PRYCE16写真日記 -13ページ目

PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

上野東京ライン が開通し、ほぼ全ての常磐線特急が品川発となり、まるでゴーストダウンのようになってしまった上野駅の地平線ホーム。東北上越新幹線開業前迄の賑わいは見る影もない。

 

 

17番線の隣に、1999年に廃止された18番線の路盤跡とホームの一部が残っていた。

 


14~15番線の上に高架ホームが増設され、地平ホームの数値が3つ加算(13番線の旧値は0)されたのが1968年頃らしい。

 

 

最近よく見かける旧あずさの東北方面の改造車の特急が15番線から丁度発車する所だった。

 

 

その奥をカシオペア専用色のEF510及びE26系客車が通過してゆく。

 

 

駅のコンコースに、先日見たばかりのキハ81と一目で解るイラストが掲げられていた。

 

 

その対面には、今まさに書きかけのような巨大絵画。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

十割蕎麦の店「喜乃字屋」があったので入ってみたが、のっぺりとした感じで、あぐり亭の季節限定のものと酷似している。パスタのような押し出し式の製麺機から鍋に直に投入されていた。
 

 

店の全貌(?)。ブレているのは、例によってさほど暗くないだろうと絞り優先で撮ってしまった為。絞りはF5.6、シャッター速度は1/8なのでさほど遅くはないのだが、通常使用時は手振れ補正を入れていない為、このような結果となる。これでもう何度失敗した事か←学習していない?!

 

 

博物館動物園駅 (の入口)をチラ見。

 

 

公園内のポストがパンダ柄になっていた。

 

 

天気はあまりよくない(というか時折雨が降っている)が、その分あまり暑くはなく、過ごしやすい。そんなあいにくの天気だが多くのヒトでにぎわっていた。

 

 

大きすぎて地上では体を支えられないという点で庄和の大凧と共通するシロナガスクジラの実物大模型。1994年製というからつい最近の事だ。

 

 

当初ココにはD51 603が展示される筈だったが、1976年の追分機関区の火災で焼失。その際焼け残った前頭部が先日訪れた嵯峨嵐山駅前の19世紀ホールで不思議な姿で展示されている。

 

という訳で、本日は国立科学博物館で行われた撮影イベントへとやって来た。

 

 

現物がココにあるという訳ではないが、重要科学資料として博物館より認定されたローランド製Jupiter-6及びJX-3P。どちらも当時楽器店でよく触った。ASAHIFLEXも同様の認定を受けているが、やはり現物はココにはない。

 

 

自然界のものが多い日本館の中で、唯一メカメカしいものが並ぶ1階南翼。その中でも特に近代的な姿をしていた地震計に目が行った。

 

 

日本館は展示物のみならず、建物自体も魅力的。撮影イベント参加者も、ガラスケース等で撮りにくい展示物よりも建物自体を写すヒトが多かった。

 

 

ステンドグラス。カメラ任せで撮ると残念な事になるので、露出補正又はマニュアルによる加減が必要だ。これはマニュアルで撮影。薄暗い館内では基本TAVモード(←PENTAXの大発明である)を使用し、必要に応じてマニュアルと使い分けた。

 

 

ホワイトバランスは普段は太陽光を使用しているのだが、電球系の照明の多い館内では黄色い写真を続出。それはそれで本当の姿ではあるのだが、やはりちょっと見苦しいので、諦めてこの写真からはオートホワイトバランスを使用。見た目の印象通りの色になった。

 

 

中央ホール天井部。全体に白なので、+0.7EV補正。しかしココはAWBを切るべきだった。

 

 

フーコーの振り子。3階から地下1階までの吹き抜けを覗き込みカメラを構えるのはなかなか怖く、相当のへっぴり腰でなんとか撮影。周期を測ってみると8秒と9秒の間位だった事から長さを計算してみると17.9mと出た。この写真(の元画像)を拡大してみると、振り子長は19.5mと記されているのが読めた事から正しい周期は8.86秒となる。頭の中でカウントをとったにしてはまあまあというかなかなかというかかなり良い精度だったといえる。

 

 

地球館地下3階の大型望遠鏡。昭和6年に東京科学博物館(要するにココ)に設置され、2005年まで使用されていたもの。日本光学製。P社もつい最近まで望遠鏡を製造していたが、流石にこの大きさのものはなく、推定120mmと思われるガイドスコープより少し大きい150mmクラスのものだった。それでも300万程し、一般家庭に置くようなものではなかった。

 

 

日本初の真空管式コンピュータは富士フィルム製で、レンズの設計に使用されたというから、写真関連のイベントとしては外せない一台だろう。

 

 

地球館3階の剥製がずらりと並ぶ区画。ガラスに近づかないと反射が出るし、ガラスに近づくと被写体にも近づき過ぎて構図が難しい。

 

 

屋上から上野駅を俯瞰する。2012年頃竣工したこの地球館が建設される様子を山手線の車内から毎日のように見ていた。

 

 

本日の撮影イベントの最終集合場所である屋上に、徐々に参加者が集まって来た。

 

 

本日の参加者の機材。P社機密度が異様な高さに。しかもJ-Lim01が3台、発売されたばかりの新型フイルムカメラ17が5台もあった。という訳で今回の写真イベントとはPRFC(ペンタックスリコーファミリークラブ)オフミーティングだった。館内では我々の他にK30を見かけた。
 

 

解散後、雨が降って来たので、木の下で雨宿りしながらしばし野球観戦。

 

 

草野球とはいえやはりミートの瞬間を捉えるのは難しい。

 

 

懐かしの電動キックボードデビューしたポート及び練習コースを再訪。せっかくならまた乗ってみようと思っていたのだが、雨なので断念。

 

 

乗換えの北千住駅で下車し、小一時間程散歩。駅前広場から見える駅ビルの漆黒のエレベーターが格好良かったので狙ってみた。マニュアル露出でエレベーターが綺麗に映るまで露出(感度)を調整した結果、エレベーターは綺麗に写ったものの、構図は最悪だ。

 

 59.75 15.9

 

 

 

近くの店舗の前に廃車体のような車が止まっていた。

 

 

オブジェなのかと思ったが、ナンバーもついているし、ダイヤも新品。ラジエター液も鮮やか。

 

 

極めつけは外付けの速度計に、後付けのシート。もしかしたら動くのではないか?

 

 

クレヨンしんちゃんで登場する「サトーココノカドー」のモデルになった店舗もまもなく閉店。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

3ヶ月に一度の通院グルメ。駅向こうの宝来家でいつもの炒飯餃子。炒飯は塩辛くも味の素味でもないのに味が濃くて美味しい。ただ、食べても食べても無くならないという程の量ではないが、僅か100円増して大盛りに出来る。

 

店舗外観。すぐ近くにチェーン店が2軒もある中での街中華でかなりの健闘。

 

 

看板がかわいらしい。

 

 

あまりの暑さにどうしようかと思いつつ、3駅先の自宅へ向かって歩き始めた。まるで廃病院のようだが、まだ営業している模様。しかしもう新患は受け付けていないとの書き込みも?!

