待望の[てっぱく年間パスポート」再販! | PRYCE16写真日記

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ナポリタンを名物としている大宮の中でも有名な店舗である「ひまつぶし」に、久々にやって来た。埼玉が誇る(?)FMラジオ局であるNACK5の直下である事もあり、入館証をぶら下げた人々がみな局員に見えてしまう。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

味はピリ辛系。一時は食うと翌日調子が悪くなる事が多発したので封印していたのだが、まあなんとか。標準盛りでもなかなかの量で満足だが、大盛りが100円増しで出来るとなると、ちょっと挑戦してみたい。

 

 

 

それから北へ向かって1.8km程歩く。その中間にある青大将の生首を「ポジフィルム超」で撮影。ピーカンど順光の時には向いている。乱用注意。

 

 

やって来たのはココ!。約1年半振りだ。何故突然訪れたかというと…

 

 

待望のコレ(年パス)が復活したからだ。コロナの影響で2020年春に販売を中止。その直前に入手していたので一見お得だが、しばらくは博物館そのものが閉館してしまった為、使用出来たのはやや少ない。しかし人数限定の事前予約購入のみという極めて限定的な中での再開後も、まるで顔パスかのように涼しい顔で入れたのは特権的でもあった。2021年正月に失効した後は、どうしてもみたかった2022年6月に一度事前予約で見にいった、きり。今回は1年4か月振り位の訪問となった。

 

 

「大機関車展」という、ボクが最も好きそうなテーマの企画展が催されていそうだったのだが、開催開始はほんの数日後だった。だがこういう時に「また来ればイイや!」とサラリと流せてしまう所が年パス所持者の余裕だ。

 

 

列車種別と行先表示が貫通扉内に縦に並んだ特徴ある山陽電鉄3000系の切り身は初見だった。

 

 

普段はあまり訪れる事のない館内の北エリアを訪れてみた。

 

 

元々は動態保存機としてやって来たものの、その後に静態化してしまったキハ11。

 

 

元々は館内展示だったものの、EF55がやって来た際に敷地の端に追いやられてしまったDD13。

 

 

車輪構造の歴史が判る展示なのだが、同内容の展示はエントランスホールにもある。どれも何となく残念な仕打ちを受けている。

 

 

本館1Fの北端にあるキッズプラザ内に置かれた103系(高運ATC仕様)。僅かだが通勤に使用した事がある。全面眺望が堪能出来るのは限定1名だが、営団6000~8000系のように「0名」なのに比べるとマシである。

 

 

リアルプラレール。Nゲージでは(見えなくて←老眼で)不満だがHOゲージには手が出ないヒトにはうってつけな気がする。50年位前のカツミや天賞堂製のモデルよりもよっぽど精密なのではないか。

 

 

パックに東海道本線前線電化記念のヘッドマークが掲げられていた。青大将にとりつけられた写真はよく見た事があった。先程の青大将にもつけてもらいたい。

 

 

そんなEF58の主幹制御機。本日のお目当ての一つだ。旧型電機ではこのハンドルを、電流計をみながら少しづつ上げていく必要があり、強引にハンドルを引くと大電流が流れてヒューズかブレーカーが飛び、また直列、直並列、並列と、ギザギザが3か所に分かれているが、それらの最手前側以外には抵抗器が入っている為、長時間入れていると抵抗が焼けるという大変デリケートなもののようだ。蒸気機関車程ではないものの十分に難しそうだ。

 

 

 

いつものED75だが、77mm相当のものをX1.7クロップし、130mm相当で撮影。

 

 

この意図な何か?→24mm相当で歪まないような構図を何となく狙ったものと思われる。

 

 

iPhone14の超広角レンズを使用すると、EF55を正面から狙える。但しこれが格好イイかは別の話。基本、鉄道車両や自動車等は、出来るだけ遠くから望遠で撮るほ方が(ボクは)好みである。子犬のダックスフントの顔を接写したようなものが昔流行ったが、大嫌いだった。

 

 

ただでさえ撮影の難しい当館の0系新幹線。常設のくす玉に加えてテープカットを模したものが増えていたが、これこそ超広角レンズなくしては撮影困難。本当はもう少し車両に近づけた方が良さそうだ。

 

 

何気ないE1系のアップだが、背後に通勤電車が絶妙のタイミングで写っているのがポイントだ。野球の打撃の瞬間を狙っていた者にとっては造作もない事…でもなく、勿論偶然だ。

 

 

最近流行りのホワイトボードアート的な追加解説ボード。公式側(車両左側面側)に「惜別感無量」のプレートが貼られている事をこれで(後から)知った。交通博物館時代では見る事の出来なかったものだが、鉄道博物館開業後17年も経て初めて知った。次回確認してみよう。

 

 

科学ステーション以外、特に何もない本館3階をブラブラ。こんな事が出来るのも年パス所有者の余裕だ。入退場ゲート直情のこの場所が結構高くて、高所恐怖症者にとっては、とある箇所がキュンとする程怖い。

 

 

そんな恐怖の3階からかつての日本食堂があった付近を見下ろすと、阪急電車のような車両にヒトが群がっていた。これこそが本日の最重要目的だったEF58 61だ。SNS等で既に多くの写真を見ていたので珍しくはなくなっていたのだが、一年半振りの訪館という事もあり、実車を見るのは実は初めてだった。

 

 

 

透明の壁が見る角度によってはまるで台座のように見え、各地のワム8等のように車体のみにされているように見える。そして自然光なのは良いのだが、どうがんばって逆光になってしまう。薄暗い車両ステーション内といい、写真撮影には不向きなものばかりだが、そもそも鉄道車両を博物館で写真に撮る行為自体がナンセンスな事なのだろう。

 

 

光輝く連結器やその周辺のロッド類。普通の鉄をこの色に保っておくのは相当な労力を要す。

 

 

砲金製のプレート類は金色に光り輝いているが、ちょっと内容が読み取りにくい。

 

 

一方ブレーキロッドの構造を見るには都合が良い。車両ステーション内に展示されている同型機「パック」などは、全てが真っ黒に塗られた上に薄暗いというか台車部は無照明に近い中ではほとんど何も見えないのに対し、ブレーキシリンダーからの力が1:2に分割されている様子が非常によく判る。この左側のロッドはその後更に1:1に分割される事により、1つのブレーキシリンダーの力が3等分され、各動輪に加わっているといったような事が非常によく判る。

 

 

インフォメーションカウンターの背後に突然見える「教祖様」。かつてココに何が置いてあったのか、今ではもう思い出せない。

 

 

再び3階に上り、教祖様と「安中貨物」の2ショットに挑戦するも、残念ながら単機。とはいえあまりにも酷いシャッタータイミングだ。

 

 

SL全廃後、保存用にと追分機関区に置かれていたものの、その後火災に見舞われた機関車達のプレート。D51 603は焼け残った前頭部がトロッコ嵯峨駅の19世紀ホールに展示されている。元々は上野の科学博物館に展示される予定だった。

 

久しぶりだった為か、滞在時間は過去最長とも思える4時間10分にも及んだ。

 

 

北大宮駅まで歩くついでにもう一駅歩いて大宮公園駅へ。せっかくなので「県営大宮球場」でも見ようかと公園内を散策。

 

 59.25 16.5