RHJ (著) 三浦 哲 (翻訳 ) 成甲書房

この世には、
欲しいものが次々と手に入る人がいるが、
彼らは特別な星の下に生まれたのだろうか?
それとも、
欲しいものを自由に手に入れることができる
魔法の力でも持っているのだろうか? 

答えは、どちらも「NO」。

誰でも
自分の欲しいものを手に入れることができるのだ。

ただ、そのためには
「本当に欲しいものとは何なのか」を、
しっかりと認識する必要がある。
世の中は、「ため息」「グチ」「小言」で満ちている。
だが、ぼやくばかりで、
「本当に欲しいものは何か」について、
さっぱりわかっていない。

大切なのは、それをはっきり認識することだ。

新しい期に入って、
毎度毎度の難問に突き当たります。

人材育成・・・


人材育成の主役は誰かということです。

私の個人的な意見ではありますが、
人材は「育てるもの」というより、
勝手に「育つもの」だと考えています。

みなさんは「育てるためにどうしようか」
という視点で人材を見ていることが多く、
「育つためにどうしたらよいか」
という視点が不足しているように思います。

経営者 や人事担当者が主役となって育てるというのは、
いわば驕りであり、個々のメンバー が主役になって
勝手に、自ら育つことがより大事だと思います。

自分自身を省みても、先輩と思える人は、
すべからく勝手に育つ環境を与えてくれたと思います。

人材という大きな括りで考えるだけでなく、
単純ではありますが“個”に焦点を当て、
たとえば「Aさんが成長するために何が必要か?」
と考えるだけでも、
たくさんのアイデアが生まれるように思われます。

決して専門家の方々の人材育成を
否定しているわけではありませんが、
育てる方法論だけでなく、
どうやって育つ環境(組織)づくりをするか・・・
どうやって全社(全員)で考えるか・・・
そんな視点の転換が必要ではないでしょうか?

もちろん簡単な事でないのは
日々身に沁みていますが・・・


■2004年8月29日 鹿島戦の試合後の監督 会見にて

監督 というものは、
常に何がうまくいっていないかを探さないといけない。
私はブラシのようなもの。
常にホコリをはらうことをしないといけないのだ。


■2004年8月21日 新潟戦の監督 会見にて
 「アルビレックスの戦い方は予想どおりでしたか?」
  という質問に対して。

アルビレックスとは以前も試合をしているので、
お互いの手の内を知っているという部分もある。
ただ、お互いを完全に知り尽くしていればやることがないし、
そういう試合は魅力がない。
それなりにいい部分があったと思う。


■2004年8月14日 広島 戦の監督 会見にて
 「この暑い中、クレバーに走るにはどうしたらいいのか?」
  という質問に対して

賢い=できるだけ経済的という意味だ。
自分勝手なプレーをせずに、
とにかくシンプルサッカー を心がける。
日本 にも多かれ少なかれ賢い選手 はいるが、
例えば先が読めるような選手
真のクレバーなプレーヤーといえるだろう。
5秒先を読めれば
40メートルのダッシュをしなくてもいいはずだし、
力を蓄えられる。


■2004年8月14日 広島 戦の試合後の監督 会見にて

今日のJリーグ全体の結果を見ると、
日本 もプロらしくなったと思う。
どのチームも簡単には勝たせてくれない。
それに、ドイツやイギリスフランス のリーグを見ても
1節というのは難しいもの。
そういう苦しい状況の中、
今日の試合をモノにできたのは大きい。


■2004年8月1日 UNITED No.114
 「オシム語録from vs レアルマドリード 」より

レアルと違い、
ジェフは今いる選手 で戦っていかなければならない。
人生もそう。
自分たちが歩むべき道を探していかなければならないのだ。
日常生活の中で、平坦な道のりはない。
上に上がっていくには何らかの危険を冒し、
何かを犠牲にしなければならないのだ。


■2004年8月1日 UNITED No.114
 「ギリシャ の優勝とセカンドステージ」より

今回はギリシャ が優勝しましたが、
あの中に有名な選手 はいますか?いません。
彼らは自分たちがやるべきこと、
それ以上でもそれ以下でもない自分たちができることを、
試合で最大限に成し遂げました。
11人で戦うサッカー においては、
それこそが一番重要なのです。
例えば、ジダンはジダンでいいでしょう。
でも、サッカー とはひとりの選手 の質では決まらないもの。
チームがどういうプレーをするかこそが最も大事になります。