 

 

営業しているのは2階のレコードショップのみ。

 

 

モダンなヘアーサロンだが、元はかなりの古民家。

 

 

住宅地の中にある酒屋。

 

 

建物に「寫眞」と記されている。かつては写真店だった模様…とわざわざ記さなくても判るか。ただ店舗は右のの飛び出た部分のよう。少々狭すぎないか?

 

 

秋の雲…ではまったくないが、撮影にはもってこいな雲が川面に反射する。どうせならもう少しカメラを上向きに構えたかった。

 

 

恵子ん家?!

 

 

この店舗らしきものはいつまで営業していたのか?という事をストリートビューで調べようかと思ったのだが、ココが何処だかが判らなかった。

 

 

家までの途中にはこんな道もある。我が家は一体どんな所にあるのだろうか。

 

 

いつもの大凧前。

 

 

再び橋の上から水面に写る雲を撮る。随分と天候が怪しくなって来た。

 

 

本日の8111Fを安易に踏切で待ち伏せ。家からはほんの1kmもない場所だが、今日は12km程歩いた上での到着。近くにある公園で座りながら時間潰しをしたのは内緒だ。

 

 

その後家に帰る途中にまた公園で20分程座って休んだのも内緒だ。

 

 59.30 16.0

 

秋葉原での所用の後、かねてから興味を持っていたレンタル電動キックボードに挑戦。アプリの登録の他に簡単なテストがあり、また借り方返し方、料金体系、電動キックボード特有の交通ルール等を一通り習得しておく必要がある。教わればあっという間だが、独学だと1~2時間はかかるので、興味のあるヒトは事前に準備しておこう。

 

 

上手く乗れるか不安だったので、初めは御徒町の人気ののない路地まで(歩いて)行き、コソ連。ウインカーを出すつもりでクラクションを鳴らしたりといったミスを一通り体験した後、大通りへ。中央通りを秋葉原、神田、日本橋経由で銀座迄。
 

 

約6.5kmを45分かけて走行したので、平均速度は8.6km/h程。歩くのの倍位なのでさほど早くはない。せめて右折車渋滞時にすり抜けが出来ればイイのだが、やって良いのか不明。調子に乗って捕まったらケチがつくので、今回はとにかく慎重運転。

 

気になる費用は45分✖️15円+50円=725円。地下鉄なら9分180円なので、安いから乗るというものではなさそうだ。しかし多くのヒトの視線を浴びながら颯爽と走るのはなかなか気分が良い。便利さではなく、乗る事自体を楽しむものなのかもしれない。
 

 

銀座からいつものように歩き始めたが、歩行速度はあまりに遅くてイライラ…

 

 

なので爽快風景を堪能できるモノレールに乗って羽田空港へと向かう。

 

 

以前はこんな運河の街に勤めていた事もある。

 

 

品川ふ頭橋。昔はよく車で来ていた。道幅が広いので安心してドりフ卜の練習が出来た。

 

 

庄和島駅で快速に抜かれる。開業は昭和60年と比較的遅く、現在のような通過用の構造になったのは平成19年というからどちらもつい最近の事だ。

 

 

海上保安庁の格納庫。昔はココでYS-11の姿を見る事が出来た。

 

 

空港第2ターミナル着。かつてあれ程詳しかった筈なのに、右も左もわからない。
 

 

ANA機ばかり。しかし飛行機をこれだけ近くで見られるのは流石はターミナルだ。
 

 

B72。かつてあれ程つまらないと思った機体も今や少数派。この迫力はB8にはない。

 

 

 

長い長いB73も現在。

 

 

 

第2ターミナルの共用開始は2004年というから、最も飛行機からは離れていた頃だ。なので実は一度も訪れた事がないのではないか?という事に後から気づいた。

 

 

それから人生初の京急空港線(多分)で蒲田経由で品川迄。ボクが知っている空港線の姿は、国道15号と平面交差したいただけでなく、大鳥居では環八がクランク状に曲げさせられていていつも大渋滞していたという今では考えられないものだった。前者は2012年、後者は1997年の事であるから隔世の感がある。

 

 

品川着。このまま乗りつづけていれば成田空港の近くまで行ける(が近くまでしか行かない)。

 

 

再開発され、すっかり面影のなくなった品川客車区及び東京機関区跡を歩く。上空には旅客機がかなりの低空飛行。

 

 

東西を結んでいた背の低いトンネル(背の低いボクでもやや背をかがめて歩かなければならない)は、ほんの10m程が残るのみ。

 

 

大部分が開削されたり作り直されたりしている模様?→旧地下道の横を走る旧放水渠の中。

 

 

かつては昼休みに散策した事もあるる浜松町から伸びる新幹線及び貨物線下。
 

 

かつての勤務地前の運河。先程モノレールから見た運河の続き。

 

 

楽しかった#電動キックボード が目の前にあるが、今日はもう乗らない(飲酒中の為w)。
 

 

昔好きだったヒトの身内の方が営む店舗にも接近。ちょっとスリリング!?

 

 

かつての通勤経路だった芝浦界隈も古目の建物が建て替えられつつあった。3年半程毎日のように通っていた道なのにほとんど記憶がなかった。やはり10年以上通らないと印象には残らないのだろうか。

 

 

大宮駅で、またもや8111Fに当たった。

 

 

本日の電動キックボード走行軌跡。約6.5kmを45分、平均速度は8.6km/h程。費用は45分✖️15円+50円=725円だが、初回の60分クーポンがあったのでタダ。但し1回しか使用出来ず、キックボードの乗り換えは出来ないので注意が必要。バッテリーの弱った奴に乗ってしまうと大半をドブに捨てる事になってしまう。

 

 59.20 15.6

 

秋津を過ぎた3線区間に、新101系?が走行していた。3000系とよく似ているが、前面黒色部が左右に分割されているのが新101系だ。

 

 

所沢駅構内の狭山そばの冷やしたぬき特盛。麺は柔らかく、茹で麺のよう。また同店の夏季限定の茶蕎麦は冷凍品だったが、こちらは調理風景を見る事が出来なかった為、これも不明。特盛りは200円と更に高価になった。おそらく麺2玉なのだろうが、苦しいような事はない。

 

 

15:38、会場前に訪れてみた所、このような大混雑。早くもうんざりし、陸橋上の日陰で高観の見物。15時45分にゲート部が先行開場した(スタンドに入れるのは予定通りの16時)ので移動し、列の最後尾に並ぶが、ほんの5分程で入る事が出来た。

 

 

今月1日に金子侑司選手が引退を発表。今日がその引退試合日となった事もあり、チケットは急遽(かどうか不明だが)完売。本日のこの大混雑はこれが原因だったのだろうか?

