「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

5月6日(水)振替休日。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第10章「宇宙における人間の位置」の第1節「いのちの自証の立場と人類の原罪」の3回目で、ひとたび水爆戦が開始されれば、一瞬にして全人類の大多数は絶滅する他ないと警告しています。

 

「世界創造」の秘奥につき普通の常識見としては、絶対に不可能事という他ないにも拘らず、そこには“いのち”の呼応の作用らきにより、たとえ極微というに足りない程度とはいえ、かかる“いのち”の内面的消息の一端に触れうるわけである。

 

「世界創造」というような極大無限なる“いのち”の創造の大用は、もともと超時・空的な永遠の“いのち”の大用だということである。即ち絶対的全一生命の超時・空的な大用ゆえ、一面からは悠久無限なる過去の出来事といえると同時に、その時その内面において作用らいていた“いのち”は実に、この現在即今直下においても作用らいているわけで、そこには絶対無限に悠久なる“いのち”が、そのまま直下の一瞬において燃焼し発光するにも似た趣があると言えるであろう。

 

かくして神の世界創造は、これを外側から考えれば悠遠無窮なる過去に属し、時間の系列上にその時点を刻むことの許されないと同時に、ひるがえって“いのち”の内的自証に即しては、直ちにこれ即今直下なる“いのち”の現実だというべきであろう。

 

以上を前提とすることによって、一応は安んじて本章の主題の考察に入りうるかに思うのである。即ちこの大宇宙のおける人間の位置は、まことに微妙かつ霊妙限りなきものと言えようが、それはあくまで内面よりということで、単に外側から見るとしたら、この地球上に棲息する無数の生物中の一種に過ぎぬといわねばなるまい。

 

特に現在のように、人間に賦与された知性の一面的行使が、ほとんどその極限に達しようとするに到っては、人間はある意味で最も恐るべき生物というべきであろう。その最大なるものは原爆、水爆の発明と、その巨大なる蓄積というべきである。周知のように、ひと度地球上でかような水爆戦が開始されたとすれば、一瞬にして全人類の大多数は絶滅する他ない運命の下に置かれているが故である。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

5月5日(火)こどもの日。端午の節句。立夏。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第10章「宇宙における人間の位置」の第1節「いのちの自証の立場と人類の原罪」の2回目で、“いのち”の内観自証に徹すれば、「世界創造」の秘奥についてその消息の一端には触れ得ると述べています。

 

「世界創造」の絶対的根源は、他ならぬ絶大無限なる生命自体の他なく、随ってこの極微の“いのち”も、根本的には実にかかる絶大無限の“いのち”の本源たる、絶対的全一生命に他ならぬことを信じているが故といってよい。

 

そこには、極微とはいえ、いわば“いのち”の絶対的連続性が幽かながらも信証されているが故であろう。被造物たる人間の“いのち”は、それが如何に極微とはいえ、かかる絶対的全一生命の分身であり、かかる絶対的生命を分有しているというべきだからである。

 

だが、その先には今一つの難関の介在していることを知らねばならない。なるほど人間存在が被造物の一員として、かかる絶対無限なる全一的生命の極微の一分身だとしても、かかる極微存在の内包している“いのち”の自証によって、絶対無限なる「世界創造」という無限の神秘を内蔵しているその内的消息が、

 

たとえその極微の一端にせよ、信証されるという点に至っては、思考の限りを尽くしてみても、その可能性には、どうしても肯い得ないという人が少なくないであろう。この点に対するわたくしの答えは、唯一という他ないであろう。

 

それは“いのち”の自証そのものに宿る、一種霊妙なる“いのち”の作用によるという他ないのであって、この点に対する諒会のいかんこそ、実は最後の分岐点といってよく、否、これこそが絶大なる神秘の扉を開く、唯一の秘法といってよいであろう。

 

ではここに「“いのち”の自証」と呼んでいるものは、そもそも如何なるものと言うべきであろうか。人間は極微の被造物的存在に過ぎないが、ひと度自ら“いのち”の内観自証に徹すれば、「世界創造」の秘奥についても、“いのち”と“いのち”の呼応があるというべく、その間の消息の一端には触れ得るが故である。

 

全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

5月4日(月)みどりの日。春の土用明け。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。昨年の9月18日(木)から難解な本書を抜粋してきましたが、いよいよ最終章へ入ります。

 