フランコ・バレージを
史上最高リベロ と称するには
些か抵抗がある。
攻撃面においては
フランツ・ベッケンバウアーと
比べるまでもなく、
守備面においては
ガエターノ・シレアに一日の長があった。
しかしながらミラニスタにとって
バレージは永久に不可侵であり、
余りにも神聖な存在だ。
彼は最高リーダー であり、
最高 のミラニスタだった。


ミランが2部に降格したときも、
自身が病に倒れたときも、
チームが黄金期を迎えたときも、
彼はいつも変わらずそこにいた。

バレージとミランの物語は1974年まで時を遡る。
彼はミランの入団テスト を受ける前に
2つのクラブ チームのテスト に落ちている。
アタランタのテスト を受けた際は背が低い事を理由 に断られ、
フランコの兄ジュゼッペが所属していたインテルのテスト でも、
同じ理由 で断られた。
そんな彼に手を差し伸べたのがミランだった。

ミランのプリマベーラに迎え入れられ、
いよいよキャリアをスタートしたバレージだったが、
突然の不幸が彼を襲う。
最愛の父が交通事故によってこの世を去ってしまったのだ。
幼くして母を亡くしていたバレージは、
14歳にして両親を失い、深い悲しみに打ちひしがれていた。
しかし彼は立ち上がった。
現役生活を通じて決して折れる事のなかった鉄の精神は、
この時期には既にバレージの内に存在していたのである。
余談となるが、若くして両親を失った影響か、
バレージの家族 に対する思いは人一倍強く、
20歳にして早くも結婚
そして後にエドアルドと名付けられた男の子を設け、
ジャナンドレアという名の養子も迎え入れている。

1978年、当時ミランの監督 を務めていた
ニルス・リードホルムによってトップチームに引き上げられ、
同年4月23日のエラス・ベローナ戦でセリエAデビュー を飾る。
そして1978/79シーズンには早くもリーグ優勝を経験。
願ってもない順調なスタートを切る。
だがまたしても不幸が彼を襲う。
1980年の不法賭博スキャンダルである。
ミランはこの事件に関与したとして
セリエBへの降格処分を受け、
バレージは2部リーグでのプレーを余儀なくされる。
すぐさまチームを1部へと押し上げたが、
1981/82シーズンはカンピオナートで14位に終わり
再び2部落 ちを経験。
またバレージ自身もウイルス 性疾患を患い、
車椅子での生活を数ヶ月に及び強いられた。
彼にとって暗黒の時代だった。
その間にも魅力的 なオファーが次々とバレージの元へと届く。
ミラニスタでさえ、
バレージがミランの元を離れるのは
仕方のない事だと思っていた。
しかし彼は頑としてミランと運命を共にする事を選んだ。
そして、その選択は最善の選択だった。

1987年に野心溢れる実業家シルビオ・ベルル スコーニが
ミランの会長に就任。
チームの財政は一気に潤い
オランダから2人のストライカーを獲得する。
時を同じくして監督 の座に当時無名だった後の鬼才、
アリーゴ・サッキが就任した。
バレージはサッキの掲げたゾーンプレスを
ピッチで見事に体現し、チームメートを鼓舞。
バレージに導かれるように、
マルコ・ファン・バス テン、ルート・フリット、
パオロ・マルディーニらも素晴らしいプレーを次々と披露した。
そして1987/88シーズン、遂にミランはスクデットを獲得。
翌シーズンには
UEFAチャンピオンズカップでも優勝を果たすまでに上り詰め、
ようやく暗黒の時代は終焉を迎え黄金期が到来した。

