データの非客観性
データをとる行為は
データの対象とデータをとる者を変える。
企業などの人間組織では、データをとる行為は客観的でも中立的でもありえない。主観的な行為であって偏りをもたざるをえない。しかも、それは、対象を変えるのみならず、データをとる者自身を変える。
注意を向けてデータをとるという行為そのものが価値を加える。データをとられることは重視さえたことを示す。企業のような社会的な状況においては、デーをとることは価値を定め、目標を定めることに等しい。客観的ではありえない。必然的に価値がかかわってくる。データをとることがビジョンを生み出す。
こうしてデータをとる行為は、データの対象とデータをとる者を変える。意味と価値を賦与する。したがって、データにかかわる根本の問題は、いかにデータをとるかではなく、何のデータをとるかにある。
ACTION POINT
データをとること自体が事態を変えます。
データをとるのは、価値ありと組織が考え目標とするものだけにしてください。
今は一日の時間が何に使われているかデータをとっている。
スケジュール通りいった試しがない。
ほとんどが予定時間をオーバーしてしまう。
スピードが遅いのか、時間を区切るのが下手なのか、無駄なことをしているのか。
早く、成果につながる時間の使い方をしたい。
データの意味
データに意味があるかないかが
最大の問題である。
情報処理能力の増大とマネジメント手法の発展にともない、データの設計能力が急速に向上しつつある。しかし、そのことはマネジメントの向上にいかなる意味をもつか。データの設計能力の向上をマネジメントの向上に結び付けるには何が必要か。というのは、データはあくまでも目的に対する手段であり、目的はマネジメントそのものにあるからである。
データは、一人ひとりの人間の動機づけにつながらなければならない。データによって得られる情報が行動につながるには、その情報が知覚に翻訳されなければならない。さらに、人間組織においては、もう一つの複雑さ、つまり不確実性なるものが存在する。社会的事象に対する人の反応は、予測が不可能である。
収益悪化のデータは値上げを意味しない。売上げ減のデータは値下げを意味しない。そもそもデータが示している事象に意味がないかもしれない。たとえ意味がったとしても、その意味がわかるとはかぎらない。
(『マネジメント-課題、責任、実践』)
ACTION POINT
マネジメントに使っているデータを再点検してください。
組織としての成果に直接かかわりないデータをとってはいけません。
今の会社のステージでは、何が正解で、何が不正解なのか分からない。
システムが出来上がっている仕事は、
時間をかければかけるほど成果につながっている。
今は時間をかけて仕事をしても成果につながらない。
何をすれば成果につながるのか試行錯誤している。
いろいろデータを取ってはみるが、それが成果につながる何を示しているのか分からない。
早くこのステージを脱し、新しいステージに挑まないといけない。
高齢の役員
問題が起こったときに手を貸せないのであれば
意思決定に関与してはならない。
六〇代半ばを超えた人たちに適用すべき一つのルールである。マネジメント上の責任からは解放することである。数年後に問題が起こったとき手を貸せないのであれば、意思決定に関与してはならない。
高齢の役員は、ラインの長ではなく、独立して行える仕事、専門家として大きな貢献ができる仕事を行わせるべきではない。日本の組織には顧問がいる。ときには八〇代半ばで役に立っている。
ACTION POINT
役員の定年規定を定めてください。
結果が出るところにはいなくなっている人たちだけで
意思決定を行なうことのないようにしてください。
今の会社の平均年齢は20代後半である。
会社も若く、従業員も若い。
まだ定年規定のことなんて考えられない。
短・中期の目標を達成することに精いっぱいです。