本日は第10章「宇宙における人間の位置」の第1節「“いのち”の自証の立場と人類の原罪」の1回目で、本書の「世界創造」というテーマに対して、自らの“いのち”の自証を介するしか途はなかったと述べています。

 

本書の冒頭よりわたくしの心を一貫してきた主要関心事は、この自己という、一個有限な被造物的存在の問題といってよく、そこには西洋哲学の創始者といわれるソクラテスの語として伝えられる「汝自身を知れ」という一語が、爾来二千年以上の歳月を経過した現代というこの時点においても、自らの“いのち”の自証を通じてその体解身証が要請されているといってよい。

 

この書において意図したものは、書名そのものに伺えるように、「世界創造」という絶対無窮の問題であって、かかる根本問題についても、結局は自らの“いのち”の絶対的本源として、自らの“いのち”の自証を介して取り組もうとしたわけである。

 

けだしわたくしには、“いのち”の自証といっても、問題をそこまで突き詰めるのでなければ、真の究竟的根底を欠くと思われるが故である。いやしくも「世界創造」の問題となると、哲学とくに形而上学にとっては、最重大な幾多の根本問題が存することで、それらの哲学上の主要問題についても、微力をも顧みず敢えて回避することなく、一応の考察を試みたと言えるであろう。

 

わたくしが「世界創造」という絶大無窮の大問題の考察にあたり、唯一つ自らの「“いのち”の自証」を通してこれが考察に当たったことに、多大の疑惑を抱かれた向きもないではあるまい。かくいうわたくし自身すら、果たしてそれで良いか否かについては、時に疑念を抱く念がなかったとは言えぬといってよいほどである。にも拘らず終始一貫して「自らの“いのち”の自証を介して」という立場を堅持し得たのは、これ以外にその途が無かったが故に他ならない。

 

「心のゆとりについて」(兼好法師)②

 

5月2日(土)八十八夜。

 

「生き方の研究」(森本哲郎著、PHP文庫)には、三十九人の先人たちが登場します。本日は兼好法師の「徒然草」の2回目、「心のゆとりについて」から抜粋します。著者は述べています。「人生を深く省みるために。ゆとりを手にし、ゆたかな美しい暮しを創造するため、あわただしい現代人にこそ、兼好の生き方は再考に値するように思える」と。

 

どのような人が「よき人」であり、どんな人物が「おろかなる人」か、兼好はそれをはっきりと分けている。

 

「よき人」すなわち理想的な人間とは、知識ではなく、教養を身につけた、すくなくとも身につけたいと、それを心がけている人のことであり、「おろかなる人」とは下品な人間、落ちつきがなく、無遠慮で、口が軽く、知ったか」ぶりをし、自己顕示欲が強く、そして名利に使われて、閑かなる暇なく、「一生を苦しむ」そのような人間である。

 

では、人間にとっていちばん大切な教養とは何なのか。心は賢くなろうと心がけさえすれば、いっそう賢くなれるはずのものなのだから、まさしく心がけしだいで「よき人」になれるはずである。そのために身につけなければならない学芸としては漢学、詩歌、管弦である。

 

兼好は教養の中身よりも、身につけた教養がどのような姿で外に現れるかを取りあげる。端的に要約するならば、「なまめかしくあれ」ということにつきよう。・・・花についていうなら、花はやがて咲くから美しいのであり、やがて散るから美しいのだ。

 

そこで『万(よろず)の事も、始終こそをおかしけれ』というのである。すべてのことは、始めと終りこそが趣が深いのであって、男女の情にしても、ただ逢って睦言をかわすだけが恋なのではなく、逢えないつらさ、遠く離れた恋人への想い、ひとり寝の悩み・・・こういう恋情のうつろいが、ほんとうの恋というものではないか、と。

 

祭りを見るのにも、おなじことがいえる。多くの人はただ行列だけを夢中になって見ようとするが、ほんとうの見方とは、祭りが始まる前の桟敷の様子をながめたり、祭りがすんで人の波がいつの間に散ってしまったあとの都大路のたたずまいを見わたすーー。真の教養人とは、ものごとをつねに全体としてながめることのできる人間だということである。

 

人間は「林住期」を持つべきではないか

 

全体としてながめるとは、すべてを流転の相において、うつろいゆくものとして、無常なものとしてとらえるということだ。「万(よろず)の事も、始終こそをおかしけれ」とは、こうした全体像と向き合っているということなのである。

 

