森信三先生の講演録「中学生諸君へ」(16)

 

10月2日(金)

 

自由に顕微鏡を扱えるように

 

そこで今後の問題としては、もっぱら(2)の国民の頭脳を科学的に鍛えること、(3)の国民がお互いに助け合う精神を政治の上で実現することに、その重点が置かれなくてなるまいと思うのです。

 

ところが国民の頭脳を科学的にするには、言うまでもなく小・中学の理科教育を、真に身についたものとすることが大切でしょう。ところが、小・中学の教科書の中に書かれている程度の事柄は、諸君ならある程度分かっていることでしょうが、それらのうち、どれだけ真に身についているかと言うことになると、問題ではないでしょうか。

 

そこでこの点については、少なくとも小・中学の卒業生は、最低限、顕微鏡だけは自由自在に扱えるようにならねばならぬと考えるのです。ところが現状は如何でしょう。自分で顕微鏡を使える人は、小学校はもとより、中学校においてさえ、必ずしも多くないのが現状ではないでしょうか。

 

この点をもう少し詳しく申しますと、小学校でも顕微鏡については、子どもたちの一人ひとりが、その調節ができるばかりでなく、さらに左の眼で覗きながら、そこに見られる物の姿を、右手で画用紙の上に書けるようにならなくてはなるまいと思うのです。

 

さらに中学校では、その上、標本のプレパラートが自分でこしらえられて、自分の見たい物は何でも、自分の標本に作って、顕微鏡下で見ることができるようにならなくてはなるまいと思うのです。このようにわが国の小・中学校の理科教育は、一人ひとりの子どもや生徒たちが、自由に顕微鏡を扱える処から変革していかなければならぬと考えるわけです。

 

私が何ゆえこのように顕微鏡を重視するかと申しますと、自然科学というものは、自然界の事物に対する「驚き」の念から発するものですが、それが顕微鏡の場合には、機械のもつ威力によって、その「驚き」が引き起こされる処に、大きな意味があると考えるわけです。つまり素手では、どんなに眼のよい人でも分からぬような微細な細胞の構造でも、見ることができるのであって、そこにはどんな人でも深い驚きの念を起こさずにはおれないでしょう。

 

森信三先生の講演録「中学生諸君へ」(15)

 

10月1日(木)衣替え。日本酒の日。

 

1. 顕微鏡を母校へ寄付する

 

第一条は初就職満三年は職場を変わらない。第二条は満二十五才まではタバコは吸わない。第三条はスポーツ新聞は読まない。第四条は基礎蓄積をする。それでは最後の第5条を申すことにしましょう。

 

卒業後三十万円ができたら、母校へ顕微鏡を寄付することです。(一同大笑)これによって皆さんは、何ゆえ私が貯金をお勧めしたかという真意がよく分かったでしょう。総じてお金というものは、ただ単に貯えておくだけでは、その効力を発揮するものではなくて、それを正しいこと、さらには人のためになるように使ってこそ、初めて真にその威力を発揮するものです。

 

ですから、単に貯金通帳の数字の増えることのみを喜んで、棺桶まで持ってゆく老人の如きは、最も憐れむべき存在だと言ってよいでしょう。お分かりのように、皆さんに対して「卒業後五年間に五万円から十万円の貯金をするように」と申してきたのは、単に自分の結婚費用について、親さんに厄介をかけないとか、あるいは将来自分の家だけは持てるようにと言うような、単に自分中心の事柄だけで申しているのではないのです。

 

そうではなくて、このように、一応自分の生活の最小限の土台ができたら、それからは次第に人々のため、社会のためになるような事のできる人間になるのです。では何ゆえ「三十万円貯まったらまず母校へ顕微鏡を寄付して下さい」と言うかと申しますと、われわれ日本民族の将来を思うからなのです。日本民族はご承知のように、永遠にこの小さな四つの島の上に、一億近い人間が生きてゆかねばなりません。

 

それに対して、何がいったい大事かと申しますと、次の三つだと思うのです。

(1)国民が勤勉であること。 

(2)国民の頭脳が科学的に鍛えられること。

(3)みんなが幸福になるようお互いに助け合うこと。それを政治の上で実現すること。

 

