「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月14日(火)春の高山祭〜15日。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第2節「いのちの救済とその自証」の4回目で、「我見」からの離脱に仏教界に生まれた「自力」、「他力」を説明しています。

 

かくして人間存在にとって、最根本的というべきこの「我見」を、いかにして離脱するかに、古来大別して二種の宗教的方便があるといえよう。

 

わが国の仏教界に生まれた用語としての自力及び他力という語を、便宜上ここでも借用するとすれば、このような罪深きこの自分という人間は、自己の力だけではとうてい救われないゆえ、唯一念の念仏唱名によって、絶対者たる弥陀の本源力に打ち委せようというのが、いわゆる他力の立場である。

 

これに反して、「只管打坐」に徹して、この肉の体に根を下ろしている根深い我見も、それによって根切りにしようとするのが、いわゆる自力教の教えといえるであろう。だが、この際看過の許されない一事は、以上の二者は共に“いのち”の立場を離れていないという点である。否、いずれもその途こそ違え、“いのち”の徹底究尽というべき点であろう。

 

それにつき、わたくしの常に思うて忘れ難いのは、かの易行道を称せられる他力教においても、「易行にして難信」の語があるということである。この点に対してわたくしの疑問を裏づけるものとしては、篤信の妙好人の言動を録したものを読んで、いつも驚かされるのは、「易行」と言いながら、真の救済に到り着くのにいかに長い歳月を要しているかということへの驚きである。

 

しかもかかる長歳月が、一体何のために過ごされているかというに、いわゆる「聞法」の一事のために他ならない。即ち聞きに聞いて、聴きぬかなければならぬという「易行の法」だということである。

 

かくしてわたくしの感慨からいえば、真の他力の教法も易行とは言いながら、その難信たる点では自力による坐りに坐り抜く、「只管打坐」と、その方便の外面的な形態こそ違え、根本的にはほとんど異なるところなきを覚えしめられるのである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月13日(月)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第2節「いのちの救済とその自証」の3回目で、「人間の苦悩の解脱・救済には、「我見」の処理対策の他ないと考える」と述べています。

 

正しい自己の見解は、神もこれを認めて各人に与えているが、人間はこの場合にも、とかくその行使を誤って、「正見」より「我見」ないし「邪見」に流れやすいわけである。では如何なるものを「正見」と言い、如何なるものを「我見」と呼ぶかというに、「正見」とは、自己の立場の定位を心得て、自己の見解からはみ出ぬ場合を言うといってよかろう。

 

それに対して我々はとかく自己の立場から見ていることをのうち忘れ、自己の見解を以って至上とし、少なくともそれを以って至上とし易いといってよいであろう。この点についてわたくしは、人間の身体性の制約が深く影響していると考えるのである。

 

人間が生きているということは、身・心相即的存在として生きているであり、随ってそこには、常に身体が伴っているわけである。そこで精神としては、空間上にはその位置はないわけであるが、身体となるとそこには明確に、空間的定位において生きていると言わねばなるまい。

 

かくして人間にとって、苦悩の最深の因ともいうべき「我見」なるものは、このように自己の身体上の定位が、一定の角度的限定を免れ得ない点が、身・心相即の理によって、その思考や見解の上にも反映し影響するところから生じると言ってよいであろう。

 

随って、それから生じる弊を免れんが為には、常に自分の思考見解の上にも、自己の立場からくる角度限定や制約の存することを忘れぬということであろう。

 

以上わたくしが、かくも人間知性の有限性について、やや詳細な分析を試みたかというに、それは人間の苦悩の解脱・救済には、畢竟じてついにこの「我見」の処理対策の他ないと考えるが故である。その点については、古来真の宗教と哲学とは、何れもこの根本の一点にその集中的努力が為されたと言ってよいであろう。

 

「生き方の研究」(森本哲郎著)から

 

4月11日(土)

 

「生き方の研究」(森本哲郎著、PHP文庫)には、三十九人の先人たちが登場します。本日はその中の一人、セネカ(古代ローマの思索家)を紹介します。

 