その間、バレージはアズーリの一員としても
存在感を発揮し始める。
1982年のワールドカップでは
出場機会こそ無かったものの優勝を経験。
1986年より不動のリベロ 、キャプテンとしてチームを支える。
しかし最も人々の印象に残っているのは
1994年ワールドカップでのバレージの姿だろう。
大会中に膝を負傷し
このまま大会を去るかと思われたバレージだったが、
驚異的な回復を見せ決勝のブラジル戦で復帰。
病み上がりということもあり周囲に大きな不安を与えたが、
いざ試合が始まるとバレージは
誰よりも素晴らしいパフォーマンスを披露した。
PK戦での失敗 は誰にも責める権利など無かった。

1997年6月23日、自身の衰えを察知したバレージは引退を発表。
誰もがバレージの功績に対し惜しみない賛辞を贈った。
彼がミランでの現役生活を通じて背負った背番号6は、
今は誰も着けておらず、着ける事は許されていない。
なぜならミランの6番は永久欠番となり、
今ではミランの副会長として、
相変わらずロッソネロの一員として戦い続けているのだから。

坂下薫平19歳。
首都大学の学生寮で、
個性 溢れる面々と
楽しい日々を過ごしていた。
だが、
寮の取り壊しをもくろむ大学側は、
元刑事の舎監・名倉を送りこみ、
厳しい統制を始める。
時を同じくして起こった、
寮内のストーカー事件や自殺 未遂騒動。
だが、
一つ一つのトラブルを乗り越えながら
結束を固めた寮生達は、
遂に大学側との戦いに立ち上がる。
現代の若者達の「旅立ち」を描く、
伸びやかな青春小説




野沢さんが自ら命を絶ってから約10ヶ月。
なかなか作品を手に取ることが出来なかったのだが、
そんな自分の気持ちに反して
本屋 には「追悼」と銘打った販促のポップが溢れている。
なんだか違和感を覚えつつも、そろそろいいかなと思い、
文庫本 を手にした。

本書は、ドラマ にもなった作品。
ドラマ が先か(つまりノベライズ)か
原作が先かはよく知らないが、
ずっと楽しみにしていたにもかかわらず、
見逃してしまったもの。
こうして原作を読んだ今、
やはりドラマ の方も見てみたいと思ってしまう。
出演者も魅力的 で、渡哲也(名倉憲太朗)、
岡田准一(坂下薫平)をはじめとして、
大河の『新選組 !』でも活躍中の八嶋智人(司馬英雄 )や
堺雅人(江藤麦太)など顔ぶれを見るだけでも面白そうである。

本書のテーマは
自分の将来のことをあまり真剣に考えなくなった学生達に
一石を投じるもの。
主人公・薫平の成長と、
名倉の少ないが重い一言に野沢さんの思いがぶつけられている。
最近は「ニート 」という働く意思の無い若者のことが
話題になっているが、
私が学生の頃に比べると、二極化が進んでいるように思う。
つまり、自分の将来をしっかりと見据えて行動する若者と、
どうすればいいか分からず悩んでいるうちに
取り残されてしまった若者。
大雑把に分けてしまうのは危険なことかもしれないが、
野沢さんの描いている学生は、
今よりもむしろ、
バブル からそれ以降の数年間の学生を象徴しており、
現実とは少し食い違いが生じているかもしれない。
当時の方が無目的 に一流企業 に入るためだけに
大学を目指している学生が多かったような気がする。
今の学生のことをよく知っているわけではないが、
例えば私が経営する派遣会社にも大学生が何人かいて、
将来は店を持ちたいなどと真剣な目で語ったりしている。
一方で会社に入ってもすぐにやめてしまい、
フリーターになってしまう後輩もいる。

さて、「ニート 」とは、
"Not in Employment , Education or Training" の略
(NEET)であり、
英国において「働かざるもの」を意味する造語である。
こまかいニュアンスは分からないが
「自分の夢の為に今は下積みでフリーターやっています」
という若者ではなく、
「とりあえず何やっていいかわかん ないから
 フリーターやってます」という
人びとを指しているように思う。
本書でも就職が内定していた銀行から、
内定取り消しの通知を受けた学生に対して、
卒業 した先輩が自分の企業 の悪い点をあげつらって、
内定を取り消されてむしろ幸せだ
というようなことを言うシーンがあるのだが、
このような先輩達がいる会社で、
上司の目を気にしながら働く気は起きないであろう。
学生達が魅力を感じる会社や先輩。
最近はそんな雰囲気作りを人任せにせず、
自分でやっていかなければならないのではないかと
感じ始めている。