このうち(1)の勤勉ということについて、一部にはレジャーブームなどと言うコトバに踊らされている人もないではありませんが、それでも比較的勤勉な国民と言われています。

森信三先生の講演録「中学生諸君へ」(14)

 

9月30日(水)

 

土地だけは先ず求めておいて・・・

 

それというのも、田舎で長男に生まれた人は。親さんから家屋敷を貰いますから、その苦労はせずに済みますが、次、三男に生まれた人たちは、一生のうちに何とかして自分の家屋敷だけは欲しいというのが人情の常というものでしょう。

 

ところが、自分の家屋敷を作るだけでも、普通の俸給生活者にとっては、一代の大仕事といってよいのです。ですから一生かかっても、それの出来ない人は決して少なくはないのです。そこで諸君は卒業後五年間に先ず五万円から十万円の貯金をする。

 

その後もその調子で心を弛めずに続けてゆけば、三十代の後半ごろになれば、何とか土地だけは求められる位になりましょう。そして土地だけは先ず求めておいて、次に十年ほどたった四十代の後半頃になったら、その上に家を建てるようにするが良いでしょう。

 

またしっかりした人だったら、三十代の後半に土地を求める際、二軒分の土地を求めておくのです。そうしますと、十年後にはその土地が値上がりで、家を建てるころその半分を手放せば、それで家を建てる費用の半分くらい出来るようにもなりましょう。

 

こう言うわけで、卒業後就職してお金が手に入るようになったからといって、ただウキウキした気分で使ってしまわないで、将来のことをよく考えることが大事だと思うのです。五十才前後にもなって、自分の娘が結婚するような年頃になりながら、いつまでも手狭なアパート暮らしをしているようでは、第一娘に対して気の毒だと思いませんか。

 

諸君の中には、私が何か「お金」というものに引っかかっている人間のように思う人もあろうかと思いますが、そういう人に対して申しましょう。

 

ムダな金を使わぬということは、人間が自分を引き締める上で最も有力な方法だということを。最後にもう一つつけ加えれば、自分のお小遣いを引き締めることは、都会地の誘惑をしりぞける上で、最も有力な方法だということです。これだけ申せば、私の本当の気持ちが分かっていただけるかと思うのです。

 

講演「中学生諸君へ」(13)

 

9月29日(火)

 

男子は自分の家屋敷をもつための土台に

 

女の人の場合は、それを以って自分の結婚費用にするためです。現在日本の農村は、都会と比べて貧しいのです。というのは、なるほど農村では、都会と違って何とか食うには食ってゆけても、現金というものが入らないのです。ですから自分の結婚費用は、どこまでも自分で貯えて、親に厄介をかけないという堅い決心を、今から持つようにして下さい。

 

それと言うのも、もしあなた方が結婚まで大した貯金をしなかったら、あなた方のご両親のうちには、失礼ながら大なり小なり借金をしてあなた方の結婚費用をまかなう家が少なくないと言ってよいでしょう。私がこう申したら、皆さんは初めてこういう話を聞かされるので、「まさか自分の家などは大丈夫だろう」くらいに考える人が多かろうと思います。

 

しかし、現在わが国の農村では、娘の結婚費用に何十万円とかかるのに、それだけの現金を用意のあるような農家は、地方にもよりますが半数とはないでしょう。この程度のことを、あなた方くらいの年頃になって、全然知らずにいるのは、本当は大ウカツと言うものです。

 

ですから皆さんは、卒業後都会に勤めるようになっても、都会の華やかさなどに目をくらまされないで、しっかりと自分の将来のことを考え、せめて結婚費用に関しては、親さん方の心を労せしめないよう、今から堅い決心をするようにして頂きたいと思います。

 

次に男子諸君に対してーー。男子の方は現在のところ、わが国の習慣では、女子ほどに結婚の費用はかからないのが普通です。しかし女の人々でさえ、自分の結婚費用を自分でまかなうようにすべきですから、まして男子の諸君は、自分の結婚費用に関しては、父兄の方にビタ一文お世話にならぬようにと、今から固く決心することです。