「ほんのすこし前まで、人生は五十年だった。げんに私は“人生五十年”といわれながら育ったのである。夏目漱石は、まさしく五十歳で死んだ。「生活の探究」の作者、島木健作は四十一歳で世を去った。石川啄木に至っては、享年わずか二十六歳だった。樋口一葉はさらに若い二十四歳でん没している。

 

翁と呼ばれた芭蕉が難波(大阪)で逝ったのは五十歳のとき、明治の俳人正岡子規が「糸瓜(へちま)の水も間に合わず」に息を引き取ったのは三十五歳の誕生日を迎えた翌々日だった。世に知られた先人たちの生涯をたどってみると、その多くが実に早死にしているのにあらためておどろかされる。

 

ほとんどの人の寿命は五十年と相場が決まっていたのだ。だから人生は一場の夢とされていた。あるいは露のようにはかないものと思われていた。シェークスピアは人間の一生を「束の間の灯火」といった。李白は「浮世夢のごとし、歓をなすこと幾何(いくばく)ぞや」と嘆じた。

 

鴨長明は『朝に死に夕に生まるる習ひ、ただ水の泡に似たりける』と述懐した。俳人一茶

は江戸時代の人間としては珍しく六十四歳まで生きたが、「露の世が露の世ながらさりながら」と吟じた。人生は、ああ、何と短かったことか!

 

ところが、その五十年の人生が、二十一世紀の半ばまでには、おそらく百歳になるだろう。私があらためて「生き方の研究」を迫られたのは、このおどろくべき事実のゆえにほかならない。走る距離が二倍近くなれば、とうぜん走り方がちがってくる。

 

にもかかわらず、人びとの生き方は、人生五十年のころと、さしてちがっていないように思われる。人びとは相変わらず、いや、ひと昔前よりもいっそう忙しく毎日を送り、ふと気がついたときには、すでに死が間近に迫っている、という有様である。

 

人生は短いのではない

 

古代ローマに思索家セネカも「人生の短さについて」兼好と同じように思いをめぐらせた。彼は多くの著作を遺しているが、生涯のほとんどを公的な生活、すなわち政治家として送った。時、あたかもカリグラ帝、クラウディウス帝、つづいてあの悪名高い皇帝ネロの時代であった。

 

彼はまだ十二歳だったネロの教育を受け持ち、やがてネロが帝位につくと、その後見人のような形で執政官となった。だが、ネロはしだいに本性をあらわしはじめ、母親を殺し、気の向くままに残虐の限りをつくすようになる。セネカの教育は何ひとつ実を結ばなかったわけである。

 

ネロはかつての師セネカをしだいに憎むようになる。間もなく、口実を見つけて旧師を死に追いやってしまう。やっと人生の閑暇を得、『魂の平和』を愉しみ、深い思索に沈潜することができるようになったのも束の間だった。こうして彼は当時としては長寿といえる七十歳の生涯を閉じるのである。

 

人生は短いのではない、とセネカは書いている。『われわれがそれを短くしているのだ』と。私はこの言葉こそ至言だと思う。自分で自分の人生を短くしている、というのは不摂生をやって生命を縮めているという意味ではない。貴重な人生をついうかうかと過し、あるいはひたすら利欲にかられ、快楽に溺れて空費している、ということなのである。

 

セネカは『人生の短さについて』というエッセイで、次のように述べている。

 

「われわれは人生に不足しているのではなく(人生を)濫費しているのである。・・・何ゆえに自然に対して不平を言うのか。・・・人生は使い方を知れば長い。だが世の中には飽くことを知らない貪欲に捕らわれている者もいれば、無駄な苦労をしながら厄介な骨折り仕事に捕らわれている者もある。

 

酒びたりになっている者もあれば、怠けぼけしている者もある。他人の意見に絶えず左右される野心に引きずられて、疲れ果てている者もあれば、商売でしゃにむに儲けたい一心から、・・・利欲の夢に駆り立てられている者もある・・・。(茂手木元蔵訳=岩波文庫版)

