自分の知らないうちにストーカーされていたことがありました。

それから、知らないうちに身に覚えのないうわさを流されていたことがありました。

言いがかり、事実と違う内容など、まるでこのガスライティング現象とそっくりなのです。

今にして思えば、すべての現象に納得が行くのです。

だって、心療内科へ行っても(鬱や統失を)否定されるのに、説明のつかない現象が次々と身の回り(整形外科限定)で起きるのです。

私は何なのか!?

本気で悩んで、さらに病気は悪化しているのに、診断書はデタラメで…まともな治療を受けられず、今も苦しみの中でもがいています。

偶然見つけたガスライティングという単語。

調べて読んでいて、フラッシュバックしてしまうほど鮮明に思い出してしまいました。

コレが事実…背筋が凍る思いです。

ターゲットにされたら…誰も逃げることはできません。

あぁ、メッチャ怖かった...orz







詳しくは、コピペ参照。

http://antigangstalking.join-us.jp/AGSAS_GaslightingTheBook.htm













知人、友人、その他相談に乗っていただいた皆様に感謝です。

確かに皆様の仰る通り、例のAちゃん下校事件は他の誰でもない親の責任です。

親が責任もって下校に当たり、想定されるリスクをカバーしなくてはいけないのが、普通クラスでない支援クラスの生徒であると思われます。

それは親子はもちろん身内全員で相互理解が必要であり、障害を持つ兄弟が健常児の通う学校に通う場合、当然そう言ったリスクは話し合われているはずで、同級生からの冷やかしは想定内の出来事と言えます。

そう言った場合の対処法もキチンと検討されているか、もしくはそう言った事態に備えて対処法をいくつか選択肢を用意しておくのが保護者の責任です。

まさにその通りと思いますね。

ウチも離婚時にそう言ったリスクを想定して、いくつかの選択肢を用意していました。

例えば、学童利用時にイジメやその他の理由で利用困難になった場合に備え、送迎と預かりを依頼するため、NPOの有料ボランティアに登録し、さらに療育手帳を使った児童ディの利用と二重三重に用意して対処しました。

それでも実家に預けるのが一番良いと考えて、無理を承知で実家へ1年間預けました。

本当は、小学校卒業か中学卒業時までのつもりだったのですが、母の体調不良で1年で戻すことになり、職場も在宅ヘルパーへと変えて対応。

常にリスクを想定して、息子自身の負担も考え、対応策をいくつか選択できる準備はしています。

あとは本人の意志もあるので、確認しながら対応策を考えていきます。

そのために無理のない仕事を選択する必要があります。

子どもを育てるとは、そういうことと思っているのですが、えてして兄弟というのは当てになりません。

私自身が四人姉妹の末っ子であり、その手の苦労を強いられた経験があり、姉達は誰一人頼れることなく、友人に助けられながら育ちました。

勿論、Aちゃんのような妹を持った友人に、幾度となく迷惑かけられたこともありましたが、それでも自分に出来る事は積極的に行ってきました。

私の周囲の友人関係はそう言った友情で成り立っていた子供時代でした。

ですが、私の通った小中学校の特学クラスは、親が送迎していました。

勿論、みんな共働きの家庭がほとんどなので、障害を持った兄弟のいる健常児は、ちゃんと面倒見ていたようです。

ただ、親も健常児にかける期待が半端じゃないようで、大人になってから話を聞くと苦労も多かったようです。

今では、GHや作業所に通っているので、年老いた親の負担を少しでも考えて、金銭面で助けていると聞きました。

お互いがちょうどよい距離感を持つためには時間も必要という話です。

それまではやっぱり親の責任において管理するのが本当だと言っていました。

やはり余裕のない生活習慣は見直し、児童ディ以外にも利用できる方法を考えておくのが仕事を持つ働く母親の責任と言えます。

Aちゃんママは、Aちゃんだけでなくウチの子も危険な目にさらした上、Aちゃん自身の障害の特性を正しくつかんでいないため、この先もこういったトラブルを起こすと思われます。

また、ママだけでなく父親も長男もAちゃんの障害を受け入れきってはいないようです。

今回の一件について、どうもウチの息子のせいになっているようで…ちなみに原因はAちゃんママです。

ウチの子がちゃんと通学路を使って登下校を出来るから、Aちゃんにもできると思っているようで、集団での登下校と個別の登下校は違うということがわかっていない様子。

ただ体力が無くて帰れないと思っているので、すでにそこから勘違いが始まっていて、Aちゃんが自力で「帰れない」という現実を十分に理解できていないのでした。

また、担任も5月から児童ディが再開するので大丈夫と思っているようですが、現実には母親は継続して利用できる自信が無く、不安が常に付きまとっているという事実も知らないのです。

この先もこういったことが繰り返されることを担任に伝えはしたのですが…あまり真剣には受け止めていませんでした。

仕方がないので、息子には「Aちゃんにはかかわるな」とだけ言っておきました。

息子を危険な目に合わせたくないと、そう思って...