 

 

速く入場したので、ブルーレジェンズのステージを観る事が出来た。…本当は早く来た理由はコレだったりしなくもなくないのだが(笑)。前回WG-30Wで撮った際にはブレボケだらけで、ブレボケしていない写真ですら精細さには著しく欠けていた。GR3をクロップ&トリミングして87mm相当。当ブログ程度に使用するのならまったく問題ない。

 

 

本日の座席からの着座眺望はこんな感じ。あの地獄の2回連続通路往来者による見切れ席の反省を活かした…のではなく、チケットを取ったのは同時期だったので、たまたまだ。

 

 

Lビジョンには金子の姿が橙的に流れる。

 

 

金子の引退試合という事で、急遽ゲストがもう一人。金子の登場曲Footprint/HEROESを歌うMs.OOJAさんがかけつけ、ミニライブを行う。

 

 

18:01、1回表。先頭打者荻野貴の放ったレフトへのライナー…
 

 

しかしレフト金子の真正面。

 

 

18:08、1回裏。1番金子。スタジアムの各方面に加えて1塁ベンチにまで深々と頭をさげる。

 

 

18:11、源田のセーフティーバントで出塁。しかし得点には結びつかず。
 

 

18:22、2回裏。佐藤龍世のレフトへのツーベースヒット。 
 

 

18:23、外崎の送りバントで1アウト3塁。岸がサードゴロに倒れた後の野村大樹。2ボール2ストライクからの3塁へのヒット(まあまあの瞬間だ)。1塁への送球がこぼれ(エラーはつかず)、1-0と先制する。

 

 

18:38、3回表。2アウトランナー2塁から荻野貴のタイムリーライトヒット(の少し前)。あっという間に追いつかれて1-1。

 

 

18:44、3回裏。先頭打者滝澤のピッチャーへの高いバウンド球がセーフに。
 

 

18:52、金子が三振し、滝澤が盗塁し、源田の打球がサードのエラーにより1アウト13塁で登場の西川の3塁線沿いのヒットにより2-1と勝越点をあげる。
 

 

18:53、なおも1アウト23塁から佐藤龍世のセカンドゴロがホームに送球され、セーフに。これで3-1に。

 

 

18:58、なおも1アウト13塁。外崎の強烈なサードゴロの打撃の瞬間を捉えた。球が本当に激しく歪んだのかカメラの構造のためかは不明だが、かつて見た事もないような形状になっている。3塁走者が挟まれてアウトに。
 

 

19:06、4回表。ポランコの打球がこの回からセンターを守っていた金子の真下へ。
 

 

19:19、5回表。この回金子はライトへ。背景がまったくないので何が何だか分からないが、大きさが徐々に大きくなってきている。その後、晩年の定位置であり、ライオンズ大応援団の目の前でもあるレフトに戻る。
 

 

20:05、7回表終了後。ライオンズラッキー7で登場したブルーレジェンズの期待の新人?人気ナンバー1(?かどうかは不明だがインスタグラムでの登場数は断トツ→猛烈なファン1名が大量に投稿しているだけ?)のiori嬢。確かに人気が出そうなのは解る。シャッター速度を下げてしまった(←何故?)ので全身ブレブレになってしまったのが残念。

 

 

20:07、7回裏。野村大樹が頭にデッドボールを受ける。球はこの後キャッチャー佐藤のマスクも弾き飛ばす。
 

 

意識はあるものの表情は激しく歪んでいる。当たったのはヘルメットだが、その際ヘルメットが数cm回転しており、その擦れも痛みの要因か。野村には代走平沼が出され、ピッチャー佐々木は危険球により退場。
 

 

20:17、1アウト2塁。、滝澤の代打として登場した信頼と実績のレジェンド栗山のライトタイムリーツーベース。球は写っていないが、渾身のフルスイングである事はよく出ている。これで4-1。
 

 

20:20、7回裏、2アウトからの金子の打席。後攻でありまあまあのリードがある事もあり、おそらくは金子のプロ最終打席となる。だが女神はほほえまず、ピッチャーゴロに。

 

 

栗山の代走となった元山がアウトになり金子は2塁に残ったものの天を大きく仰ぎ、かなり悔しそうな表情。
 

 

20:23、2アウトランナー2塁で源田。フルカウントからの一振りがまさかのホームランに!
 

 

まずは2塁ランナー金子が本塁をじっくりと踏みしめる。
 

 

そして胸に光るCのマークも誇らしげな源田を迎える。「ネコゲン」と称されたこのコンビの終焉がこのような劇的な事になろうとは!。実況アナの加藤暁さんも思わず感涙してしばらく喋れなくなる程の感動的な光景だった。
 

 

20:20、8回表、藤岡のレフトフライを、金子のお家芸である帽子を飛ばしながらの全力疾走ランニングキャッチ。
 

 

20:41、8回裏。佐藤龍世のホームランで7-1(その様子をまったく撮り損じたのはライトに愛斗が登場したのでそれを撮っていた為→なのにセンター藤原を撮っていた)。その後外崎のフォアボール後に登場した平沼がライトヒット。これで1アウト12塁に。
 

 

20:49、古賀のフォアボールで満塁に。次の元山が併殺にならなければ金子に打順が回って来る。安全策(?)をとったのかフルカウントからの最終球を見逃して三振に。そして奇跡的に回って来た金子の第5打席。ピッチャー交代(吉田→坂本)の為、しばしの時間が空く。
 

 

20:53、いよいよ今度こそ本当の金子の最終打席は右バッターボックスへ。ボール3つ続いた後、ファウル、空振りストライク、ファウル。フルカウントからの最終打球はショートのグラブへ直行。3アウトチェンジとなった。
 

 

プロ最終打席を終えた金子をチームメイトが迎える。
 

 

感動に浸る間もなく、最終守備へと向かう金子。
 

 

20:59、安田のセンターフライをスライディングキャッチ仕損じる金子。だが帽子の飛んだ瞬間を撮る事が出来た。
 


21:01、中村奨のサードゴロで試合終了。
 

 

守備についていた9人が健闘を称えある。

 

 

今年はレオのバク転は見る事が出来ないのではと諦めていたのだが、先々週に続いて2試合連続で観る事が出来た。どちらも本当に劇的であり、感動的であり、文字通り涙なくしては観る事が出来ない素敵な試合だった。バンバカ勝ちまくっていた頃がいささか退屈にすら思えてしまう程、今シーズンはボクの観戦人生の中でもダントツで印象に残るものとなった。

 

 

引退セレモニー。花束贈呈やビデオレター、本人による挨拶を終えた後、フィールド内を1周する。まずは1塁側から。今まで見た事もないような大写しで撮る事が出来た。この後、1塁ベンチで何やらハグ。愛斗が残っていたのか?