 

こうした生きざまが人生を短いものにしている、とセネカはいう。つまり、人びとは、まるで「永久にいきられるかのように生きている」と。ではどうしたら人生は長く、充実したものになるだろうか」。(つづく)

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月10日(金)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第2節「いのちの救済とその自証」の2回目で、「人間は自己認識の知という点で、不充分な知しか与えられていないが、これは何故か」と問いかけています。

 

人間に対して、現在のように対象の認識を可能とする知性に恵まれているということは、それだけでも実に至大の恩恵慶福というに値するかと思うのである。そこで次に問題となるのは、「それにも拘らず、人間は自己認識の知という点では、甚だ不充分な知しか与えられていないが、これは何故か」という問題になると言えるであろう。

 

同時にこの問題は、ある意味では哲学上最至難な問題の一つといってよいであろう。そこでこの問題を考えるに当たり、真先に知らねばならぬことは何かというに、神は人間に対して、決して自己認識の知性を恵んでいないわけではないということである。それにも拘らず、人間はこれを行使することを好まず、極力これを回避しようとしつつあるのが実情だといってよい。

 

だが、ここでも言わねばならぬことは、このように自己認識は、その使用度が比較的少ないともいえようが、それだけに我われ人間は、常にこの点については深く留意して、それを必要とする場合には、怠ることなく充分にこれが行使について心しなければならないということである。

 

人間的知性の有限性について、考察を試みたが、それはひとえに、人間の苦悩はすべての面において有限であり、しかしそれらのうち、知性の有限性が最も深く人間的苦悩の原因となっているかと思うが故に外ならない。即ちこれを端的には、古来我見ないし邪見と呼ばれているものに他ならぬわけである。

 

しかるに「我見」に到っては、ただにそれを必要としないのみか、逆にそれは有害であり、時によってはそのために我が身を亡すに到ることも知らねばならない。かの当てつけの自殺というが如きは、実はこの「我見」を捨てかねて命を捨てるに到るものといってもよかろう。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月9日(木)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。昨年の9月18日(木)から同書を抜粋してきましたが、いよいよ最終段階へ入ってきました。

 

本日は第9章「救済・自証・献身」の第2節「いのちの救済とその自証」の1回目で、「人間は不完全存在なるが故に苦悩を免れない」と述べています。

 

人間はその“いのち”の奥底においては、何人もつねに救いを求めていると言ってよいであろうが、しかしそれが常に“いのち”の自覚的希求となっているとは、実は言い難いのである。それというのも、多くは苦悩よりの離脱への希望という程度が、大方だと言ってよいからである。

 

救いないし救済を求めるということになると、そのような希求は、“いのち”の根底への根ざしが深きが故と言ってよいからである。だが、如何なる人間も何らかの苦悩は免れ難く、それは人間が被造物としての有限なるが故という外なく、不完全存在との謂でもある。

 

人間は不完全存在なるが故に苦悩を免れないのであり、その苦悩とは、かかる制約からの離脱を欲しながら、しかも容易には叶えられない処から生ずると見てよいわけである。即ちお互い人間は、自己並びに自己の周囲が、わが意のままにならぬことを以って、悩み苦しむのである。

 

しかるに、「神がもし全治全能だとしたら、何ゆえ人間をかくも不完全に造ったのか、という輩も時にないでもないようである。それにしても、かようなコトバは、何ゆえ背理なのであろうか。それは人間の出現ということは、絶対的自己限定として、人間は神の分身に他ならないからである。

 

では一歩進めて、「何ゆえわれわれ人間の知性は、かくも有限なのであろうか・・・」と問う人も無いとはいえまい。だがこの点について、考えなければならないことは、我われに賦与された知性は、自己の対象について知り得る知性が恵まれているのであって、万一これが恵まれなかったとしたら、一日といえどもその「生」を維持し得ないであろう。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月8日(水)花まつり。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第1節「救済への希求と自証」の4回目で、「神と仏の相違をいえば、救いは神に求め、悟りは坐禅禅定に求める」と述べています。