 

私が「卒業後に貯金を」というのは、単にこのような結婚費用のためだけに申しているんではありません。男子の人は、それをもって将来自分の資産の土台とするためです。もっと分かりやすく申せば、それは将来諸君らが独立して事業を始めるさいの資金となり、元手となりましょう。また一生俸給生活として終始する人々には、将来自分の家屋敷をもつための土台にするためです。

 

講演「中学生諸君へ」(12)

 

9月28日(月)

 

卒業後五年間で五万円から十万円の貯金を

 

4.基礎蓄積をすること

 

心得の第四点は、卒業後五年間に五万円から十万円の貯金をするということです。こう申したら諸君は意外に思って、さぞ驚かれることでしょう。というのも、諸君はこれまでの長い学校生活において、卒業したらお金を貯めなければならぬというようなことは、かって一度も聞いたことがないでしょう。

 

それ故にこそ、この際諸君には、卒業後の大事な心得の一つとして、お金の問題について申しておきたいと思うわけです。さて、諸君は内村鑑三という名を聞いたことがありますか。この人は明治期に生まれた日本人のうちでも、最も優れた人でリッパな本が沢山ありますが、その中の一つに「後世への最大遺物」という本があります。

 

岩波文庫の中でも薄い本ですから、ぜひ読んでみて下さい。ところで、この本の中で内村先生は「お金というものは、この世で最上のものではないが、しかし非常に大事な物の一つである」という意味のことを述べておられます。これには私も同感です。人間はある程度のお金を持っていないと、自分の独立性を保つことができなくなるからです。

 

そこで皆さんは、卒業してどこかの会社か商店へ就職したら、その月から必ず一定額を貯金して、五年間に五万円から十万円までのお金を貯えるようにしてください。それには、少なくとも月に千円から二千円程度の天引き貯金をする必要がありましょう。月に千円ずつですと、一年間で一万二千円、それを五年間続けると、ちょうど六万円になります。

 

外にボーナスの半額を、その中へ加えることにしますと、五年間には十万円くらいになりましょう。これはある時期までは絶対に手をつけない金ですから、この外に洋服代とか故里へ帰る時の費用というようなもののために、少なくとも月に五百円、できれば千円くらいの貯金をする必要があるかと思います。

 

では何ゆえ卒業後の五年間に五万円から十万円の貯金をしなさいと言うかと申しますと、まず女の人の方から先に申しましょう。

「昭和に挑んだ作家たち」(佐高信著)⑥

 

9月26日(土)

 

「昭和に挑んだ作家たち」(佐高信著)から、もう一人、山崎豊子(1924年〜2013年)を紹介します。1953年「花のれん」で直木賞。毎日新聞社を退社して作家生活へ。「ぼんち」「女の勲章」「白い巨塔」「不毛地帯」「二つの祖国」「沈まぬ太陽」など。代表作は話題を呼び、社会現象を起こした。菊池寛賞。毎日出版文化賞などを受賞。

 

「トップとしての衝撃、責任の大きさを聞きに来たのです!」

 

その鼻っ柱の強さは相当のものだった。「大地の子」は当時の中国共産党総書記の胡耀邦や新日本製鉄会長の稲山嘉寛と山崎の幸福な出会いによって生まれたが、稲山の後継者の斉藤英四郎には堪忍袋の緒が切れかかった。

 

新日鉄の最新鋭技術を供与する形で進められていた日中友好プロジェクトの上海宝山製鉄所の建設は、ある日、中国からの一片の電報によって工事中止が通告された。その理由を尋ねるために山崎は経団連会長となっていた斉藤に取材を申し込み、経団連の会長室で会った。

 

ところが、斉藤はまともには答えず、「一片の電報?そんなものは小説家の空想ですよ。私の元には中国から刻々と情報が入っており、驚くわけありませんよ」と素っ気ない。「それならどうして宝山の現場に伝わっていなかったのですか」と食い下がっても、「女性のあなたにそんなことを話しても、どうせ解らないでしょう」とまで言う。

