働く女性専門~職場で部下・同僚・後輩とストレスフリーな協力体制を作る人間関係サポート -45ページ目
仕事にやりがいを感じられなくなった30代半ば。
自分の好きなことで職に就くべきだと感じ、映画が好きだったのでシナリオスクールに通い始めました。
しかし、全然充実感が湧いて来ません。
それどころか、発表した課題シナリオを他の受講生達からボロクソに批判され、恐ろしくてトラウマになってしまいました。
しかも、ドラマに対するある限界性を知ってしまいました。


「自分はやりたいことが見つからない」

そんな中、コーチングを勉強しているのですが「あっ、これかも!?」と思い始めています。けど、依然としてやりがいは感じていません。

そして、気づいちゃったので〓す。

自分にはやりたい事など無いのだと。

やりたい事が無かったら人の役に立てばいい。

人と人との繋がりに役立つ働き、社会起業家を目指したいと思います。

だって、日本は世界中でも識字率が高いのに、教育が整えられていない国よりもコミュニケーション力が劣っていると思うからです。


言葉が本当の意味で機能するために。


もうすぐ40歳が語る天職論でした。
会社に勤めていて思うのは、雇用されると言うことは会社に対してある献身を求められるのではないかと。
そして、その献身の表れは、人の顔色を伺うという形て表れる場合があると思います。

そうなれば、休みの日であっても相手(法人)の存在は消えることはないわけで…

確かに休みの日は誰にも侵害されない時間ではあるのですが、純粋に拘束から逃れられているのでしょうか?

起業するとは安心を得ると聞きます。法人への献身が自由を得るなら、徹底的に自分が決めたことへ身を捧げ、休みがないほど働いた方が遥かに健康的ではないかと思います。幻想かも知れません。

しかし、どんな仕事もしんどいならば、せめて楽しく働きたい。仕事そのものを。働きがいを感じてみたいと、ふと、思いました。

またまたコーチング入門講座での体験談です。


司会者「二人一組のペアを作って、1分間相手を誉めてください」


私「素敵な腕時計ですね」

相手「ああ、そうですか」

私「・・・(明らかに素っ気無い・・・ショック! まだ制限時間になってないし、何か言わなきゃ。)」

私「素敵な目ですね。穏やかな気持ちになります」

相手「え、そうですか?」

私「(手ごたえアリ!?)はい、とても優しい印象を受け、安心します」


もう体中の毛穴から汗が吹き出るのは!?と思うくらい恥ずかしいやら照れるやら・・・でも、2つ目の言葉で相手の顔がほころんだので的を得たようです。

自分は今まで人が本当に喜ぶ言葉をほとんど考えて来なかったと痛感しました。


☆制限時間→交代

相手「素敵なメガネですね」

私「ああ、そうですか(俺じゃなくてメガネね」

相手「何か小さい男の子に人気がありそうな雰囲気を感じます」

私「えーそうですか(そんな風に見えるのか、悪い気持ちしないな)」


★ペアの組み換え

私「声がとってもいいですね。落ち着いた声なので聞いていて安心します。」

相手「そういうこと言われたのは初めてです。」



人は身に着けている服やメガネ、アクセサリー類などを誉められてもあまり喜ばないようです。理由は物自体が誉められているからです。なお、その身に着けている物に本人だけの思い出があると喜ばれるでしょう。また、物を通してその人のセンスを誉めた方が良いかと思います。


そして、もっと効果的なのは、物よりその人にだけしか無い箇所または印象を誉めることです。「目が素敵」、「小さい男の子に人気がありそう」など他人は容易に真似できない側面・印象です。


また、今回は事前に相手と少しもお話してません。つまり、心にパッと浮かんだ第一印象をすぐ初対面の相手に伝えてしまっているのです。ですから、誉め言葉は相手を良く知らなくても大丈夫と言うことです。


相手が喜ぶ時は心の扉を開いた瞬間でもあります。

遠慮なく、お邪魔しましょう(‐^▽^‐)。


自分の口で自分をほめず、他人にほめてもらえ。

自分の唇ではなく、異邦人にほめてもらえ。

旧約聖書 箴言27章2節



最近、あちこちのコーチングスクール入門講座、コーチング無料体験を受けている。


そこで「共感」と「同感」の違いが自分の中で明確になりました。


同感(または「同情」)は自分から言ったことに対し、相手が「私も同じ思いです」や「あ、自分も同じー」などの返答です。自分はこのように言われると「だから?」と思ってしまいます。皆さんはどう感じます?


「共感」は「○○さんは××のことをそのように思っているのですね」と言うこと。いわゆるオウム返しみたいなものです。一見、相手の言ったことの単なる繰り返しで芸が無いように感じますが、実際にやってみると自分の発した言葉による想いが相手に届いたと実感します。そしてこの実感は心の安心になり、相手への信頼に繋がります。


入門講座では参加者同士でコーチと役とクライアント役を交互に実体験しますので、私が感じただけでなく、相手も「自分は受け入れられた」と安心し、うれしくなったそうです。


共感は他者に慰め、癒しを与えるのですね。


同感はできなかったらそのまま。共感はしようと意識すると誰にでも出来る技術(スキル)なのです。一つ勉強になりました。


預言する者は、人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰めます。

新約聖書 コリントの信徒への手紙一 13章3節



私は電車の中で本を読むのに夢中になり、降りる駅を乗り過ごすことが時々あります(今日もやりました)。

不思議に思ってしまうのは、降りる駅の車内アナウンスを聞いるねに全然気に留めず、一つ先の駅名を聞くと「あれ!?」と初めて我にかえるのです。

なぜ、降りる駅名を聞いたところで気づかないのか。
どうやら、僕の脳は音声を記憶して聞き分けていると言うよりかは、聞き慣れた音は安心して気に留めず、聞き慣れない音を聞くと「おや?何か変だぞ」と感覚で反応しているらしい…

動物感覚か!?