 

では何故に人間の苦悩は、自己の内にあるというのであろうか。それは最根本的には、人間自身が被造物の一員として、その「生」を与えられた処のあるというべきであろう。しかも人間の“いのち”は、元来心・身相即的存在ゆえ、各自がその座をこの地上に占有せざるを得ないわけである。

 

しかしかかる苦悩の極、やがて人々はそれよりの離脱、救済への希求を抱くに到るわけである。その際、救いを求める対象は、一応神仏といってよいであろう。尤も神と仏とでは、本質的に深い相違があると言えようが、端的にその相違を言えば、救いは超越者たる神に求めるが、悟りは坐禅禅定を旨とする世界に求めると言えるであろう。

 

かくして救済と自証は、根本的には何ら質を異にした別物でないばかりか、唯一なる“いのち”のいわば表裏一体にして相即的な関係にあると言ってもよいであろう。しかるに初心の間は、この点をよく弁えぬところから、無益の悩みを免れないわけである。最も悲しむべきは、救済の方便の型に執して、それを絶対視するところから、互いに傷つけ合うに到ることだと言えるであろう。

 

人類の歴史上、最も悲惨な出来事は何かといえば、それは宗教間の相剋だと言ってよいであろう。“いのち”の苦悩から脱しようとの切なる希求の念に燃えながら、そのための方便の方法の相違に固執し、相手側を非難論難してもっとも惨烈な悲劇の修羅場すら現出するに至ったことは、万人周知の事柄といってよい。

 

かくして世上最上の善とは、もしこれを裏返せば、一瞬にして最悪処に顛落し堕在する危険を、宗教の世界は包有している処ないともいうべく、真の宗教的希求はまずこの根本的な一事より再出発すべきことを、今更のように痛省せしめられるのである。

 

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月7日(火)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。昨年の9月18日(木)から同書を抜粋してきました。本日は第9章「救済・自証・献身」の第1節「救済への希求と自証」の3回目で、「人間の苦悩の深因は自己そのものの内にあり、斯くと知り得ぬがゆえだ」と述べています。

 

「救済と自証」を主要テーマとしているこの節の冒頭において、何故すでに考察を了えたとも言える問題をとり上げているかというに、それは救済といい自証というも、共に自己の“いのち”の問題を離れては、絶対にあり得ないが故といってよい。

 

かくして、道徳・哲学・宗教などの問題は、自己に授けられた“いのち”の内観自証に徹する他ないわけで、この一道を生涯歩み通すことによって、そこに一道の光に出逢うともいえようが、これ正しく地上最上の歓喜というべきであろう。けだし己が箇の“いのち”が、その本源たる超箇の“命”に触れた時、そこに発する絶対光こそ、真に永遠の光というべきものだからである。

 

このように人間存在にあっては、その“いのち”は、何らかの趣でその救済を求めて止まぬといえようが、それは人間が被造物の一種として、有限存在たる処にその最深の因はあるであろう。けだし有限存在だということは、そのまま不完全の謂いだからである。随ってこの地上への生誕は、一面からは苦悩の唯中へ生まれ出たものと言えるわけである。

 

かくして人類をこのような苦悩の世界から救済しようとした釈尊は、如是の見に徹して八十余年の生涯を、民衆の苦悩の救済のために生き抜いたわけである。いわんや、身を貧しき大工の子として生まれ、三十年という短い生涯のうちに、人類救済の光を残したイエス・キリストの生涯が、人々のそれといかに懸絶したものであったかは、端的にこれを証して余りあると言えよう。

 