 

 

金子の応援曲を熱唱する3塁側の大応援団の前で立ち止まり、曲が終わるまで聞き入る。

 

 

胴上げ。

 

 

胴上げの輪の中から一人歩き出す。

 

 

そして一人だけでベンチ裏に去っていった。

 

 

試合が終わってからもこれだけの人々が残っていた。なので帰りの電車はやはりかなり混んでいた。だが先頭の車両ならば多少空いているので、待たずに乗る事が出来た。

 

 

本日の勝利の美酒とおつまみ。帰宅が24時を回り、いつものスーパーは閉まってしまった為、半額品の入手はならず。危険なスナック菓子でしのぶ。

 

本日の試合の様子

 

 59.60 15.3

 

先日の京都旅行の日の朝、メシを食っていたら突然歯の被せ物がガリっというイヤな音と共に外れた。口いっぱいにほおばっていた事もあり、かぶせ物の回収は一切出来ず、そのまま呑み込む事になってしまった。そんな訳で京都の宿から急遽予約をとった歯科医院を訪れた後、いつもの街歩きへ。東京証券取引所近くの古風雨な証券会社にはいつも魅了される。

 

 

生駒軒日本橋店がこの辺にあったのだが、Googleストリートビューに表示されない秘密の場所らしいので訪れてみた所、別の中華店になっていた。

 

 

いつもは夜のネオンが綺麗な店。ココは何処なのだろう?

 

 

神田付近のガード下をiPhone14の超広角カメラで。ココではGR3が望遠のようにすら感じる。

 

 

万世橋駅跡地というか、交通博物館跡地へ。

 

 

万世橋駅ホームに上がる階段、交通博物館時代には、謎の自販機スペースだった気がする。

 

 

飯田橋まで歩こうかとも思ったのだが暑さで断念。秋葉原の十割蕎麦店「嵯峨屋」へ。
 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

可も不可もない味。というか十割としては物足りない。たぬきがなかったのでかき揚げにしたが、かき揚げのボリュームはたっぷり!以前はここまで分厚かったか⁈

 

 

卓球用具製造会社の看板。長らく石川佳純が掲示されていたが、東京オリンピックの頃に一瞬伊藤美誠になっていた事もあった。石川引退後に訪れたのは初だが、早田ひなに変わっていた。

 

 

思い出の叙香苑。「スパスピ」の路上ライブの後の反省会会場としてよく利用した。

 

 

一時期は毎日のように訪れ、数々の戦利品を入手した中古カメラ店。

 

 

佐竹商店街には魅惑の街中華が数件ある。次回挑戦してみよう。
 

 

初の合羽橋。
 

 

 

食品サンプルの店は(見た限りでは)この一軒のみ。炒飯とか餃子とかビールでも買おうかと思ったが、どれも結構高額。だが実物の10倍位なので、そう考えると安いのかもしれない。

 

 

思い出の浅草六区から伝法院通り、仲見世通りを通り雷門へ。外人客ばかり。

 

日本初の地下街。やきそばで有名な店らしい。ココで1杯飲みながらの昼食もよさそう。

 

 

鳩がいたので出来るだけ近づいてみる。この直後逃げられた。

 

 

隅田川へ。格好は良いが爽快感のなさそうな船舶がやってきた。

 

 

恰好は普通だが、全般的に開放感見溢れる船がやって来た。

 

 

久しぶりに乗船。最後尾の開放デッキ部を陣取る。ココが特等席であるという事を普通の人々は知らず、多くの人々は通常客席部へと流れ込んで行った。

 

 

出航。ディーゼルの爆音と煤煙と、スクリューの水しぶきを浴びながら川を下る。

 

 

ド順光となるので写真も撮りやすい。GRならなおさらエグい色が容易に出せる。

 

 

勝鬨橋は工事中。

 

 

日の出桟橋で下船し、竹芝桟橋まで歩く。ジェットフォイルのエンジン再始動音が好きだったのだが、今日見た2艇はどちらもエンジンをかけたまま乗客を下ろしていた。(動画ばかり撮っていたので写真があまりない)。
 

 

空に大量のゆりかもめ…と思ったらセンサーのゴミ。F16。いくらこんなに絞る事はないとはいえ、気分悪い。

 


さるびあ丸(3代目)が到着。
 

 

 

 

 

 

かつてよく通っていた劇団四季の劇場。立て替え後は入口がどこにあるのかも不明。

 

 

自由劇場は「小さいおうち」状態で現存している。

 

 

通い慣れた道の上には空中通路が出来、WTCはすっかり姿を消していた。

 

 

新橋駅前。

 

59.35 14.9

 

 

7:11、五条大宮にある宿から京都駅まで、油小路通経由で向かう。その途中で見かけた西本願寺をチラ撮。これで西本願寺観光も終了。
 

 

07:16、油小路の旅館の娘が新選組沖田に親の敵討を挑み、そのまま入隊するという素晴らしい内容の芝居を昔観た。そんな想いを馳せながら通りを歩く。「里茂」ではないが旅館があった。

 

 

07:22、史実での新選組と油小路通との関係はもっと恐ろしいもので、バラバラ死体が数日間放置されるというような凄惨なものだった。

 

 

07:26、現在の油小路通。右に入口だけがチラリと見えるのが、伊東甲子太郎が絶命した本光寺。ココから木津屋橋通りを西に進んだ所にある近藤妾亭に伊東が招かれ泥酔させられた末の出来事だった。またここから北に進むと北小路の変跡、天満屋事件跡がある。

 

07:29、新選組幻の屯所とうたわれていた不動堂。この名称には記憶があったが、訪れるのは初めてだった。観光しながらとはいえ、駅まで30分以上かかった。

 

 

07:40、京都駅名物の大階段。

 

 

07:46、屋上からの眺め。僅か2日間だけだったが歩き回った古都が一望出来る。

 

 

08:10、京都から木津経由で大阪へ行こうとしたのだが、想像を絶する遠回りだった為、奈良線に一駅乗った所で断念し、引き返す事に。20分位ロスしだが、懐かしの青色205系に乗れたのでまあ良いか。

 

 

08:09、大阪まで来たら、梅田名店街のコスパ最強蕎麦店「潮屋梅田店」に寄らねば!
 

 

いつものぶっかけ大盛、揚げ玉かけ放題。今日もうまい早い安いの三拍子!

