史上初の江戸川乱歩 賞('95年、第41回)
&直木賞(平成7年下半期、第114回)の
同時受賞を果たした話題作品。




アル中の雇われバーテンダー島村は
午前中の散歩 の途中、
新宿 中央公園 にて発生した爆発物事件を目撃する。
彼は爆心地に倒れていた女の子を、
現場にいた宗教勧誘の青年 に託してその場を逃げ去る。
店に戻った島村の元を新興ヤクザ、浅井が訪れ、
彼の身に覚えのない警告を発していく。
また、松下塔子と名乗る女子大生が島村に接触、
彼女 は犠牲者の一人、松下優子の娘だと名乗る。
彼女 は彼が学生運動に明け暮れていた頃、
短い間同棲した相手だった。
事件のアウトラインが明確になるにつれ、
死者十数名を越える犠牲者の中に警察の公安一課長、
そして当時の親友で
車爆破事件を起こして海外逃亡していた筈の
桑野誠の名前があることに気付く。
実はその車爆破事件に島村自身―
―本名、菊池俊彦も関係していた。
事件に何者かの作為を感じ取った島村は、
自らの手で謎を解明すべく行動を開始する。

時代の変化に背を向けた無器用な男の物語。
文章、構成、造形全て一級品。

主人公は、寧ろ学生運動の時代から現在に至るまで、
周囲の変化に流されることなく
泰然若自に自らの信念 に基づいた行動を貫いている。
周囲に振り回されず、自らの生きる姿勢を貫く男。
ここにハードボイルドと呼ばれるジャンル に必須の条件が整う。


他者との関係を絶ち、都会の塵芥のように生きてきた男を
行動に駆り立てたのは、
自らが過去に関わったことのある人々の死。
島村を取り巻く、クセのある人物たち。
数々の脅しや官憲による追跡を振り切り、
ひたすらに真相を求める男のひたむきな姿は
読者の静かな共感を呼ぶ。
また、孤高であるが故に無造作に発される会話には、
不思議なユーモアが漂っている。
文体もマッチしており、
非常に詩的で美学の漂うハードボイルドである。

構成は別だが、
物語内部の歴史 の端緒となるのは
全共闘の時代に生きた若者の青春にある。
一種独特のエネルギー を醸していた
この時代に生きた者ならではの郷愁と懐古、
そして現代社会への苛立ちが
物語の裏側のBGM として常に流れている。
世間ではこの点が過大に捉えられ、
全共闘世代の絶大なる支持を受けているようにも思うが、
共通の過去から分化する人生は
この時代に生きた人間の特権ではないだろう。
時の流れにつれ、人は変わる。時代も変わる。 
これは全ての人が共通に持つどうしようもない経験なのだから。

否応なく変わってしまった人間にとって、
変わらない人間は永遠の憧れ。
そしてどうしようもない嫉妬の対象。
この物語の本質は意外と
そのあたりに潜んでいるのではないだろうか。

終盤近くに明かされる事件の真相はサプライズではある。
但し、このサプライズは
いくつか意図的に読者の目から隠された、
それまで語られていなかった事実から導かれる。
また多くの偶然も物語に作用しており、
プロット 的には多少弱さもある。
だが、それらも致命的ではないし、
そもそも創作において
ミステリを強く意識されていないと思われるので
これはこれで良いのだろう。

本書から読者が読みとるのは、
過去への郷愁、男の生き様など人によって様々だろう。
いずれにせよ、時代は流れるし、人間は変わっていく。
そしてその両者とも常に哀しさが伴うことを思い知らされる。
この哀しさを語るのに「推理小説 」という
ジャンル が適していただけで、
実際は「小説 」という部分が重い作品。


◆ワラスボは何の仲間?◆

ムツゴロウ と並ぶ有明海の珍魚です。
ただ、ムツゴロウ と違って
内臓 や血管が透けて見えるような
紫色のぬるぬるとして気味悪いうなぎ状の体と、
歯がむき出しになった醜悪な面構えは
とてもグロテスクです。
それにしても、
映画 「エイリアン」の怪物は
ワラスボをヒントにしたに違いないと思えるほどそっくり。
しかし、左右の腹鰭が合わさって
吸盤状になっていることから
ムツゴロウ やハゼクチ等と同じように
れっきとしたハゼの仲間なのです。

◆ワラスボを取って食べる◆

ワラスボとりといえばスボカキです。
潟スキーにのり
先端が鉤になった1.3mほどのナギナタのような道具で
泥の中をひっかき回してとり、
ムツカケとともに夏の有明海の風物詩です。
ただ、量的には、あんこう網等の網漁が圧倒的に多く、
南風(はやん風)が強い時はあんこう網に大量に入ります。
年間の漁獲量は40トン程度と思われます。

普通、内臓 を取って丸ごと干物にし、
食べ易い大きさに切って揚げたり、
あぶったりして食べますが、ビール のつまみに最高 です。
その他、干物を粉状にしたり(もくさい)、
煮つけで食べたりします。
また、めったにお目にかかれませんが、
刺身もおいしいです。