そもそも救済への希求は、諸々の苦患よりの離脱の希求といってよく、何らの苦悩も苦患もない処に、救済への希求など起きよう筈はないのである。即ち救済への希求とは、苦悩よりの離脱の切なる希求にその端を発するが故である。しかるに人間の苦悩の深因は自己そのものの内にあるというべく、斯くと知り得ぬがゆえに苦悩せざるを得ないわけである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月6日(月)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第1節「救済への希求と自証」の2回目で、「世界創造」が「現在」における己が“いのち”の自証を離れては在り得ないことへの驚きを感動的に述べています。

 

現在わたくしが自分自身の“いのち”を考えているこの“いのち”も、その絶対究極的本源となれば、ついに絶対的全一生命による「世界創造」に、その最根本的始原を発するという他ないからである。

 

否、すでに前章において考察したように、絶対的全一者の“いのち”が永遠性をその一属性とするとしたら、永遠の“いのち”には、本来よりしていえば、過・現・未というべきものはなく、「遥遠にして無窮なる」という形容の辞すら、わずかにその一投影と言いうるでもあろう。

 

随って如是の立場からは、「世界創造」は必ずしも悠久遥遠なる過ぎ去れる唯一回的な出来事ではなくして、即今現在の問題であり、直下即今(じきげそっこん)の問題ともいえるであろう。何となれば、時に古今の別はあっても永遠そのものには古今はなく、時は文字通り「永遠の影」に過ぎないからである。

 

かくして、いまこの今生の生(いのち)の最期(いやはて)にその一光耀としてここにこの書を介して、己が“いのち”の絶対的始源たる世界創造の問題を採り上げ、それを己が“いにち”の「自証」を介して、いささかその消息に触れようとしたとも言えようか。

 

それが求めに求めてきた“いのち”の最根本問題たるこの「世界創造」の問題が、この直下の「現在」における己が“いのち”の自証を離れては在り得ないわけであり、ついにこの一事に承当した驚きの如何に深奥にして深遠なるか。

 

これぞ正しく己が“いのち”の証であり、それはまた“いのち”の自証そのものによって発する、真の永遠光に照らされ驚愕、ならびにそれへの讃歌だったと言ってよいであろう。

 

 

価値観と人生観をどのように調和させるか

 

4月4日(土)

 

「生き方の研究」(森本哲郎著、PHP文庫)には、三十九人の先人たちが登場します。「じつは四十名にしたかったのだが、最後の一人をあえて残すことにした。そのひとりとは、あなただからである」。興味のある方はぜひ本書をご覧いただければと思います。

 

著者は「文庫版へのまえがき」で述べています。「いつの世にも変わらないもの(不易)と、時代によって変化していくもの(流行)とがあるが、・・・これはそのまま人間の『生き方』についても言えるのではあるまいか。すなわち、古今を通して変わらない価値観と、時代とともに変遷していく人生観をどのように調和させるか、それが人間の生きる姿だと私は思う。」

 

かねて、日本の知性を象徴する一人と考えていた著者です。その人が選んだ、三十九名の中から味わい深く、今も注目に値すると思われる五人の先人を紹介したいと思います。本日は「序 生き方の探究について」から、著者の問題意識を紹介します。

 

「生き方とは、いうまでもなく人間の生き方である。とすれば百人には百の人生がある。百の生き方があるということになろう。・・・私が考えてみよと思うのは、けっして生き方の模範でもなければ、理想でもない。だいいち、私自身、六十年も生きつづけてきながら、いまだに確たる生き方を体得してはいないのだ。だからこそ、あらためて人間のさまざまな生き方を考えてみたくなったのである。

 

洋の東西を問わず、時代の古今を問わず、人間はいつも自分の生き方にういて考え、苦しみ、悩んできた。なぜなら、自分の人生は自分でつくりあげてゆくものだからである。だが、もし、自分の人生が自分の思い通りになるならば、だれも苦しんだり悩んだりすることはなかったろう。

 

しかし、残念ながら世の中は、いつの時代にあっても、けっしてそんなに甘くはできていない。だからこそ生きるのはむずかしい。生き方を考えるのは苦しい。そのあげく、つい、生きることの意味を等閑に付し、習慣に従ってその苦しみから逃げようとする。