 

 

09:35、関西本線制覇を目論む。丁度大阪駅からの直通列車がある模様。だが到着した列車には既に乗客が乗っていた。天王寺発で、大阪環状線を1周した後に関西本線へと向かうようだ。

 

 

09:58、天王寺駅で懐かしい、そして首都圏では存在しなかったウグイス色の203系と離合。

 

 

10:02、百済貨物ターミナル。ココで「ニーナ」を見たのが初遭遇だった。

 

 

10:04、とある鉄塔の聳え立つ建物の横を通る。
 

 

10:29、乗り換え案内アプリでは法隆寺駅で後続車に乗るよう指示される。
 

 

10:37、大阪駅ではホームドアでうまく撮影出来なかった221系の同型車がやって来た。しかし乗務員室には運転士と思われる乗務員が3人。更に乗り切れなかった方々が4人程。更に車両の後ろにも2人程。一般客はボク一人という孤独感に襲われる。新幹線の運転士は、5年務めたらその後5年は車掌をしなくてはなならない(からイヤだ)というような大変貴重な話を立ち聞きする事が出来た。奈良電車区の隣接する平城山駅で下車していった。

 

 

11:02、木津から先は単線。

 

 

11:14、加茂駅では長時間の待ち(36分)が発生したので街歩き。古いランプ小屋があった。

 

 

11:35、加茂駅にディーゼルカーが沢山止まっていた意味が分からなかったが、ここから先は非電化区間だという事を、列車が入線して来て初めて知る。

 

11:47、笠置駅。8両編成対応の長い島式ホームが残る。すれ違い線は300m程。

 

 

11:53、木津川橋梁。この前後区間は25km/h制限区間となっている。

 

 

11:56、大河原駅。かつては東海道本線のバイパスとして貨物列車がばんばか走っていたらしく、駅構内はどこも長大で、上下線共通の側線が撤去された跡もある。


 

12:36、柘植駅到着直前の切通し。山の中っぽい写真を選んだつもりだったが前後は平地。

 

 

12:53、加太峠の頂上付近にホームのようなものがあったか撮り損じ、その後の複線を剥がした跡のような場所が中在家信号所だと思って一生懸命撮っていた。

 

12:58、加太駅出発直後。信じられないような山の中を突き進む線形と、過剰なまでの駅設備に太古の栄華を想像しながらゆく関西本線の旅。東海道本線とはまた違う魅力があった。

 

 

13:09、亀山駅に残る転車台。

 

 

13:13、約70時間振りの懐かしの313系。すっかり見慣れた存在となった。

 

 

13:59、四日市と津を短絡する伊勢線。開業昭和48年の鉄建公団線というから、武蔵野線や根岸線等と同期だ。C線では岡多線、瀬戸線と共に第3セクター化された数少ない路線だ。

 

 

14:04、四日市駅。かつては北海道でしか見る事の出来なかったDF200が出発を待っている。

 

 

14:04、反対側からもDF200。この日はダイヤが乱れておりノロノロ運転。四日市~名古屋間ですら単線区間が多数残っている中を長大貨物列車が往来するというスリリングな運用。

 

 

14:48、名古屋から(すっかり乗り慣れた)東海道本線上り列車に乗り換えた出発直後、EF64の新旧カラーリングによる重連を見かける。単機だったかとか止まっていたかは不明。

 

 

15:18、岡崎を過ぎたあたり。JR各社の機関車を淘汰する「キヤ」。豊橋〜浜松間は着席&sleeping time。
 

 

17:53、さった峠付近。今日も富士山は見えず。

 

 

18:36、浜松駅にオレンジラインの車両が停まっていて「315系か?」と恐れ慄いたが、まるでリゾート列車のような313系8500番台だった。前方眺望は抜群。全行程を立ち乗りし、乗務員室背後にへばりつく。2時間少しで熱海駅に到着。大阪で下車して蕎麦を食ったせいで予定よりも1時間以上遅くなってしまい、すっかり暗くなってしまった。

 

 

19:13、いつもは乗り換えが慌ただしい熱海駅だが今日は少し時間があったので下車して買い出し&駅前観光。古い蒸気機関車があった。
 

 

19:28、その後はいつものグリーン車宴会。価格が1550円に上がってからは2度目。今回は「山側」に座ってみた。暗くて何も見えないものの、小田原から先は貨物線が平行する為、海側よりも退屈しなかった…かどうかは微妙だった。

 

 

21:19、尾久で多数の機関車を目撃。久喜まで行くメリットはなかったのでおとなしく大宮で下車。今回も猛烈にハードで猛烈に楽しい旅行となった。次は冬休みか⁈

 

 XX.X XX.X

 

梅小路公園で保存されている京都市電2000型。連結運転が可能で、電気栓、空気管共に接続可能な密着連結器を装備してたのだが、この写真ではまったく写っていない。背後の京都タワーをなるべく大きく写す為、X1.7倍クロップを使用して130mm相当で撮影している。

 

 

7年振り2度目の京都鉄道博物館を訪問。80系電車初期型。まだ「湘南顔」になる前。内部はニス塗りの木張で、工芸品のようでもある。

 

 

0系のトップナンバー車4両。反対側の先頭車以外は入る事が出来ない。

 

 

日本に1両しか残っていないDD54。特徴ある台車部が一切見る事が出来ない。

 

 

DD54のダダっ広い運転席。

 

 

これは…何?現物?!

 

 

トワ釜の連結器付近に波型←→密自の切替えを見つけて大興奮。しかし密自に空気管はない。よく見ると空気管の台座を削り取ったような跡がある。一体どういう経緯があるのだろう?

 

 

京都鉄道博物館屋内展示の実車編。やはり以前と同様の感想だが、車両前に線路がないのは家のカーペット上にHOゲージを置いているようで現実感がまるでない。
 

 

100系新幹線をなるべく恰好良く写せる場所を探すと、そこはEF52のデッキの上だった。

 

 

ブルドッグと称されるキハ81の特長あるボンネット及び機械室がうまく写る場所を探す。柱が大変邪魔だが、迫力はある。

 

 

 

EF66やDD51を天高らかに掲げているのは、普段見る事の出来ない車体下部が見れるからとの事だが、結果二度と館外に出せなくなってしまった。写真を撮るにも普段見る事のない見上げ構図しかない。普通に地下道を掘れば良かったのでは?
 

 

いつも「これでイイのか?」と思ってしまうシュールなEF66の顔面。破棄するよりはマシか…

 

 

メインホール的な箇所を背後から見るとやはりシュール。大宮てっぱくでも南館1階に同様な箇所があるが、背後には回れないようになっている。

 

 

車両の前に線路がなく絨毯なので、実車感がまるでなくなってしまう。

 

 

長期修理中だったC571がボイラーだけになっていた。入口にあった煙室扉はC571の実物だ!2023年10月から全般検査が行われているとの事だが、早や1年?
 