さて、2週間ぶりの受診となったペイン。

しっかり怒られた(苦笑)

正直、週一のコースで行きたいのだが、先月からこっち学校行事(卒業式やら何やらと)が多いわで、通院にそそぐ体力(気力)が保てなかった。

それと、どう頑張っても仕事が見つからない。

事務職はPC技能が基本。

excel、wordが使えても技能認定のスキルが無いと雇ってもらえない。

で、背に腹は代えられず、PCスクール通いとなった。

が、それらについてDrストップを言い渡された。

学校行事の参加も控えるように言われても、周囲がそれを許さない。

口で説明してもダメなので、書面(手紙)で担任に伝え、クラス役員も保護者会参加も不可と伝えたが、全く意を返さずに「息子さんが具合が悪いというのでお迎えを…」と翌日には簡単に言ってきた。

雨の日だったので、歩くというより日中起きて動くことも辛い状態で寝ていた。

仕方なく放課後まで放置。

迎えに行ったが、本人はケロッとしている。

ホント、いい加減にしてほしいモノだ。

意を返さない担任(学校)と保護者達。

けれど、生活苦を脱するには資格獲得までは酷使するしかないわけで、こればっかりはDrの指示には従えない。

今週末からGWに入るので、2週間は通えない。

その前に行っておこうと、本日受診した。

明日は遠足があり、息子を集合(解散)場所の最寄駅に送迎しなくてはならない。

勿論、朝は弁当作りもあるわけで、子育て主婦に休息はない。

今日だって階段が自力で上がれず、手すりにつかまり一段一段上がった。

息子が帰宅した4時以降は2時間ばかり寝ていた。

で、調理の時間が省ける焼きそばをオカズにおにぎりを作って出した。

今、お風呂に入っている。

もう一杯一杯だっつーの爆弾ドンッ




もしも息子が○○じゃなかったら…

それを幾度となく繰り返し悩んだ時期があった。

アスぺな元旦那には、受け入れがたい現実は、暴力と虐待という形で拒否。

息子が悪いわけではなくて、変化を受け入れられない元旦那が悪いんだけど、自分の事さえしかねる元旦那には、息子にかかりきりになってしまう私が許せなくて、構ってもらえない原因を作った息子に辛く当たり、私はそんな日々の中で心身を壊してしまった。

自分と息子を守るために支援級に移籍したはずなのに、そこは新たな試練と苦悩の日々の始まりで、守るためには誰にも頼らずかかわらずでいなくては、足元掬われるわ引っ張られるわで、結局は普通級にいても支援級にいても大差なくて、むしろ不自由さは支援級の方があるかもしれないと思う。

よく耳にするのが自助グループへの参加依頼だけれど、まずは自分自身が自立できて初めて参加するモノと私は思う。

自立も出来ず、他人の手助けだけを期待し、頼るだけの状態でいて、自助グループ参加はメンバーの迷惑と思っていたが、そんな人は自然淘汰されると今更知った。

ここの所よくニュースで耳にする障害者とその家族の孤独死は、むしろ自立した障害者が孤立化しているのではないかと思った。

ヘルパーの仕事をしていて思ったのが、本当は支援を必要としている人たちが、自立しているために世間とのかかわりが薄く、見過ごされていくうちに孤独死…となるのだろうということだ。

声を上げないのではなく、世間に何も期待していないし、ヘタにかかわると足を引っ張られるから...

ウチも必要な支援を受けられてはいない。

声を上げ、引き寄せようとしても「もっと大変な人がいる」と言って、結局後回しにされる。

そうこうしているうちに自分で何とかしてしまうので、もう福祉や支援というモノに期待しなくなっていく。

結果、中途半端にかかわっていると足元をすくわれ、余計な面倒に巻き込まれていく。

つまりは、他人ごとに関わって行くほどの余裕はないので、自助グループ(ボランティア)への参加は面倒事に巻き込まれるだけなので、自然と避けてしまうと。

こっちは病気で歩くことさえ困難な日もある。

社会復帰もままならない状態で、障害児を育てているというのに、学校は何もしないし福祉も医療も何もしない。

学校は教育の現場だと教員は主張するが、では何のための支援クラスなのだ!?