なんだが、随分と話がそれてしまったが、
自分が正しいと思うものにきちんと向かい合い、
時には戦うことが必要だという大切さを教えてくれた作品。
こんな作品をもっともっと書いて欲しかったのだが。
改めてご冥福をお祈りしたい

合掌

失ってはじめて

大切だったって 気づくんだ

失うまで

それが大切だって 気づかないんだ


神戸 アトリエ ・タケハラ
http://a-takehara.com/





私が店舗をやめた理由

一番大きなきっかけは、
やはり地震 でしょうか。
それまで20年ほど
フランス 菓子の店を
持っていたんですけど。

揺れたのは
地面だけではありませんでした。
心と体、価値観、
すべてグラグラッときたように思います。

店を構えておりますと、
朝早くからケーキを作って、
ショーケースに並べてお客様を待つわけですね。
作りたての一番美味しい時を、
彼らはショーケースの中でむなしく過ごすわけです。
お買いあげいただいても、
持ち歩かれたり、車に乗せられたり、
一番美味しいときに食べていただけない運命にあるわけです、
ケーキ屋のお菓子 は。

これ、
突き詰めるとレストランやらなくちゃならなくなるんですけど。
私の場合、逆の発想になったんですね。

定番商品
お得意様がついてくださっていたからできたことですけど。

注文を受けてから作ろう、
在庫を持たないケーキ屋が一軒ぐらいあってもいいじゃないか。
と、いうわけで、定番商品 を中心に、
焼きあがってすぐお送りするスタイル で再出発した次第です。

交通大事故の発生件数は、
深夜から明け方に大きなヤマがあり、
日中では午後1時から4時にかけて
小さなヤマがあります。
実はこの大小2つのヤマには、
眠気という共通点が知られています。




眠気は身体が睡眠を摂りたいというサイン

夜の眠気のほか、
午後1時から午後4時にも小さなヤマがあります。
幼稚園や保育園にお昼寝時間があるのは、
この生理的要求を満たすため。

 「お昼ご飯を食べたから、眠くなるのでは?」

そう思われるかもしれませんが、
昼食を取らなくても眠気は襲います。
木陰で営業車を停めて昼寝のドライバ ーは、
サボっているのではなく
交通労働災害を防いでいると思えば優秀な社員ですね。

ドライバ ーの昼寝の条件には
「目が覚めた後、作業能率が維持できる」
「睡眠の慣性を残さない」などが挙げられ、
専門家は15分から20分程度が適当だと言っています。

ヒトは人生の3分の1を眠って過ごします。
人生90年とすれば、なんと30年は寝ている計算。
ナポレオンは1日3~4時間の短眠
(もっとも日中は居眠りしていたらしい)と言われ、
一方、アインシュタイ ンは9~10時間の長眠でした。
多少の個人差はありますが、
理想的な睡眠時間 は7~8時間です。

ところが、近年は唾眠不足を訴える人が増加。
厚生労働省の調査では
日本人 の約5分の1が
何らかの睡眠障害を抱えていることがわかりました。
寝つきの悪い「入眠障害」が多く
夜中に目が覚める「中途覚醒」、
朝早く目が覚める「早朝覚醒」が続きます。

ドライバ ーの皆さんがこの睡眠障害にかかると、
運転中に眠くなり仕事 に大きく影響します。
そこで次号の「12の指針」をよく読んで
睡眠障害に対処するようにしましょう。

現代社会では睡眠が犠牲にされています。
快眠すればストレス も発散し、活力が湧き、
そして安全運転にもつながります。
健康 のためには、
太古の昔から身体の中にある
生活リズム を守って暮すことが大事。
ある意味寝ることほど楽なことはないわけですから、
今晩から快眠の努力をしてみましょう。