 

京都鉄道博物館扇形車庫編。スチーム号としてよく活躍していた C612が、廃車待ち車のようにかなり錆びついていた。2018年に構内の脱線事故で先輪が損傷。以来稼働していない。

 

本日のスチーム号はC56 160。一時期はC57と共に本線走行に仕いていた事もあったが、ATS-Pの搭載が難しいという事からD51 200に本線走行の座を譲り、構内専用となった。

 



逆転機の操作ミスで車止めに激突したC622のテンダーの台車。曲がってはいるが構内走行をする程度なら影響なさそう。エンジン側は扇形庫内で何やら整備中。
 

 

やはりスチーム号での活躍が多かった8630が有火で蒸気ドームカバーが外され、何やら点検を受けていた。

 

 

かつての特急展望車マイテ49が扇型車庫内に収まっていた。我が家の何処かに関水金属製Nゲージモデルがある(それで名前を知った)。青大将色を自家塗りで茶色にした筈。もったいない。

 

 

C53のグレズリー式弁装置が外から見える。あと10cm身長が高ければ更によく見えたのだが…

 

 

梅小路京都西駅の下部。このような感じで何もなかった高架に駅を作る事が出来る模様。
 

 

宿までの途中に、新選組に縁の深い島原界隈がある。角屋では芹沢鴨が酒の席で大暴れし、また八木邸で暗殺される直前ににココで泥酔させられりした場所だ。また慶応3年の正月(旧暦)に、伊東甲子太郎、長倉新八、斎藤一らが切腹覚悟で門限破りを決行。どうせ死ぬんだからと3日間ここで飲み明かし、4日目に近藤らの使いにより屯所に連れ戻された。幸いにも切腹は免れ謹慎処分で済んだ。

 

 

輪違屋。古い建物は好きだが別段詳しくない僕にでもただならぬ気配を感じた。入口には「観覧謝絶」と厳しく書かれている。きっと今までにも多くの無謀な観光客がこの門を叩いたのだろう。そのくせ入口の小さな扉は開いているのだから罪な話だ。

 

 

島原の内と外とを結ぶ島原大門。目の前にこの風格ある門が突如現れた時には、そのあまりの非日常さにびっくりした。このようなものが道路のまん中にあり、車が門の中を行き来しているのだ。門の向こう側にはいかにもな魅惑の街が広がっているかのように感じるが、現在では門の向こうも普通の街並みである。ただかつてを忍ばせる建物が多いのもたしかである。

以前は西側にも「島原西門」があったが、交通事故で倒壊した。昭和52年の事だったが、島原の長い歴史からすればつい最近の事だ。まったくもって惜しい。この門もいつ車がぶつかってもおかしくなく、ハラハラするが、やはり時々ぶつかるらしい…

 

 

 

…と、角屋、輪違屋、島原大門に関しては2003年に訪れた際の記事をそのまま引用してみた。当時はまだブログはなく、HTML直打ちでブログのような事をやっていた。

 

 

流石に疲れたのでまだ明るいのにそのままゴロゴロし、メシもコンビニ弁当で済ます。明日も普通に起きてまったり帰るつもり。

 

 XX.X XX.X

 

07:57、やはり7時頃に宿を出発し、嵐電に乗って嵐山へ。

 

 

08:16、凸凹凸凹メンバーと訪れた事もある思い出の渡月橋を10秒位見物。

 

 

08:43、JRの嵯峨嵐山駅へ。トロッコ列車が留置されている。

 

 

9時のトロッコ嵯峨駅開門と同時にお目当ての19世紀ホールへ直行。

 

 

数量のSLが展示されているが、室内展示だけあってものすごく綺麗。但し建物を壊さない限り二度と外に出す事は出来なそう。
 

 

D51の奇妙な生首。大宮鉄道博物館のそれとはまた雰囲気が著しく異なる。

 

 

この奇妙なD51は、保存用として追分機関区にいたが、昭和51年4月の火災で後部が焼けてしまったもの。書類上では今でも「保留」扱いとなっている…と当館の案内板には記されている。

 

 

09:53、嵯峨嵐山駅に隣接するトロッコ嵯峨駅から嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に初乗車。改札が開始される。全席指定なので別に急ぐ必要はない。

 

 

トロッコ列車専用のDE10.以前も何度か見かけた事があったが、こんなに近くからは初。

 

 

5両編成のトロッコ車両は全車「トキ25000」から改造されたもの。その貨車の乗り心地は、正直な所劣悪。ヨ8000を私有購入し、コンテナ貨物車の最後尾に連結して全国を巡るというような文字通り夢のような旅を考えた事もあったが、もし同様の乗り心地だったら発車10分程で不快感を覚え、30分程で逃げ出していた事だろう。

 

 

10:12、保津川の流れは、下り列車に対して初めは左側に流れる。

 

 

10:16、保津川橋梁を渡った以降は常に右側を流れる。保津川下りの船が見える。

 

 

10:18、このようなややこしい場所も川下りの船は突き進む。だが本当に激流な箇所では横に一直線の側道のようなものが建設されている。

 

 

10:20、一方こちらはラフティングのゴムボート。通常の川下り船よりもスリルがあり、しかも自分で操作するという醍醐味があるという。

 

 

10:21、新線最後の橋梁の下をくぐる。

 

 

10:23、激流箇所はまだまだ続く。

 

 

10:24、急に視界が開けると、まもなくトロッコ亀岡駅だ。本当は国鉄時代の旧客で訪れたかった。ぎりぎりそんな事が可能な時代を生きていたのだが、当時は「乗り鉄」 といった言葉もなかった頃。福知山線旧線同様、風光明媚な路線を逃してしまった事を猛烈に後悔した。
 

 

10:35、復路は川側の席が取れなかった。なので普通に山陰本線で帰っても良かったのだが、もう二度と乗らないかもしれないからという事で再び乗車。下りの推進運転時には制動時にガッタンゴットンとかなり激しく揺れまくったが、上りは特に感じなかった。
 

 

10:40、トンネル内ではGR3の暗闇モード(自作)が吠える。1/30、F4、ISO5000。

 

 

10:41、旧保津峡駅。車道を使って訪れた事は何度かあるが、駅前に車を停める事が困難で、また途中の峠道も狭くて急峻なつづら折りが続く為、訪問には勇気がいる。

 

 

10:44、再び保津川橋梁を超え、眺望が戻って来た。距離は短いものの左岸からの眺めもなかなかなもの。往復で左右の席を確保しておいて良かった。

 

 

10:49、途中プチ倒木て停車した際には窓から手や顔を出して撮影。走行中にやるのは(イイ悪いを別にしても)結構怖い。
 

 

10:53、渓谷の写真は僅かだが、沿線写真はまあまあ撮れた。

 

 

10:54、トンネル内には木が茂る心配がないので手を出して撮影。うまく流し撮り出来た?