有明の珍味です。


ヨタカは鳥というより、
ハチュウ類を思わせる感じの鳥です。
夕方から明け方にかけて、
キョキョキョと連続的に鳴き、
羽音をたてずに大きな弧を描きながら
コウモリよりもたくみに滑空し、
口を開いたまま
飛んでいる虫を取って生活しています。
ツバメのそれと似ています。
まるで虫が吸い込まれるように
口の中にはいっていく感じから
「蚊吸(かす)い鳥」とも呼ばれています。
先に夕方から明け方にかけて鳴くといいましたが、
昼間も鳴くことがあります。
わたくしは五月初旬の午前十時過ぎ頃に、
ヨタカの連続音を聞いたことがあります。
埼玉県狭山台でしかも晴天でした。

ヨタカというと、
たいていの人は、
次の戯作のような感じを抱きます。

“名前からいけませんや、ヘイ”

芝居やテレビ 舞台にでてくる、
藁(わら)むしろを片手に、
頬かぶりした女のことを連想するようです。
つまり「辻姫(つじひめ)」のことをです。
こんなことから、
最近では夜遊びする若者のことを
指さすようになったらしいです。
「湘南のヨタカ情報 」とか、
千葉県の方では、「夜間の漁(あさ)りに出ること」を
ヨタカと呼んでいるようです。
いずれにしましても、
ヨタカの活動は夜が主(おも)でありますので、
人間の生活状態に
ヨタカの名が冠せられるようになったのでしょう。

また、ヨタカが鳥の名であることを知っている人でも
「夜に出るタカの仲間」ぐらいにしか思っていないようです。
この鳥のくわしい生態は、
動物学上「一目一科一属一種」というまったくの縁者なしで、
これまた、舞台にでてくる「ヨタカ」と
不思議に一致しています。

夏の夜箱根や六甲山などの山間の道を自動車で行くと、
ヘッドライトの前をこの鳥がひらり、
と横切る姿に会うことも珍らしくありません。
時には車にぶっつかるのもいます。
これは道ばたで休んでいたものが光に驚いて飛び立つためで、
夜の道ばたを好む習性も人間の「ヨタカ」とそっくりです。
変な話になってしまったものです。

ヨタカは木の枝にとまる時は
他の鳥のそれと違って枝に横ずわりしますから、
昼間はほとんど姿を認めることができません。
五・六月頃、草むらに粗末な巣をつくり、
白色の卵を二個ほど産みます。
この鳥はトラツグミと並んで
怪鳥あつかいされた時代もありましたが
それは鳴き声の無気味さからきた扱いではありません。
トラツグミの場合は、アオバトと同じく、
その鳴き声がいかにも陰惨なために怪鳥扱いされたのです。
ヨタカの方は、昔、夜道を歩いていたり、
山小屋の野天ぶろにつかっていると、
音もなく飛んできて、頭にとまり、驚いて追いはらうと、
髪の毛をひっぱって逃げたということもあって、
その動作がもととなり、怪鳥扱いされたようです。

100ヘェ~ぐらいいきますかね・・・

もともと読書好きで 
色々な本を読んできましたが
この「竜の柩」全4巻は
人生観を変えた一冊といっても
過言ではありません。




このシリーズのメインテーマは
「竜」
東洋で竜と言えば
神獣とか偉大な力を持っている
どちらかと言えば
人々は竜に対して畏怖の念を抱いている

その一方西洋では、竜は悪の化身。 
火を噴き町を焼き、姫をさらう、
というのは童話では良く見られる話・・・

なぜ東洋と西洋で「竜」は
正反対の意味を持つのか?といった話

意外な観点から物事を見る事によって
新たな解釈が生まれる。
いわゆる 固定観念に囚われない考え・・・

何より、フィクションなのに
読み終わった後には
ホントに今の世界での常識 は正しいのだろうか!?
とまで思ってしまうほど。

チャンスがあったら是非読んでみてください

霊の柩(たまのひつぎ)という続編もあります。


心を開いて

  「イエス 」って言ってごらん





すべてを肯定してみると 

      答えが みつかるもんだよ

鮨屋では
野菜があまり出ないのが普通。

ところが韓国 では違う。




入ってみると一見日本 の鮨屋風・・・
数人の職人が新鮮なネタの入ったケースを前に
威勢よく鮨を握っている。

そこで早速注文!

先ず、生野菜の盛り合わせ・・・
にんじん、きゅうり、青とうがらし、
これは味噌をつけて食べろという。

注文もしないのにと思い、
まわりを見渡してみると、
韓国 の人はこれを肴に酒を飲んでいる。

ついで出てきたのは茶碗蒸し、
わかめの酢の物、魚の煮付け、野菜のてんぷら

それからやっと目的 の鮨に辿り着く。

新鮮な鯛や平目、いか、たこ、たいらがい、
玉子焼き、めんたいこやきゅうりの手巻き・・・
どれもシャリの割にネタが大きい!
いや~この辺で満腹、満腹・・・

とすると
「最後に魚のチゲでも食べますか?」
ついつい「お願いします。」

デザート は栗の入った蒸し羊羹。


満足一杯。腹いっぱい。
〆て1人3千円ぐらい・・・安い。

韓国 人曰く、
「野菜の出ない食事 は体に良くない。
 野菜が出るうえ、おかずが沢山でるような店が良いお店」

なるほど The World ・・・

ある日、パキスタン の映像に日本人 の中学生が映った。
テレビ の質問に英語 で答え、

「もう日本 のことは忘れた」

と話す彼。

中学生がそんなところで何をしているのか?
何故そんなところにいるのか?