何もしない(できない)なら、せめて他人に迷惑かけないよう指導教育してくれと言いたい。

何時だったか、それを口にしたら「お互い様」というセリフが返ってきた。

私の言っている迷惑の意味(範疇)が違うのだが、それすらわからない相手と会話しても食い違うだけなので議論は避けた。

言葉は刃だというけれど、時にはキツイ言葉に耳を傾ける勇気が無くては、何も変わらないし変えられない。

現実と向き合う勇気のない人には、私の言葉はキツク辛いモノだと思う。

病気や障害のせいにして逃げても現実は変わらない。

出来ない事をしろとは言わないが、無責任な行動はとるなと、それだけは言いたいね。

○○は出来るが、▲▲は出来ないと言えば、手を貸してくれるものだと思う。

○○をすると決めたのならやり遂げる。

それは病気や障害は関係ない【躾】というものだ。

躾は親が子にする愛情であり、教育とは違う。






息子が3年へ進級するとき、校長から『通級は今後認めない』と通告され、支援級へと移籍になった。

と同時に、1学年下の男児で、何かとうちの息子に張りあう子がいた。

家も近所で、道を挟んで向かいの区画に住んでいるが、ウチの子は地域の子供会に入って通学班で登下校していた。

が、その男子児童のS君は、入学時から未診断のまま支援クラス判定となり、支援級に通っていて子供会に未加入だった。

そんなわけで、子供会のルールがわかっておらず、通学班での班構成やその他の規約があると言ってもわかってもらえず、一緒に登下校させたがった。

理由を説明しても何故か私が意地悪していると思われ、ストーカーの如く付きまとわれた。

担任は知っていて放置し、子供会ルールについての説明や加入方法もS君の親に教えない。

すべて私に丸投げをしてくる始末。

まあ結果的には、私が地区長の連絡先を伝え、S君の親が直接交渉すべき問題である旨伝え、事なきを得たのだが…

えてして、支援クラスの親には必ずと言っていいほど、この手のルールを知らない人がいる。

また、担任も教えてあげればいいものを、すべてを保護者に確認もせず問題を丸投げするアスぺな教師が存在する。

今では障害を受け入れつつあるS君親ではあるが、なかなか理解が得られず、ウチの息子に張り合っては何かと問題を起こして、そのたびに付きまとわれ...orz

私の息子が転校し、距離を置いて以降はトラブルもないが、逆に今度はAちゃん親子が何かと振り回す。

この親も娘の障害を病気のせいとか、ボーダーだと言っては受けれない。

数字を10までしか数えられないのに、筆算ができるはずもないのだが…塾に兄同様通わせて、3時間も4時間もかけてプリントをなぞる。

普通の子は1時間程度で済ませる学研の学習塾で、3時間を超えるのはAちゃん一人で、毎度それに付き合わされる兄も大変だったと思う。

ウチは早々に引き揚げ、幼稚園の年長から1年生の秋まで約1年通った。

人の倍時間かけて終わらせるんだけれど、一応は自力で熟せていたが、一向に先へ進めない。

宿題ばかりが増えて、本人は泣きが入り止めてしまった。

この時点で私は障害に気づき、即病院でウイスクの検査に行った。

結果が出るや否や即効手帳申請に動き、1年の冬には手帳を取得した。

そして2年次は通級で様子見、だけど療育はどこも受け入れナシ。

手さぐりしながらアレコレと手を尽くして進めた。

支援級の担任(アスぺ?)に「誰でも貴女のようには行動は出来ないの」と一言嫌味を言われ、なんでも先回りして道を作るのが良い事ではないと。

息子が支援級に移籍してからというモノはパニックの日々が続いた。

文字通りの孤軍奮闘の日々に、理解得られない支援級の担任と付きまとうS君の保護者。

心身ともに疲れ果てた。

そして離婚を機に息子を実家に預け、1年間一人で自立に向けて動き、息子と再び暮らし始めてAちゃんと同じ学校へ転校して通った。

離婚前、児童ディに登録していたので、平日学童で土日祝日を児童ディに充てていた。

そこで、学童でイジメに合って不登校になり、春休みからは放課後も児童ディに変更したところ、Aちゃんママに「学童止めたい」との相談。

児童ディの利用法を伝えて、放課後は同じ児童ディに行き始めた。

が、あとで知ったが、学童の頃に担任が、その日持ち帰る荷物をAちゃんが持てなくて、200mほど先の距離までをAちゃんの荷物を息子に持たせたという。

この日からAちゃんは学習してしまい、息子は先生に言われたので黙ってAちゃんの荷物を持って帰ることになってしまった。

児童ディでは指導員がいて、息子は特に荷物持ちをさせられることはなかったらしいが、ときどき思い出したように持たされていたという。

秋になって、息子自身が児童ディを止めると言い出したので止めた。

すると、冬休みになるとAちゃんママから『別のディへ行きたい』と言いだして…放課後の過ごし方について考え直すように進言。

送迎については、NPOの有料ボランティアの利用法やヘルパーなど、児童ディ以外に使える手立てはそれだけだと話した。

すると、長男に留守を頼むので大丈夫と言い張り…結局、無断でいつものパターンでウチの息子を使われてしまった。

しかも学校近くの踏切までと嘘までついて…本当は自宅が見える傍の交差点まで荷物を息子に持たせて送らせた。

で、Aちゃんの両親からの謝罪はない。

障害児の親には、えてして発達障害を持っているという。

だが、子ども同士がお互いに迷惑かけあうのはよくある話。

けれど、暗黙のルールとしてこのような迷惑をかけないのがルールである。

登下校に関する問題、放課後に児童ディなどについても同じ。

互いに譲り合い、障害の特性が違うのだから、出来る事も出来ない事も違うわけで、やっていいこと行けないことは親がキチンと子供に教えなくてはいけない。

それは障害の有無に関係なく、人として当たり前のルール(躾)を親として教えると同時に、謝罪の仕方を教えなくては反省は出来ないからだ。

反省から学ぶこと、それがコミュニケーション。

本当、マジで疲れるわ...orz