 

 

11:00、トロッコ嵐山では8割方が下車してしまい、のびのび。

 

 

11:07、下車後にもホームに居残り、約5分遅れで間髪入れずに折り返してゆく下り列車を見送る。DE10のエンジン音にはまだまだ余裕がありそうだった。

 

 

11:32、トロッコ嵯峨駅=嵯峨嵐山駅から太秦までプラプラ歩行。といっても炎天下なのでお気楽散歩というよりは修業のような歩行となった。

 

 

11:37、以前2度訪れた事のあるスーパー銭湯のような施設。その頃は朝の7時からやっていて重宝したが、現在は朝10時からとなっている。

 

 

11:50、帷子ノ辻の駅前にあるやはり昔(凸凹凸凹メンバーと!)訪れた事のある食べるラー油の発祥と言われる菜館Wongへ。しかし脂っこいものばかりで(そりゃそうだろう)、昨夜もてんこ盛りフライドポテトを食った事もあり、またもや見送る。

 

 

11:52、その時見かけた大魔神像。

 

 

11:56、その時車(ロケバス)を停めた松竹の撮影所。

 

 

12:13、太秦駅からJRに乗って新駅「梅小路西京都駅」へ。

 

 

~~ つづく ~~

 

 

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京都旅行2日目は、大回り乗車による大阪近郊区間制覇を予定していた。

 

大回り乗車で乗り損じた所は、最終日に青春18きっぷの特性(同一駅通過可、同一路線往復可)を活かし、これで(JR東西線以外の)大阪近郊区間を制覇する予定でいた。だが事前に綿密に(?)立てた計画は、出発直前に急遽白紙撤回される事となった。というのも、宿から駅までの距離が約2km、30分近くかかる事が判明したからだ。図に時刻が書き込まれているが、京都駅を5:02に立つ為には4時に起きなければならず、あまりにしんどい。

 

 

07:08、6時に起きてのんびりしてから7時に宿を出発し、大宮通りを北上する。どう見てもやっていなさそうな店舗が目の前に飛び込んで来た。食堂という文字がかろうじて見える。かつては桔梗屋という麺類の店であった事がストリートビューの最も古い2009年の画像で確認出来る。但しその頃既に営業はしていなかった模様。

 

 

07:20、四条大宮の駅前まで行った後、1本下った綾小路通りをひたすら東へと進む。ひなびた電気店が取り壊され時間貸駐車場になった事に対する怒りの文章が記されている。

 

 

07:33、非常に古風であるが、京都では近代的と言えるのかもしれない散髪店。これには目が釘付けで、後に同じ場所を通った時にも熱心に何枚も撮影していた。

 

 

07:35、元は企業のオフィスとして使用されていた古民家が2010年頃に飲み屋に改修された。

 

 

07:54、古民家はあまりに多く、いちいち撮っていた所あっという間に飽きてしまった為、以降はいつもの街歩きの時のような写真ばかりとなってしまう。

 

 

08:06、「下京区」という看板がなければ京都だとはまったく思えない。これは占い店らしい。

 

 

08:15、写真家の三井先生がインスタにあげており、Googleマップの「行ってみたい」に記録されていた四冨会館。表向きは普通の店舗のようだが、鰻の寝床のような長い廊下の左右に無数の小規模な飲み屋が軒を並べている。丁度酒類の配達者が中に入っていった時に少しだけ内部を見る事が出来た。

 

 

08:36、綾小路通りの終点と思われる綾小路橋。細々とした飲食店の浦を流れる高瀬川。

 

 

08:38、やはり「行ってみたい」に記録されていた、お珠ちゃん推薦の「地球屋」の場所を確認。しかし一人では入りにくそう。

 

 

08:50、四条大橋から東華菜館を臨む。1926年竣工。内部のエレベーターは日本現存最古。

 

 

09:03、勇気を出して先斗町に突入。少々危険な場所なのかと思っていたが、別段普通。歌●伎町やヨシ原といったような恐怖間はまるでない。但しこれらの店に入れるかというとそれはまた別の恐怖がつきまとう事だろう。

 

 

09:16、新選組好きなら避けては通る事の出来ない「池田屋」の跡地。その昔はケンタッキーだったとかパチンコ店だった事もあったが、現在はチェーンの居酒屋となり、一応名前も継承している。詳しくはみていないのだが、店内には京都映画村の協力による何やらがあるらしい。

 

 

09:31、同様に坂本龍馬ファンは避けては通れない終焉の地、近江屋跡。実際の跡地は隣のコーヒー店の場所だったらしい。以上で本日の京都街歩きで訪れたかった場所は完了。まだ9時半であるが早くも時間を持て余し気味。

 

 

10:02、その後も木屋町通りをウロウロ。古風なのかハイカラなのかよく判らない店舗が結構多く存在する。はたしてどうなのか。

 

 

11:19、あまりにやる事がない為、まさかの観光地の観光。新京極を南下し、寺町京極通りを北上する。

 

 

11:24、更にはその後「錦市場」も歩くが、外国人観光客ばかり。美味しそうなものが売っているものの、どれも目玉が出そうな高さ。
 

 

11:29、錦小路通と柳馬場通りの交点にいた猫。

 

 

11:55、市場を出た後も錦小路通りを更に西へ西へと進んだ所に、リアル古民家な蕎麦店を発見。大盛が+100円というのに惹かれてえいやっと飛び込むと、店内に客はおらず、女将さんの「おいでやすおおきき!」のガチ京都弁にビビったが、じきに常連さんでごった返す。
 

 

珍しく冷やしおろし。わさびがなかったが、おろしが十分に辛かった。お汁は甘め。麺は柔らか目で食べやすいが、勿論茹で麺ではない。

 

 

13:00、油小路通にあった古風な医院。

 

 

あまりの暑さに一旦宿へ戻り、水シャワーの後1時間半程ゴロゴロして再出発。明日朝に訪れる予定だった新選組縁の地巡りへと出発する。15:21、まずは壬生寺。

 

 

15:22、壬生寺とは目と鼻の先である八木邸。文久3年9月、芹沢鴨と平山五郎が当地で暗殺された。観光地化されており誰でも入れるのだが、実は一度も入った事がない。

 

 

15:25、八木邸のはす向かいともいえる場所にある前川邸。古高俊太郎に拷問にかけたり、山南敬助が切腹させられたという場所だ。一般民家の為、かつては邸内をのぞく事すら出来なかったが、近年(=NHK大河ドラマで新選組を扱った頃)は土日に限り一部を公開している。

 

 

15:53、近くを通る嵐電でプチ撮り鉄。一見ケツ打ちのようだが正面姿で、この直後にダブルクロッシングを通過する。

 

 

15:55、光縁寺。山南敬助の墓があるが、その横に「沖田氏縁者」なる墓標が存在する。沖田のイイ人というのがもっぱらの噂であるが、名をおきんと記した(ネット上の)記述を見かける。おきんさんの登場する新選組系の舞台を観た数週間後に当地を訪れた事があった。見物見学は禁止だが墓参りは可能。

 

 

16:00、事前に調べておいた四条大宮駅前にある立ち飲み屋庶民へ。1人立ち飲みデビュー!