その映像がちょっとした話題となったあと、
中学生たちが集団不登校を始める。

そしてネットワーク を介して連絡を取り合った
全国の中学生たちは次々と新しい事業を起こす。

村上龍 の考える日本 の改革論、
 あるいは日本未来 論。




面白いと思いました。
ふと思い出したのは、大学生たちが日本 を変えようと
必死になって権力と戦おうとした「全共闘」。
でもこの村上龍 の描く中学生たちは、
あの60年代の大学生と比べてものすごく冷めていて、
資本主義を理解していて、
そして彼らのように権力に負けたりしないのです。
でも一方で、
みんなで一緒になって何かを成し遂げたという
感動 に希薄な中学生たち。
彼らの出した現状での結論は、
これから評価されていくところだと思うのは、
語り手の関口と同じ気持ち。

日本 は今、
足下に地面の無いことに気づかない
ドナルドダックのようなものだと思うのです。

みんな何か変だと思いながらも、
気づかないふりをしているからなんとか浮いていられる。
このまま地面の無いことに気づかなければ、
そのうち地面のある場所まで浮いたまま戻っていける、
みんな不安ながらもそう思っているのかもしれない。
でも地面の無くなっていることに気づかなかったドナルドは、
やがて無理がきて下を見てしまいます。
そして、物理法則に逆らえなくなったドナルドは
墜落してしまうのです。
日本 も浮いているという不自然な状態が徐々に破綻し、
そして下に地面が無いことに気づいてしまうのではないか、

そんな風に思ったのでした。

私はこの国が戦争に負けて、
価値観が180度転換し何もなかったところから、
今の繁栄を手に入れたことを考えると、
一度墜落してもいいんじゃないかと思ったりもするのですが
(いや既にバブル の崩壊の時代に
 墜落しているとも言えるのですが)、
村上龍 が考えたのは、中学生が作る新しい集団が、
日本 を救うのではなく、日本 から脱出する方法。
つまり、
自分で考えて自分なりに換金できる価値を創造できない人間は、
日本 という沈没しかけた船に置いていこうという考え方ですね。
厳しいですけど、
義理人情やお国のためになんていう言葉が
古くなってしまった現在では、
そういう方法も一つの解決策なのかなと思います。

この本を読んでいたらいろいろ考えてしまいました。
中学生が快進撃を続ける本というのは、
それほど目新しいものではないとは思いますが、
この本では
それが単なるエンターテイメントになっていないところが
すごいと思います。

おすすめ。


もう疲れたよ

ひとりで いるのは

自分の行くべき場所が ほしい


待ちに待った「大望篇」が
ようやく文庫化された。
今回も「立志篇」に続き
奈良時代の平城京を中心に
物語が展開する。




日本 史年表で言うならば、
前回の橘奈良麻呂の乱後
三年半が過ぎた760年から
恵美押勝の乱の764年までの期間に相当する。

前回に引き続き、
蝦夷出身の主人公・牡鹿嶋足と
彼を陰から支える物部天風の名コンビを中心に
ストーリーが展開する。

陸奥から平城京へ上がり
朝廷の官人として出世を目指す
(最終目的 は陸奥守となって
 陸奥の黄金を狙う朝廷の魔手から蝦夷の平和 を守ること)

嶋足は都随一といわれる武者だが、
あまりに一本気な性格が災いしてか
前回のチャンス橘奈良麻呂の乱を棒に振ってしまった。

その同じ乱で権力を手中にした藤原仲麻呂は
恵美押勝という名を帝より賜り大師(旧太政大臣)として
絶大な権勢をふるっていた。
陸奥に対して野望を抱く押勝を政権の座から落とすべく、
嶋足と天風は知略を尽くして活動を再開する。

時の帝・淳仁天皇と前帝・幸謙太政天皇、
恵美押勝に吉備真備、
さらには弓削道鏡を巻込んでの複雑な権力抗争を、
陸奥に有利になるように
裏で画策する主人公たちの視点で見ることにより、
楽しみながら奈良時代の歴史 が自然に頭に入ってしまう。

残念ながら(というか予想はしていたが)
今回も前回以上に話は完結しない。
(というより良いところで
 「次回に続く」となってしまうので
 早く続きが読みたい!)

主人公の出世という点では、
前回とは打って変わって大出世を遂げるのだが・・・
今回も前回同様、
主人公の上司役として坂上苅田麻呂が登場するが、
今回はその息子・若き日の坂上田村麻呂もちょこっと登場。