ジーコジャパンのドイツW杯での「敗因」は、なんだったのか?
私は次の2点に集約されると思う。
●チーム・マネジメント能力の問題 ●自他の戦力を見誤っていた問題
さかのぼれば、
2003コンフェデ杯終了後の「ジーコ監督評価」において、
ジーコ監督のチーム・マネージメント能力に問題があるのでは?
「監督を交代することが望ましいのではないか?」という声が、ちらほらと聞こえてきた。
またその後のドイツW杯1次予選オマーン戦(2004年2月)前には、
「東アジア選手権後のジーコ監督評価」においても、その評価は変わらない、と考えていた。
日本代表監督に就任以前のジーコのプロ監督としてのキャリアは非常に浅い。
ほぼ監督未経験者と言っていいだろう。
さらには、専門教育を受けてきたわけでもない。
サッカーの代表監督が、
どのようにしてチームを作り、運営し、試合のための、大会のための準備をし、
モチベーション・コントロールをしなくてはいけないのか?
「さかつく」どころではないのに・・・
「やったことがない」のだ。
日本代表をつぶさに見ていけば、未経験者のジーコ監督の
その「チーム・マネジメント」の能力が低いことは、誰にも解ることだっただろう。
これまでもたびたび指摘されてきたが、緊張の極度に高まるW杯本大会で、
最悪の形で出てしまったのだ。
それがもっとも大きな敗因だ、と言わざるを得ない。
かつてこれが、非常に悪い形で出たのがアジア1次予選初戦のオマーン戦であったと思う。
ロスタイムに久保の足元に偶然転がったボールでゴールができたものの、
ほぼ引き分けに近いほど苦しんだ、その試合の苦戦の原因を、当時私は次のよう思っていた。
①コンディション調整の失敗
②選手のコンディションを軽視した、強引な選手起用
③コンディションを軽視せざるを得ない、薄い選手層
④戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法
⑤モチベーション・コントロールの失敗
いかがだろうか、
まるで「今回のW杯の敗北の原因を、見た後に書いている」ようだと思われないだろうか・・・
これらにより、
1次予選初戦のオマーン戦や次のシンガポール戦に苦戦をしたのだが、
これらの失敗をした監督が反省し、改善しようとしない限り、
この失敗が再現する可能性が高いことは容易に想像がついてしまう・・・
まさに、今回はその「ジーコ監督のチーム・マネジメント能力の低さ」が、
改善されず、噴出し「敗北」をしてしまったのだ。
①コンディション調整の失敗
ジーコ監督率いるチームの、
フィジカルコンディション作りの能力はこれまでも疑問が投げかけられてきた。
オマーン戦の、合宿でコンディションを作ったはずの国内組選手が動けなかったこともそうだし、
シンガポール戦での「サウナでの暑熱馴化」による後半の完全なガス欠も忘れられない。
それのみならず、
ドイツW杯ではなんと「W杯は7試合を戦う計算で体を準備した」という。
現実的ではないだろう・・・
ドイツに渡ってからも2部練習を行い、疲労が蓄積していたという・・・
初戦のオーストラリア戦では、ご存知のとおりピッチ上は非常な暑さに見舞われた。
これまでの大会では、日本は暑さに強く、終盤走れている日本が勝利をもぎ取ることがままあった。
しかし、
この試合では、日本選手の足が止まってしまっていた。
それが終盤に多くのシュートを浴び、逆転される一因になったことは間違いないだろう。
【オーストラリア代表MFのクリナの発言】
日本とオーストラリアの違いは何だったか? フィットネスだよ。
フィジカルじゃなくて、フィットネス。
僕たちは3週間完璧に準備してきたから、最後まで走れた。
それに対して、日本はバテバテだったね。
その他の試合でも、中田英選手の求めた「RUN!RUN!RUN!」は実現できなかった。
日本のよさを出すパスサッカーには、全員が動くことが不可欠である。
大会全体の日本の不調は、「コンディション調整の失敗」に多くの原因がある。
それは、「チーム・ジーコ」の責任であることは論を待たないだろう。
②選手のコンディションを軽視した強引な選手起用
ジーコ監督は、オマーン戦でも、ドイツW杯でも、風邪を引き39度の熱があったという、
ある選手を先発させている。
私にはまったく理解できないことだ。
試合を見ればだれにも一目瞭然、熱があれば動けなく、
その持てる技術を決定的な局面で発揮することはできない。
あたりまえのことだ。
また、長い怪我から回復したばかりで試合勘がいまひとつの選手、
所属チームで1シーズンあまり試合に出ていない選手などの強行起用も、
どちらの試合でも共通することだ。
これは
「ジーコ監督が選手の中に『序列』を決めているから起こること」だとは、
この4年で私たちにもよく理解されてきたことである。
ジーコ監督は「熱のある『クラッキ(名手)』のほうが、
平熱の普通の選手よりも上だ」という信念を持っているのだろう。
私はそれを全面的には否定しない。
この4年でその信念が日本を勝たせてきたこともあると思う。
しかし
緊張が極端に高まり、敵のレベルも上がり、敵もこちらをしっかりと研究してくるこのW杯では、
それは発揮できなかった。
コンディション調整の失敗のみならず、動けるわけがない選手をも強引に投入する。
それでは日本らしいパスサッカーができるわけがないではないか。
③コンディションを軽視せざるをえない薄い選手層
④戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法
「薄い」と言うのは正確ではないだろう。
しかし、
では仮に熱のある俊輔を外すとして、そこに誰を入れるか想像がつくだろうか?