 

 

16:05、まずは瓶ビールと、最近油物の摂取が多かったので刺身盛り合わせを注文。

 

 

16:20、続いては冷奴、しらすを瓶ビールと共に注文。まだ時間が早かったので店内はさほど混んでいなかったが、夜は「満員電車」と形容される程混むらしいのでのんびりちびちり飲むのは気が引ける。中瓶2本を30分という我ながらのハイペースで空ける事となった。計1550円也。

 

 

17:57、流石に飲み足りないので、午前中に場所を下見した地球屋へと向かう。朝あれだけ遠いと思った道のりも、2度目だからか酔っているからかあっという間。18時の開店直前に到着。
 

 

18:09、この店のフードは量が大変多く、4〜5人で訪れると大変安く飲める反面、お一人様ではかなり苦しそうな事を事前にリサーチ済み。ナポリタンも食ってみたかったが、食いきれるかどうか不安だった事もあり断念。

 

 

18:13、あれ程油モノに気をつけていたにも関わらずまさかのフライドポテト。一人では食っても食ってもなくならない至福のひと時。しかしこれをたいらげるのが精一杯で、他の品を注文する事は出来なかった。

 

店内の様子の一部。このような空間が続く。喫煙可能店というのが辛い。

 

 

19:01、大瓶1本で約1時間。まあまあイイペースで飲めた。1150円也。

 

 

 

 

 

 

19:43、約45分かけて帰宿。流石にもう何もいらない…がもう1本だけ飲んだ。

 

 

本日の歩行履歴。7時から20時迄、途中蕎麦店で30分、宿で1時間半、飲み屋2軒で1時間半程休んだので、実歩行時間は9時間半で約18km程。平均速度は僅か1.9km程だった。

 

 XX.X XX.X

 

07:04、またまたまたまた!普段見慣れない鉄道車両が沢山登場する機会がやって来た。まずは前方眺望が劣悪な211系で甲府迄。
 

 

08:09、勝沼駅の旧ホーム。この辺にEF64が保存してあった筈だが、木々で見えなかった。

 

 

09:34、日野春駅の給水塔遺構。1904年の駅開業時に建てられたらしい。

 

 

09:54、映画「怪物」のロケ地探索で訪れた事もある旧立場川橋梁。今年6月に撤去の方針が表明された。この美しくも少々不気味な遺構を見る事が出来なくなるのも近々なようだ。

 

 

11:41、木曽福島駅で保存されているD51 775。塩尻を超え松本まで行く事により、かつて未踏破に終わった篠ノ井線を制覇出来るのだが、2時間位余計に費やすのでやめ、塩尻ですぐに中央西線に乗り換えた。

 

 

12:59、中津川駅の駅そば「根の上そば」。駅の中と外の両方に対応(写真を撮り忘れた)。いつもの冷やし系の蕎麦がなかったので温そば。油物を控える為シンプルな素蕎麦に。たまには温かいのも良い。湯気でカメラが湿るのを嫌って素早く撮った為、よく見るとブレている。

 

 

中央西線中津川〜名古屋間は、JR東海が2022年より運用を開始した新鋭車315系に乗る。

 

前方眺望の極めて良い車両を揃えているJR東海の最新車両は一転!あの悪名高き211系よりも遥かに劣るものになってしまった。これは残念。空いていたので一人ならばなんとかなるもののトンネル区間に入ったらおしまいだ。幕を閉められてしまう区間が多数存在した。

 

 

15:12、穂積駅通過直後。

 

 

15:19、大垣駅での乗り換え時に見つけた黒板アート?

 

 

16:00、柏原~近江長岡間。伊吹山が真正面な所で、運良く681系しらさぎがやって来た。

 

 

16:01、進路を約90度かえ、伊吹山が真横になった所へ運よく新幹線がやって来た。

 

 

16:24、米原から、過去2度乗車に失敗している湖西線(強風&事故による大幅遅延)に挑戦する事にした。近江塩津行きはなく、長浜乗り換えなのが少々面倒臭い。223系の前方眺望はやはり抜群。今回は少ししか乗れなかったのが残念。

 

 

16:37、長浜から521系。これはIRいしかわ鉄道やあいの山富山鉄道でも使用されている交直車だが、交直セクションを通過するのはIRいしかわ鉄道のみ。新性能短編成車として統一設計をする事により設計費や修繕費を押える意図なのだろう。

 

 


17:17、近江塩津駅から同様の521系に乗る。やはり直通ではなく、近江今津行。



17:19、近江塩津駅発車直後、サンダーバードと離合する。681系か683系かは識別不能。

 

 

17:37、近江今津からはかつての新快速車221系。20年ぶり位に乗った。瞬間起動加速度は最強!?(モノに掴まらずに立っているのは何度試しても無理だった)。

 

 

17:59、近江高島駅出発後、琵琶湖が間近に迫ってくる。美しい車窓だが、車両がすごく汚れていたのと、夕闇が迫っていたのであまり堪能出来ず。特に山科 の東海道本線との合流がほとんど見えなかったのが残念。

 

 

18:48、京都着。今回も最寄駅〜大宮〜京都まで14時間立ちっぱなし!これで中央本線(辰野〜塩尻間を除く)と(あの難関の⁈)湖西線を制覇!!

 

 

京都に来たなと実感する駅前にそびえる塔。美しくライトアップされているが、よく見ると不気味でもある。1964年竣工。
 

 

同じく京都名物の関西電力京都支社。1937年竣工というから今や立派なクラッシックビルだ。

 

 

19:01、大通りから1本外れた所を歩くだけで、このような古民家のオンパレードとなる。

 

 

19:14、やっているのか不明な堀川五条にある飲食店(→閉業)。

 

 

19:18、宿に到着。京都駅には18:47着だったので、多少写真を撮りながらのんびり歩いたとはいえ、あまりに遠すぎる!…が、新撰組ゆかりの壬生や島原は目と鼻の先でもある。

 

本日の夕食兼おつまみ。

 

 

何故かダブルの部屋だった。ベットの広さより、ベッドと机の間の距離が広いのが嬉しい。

 

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