる事を知る。下り4083列車。

 

 

06:16、朝の目玉ともいうべき上り4072列車。思ったより早くやって来た為、三脚を立てる間もなく、手持ち撮影。微妙にブレている上に顔黒に。貴重なEF65だが、まあ仕方ないか。

 

 

6:26、上り3070列車。構図は良い(?)のだが、いかんせん顔黒に…

 

 

06:30、下り貨物列車をいつもの構図で狙ってみる。顔面は良いのだが、右側面(向かって)の黒さは、決して悪くはない(顔面真っ黒側面バッチリよりははるかに良い)ものの、やはりイマイチだ。この列車のみ、仕業が不明。全般的に下り列車のダイヤが乱れている模様。

 

 

7:10、バカの一つ覚えのようにいつものカーブへ。ところが早朝だと正面も側面も超順光になる事が判り、朝から血圧が高くなりそうな状況となった。臨8179列車。

 

 

7:40、遅れていた下り4059列車。西濃カンガルー便。

 

 

8:14、やはり同様に遅れていた下り61列車。「福通運」と大きな漢字で記されたコンテナは、背後にも同様の記述が。なので後ろ姿も様になる列車らしい。

 

 

8:20、JRコンテナだけの編成と言われている4089列車がやはり40分遅れで通過。他の列車に比べて明らかに飛ばしていた為、同アングルの1枚上の写真に比べてバンク角が浅い。肝心な所が空コキなのが残念。この時間になってくると、正面への光の当たり方も微妙になってくる。これら列車が遅れなく通過する際には、良い撮影時刻なのではないか。

 

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2012年3月末に廃止となった長野電鉄屋代線。その前後に足しげく通い、ブログ記事にして来た。特に廃線後の様子を記した記事はGoogle検索で「屋代線」と入力すると常にトップに表示されるまでになっていたのだが、その後Yahooブログはなくなり、リンク切れからいつのまにか姿を消し、その後はその道の専門家の方々の記事が出て来るようになった。あれから11年。久しぶりに屋代線の廃線跡を訪れてみた。

 

 

◎井上駅

駅の跡地は右の緑地部。何と路盤跡が自動車も通れる道路になっていた。

イメージ 22

2012年3月17日、小さな待合室があるだけの1面1線駅だった。

 

 

廃線跡を車で走る。嬉しいような残念なような、複雑な心境だ。

 

 

立体交差手前に、かつての橋桁が残っていたが、道路化によりこれも撤去される運命か?

 

 

◎綿内駅

廃止後もかなり長い間残っていた駅舎や下り線ホームは、跡形もなくなっていた。


イメージ 11

2012年3月24日、上の写真と同じような位置。味のある木造駅舎だった。駅前の駐車場停めた車内で宴会をしつつ、列車が来ると見に行くという素敵な夜を過ごした。

 

 

位置は不明だが、当時モノの駅名板が残る。但しこのひらがなとローマ字の表記のものではなく、今風な記述だった。このデザインのものは上りホーム側に残っていた。

 

 

特徴ある文字盤の時計がモニュメントとして残っていたのかせめてもの救いだった。

 

 

◎若穂駅

路盤跡がサイクリングロードになっていた。ただこの反対側はまだ本来の廃線跡のまま。

イメージ 2

2012年3月25日。先週訪れた時に全駅を回ったつもりだったが、訪れ損じていた。

 

 

◎信濃川田駅

木造駅舎は残っていたが、構内に集められていた車両群はすっかりなくなっていた。

 

現役時代と少しも変わらない駅舎内。太平洋戦争末期に銃撃された跡も残っている。

 

待合室に、かつて駅構内に留置(放置?)されていた2000系A編成のものと思われる椅子が置かれていた。車両が無理でも椅子位なら欲しい人もいるだろうに、売りに出せば良いのに。

 

 

ホーム上にもシートが設置されている。こちらは風雨にさらされ、無残な事になりそうだ。

 

 

駅構内の様子。反対側のホームは土に返っていた。

 

イメージ 5

2012年3月25日、似たような構図の写真を探してみた。

 

 

◎大室駅

1面1線の小さな駅だった。廃止前に訪れた時に撮った写真は、丁度やって来た下り列車を撮るのに夢中になり、こちら向きの写真がなかった。

 

 

◎金井山駅

やはり1面1線の小さな駅だった。やはり路盤跡がサイクリングロードになっている。

イメージ 13

2012年3月17日、赤帯ナシの元営団3000系がやって来た。通学に使用していたので懐かしかった。この日はこの帯ナシ車が主に使用されていた。

 

 

◎松代駅

現役時代とあまり変わらない(駅名板が無くなった)木造駅舎が残る。

 

 

待合室内も(駅事務室の中がすっからかんになった以外は)あまり変わらない。

 

 

駅長室(というか役務室)があった所。

 

イメージ 9

2012年3月17日。駅長室の看板と、背後の小屋が無くなった事が判る。

 

駅構内が駐車場になっていたのでついこんな写真を…(笑)

イメージ 11

2012年3月17日、アングルは異なるが、ほぼ同位置。駅構内がそこそこ写っているのでこれも正確に場所を特定したい所だ。

 

 

◎象山口駅

よぉく見るとカーブミラーの後ろに、右方向へと向かう路盤跡が見える。

イメージ 7

2012年3月17日、このアングルから撮る為には車内からは無理なのだが、予定していた駐車スペースが使用されていた為、撮れなかった。

 

 

◎岩野駅

元々車では訪れにくい駅だったが、道路の拡幅が完了した為、更に車を停めにくくなった。どうせ何もないので車内から横着撮影。

イメージ 5

2012年3月17日、道路拡幅予定箇所に車を停められたので、駅構内に入っている。

 

 

◎雨宮駅

駅跡が駐車場になってしまい、なかなか入りにくくなってしまった。どうせ何も残っていないので、やはり車内から横着撮影で済ます。

イメージ 4

2012年3月17日、元は2面2線ある比較的大きな駅だった。

 

 

雨宮~東屋代間の直線。長い荒れ地が続いている。

イメージ 9

2012年3月25日、2000系D編成が臨時列車として走っていた。

 

 

◎東屋代駅

ココも何もないので、車内から。

イメージ 2

2012年3月17日、まるで民家のような駅舎が建っていた。廃止後、最も早く更地化した。

 

 

◎屋代駅

この先、屋代線ホームまで跨線橋が伸びていた。

 

屋根も待合室もなくなってしまったが、ホームと架線柱はかろうじて残っていた。

 

 

JR…ではなくしなの鉄道のホームに115系国鉄色が止まっていた。

 

 

後ろ3両は…この色は何だ?!

 

 

 

 

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