 

その無礼さに山崎は遂に怒りを爆発させた。「私をそこらの作家と一緒にしないでください!」。一喝した上で、「そんな上っ面のことを聞くために、大阪から来たんじゃありません、トップとしての衝撃、責任の大きさを聞きに来たのです!もう結構です!」と続け、席を立った。

 

怒鳴られることのない斉藤は驚き、あわてて、「ちょ、ちょっと、誤解がーー」と取り寛ぎ、改めて時間を取ることを約束して仲直りの握手を求めた。「私はその手をぱしっと、どんなに払いのけたかったか!」と山崎は書いている。しかし、これからも取材しなければならないことを考え、ハンカチを握りしめていた手の小指一本だけで斉藤と握手した。

 

恥も外聞もなく取材対象に肉薄

 

そんな山崎が結婚相手に選んだのは「毎日新聞」の同僚で美術担当記者の杉本亀久雄だった。地味で、おとなしい性格ながら、長身の美男子である杉本に、大阪のバーの女性が惚れて、マフラーをプレゼントすると、翌日、山崎はそれを巻いて、そのバーに現れ、「どう、このマフラー、素敵でしょ」と言ったとか。

 

私も「華麗なる一族」を経済小説として取り上げたいと電話したら、「私は経済小説を書いてるつもりはありませんから」と、目の前で戸を立てるような断り方をされた。・・・しかし、いっそアッパレと声をかけたくなるような拒否だったのを憶えている。

 

山崎によれば「小説の場面というものは、調査が丁寧であればあるほど精彩を放つもの」だが、たとえば「不毛地帯」を書くに当たって、山崎は取材のために377人の人間に会った。この小説は、前半が主人公の壱岐正(モデルは瀬島龍三)の11年間のシベリア抑留生活と、帰還後、商社に入って防衛庁への次期主力戦闘機売り込み合戦に巻き込まれていく“白い不毛地帯”。

 

後半が、アメリカのビックスリーの一つである自動車メーカーとの資本提携と中東の石油開発に取り組む“赤い不毛地帯”となっている。5年間にわたって「サンデー毎日」に連載された5000枚のこの長編は、「恥も外聞もなく対象に肉薄する」山崎の徹底取材に支えられている。

 

ある時は「たった6行のために、何でそんなにしつこく聞くのか」と叱られたというが、「華麗なる一族」の時には、阪神銀行頭取の満俵大介と、福田赳夫を思わせる永田大蔵大臣との料亭でのやりとりの場面のためだけに上京している。一応、想像で書いた原稿が気にいらなかったのである。

 

それで、ベテランの新聞記者に、「この辺で本当に血のしたたるような一声を入れたいんですが、いままでの政治家取材の体験上、何か考えられませんか」と尋ね、「これでいいじゃないですか。一国の大臣の別荘として富士の見える箱根を設定し、万俵の贈った鞍馬石まであるし」と言われながら、

 

「いえいえ、どうしてもここが弱いと思います。もう一声・・」と押し返して、「それだけですか、今日は」と呆れた相手が、「それだけでわざわざ大阪から来られたんなら。実を言えば、このやりとりはお上品ですね。政治家と銀行の頭取が化かし合いをやっているのに、そんなお上品ムードではいけませんよ。」(つづく)

 

講演「中学生諸君へ」(11)

 

9月25日(金) 十五夜・中秋の名月。

 

週刊誌は時間つぶし?