 

まして、社会が豊かになり、国民ひとりひとりが手厚く保護されるようになった昨今では、あらためて自分の生き方を問うなどということは、古くさいとさえ思われがちである。なにもそんなに深刻に考えなくてもいいじゃないか、多少とも自分の好みに合った暮しができさえすれば、それで充分だ、というわけである。

 

・・・ひとむかし前の日本人は、いまの人たちが奇異に思えるほど、人間の生き方について考え、悩み、探究しつづけたということである。それにくらべ、現代人はそうした執拗な問いをすっかり投げ捨ててしまったかにみえる。そのあまりの変質ぶりに私はおどろくのだ。私が「生き方」についてあらためて考えてみようと思ったのは、そのおどろきのゆえである。

 

人間の生き方とは、あくまでひとりひとりがきめるのである。この意味で、人生とはまさしく「自分への旅」である。どのように旅するか、それを自分できめるからこそ、人生は面白いのだ。

 

現代人にも、とうぜん、現代人なりの悩みや苦しみがあり、苦悩がある限り、人生を生きぬく知恵を求めるのはむかしの人と少しも変わらないはずだからである。ただ、豊かな物にかこまれて暮らす現代の日本人は、ことさら声を大にして、それをいわなくなっただけかもしれない。

 

しかし、あまりにも多くの知識をたんなる情報として知らされるようになった現代人は、それだけわけ知りになり、器用になり、かつてのように素朴に自分の生き方を問うことをしなくなった。そして、いっさいを技術的に解決するようになってしまった。生き方もまた技術にすぎなくなったのである。

 

しかし、人生は「方便」ではない。だから技術的に解決できるはずのものではない。やはり素朴に、初心にかえって、根源的に問いつめて行くべきもの、問いつめていくに値するものなのである。

 

ではどうしたらいいのだろう。それにはやはり人生の先輩、先人に学ぶほかはない。これは、と思う先人の生き方に重ね合わせてみることだ。といわけで、私は以下、これは、と思う人の人生の轍(わだち)をひとつひとつたどってみようと思う」。

 

 

 

 

 

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月3日(金)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。昨年の9月18日(木)以来、同書から抜粋してきましたが、残りは2章を残すのみとなりました。

 

本日は第9章「救済・自証・献身」の第1節「救済への希求と自証」の1回目で、「すべては“いのち”の自証の問題であって、この根本を離れては何事も真の本質的探究は不可能」と述べています。

 

前章で「時と永遠」の問題について多少の論究を試みたが、それは世上にいわゆる「時間と永遠」に関する哲学論とは、いささかその趣を異にする点もないではあるまい。わたくしの意図したものは、「時と永遠」という観点から、実は“いのち”の「自証」を試みようとしたに他ならない。

 

あるいは“いのち”の「自証」という立場から、「時と永遠」の本質に対して、いささかの微光を照射しようと試みたともいえようか。それというのも、「時と永遠」という問題ほど、“いのち”の内的構造を明らかにし得る問題は、他には容易には見出し難いと思うが故である。

 

かくしてわたくしにとっては、凡てが“いのち”の自証の問題であって、この根本処を離れては、何事も真の本質的探究は不可能というべきかと思われるのである。同時にこれこそが、実はこの書をつらぬく最根本的な立場と言ってよいであろう。

 

では、何故かような困難な問題をテーマとして採り上げるに至ったのであろうか。端的には、わたくし自身の心の最奥処より発する“いのち”の最根本的な希求であり、さらにはその要請だったと言ってよいからである。

 

ではさらに一歩をすすめて、わたくしの“いのち”は、何故にこのような最至難の問題と取り組むべく、わたくしを衝迫して止まぬのであろうか。想うにその最大最深の因は、今やわたくし自身が人生の終末に近づきつつあるがゆえであろうか。即ちこの地上における残り少なき“いのち”とて、この“いのち”自身の根本究明を、今や不可避の要請とするに到ったかと思うのである。