同じポジションの選手としては小笠原がいる。
彼も非常によい、日本を代表するMFであることは疑いないが、
初戦オーストラリア戦、3-5-2の一人のトップ下に彼が入って戦うことを、私は想像できない。
実際はそうせざるを得ないだろうが、
そうすると、これまでの合宿での話し合いで作られた約束事は継承されず、
かなり戻ったところから始めなくてはならないだろう・・・
これは選手層というよりも、
④の「戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法」によるものだ。
話し合いで決まった約束事のうち、サブの選手にまで浸透しているものは少ない。
練習でもレギュラーとサブは明確に区別され、話し合いにも入らなかったようだ・・・
そうなると、他の選手を出したときに、
茂庭のように
「DFラインの上げ下げとか、どうしていいのか分からなかった」という選手が出てしまうのだ。
チーム作りに4年をかけていながら、現状では「誰が出ても大丈夫」とは言えない状態だったのだ。
駒野にしても、オーストラリア戦の小野にしても、
ブラジル戦で途中から投入された中田浩二選手にしてもそうだろう。
小野や中田浩は、ずいぶんと自分の位置取りに苦慮していたように見えた。
この強化法は、
「途中で投入される選手は、周りと合わせた経験が少ない」ということにつながる。
それは当然のことだ。
途中投入選手は「レギュラー組」で練習していないのだから・・・
レベルの高い試合ではそこが問題になった。
強化の開始時点ではレギュラー同士での話し合いに手一杯で、
それができると今度は、話し合いの約束事を理解している選手が限定され、選手を代え難くなる。
「誰が出てもある程度は機能するように戦術が浸透し、コンディションしだいで起用する」ということは、
まったくできなかったのだろう。
ジーコ監督の中の「序列」以外にも、
コンディションを軽視して選手を出さざるを得ない理由があったわけだ。
そしてそれが、試合内容の低調さにつながっていく。
関連して、この大会で残念だったのが、途中投入選手があまり機能しなかったことである。
「リードされたときに投入して1点を奪いにいく選手(ジョーカー)」と、
「リードしたときに投入して、逃げ切るための選手(クローザー)」。
どちらのケースも想定して、必要な選手の選定を済ませ(それもできれば複数のタイプ)、
親善試合の同じようなケースで投入して効果を試しておく。
それが大会へ臨むチーム・マネジメントとして当然必要なことだろう・・・
ジーコ監督はジョーカーとしては、
アジア最終予選で途中投入し得点を挙げた大黒を主として考えていたようだ。
もう一つは、試合途中での3バックか4バックへの変更だろう。
確かにこれまで、何度か機能してきたやりかたではある。
ただ、この大会ではどちらもあまり機能しなかった。
大黒の調子もあるが、
最近の合宿でレギュラーチームと大黒がどこまであわせることができていたのか、疑問が残る。
より深刻な問題は「クローザー」のほうだろう。
オーストラリア戦では1点リードの局面での小野の投入により、
攻めるのか、守るのかがあいまいになり、敗れた。
ただしこれは、守備的な選手を入れてのいわゆる「守備固め」をするべきだった、ということではない。
もちろんそうしてもいいが、それだけではない。
試合終盤を締めるやり方がいろいろあるのは、ワールドカップドイツ大会を見ていればわかるだろう。
オーストラリア戦を例に取れば、
あの試合終盤に「今野」をボランチの位置に入れれば効果は劇的だっただろう。
あるいは、
フレッシュなFWや走れるMFを入れて「ロングボールの出どころつぶし」「前線でのボールキープ」を行うか。
巻はまさにそれにうってつけの人材だったのだが・・・。
準々決勝でブラジル代表に1点リードしたフランスは、MFとFWを3人入れ替えた。
2002年のロシア戦ではゴン中山が投入され、最前線でプレッシャーをかけまくった。
別に特筆すべき采配というわけではない。
セオリーなのだ。
ジーコ監督は、「ジョーカー」としては大黒に信頼を寄せていたようだが、
「クローザー」のほうは充実させようという考え方自体を持っていなかったように見える。
それは哲学なのかもしれないが、
この大会ではそこがクローズアップされ、結果につながってしまった。
途中投入について、もっと多岐に考え、準備しておくことが必要だったと言えるだろう。
⑤モチベーション・コントロールの失敗
すでに各所で明らかにされつつあるが、このチームは本当に「戦う集団」になっていたのかどうか?
