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あーすはーとのブログ

現在、過去の出来事や体験談、役に立ちそうな情報なんかを日々発信していきます。よかったらいつでも気楽に立ち寄っていってください^^

メキシコシティーから北東に約50キロのところに有名な古代都市テオティワカンがあります。そのテオティワカンには2つのピラミッドがあり、それぞれ「月のピラミッド」「太陽のピラミッド」と呼ばれています。


以前メキシコシティーに寄った折、レンタカーを借りてテオティワカンまで行くことになりました。メキシコの道っていうのは日本の道とは違いとにかく真っ直ぐです。周りに何もないからカーブさせる必要もないんですが。。。


今回は私と元妻(メキシコ人)の2人きりでテオティワカンをめぐる予定でした。別に何かの特別の日というわけでもなく、自分たちでちょっとした儀式を行うつもりだったんです。が、テオティワカンにつくとそこには20人くらいのグループがちょうど大きなバスで到着したところだったんです。


何かのツアーかなくらいに思って元妻が近づいていき、挨拶がてら何か情報でもと思って話しかけに行くと、手招きで私を呼んでいます。元妻の顔が高揚しているのが遠くからでもわかるくらいでした。


話によると彼らはチリから来た観光客で、実は今日テオティワカンで儀式を行うためにわざわざ集まったそうです。ここまで偶然が重なるとちょっと怖い気もしますが、そのグループの代表者でもありシャーマンでもある女性が自己紹介をしてくれ、ぜひ一緒に儀式に参加してほしいとの事です。


で、なんで今日を選んだのか聞くと、その日は惑星がアライメント、つまり直線に並ぶ特別なひっだったんですね。そのエネルギーが地球と同調して、私たちの内部に何らかの影響を与えるということです。もちろんそれは人によって感じ方がそれぞれですが。


人との出会いっていうのは本当にこのように物語に出てくるような話が多いと痛感しました。日本にいると必要な所へ一直線に向かい気味ですが、実はこういう予定外のことが人生を楽しくしているんですよね。


友人のシャーマン、ハビアールがよく言っていた言葉が浮かび上がってきます、「形にこだわってはいけない」「なるようになるのさ」。そう、予定はあくまで予定で、あとは何が起こるかその時のお楽しみってことです。こういう気持ちで常に生活していると本当にいろいろなことに出会いはじめます。大事なことは楽しむこと。


私たち日本人には慣れるまでストレスに感じやすいですが、試してみる価値は大いにあると思いませんか。


あともうひとつ大事なことを言い忘れていました。何かこういう偶然とも思えることが起きた時みなさんどうしますか?ただそれをそのまま受け入れるのではなく、まずこれって特別なことだと気付いてください。そして感謝して、あとはただ楽しむだけです。この気付きと感謝の気持ちが、人生を面白い方へと導き始めるはずです。
















過剰介護って言葉聞いたことがありますか?その言葉のとおり過剰な介護って意味なのですが、私が介護の職についてまだ間もないころ、とにかく高齢者のお世話をすることが介護だって思っていました。でもそれはある意味、本当の介護ではなかったんです。


もちろん何を持って介護というかにもよると思いますが、高齢者の自立こそがその個人に真の自由と幸福につながると考えた時、過剰介護は実はその高齢者から自由を奪う行為そのものでしかなかったんです。


ちょうど1年くらい前のことです。私が入社するちょっと前に入居してきた女性のAさん。Aさんは普段自分で立つことができず、立ち上がりに援助が必要でした。でもこのAさん、ちょっと自分に甘く、つらいことはあまりやりたがらないタイプ。まぁ誰でもそういう時はありますけど。。。


いつも通りトイレ介助をしようとAさんを援助しながら前方の手すりにつかまってもらい立とうとした時のことです。Aさん、手すりにはつかまってはいるんですが、そのままお尻を下げてきたんです。このままではAさんのズボンを下ろせないのでAさんに声をかけ、何とか立ってもらおうとしました。が、「いいよ立たなくても」と言って結局立ち上がらず、私が自分の膝をAさんのお尻の下にいれ何とか支えながら介助をしました。


その後Aさんはだんだんと自分で立つことをしなくなってしまったんです。特に膝が痛いというわけではなく、ただ疲れるからいやだということで立つことをしなくなってしまったAさん。今では完全に立てなくなってしまい、ベット上でオムツ対応となってしまったのです。


現に介護の現場で働いていると、どうしても時間がなく私たちが手伝った方が早くできることがたくさんあります。例えば洋服の着換えでいえばボタンを閉めるとか靴下をはくとか。。。過剰介護ってこういう本人がやっとできることをこっち側でやってしまうことです。


過剰介護をやり始めると、本当に本人のそのできる能力がどんどん低下していきます。過剰介護で失われたその能力を取り戻す事は高齢者にっとてほぼ不可能に近いんです。だからどんな理由であれ、過剰介護はすべきではないんですね。


どうしてもやってあげたいと思うこともあると思いますが、できる限り本人にやってもらう事が結局最後は本人の本当の自由つまり幸せにつながリます。


私も常に過剰介護になっていないか、毎日確認しながら介護を行うよう心がけています。









シャーマンというのは日本でいう祈祷師のようなものですが、その国の風習や文化によっていろいろなシャーマンがいます。私は過去に何人かのシャーマンに出会いましたが、このハビアールはその中でも一番人間味にあふれていました。


とにかくこのシャーマン、いたずらぽいっていうか、とにかく冗談が大好きでいつも笑っています。日本語で祈祷師っていうとなんかとても堅苦しくって、まじめな人って感じがしますけど、本当にこのシャーマンって来たら。。。


それとこのシャーマン、全く形にとらわれません。つまりそれが彼の形だったんですね。その時の感じで祈り方を変えていきます。その時ベストの条件っていつも同じではないので、与えられたものの中で一番いいと思うものをいつも選ぶそうです。とても勉強になりますよね。


例えばある時、彼と共にアメリカのアリゾナ州にあるセドナってところに行った時のことです。セドナはパワースポットとしては有名で、ヴォルテックスというエネルギーの渦が巻いているとても特別な場所の一つですが、このヴォルテックスをハビアールと共に歩いているとき、ちょっとした森の入口にたどり着きました。


その森の入り口で彼は急に表情を変え、「この森はとても古い。だからここから歩む1歩1歩に感謝の念を込めて歩くんだ。そして何があってもしゃべってはいけない。この森を歩かせてもらうこと自体が特別なことなんだよ。儀式っていうのは本当にいろんな形で現れるんだ。」


そういって簡単に森に向かって何かラテン語で話しかけ、そのまま森の中に入っていきました。今振り返るととても貴重な体験をしたと思います。自分と森の境目がなくなるのが感じられ、昔から知っているような不思議な感覚に襲われたのを覚えています。


ハビアールのそのオープンな態度はいろんなところに表れていました。その日の午後夕食を近くの食堂で取ったときのことです。普通サラダとかスープとか最初に食べると思いますが、彼、いきなりデザートのケーキから食べ始めたんです。変わってますよね。いつも食べる順番決まってないそうです。


彼に最後にあったのはもう10年以上前になります。マヤのケツァルコアの踊りをしている写真を送ってきたのが最後です。まぁ彼のことだからまたいきなりどこからか現われてくると思いますが。。。o(^-^)o


「形にとらわれてはいけない」、「物事は常になるようになるさ」というのが彼のいつもの口癖です。この世界はまだまだ未知にあふれています。私たちは常にあらゆるものの可能性にオープンになることが必要なんですね。自分の可能性を制限しているのは結局のところ誰でもない自分なんですから。