私は、在宅ヘルパーとして利用者(患者)と接してきた。

利用者の多くはお年寄りだけど、中には中高年の利用者もいるわけで、そのほとんどの患者の皆さんは病院というより医療の在り方に不満を抱く。

それは、患者の立場になってみて、よりハッキリと理解した。

私も含めた患者の多くは医療不信にある。

いつも思う。

どの病院の、どの医師に罹ってもニコリともしない医者。

いつも上から目線で、患者の訴えに耳を貸そうともしない。

辛い症状を訴える患者に薬を処方し、手術の有無を確かめると、あとは定期的に処方される薬を出すためだけの診療。

薬の内容変更を求めるとウザそうな表情をし、露骨に嫌な態度に変貌する医師。

効きもしない?薬を処方されるが、患者が効き目のありそうな医薬品を口にすると、副作用を説明して出さないように言いくるめようとする。

本当は、医師と製薬会社で患者に出したい薬というのがあり、新薬を出すのにはある程度以上の症状がある患者に限定する。

その理由は、データをとるためだ。

どの程度の薬を試せばよいのか、さじ加減を計る為である。

だから、使い慣れない新薬は出したがらない。

効き目よりも医師自身の評価につながるので、決して冒険はしないのだ。

調剤薬局では、親切丁寧な薬の説明とジェネリック医薬品を勧めてくる。

それは、薬局にとっては大差ないからだ。

私も幾度となく病院を訪ね歩いたが、どの医者も同じであった。

患者にとって必要な医療(治療)ではない。

症状を悪化させるのは患者自身が悪いのであって、治せないのは患者自身に問題があるからと、責任転嫁をする。

ある意味それは間違ってはいないが、ならば生活習慣を見直す指導とか、それに準ずる改善のための治療があっても良いだろう。

病気を未然に防ぐという意味合いでも、検査ではなく指導があれば良いのだ。

治療とともに改善するのが理想だ。

が、現実は患者を切り捨てる。

溢れてくる患者を切り捨て、文句を言わない大人しい指示に従う患者だけで良いのだ。

ヘルパーで、出向くと必ず愚痴を聞かされた。

今思えば、訪問診療にしても飲めていない薬を繰り返しだす医者を改善させたのは、ヘルパーの訴えに耳を貸したケアマネがいたからだ。

掃除、入浴、調理、買い出しとヘルパーは利用者の手足になり働く。

が、時には目になり口になり、利用者の安全と健康を守る。

その壁になっているのが医療だ。

心療を行う医師の意識を改善しなければ、この国の医療は崩壊する。

手術を必要としない、もしくはできない患者に意味のない投薬を止めなければ、必要な医療を必要な患者に施すことはできないだろう。

もっと真剣に診療の在り方を問うべきだ。

患者を切り捨てる医療に救いはない。





普通、病院へ行って治療を受ける。

が、現代の病院は多種多様化しており、どこの何かへ罹れば良いかわからないうえに、病院へ行ったからといって必ずしも治療が受けられるわけではない。

それゆえ、民間療法が大流行した。

巷では怪しげな団体が蔓延り、怪しげなカルト教団やセミナーと称し人とカネを集める。

人の命の値段は!?

価値は!?

たぶん…金に劣るのだ。

金を積めば最先端の医療が受けられるシステム。

今の世はそういう世の中だ。

何時からか、人の命も健康もカネ次第となった。

人は生まれてから死ぬまで、金のあるモノだけが幸福を得られる世の中となり、価値を左右する世界となった。

とある宗教団体で、救いを求めて大勢の人間が訪れた時代があった。

人々は、健康と富を手にして【幸福】になりたくて、救いを求めた。

だが、誰も救いの手を持たない。

そこでは何かを得るには、努力と忍耐と知恵を使い、力無き者は金を使い地位と名声を手に入れる。

何かをなすべきものには、地位と名声が手に入る。

それはある意味人の幸福感ではあるが、人々が真に求めた幸福ではなかった。

また、病院も同じ。

病に倒れた人々は病院へと向かうが、人々の望む治療とは!?

人は皆健康でありたいと望む。

幸せでありたいと望む。

けれど人の世を支配するのは金。

医者もまたカネ次第。

人の価値は病気や怪我をした時に知る。

病院へ行っても健康にはならぬのだ...



ここの所続いている爆弾低気圧?のお蔭で、歩行が出来なくなっていた。

朝、立ち上がりから痺れと痛みで動けない。

左足は上がらず、体重移動で脚の付け根(巣頸部)が…

トイレに行くのも這って行っていた。

病院へ行っても「自業自得」と言って治療は受けられず、セレッコスは処方制限を超えたためロキソニンに変更されてしまい、結果、腰にはいくらか効き目はあっても背中の痛みには意味が無く、寝ても覚めても痛みが出る始末。