オマーン戦の時から指摘しているように、
ジーコ監督の「チーム内にヒエラルキーを作る」「一部選手に重過ぎる信頼を置く」というやり方は、
チームのモチベーション・コントロールにとっては下策である。
サブが腐る、ということだけではなく、
レギュラーに固定された選手たちも「下手なことをして外されるのは馬鹿」だと感じ、
チャレンジしなくなってしまう。
チーム内部のことは、われわれサポーターにはうかがい知れないことであるので、
あまりここを声高に責めても仕方がないことではあり、
これからまた各種報道でそれが明らかにされることを待つしかない。
現在明らかにされているところでは、
中田英選手の発案による決起集会、そこでの寄せ書きには16人分の署名しかなかったと言う。
チーム内の亀裂を想像させるエピソードだ。
私は基本的には中田英選手が好きなのだが、
この問題に関しては「中田が正しく、他が間違っている」というつもりはない。
やはり中田は言い方がきつすぎるし、
他の選手にしても「なぜ同じ選手にここまで言われなければならないのか」と感じることもあっただろう。
かといって中田が悪いと言うわけでもない。
この問題はジーコ監督の「一部選手に重過ぎる信頼を置く」ことから発生しているからだ。
また、
中田選手を重用するならば、彼が他の選手に溶け込みやすいように、
チームのメンタル環境を用意しておくこともできた。
思い起こせば2002年には、松田選手や森岡選手など、
中田に対してものを言える選手も多くいたうえに、
トルシェ監督は直前にゴン中山選手や秋田選手を呼んでいる。
当時は「ベンチの盛り上げ要員など不要」と言われたが、
この大会を見ると「盛り上げ要員」などではなく、チームのメンタルの重心として、
まさに彼らが必要だったのだ、と理解されるのではないか。
ジーコジャパンで言えば、
予選の途中でまとめ役を買って出ていたのは年長の藤田や三浦アツだったと伝え聞く。
彼らは所属チームでの調子もあるが、結局本大会の23人には選ばれなかった。
ジーコ監督は、そういう「チームのメンタル的な側面」を理解、重視して選手選考を行ったようには見えない。
妙に年齢の近い、タイプの近い選手が集まってしまった。
結果として、チームは一つにならず、
あの一人倒れ涙する中田英選手の姿、
そこに宮本しか歩み寄らないチームの姿に繋がって行く(ように見える)。
私は、ジーコ監督の「選手にヒエラルキーをつくり『家族』としていくチーム・マネジメント」にも、
いいところがあると思ってきた。
選手が「そこまで信頼してくれるのなら」と力を発揮したり、
「家族としてのまとまり」が、危機に際してモチベーションをあげる役割を果たし、
それが試合終盤での粘り、ロスタイムのゴールなどに繋がっている可能性もあると思ってきた。
アジアカップをとれたのはそのためだと思ってきた。
しかし、
残念ながらこの大会ではそれは発揮されなかった。
この大会でのジーコ監督のモチベーション・コントロールは失敗した、と言うしかない。
それが敗因の中で、どれだけのウェイトを占めるかはわからない。
ただ、ドイツW杯のほかの試合を見ていると、選手の「闘う姿勢」において、
日本代表は負けていると感じられてならない(これは個人的な感想であるが)。
ブラジルに試合で負けるのは、ある意味仕方がないことだ。
しかし、
最後まで全力を尽くして喰らいついていった、からだを張って、魂の限り闘った。
はたしてブラジル戦は、そういう負けだっただろうか?
そういう姿が、ドイツW杯という本番の舞台で見られなかったこと。
それが日本中にこれほどの脱力を起こしている理由なのではないか、と思う。
残念だ。
残念で仕方がない。