 

今日の社会はいよいよ複雑になり、かつ目まぐるしく変わりつつありますから、普通の新聞は、できるだけ読む必要があると思うのに、その方は大して読まず、朝からスポーツ新聞に夢中になっている人々が少なくないようです。そういう人は、この激しい世の中では、とかく押し流される人が多いといってよいでしょう。

 

それというのも、本来スポーツは自分がやるべきものであって、関連する記事というようなものは、趣味娯楽の程度に留めるべきであり、そのためには普通新聞のスポーツ欄の程度で満足すべきだと思うわけです。

 

次に週刊誌ですが、この方は社会で起こった実際の問題が多く扱われている点では、やや内容的だといってよいでしょう。しかし週刊誌の記事は、多くは普通の新聞で話題の種になった問題について、これをセンセイショナルにむし返したものが多く、したがって、普通新聞をよく読んでいれば、どうしても読まなくてはならぬものではないと思うのです。

 

私の考えでは、今日相当な人まで週刊誌を見ているようですが、それらの大部分は、興味本位の時間つぶしで読んでいるとしか思えないのです。しかし時間つぶしをするほどに時間があるのでしょうか。私の見る処、そうではなく、もっと読まねばならぬ大事なものが沢山ありながら、週刊誌のために貴重な時間をムダ費いしているようです。

 

では週刊誌の代わりに、どういうものを読んだら良いかということになります。それは先ほど申すように、自分の従事する職業に関する専門雑誌を、少なくとも一冊は読んでほしいと思うのです。たとえば建築方面、電気方面、さらに商店関係など、それぞれに専門誌が出ているようです。理髪のような特殊な職業にも、立派な雑誌が二種類も出ています。まして農業方面に至っては、幾十種類の雑誌が出ているようです。

 

それ故諸君たちは、自分の就職先が決まったら、受け持ちの先生とよく相談して、どういう雑誌を読むようにしたら良いかを教わり、できることなら、卒業前に半年分の誌代を払い込んで、4月からは就職先に送って貰うようにしておきます。これを十年間続けたら、しっかりした人間になれましょう。

森信三先生の講演録「中学生諸君へ」(10)

 

9月24日(木)

 

医者はホントのことを言わない!

 

なお、念のために申しておきますが、その場合、お祖父さんは故里でピンピンしていたって構わんですよ。(一同爆笑止まず)。こう言うと諸君らは「では先生はわれわれにウソを言うことを教えるのですか」と言われるでしょうから、ついでに人間としてウソを言うことが許される場合が三つあること申しておきましょう。

 

その一つは、医者がもう助からぬという患者から「先生、もう私の命も永いことはないでしょう」と尋ねられた場合、「そうですよ。あんたの寿命はもう二、三月しか持ちませんナ」とでも言ったとしたらどうです。(一同大笑)。こういう場合、ありのままのことを本人に告げることは、医者の間では禁止されているんです。

 

第二の場合は、狂人がある男を殺そうとして、刃物をもって追いかけてきた時、その男をかくまってやった処、そこへ走ってきた狂人が「今ここを一人の男が通ったはずだが、どっちへ行った?」と尋ねられたような場合にも、ウソを言って向こうの方へ行かせるべきだと、これは大哲学者のカントの書いているものの中にもあるんです。

 

そして第三の場合は、先ほど私が申したような場合であって、即ち自分の一生の大目的を達するために、どうしても言わねばならぬ場合のウソで、しかもそれが一切他人に迷惑をかけない場合には、許されるといってよいでしょう。

 

3.スポーツ新聞は読まぬ

 

では第3条はどういうことかと申しますと、卒業後はスポーツ新聞・週刊誌の類を読まないで、その代わりに、自分の職業に関する専門雑誌を読むようにということです。ところで誤解があっては困りますので申しておきますが、諸君に対してスポーツ趣味は止めたまえなどと言っているのではないと言うことです。

 

スポーツは健全な趣味の一つといってよいでしょう。しかし、私の考えでは、テレビや普通新聞のスポーツ欄に留めるべきで、スポーツ新聞を見ずにはいられないというスポーツマニヤの領域にすべり込むべきではないと思います。

講演「中学生諸君へ」(9)

 

9月23日(水) 秋分の日。

 

死ぬ前に私を呼んで・・・

 

二十五才までタバコは吸わぬようにと申してきましたが、これは諸君が現在考える以上に、はるかに困難なことだと思うのです。それというのも、卒業後、会社なり商店に就職する場合、大ていの人が会社の寮とか、商店の場合はその家へ住み込むことになりましょう。

 