ドライバ ーのための
睡眠障害対処12の指針
厚生労働省
「睡眠障害の診療・治療ガイドライン」






1. 睡眠時間 は人それぞれ、
  日中の眠気で困らなければ充分。

○睡眠には個人差があり、
   季節 でも変化するため8時間にこだわらない。

  ○歳をとると必要な睡眠時間 は短くなる。

2. 刺激物は避け、
  寝る前には自分にあったリラックスした時間を過ごす。

 ○就寝前4時間のカフェ イン摂取、
  就床前l時間の喫煙は避ける。

 ○軽い読書、音楽 、香りなどで心を、
  そしてぬるめの入浴、
  筋弛緩トレーニング などで肉体をリラックスさせる。

3. 眠たくなってから床に就く。就眠時刻にこだわりすぎない。

 ○眠ろうとする意気込みが頭をさえさせ寝つきを悪くする。

4. 同じ時刻に毎日起床。

 ○早寝早起きでなく、早起きが早寝に通じる。

 ○日曜に遅くまで床で過ごすと、月曜の朝がつらくなる。

5. 光の利用でよい睡眠。

 ○目が覚めたら日光を取り入れ、体内時計をスイッチオン。

 ○夜は明るすぎない照明を。

6. 規則正しい3度の食事 と、規則的な運動習慣 を。

 ○朝食は心と体の目覚めに重要、夜食はごく軽く。

 ○運動習慣 は熟睡を促進。

7. 昼寝をするなら、午後3時前の20~30分。

 ○長い昼寝はかえってぼんやりのもと。

 ○夕方以降の昼寝は夜の睡眠に悪影響。

8. 眠りが浅いときは、むしろ積極的に遅寝・早起きを。

 ○寝床で長く過ごしすぎると熟睡感が減る。

9. 睡眠中の激しいイビキ ・呼吸停止や
  足のぴくつき・むずむず感は要注意。

 ○背景に睡眠時無呼吸症候群などの病気の可能性。
  専門治療が必要。

10. 十分眠っても日中の眠気が強いときは専門医に。

 ○長時間眠っても日中の眠気で仕事 に支障がある場合は
  専門医に相談 を。

 ○車の運転に注意。

11. 睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと。

 ○睡眠薬代わりの寝酒は、深い睡眠を減らし、
  夜中に目覚める原因となる。

12. 睡眠薬は医師 の指示で正しく使えば安全。

 ○一定時刻に服用し就寝。

 ○アルコールとの併用をしない。


いい仕事 をするには、

食う・寝る・遊ぶ・・・の充実が一番です。


■2004年9月26日 柏戦試合後会見にて
「レイソルのアグレッシブさは
 予想していたとおりか」

私の予想どおりではあったが、
私だけが予想しても仕方がない。
選手 が準備すべきだし、
今日はなかなか対応できなかった。
生活でも何でもそうだが、
アグレッシブさに対応できないなら
別の方法を見つけるべき。


■2004年9月23日 大分戦試合後会見にて1

グラウンドへ出るのに
勇気を持たない選手 はいないだろう。
たとえいたとしても、
私はそういう選手 は使わないし、
勇気を必要としないスポーツ に転向すればいい。


■2004年9月23日 大分戦試合後会見にて2「林選手 について」

彼は自分の人生、
サッカー をロマンチックにとらえすぎている。
フランス 語でボエムという言葉をご存知だろうか。
他の人とは違ったことをやって、
興味を持たせようとする人のことをいう。
何が起こっても自分には関係ない顔をするが、
才能はある。
しかし、他の人も同じ才能を持っていることを気づいていない。
でも、私はボエムが好きなんだけどね。
本題から外れるので、このへんでやめておくよ。


■2004年9月19日 C大阪戦の監督 会見にて
 「今シーズン初めて完封されたが」の質問に対して

なぜ点を取れなかったかというと、
セレッソにはちゃんとGKがいてDFがいたから。
とにかくゴールとは、
「入れたい」という思いがあって入るもの。
そして、
セレッソはゴールが入るだろうというチャンスを
しっかり作っていた。
逆に、ジェフはそういうチャンスさえ作れていなかった。
ウチもきれいにボールを回していたかもしれないが、
それはラールクラールと呼ばれる芸術家がおこす芸術。
効率のいいプレーではなく芸術的なものをしてしまったが、
サッカー とはそれだけでは成り立たない。


名将かく語りき・・・あたりまえをあたりまえにやる。
       
現実と理想をバランスよくって感じでしょうか・・・