このままではPCスクールにも行けなくなってしまう...orz

昨日は、やっぱり爆弾低威圧で朝から動けず(座位は平気)、PCスクールはお休みして自宅で学習。

しかし、昼に近づくにつれて背中と頸回りから右腕にかけて、いつもの痛みが悪化する。

で、あまりの痛さにベッドに横になった。

だからと言って眠れるわけでもなく、どうせ痛むならストレッチでもやって誤魔化そう…そう思った。

仰臥位(仰向け)で出来る運動は足を動かす運動で、脚を膝で折り曲げて立て、左右交互に円を大きく描いて腰骨から回すように動かす。

これをするとなぜかゴリゴリと骨がこすれあう。

つまりどこかの関節、股関節がずれているのかもしれない。

左を回せば股関節がゴリゴリ鳴り、右を回せば脊椎辺りがゴリゴリ鳴る。

だからと言って痛みがあるわけではなく、1年くらい前から動かすとこういう音が鳴っていた。

とにかく左右共に右回り左回りを10回ずつゆっくり行い、次に立てた膝を揃えて開いたり閉じたりを繰り返す。

特に開いた膝を閉じるときにゆっくり力を入れて閉じる。

次は伏臥位(うつ伏せ)になって、お尻を高く上げる猫のポーズをとる。

コレが結構腰に気持ちいいのだけれど、そこから左右交互に足を後ろに高く伸ばしてあげる。

いっぱいまで上げたらそこで止めて10を数える。

これを繰り返し15分ほど行うと骨盤に痛みとしびれがあっても立位が楽にできるのだ。

但し、数時間おきに行わなければ、また痛みとしびれで立てなくなるが…

まあ、夜寝る前には開脚のストレッチ(イタ気持ちいいとこまで開く)もやっているので、今のところ杖なしの自立歩行をしてはいるが、先週は200mも歩けず、途中で左足首が内転して困った。

右足は平気だったので、買い物はカートを押し、車を運転して帰宅。

マジ弱ったよ。

このゴリゴリ感、気持ちの良いモノではないんだけれど、どっかの関節がずれている証拠なんですが...

下半身の痛みと痺れってたぶんコレが原因と思う。

本当に動けなくなる日も近いかのね。

ヤレヤレ...orz







高橋史朗という人物について、しばらくぶりに目にしたと思ったら、今度は「大阪維新の会」にぶら下がっている様子。

2年前、ウチの子が和歌山の実家に預けたころに市役所の窓口で言われた話。

発達障害は親の愛情不足…云々。

誰の寝言かと思っていたら、とある大学教授様の唱える新説だそうで、ここ数年小学校で「爺婆とのふれあい」と称して、昔ながらの遊びを教わるという目的で、大切な授業時間を割いて遊びに興じておりました。

町内会のお年寄りを総動員して、朝夕の交通安全の立当番に加えて子供と関わる行為自体は良い事だけれど、その理由が自閉症を始めとする発達障害を3歳までの親の関わり方が問題とした高橋史朗という大学教授の唱える説が元となっていた。

この話、県の教育委員会の先生に聞いて唖然とした。

というのも、この教授は上田知事と深いかかわりがあり、県の教育委員会委員長様をしているという。

吐きそうになったのを覚えている。

ちなみに私が通院していた整形外科病院の院長も町の有力者?なので、なぜかこれに一枚かんでいて、こんなふざけた内容の説を支持していた。

『あほだわ...orz』と、心底思った。

なんか、あれからいろいろあって、ドタバタと怒涛の日々を過ごし、病に倒れて1年。

すっかり忘れかけていたこの出来事が、ここへきて再び浮上するとは…高橋史朗恐るべし...orz

そういえば数年前、上田知事と言えば何チャラダムで注目浴びた人物で、政界で注目されたっけ。

で、今度は大阪に着目して橋下知事に接近したわけね。

どいつもこいつも利権に絡んだ悪党ばっか(-_-メ)

真剣に子供の行く末を心配する親たちの敵だな。








ずっとおかしいと思っていた。

私は自分が『頭がおかしいのか?』と悩んで、心療内科に過去3度も行っている。

けれど、いつも仮性ウツと言われ、通常の安定剤が効かない。

いろいろ試しても副作用の方が強くて薬が合わず、服用しない方がマシになる。

結局、原因不明のまま放置されて…病院めぐりをしていた。

そんな中、実家では症状が一切でない事を知り、適応障害とも言われたがいまだよくわかってはいない。

次に、原因と思われる旦那と離婚して、一時的に回復したかと思われた症状に、今度は通院で受けた虐待で再発。

結局、整形で精神病患者扱いされ、本当にウツになったと思っていたけれど、またも否定。

気が付けば、通院していた病院で言われのない誹謗中傷にストーカー、医師の治療拒否に誤診、さらに病状悪化させられる始末。

病院を変えても付きまとう誹謗中傷。

敵は誰なのか、姿を見せないその相手に不思議に思っていた。

整形通院前は旦那が原因だったけれど、整形入院以降の出来事は明らかに違う。

それはわかっていたけれど、敵視される理由は思い当たらない。

あるとすれば右腕のオペミスだけだ。

つまりはそこがすべての事の始まりで、あの病院にかかわったことが間違いだったと思う。

今も精神科で診断受けても、統失でもなければ鬱で通院してはいない。

腰痛はこの1年で一進一退を繰り返していたが、ここへきて一気に悪化。

たぶん近い内に車椅子になると思う。

家の中を伝え歩きしたり、這って移動したり、キャスター付の椅子を使って炊事をする毎日でも治療は受けられない。

通院していても誰も腰痛治療をしてくれないのだ。

月曜日、再度ペインへ行くので、治療について相談して見るが、ダメなときはもう通院は止める。

子どもの事もあるし、入院は無理と言ってある。

訳も分からず追いつめられる現状。

でも、理由がわかってきた。

少しだけ改善の兆しが見えてきたかも...