そうしますと、六畳の室に同年令の者ばかりが三、四人一緒にいて、先輩たちはプカプカやっている。そして諸君に向かって、「学校を卒業しながらタバコ一つ吸わんのか」とか何とか言うのがいないとは言えない。それでも諸君が吸わないでいると、「お前みたいな人間がいると、室の中が陰気になっていかん。さア吸え!」(一同爆笑)といって、諸君にタバコを突きつける無茶な人間も、時にはいないとは言えないでしょう。

 

どうです、そうした場面に追い込まれたとき、諸君はそれを切り抜ける自信がありますか。私としても、そうした場合どう切り抜けたらよいか、お教えする義務があると思われますので、次にその秘伝をご伝授することにしましょう(一同大笑、先生笑われながら)。とかく無料というものは、おろそかに考え、身につきにくいものですから、どうかしっかり聞いて下さい、(一同まだ笑い止まらず)。

 

今申したような無茶なことを言われた場合には、こう言って断ったらよいでしょう。それは「ほんとに仰る通りだと思いますが、ただ私の亡くなった祖父が、死ぬ前に私を呼んで、“お前は二十五才までタバコは吸わんようにしておくれ。これが私のお前に対するたった一つの遺言だよ”と言われましたので、二十五才の誕生日まではがまんして下さい。二十五才の誕生日の翌日からはお仲間に入らせていただきますから」と言うんです。(一同笑)

 

相手が不良でもない限り「今どき遺言なんて古臭いことを言うな」とは決して言わないでしょう。(一同笑)。それからは、もうタバコに関しては何も言わなくなるでしょう。そして二十五才の誕生日になったら、ピースの缶入りを一缶ずつでも贈って、「今日から皆さんのお仲間入りをさせていただきますから、どうぞよろしく」とやるんですね。(一同大笑)

 

諸君のうち、将来こういう芸当のできる人があったとしたら、そういう人は、たとえ学齢は中学卒だけでも、大した人物になると申してよいでしょう。

講演「中学生諸君へ」(8)

 

9月22日(火) 国民の休日。

 

一旦吸い出したら途中からは止めにくい

 

けれども私は、自分が吸わないだけに、皆さんに一生吸うなとは言いたくないのです。それというのもタバコは、外の事柄と同じく、それぞれ長所短所があると思うからです。ではどういう長所があるかと申しますと、第一は人づき合いが滑らかに行われ易いということです。ですから商売などをする人は、二十五才からはお吸いになるのも良かろうと思います。

 

第二には一種の趣味とか娯楽として、タバコの価値は吸う人自身にとっては、なかなか捨て難いもののようですね。(一同笑)。ではどういう短所があるかと申しますと、第一にはニコチン毒のため、胃が悪くなるということです。皆さんの中にも、お父さんが胃が悪くて、調子がよくなかったのが、タバコを止めたら急に太り出したというような場合の少なくない

ことでお分かりでしょう。

 

ところでタバコについて、もう一つ大事なことは、一旦吸い出したら、よほどの意志の強固な人でない限り、途中からは止めにくいということです。これがタバコの弊害の第二点といってよいでしょう。同時に皆さんのお父さんで、中年から決心してタバコをお止めになった方があったら、そういう方は人間として、非常に偉い方だということを忘れないないようにしていただきたいと思います。

 

では女の人には、どうして一生タバコを吸わないようにして下さいと言うのか、疑問を持たれる方もるかと思います。私とて男女が人間として、また人格として同一なことを知らないわけではありません。ただ皆さんに考えて頂きたいことは、身体的に男女は決して同じではないということです。ということは、端的にいって女の人々は、将来生命を産む重大な任務を負わされた人々だということです。

 

そういう重大な使命をもつ女の人が、男性のマネをしてタバコを常用しますと、血液の中をニコチンの毒が廻るようになるのです。そういう婦人が妊娠しますと、その胎児はこの世に生まれ出ない先から、すでにニコチンの毒をもった人間として生まれてくるわけです。だからこそ、女の人は生涯タバコを吸わないようにして頂きたいと申すゆえんです。