あーすはーとのブログ

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現在、過去の出来事や体験談、役に立ちそうな情報なんかを日々発信していきます。よかったらいつでも気楽に立ち寄っていってください^^

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シャーニー天の内なる心の平和の瞑想会に参加させていただきました。VEDYAさんの言われる通り、大事なことは自分の心の中に平和を見出すことだとつくづく思います。

シャノン先生の話を聞いていて思い出したことがありました。

それは、大事なことは人ではなく理念、真実であるということです。

人は生まれ

人を愛し、求め、悩み、苦しみ

そして死を迎える

しかし真実、理念は決して死ぬことはない

真実、理念は

何百年たった今も人を心の底からつき動かす

真実、理念は

何百年もの間人々の心の中で生き続ける

大事なのは人ではなく

真実、理念

人のもとに集まってはいけない

集うべきは真実の下

そしてあなたもまた真実を伝えなければいけない

あなたもやがて死を迎えるだろう

しかしあなたが伝えた真実は

永遠に人の心に生きる

真実に生きる

これ以上の事があるのだろうか





 

世界平和につながる瞑想会

来る8月8日に世界平和につながる瞑想会が開催されます。

新しく参加されてくる方、去っていく方、皆さんそれぞれではありますが、どちらにしても悔いのない毎日を送っていただきたいと思います。

シャー二天の道は厳しく、覚悟も必要ですが、それはいつかは通らなくてはいけない道であって、それをいつ行うのかだけだと思います。

自分も偉そうなことを言うつもりはないので、自分のことについて少しシェアしたいと思います。

自分の気持ちをいつまでもキープするのはとても大変なことだと思います。初めてシャノン先生に出合い、仲間のみんなに出合い、これからの希望と期待で胸がいっぱいになったのは、はや2年以上前のことです。

その時は何があってもこの道を歩み続けたいと思っていましたが、シャノン先生の元いろんな気付きを得て、それが日々惰性化しだしました。そしていつの間にかそのありがたみそのものすら薄れてきました。

恥ずかしい話ですが、参加当時の期待や希望はいつしかやらなくてはいけないという、重荷のように感じた時期もあります。

シャノン先生はグルとしては優しすぎる方だと思います。普段であればグルの教えを何とか仰ごうと必死に話を聞き、一言も漏らせず実行すべきだと思うのですが、シャノン先生はまるで惜しみもなくいろんなことを教えてくれます。

そんな先生のやさしい態度にいつしか自分は甘え、まるで先生にやりなさいとでも言われているかのように受け取っていたと思います。

然しもとはといえば自分で欲して選んだ道であり、先生の教えをもらうのではなく、何とか聞き出す(言い方があまりよくないですが)というのが本来の姿ではないかと思います。

この道、特にシャー二天の道に導いてくださり、この道を歩みたいという気持ちで今はいっぱいです。義務感や使命感ではなく、自分の心の奥からくる強い欲望として感じるようになりました。

この道を長く歩き続けるには受動的になってはいけないと思います。毎日の瞑想や自己観察をつらく思うのは、自分が受動的になっている証拠。それでは何も気づきは得られないと気が付きました。

これから道を選んで歩み始める方、もうすでに歩み始める方、ぜひもう一度なぜ自分はこの道を選んだのか、そしてその時の胸の高まりの原因は何だったのか振り返ってみるのもいいと思いませんか。

シャー二天の瞑想会ではそんな自分を見つめられるいい機会と必ず出会えることでしょう。

外国人スピリチュアル大使が見た日本

 


 

謙虚

カルマヨガを行う上でとても重要な要素の一つに謙虚であるというのがあります。もちろんカルマヨガに限ったことではありませんが、謙虚とは私たちが常にあるべき心の状態だといえると思います。

謙虚とはいったいどういう状態なのでしょうか。というより、そもそも謙虚の反対とは何なんでしょうか。それは傲慢といえるでしょう。

人は自分が傲慢だということに全く気が付いていません。自分も含めてではありますが、この世にはたして傲慢でない人などいるのでしょうか。

夕飯のおかずの買い出しの時、前の人のかごにたくさんのものが入っていたり、
自分の得意分野で、人から口を挟まれ注意されたり、
服の色の使い方が変わっているなどと言われたりした時、
本当にまったく気にしませんか?
反射的に答えるのではなく、じっくり心の中に問いかけていきます。

シャノン先生曰く、人が傲慢になるのは、自分が完璧な存在であると思い込んでいるからだそうです。

答えを知るのは決して楽しいことばかりではありません。
だからといって、放っておくべきでしょうか。
勿論それは本人の自由ですが、カルマの神シャー二天は私たちに要求してきます。

己を知ろうともせず、いったい何を知りたいというのか
謙虚とは、己の無知を認めること
謙虚とは、己を守らないこと
謙虚とは、何も批判しないこと
真の己を知るには、勇気と意志の強さが必要である
そしてその時人は初めて知るだろう
やっと最初の一歩を踏み出したことを