ひたすら利を求めて人生の何たるかを忘れたり、ただ長寿だけを願って死を恐れ悲しむ人は、じつに「おろか」な人間だというのである。なぜなら、どちらも人生を全体としてながめわたすことをせず、いかに生きるかについて、何の思慮もめぐらさないからである。兼好が力説するのは、考え、感じ、味わい、愉しむことの“ゆとり”の大切さにほかならない。

 

兼好が生まれたのは弘安の六年(1283年)ごろという。彼が生きた時代は十三世紀から十四世紀半ばにかけた戦乱に明け暮れる騒然とした時代だった。そのような乱世にあって兼好は三十歳のはじめに出家し、世情に超然としていた。彼は無常を大観し、自己に沈潜していったのである。

 

彼は何と、人生の第一期である「学習期」を終えると、世情のゆえ第二の「家住期」を持たずに、そのまま「林住期」へ入ってしまったのである。彼は京に近い山科小野庄で隠棲の準備をととのえた。そして修学院に籠り、のちには比叡山横川に起居し、さらに仁和寺に近くに「無常所」を設けて晩年を送った。

 

といっても、世の中といっさい縁を絶ってしまったわけではない。三十代の前・後半に二度にわたって関東へ下向している。京の歌壇とも蜜な関係をつづけていた。出家というと、俗世を離脱して仏道に入り、もっぱら仏に仕える生きざまを想像しがちだが、中世の遁世者は必ずしもそうではなかった。

 

つまり、非僧非俗の風雅な暮らしを試みたのだ。それにはそれなりの覚悟が要り、またそれなりの準備、いくばくかの金がなければ、そうしたことは不可能だっただろう。しかし、続世にいるのとはちがって貧はつきものにちがいなかった。

 

私は生涯の一時期、人間はこのような「林住期」を持つべきではないかと、つくづくそう考える。人生を深く省みるために。ゆとりを手にし、ゆたかな美しい暮しを創造するために。あまりにもあわただしい現代人にこそ、兼好の生き方は再考に値するように思えるのだ。

 

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

5月1日(金)メーデー。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。今月末で本書も大方は終了の予定です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第5節「人類における宗教と政治」の4回目で、人類の歴史的な歩みの一典型は、ガンジーの宗教的真理の実践上に見られると述べています。

 

それでは一例を掲げて、「宗教にウラづけられた政治」とは如何なるものを意味するかを提示したいと思う。それは現在までの人類の歴史的な歩みの上での一典型は、おそらくはガンジーの上に見られるかと思うのである。彼の生涯の歩みを一瞥するだけで、人々は絶大なる感動を受けずにはいられないであろう。

 

何となれば彼の全生涯は、その悲劇的な終末にいたるまで、そのすべての政治活動が、凡てこれ「宗教的真理」の実践だったというのである。即ち彼自身の真意としては、いわゆる政治に没頭していたのではなく、宗教的真理の実践に生涯を捧げたというわけである。

 

彼の奉じた宗教はヒンズー教であったことと、宗教観においては、神というコトバは使われないで、ほとんどが「真理」という語によって表現されているということである。現代の聖雄ともいうべきガンジーが、政治を以って宗教的真理の実践――といった深意は、今後人類の生き続ける限り、このコトバも生き続けるだろと思うのである。

 

「二十一世紀は宗教にウラづけられた政治の世界」ということは、その現われる現象面よりいえば、政治の重視のように見えるが、これを内面に徹して考察し洞見したならば、これは宗教に対して世界的な展開と深化の要請というべきであろう。

 

かくして「二十一世紀は宗教にウラづけられた政治の世界」であるということは、その表相の上からは世界政治への重視といってよく、確かに然いうべき理由もありもするが、しかし内面的、より根本的にこのコトバは、実は宗教の重視であると共に、また宗教そのものの自己否定的な再生への要請と見るべきであろう。

 

総じて外的現実的なるものは時間的に先立ち、内的根本的な歩みは、よほどの注意と努力をするのでなければ、その歩みはとかに遅れがちだと言ってよいーーというこの地上の現実的真理は、この場合も当てはまることを憂えざるを得ないのである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月30日(木)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。昨年の9月18日(木)から同書を抜粋してきました。

 

本日は第9章「救済・自証・献身」の第5節「人類における宗教と政治」の3回目で、人類の将来に対して、「宗教にウラづけられた政治」を提示しています。

 

日本仏教が単に“救い”ないし“悟り”などに執して、それを深さのみと解して自らを肯定してきたところに、実は一種の観念性に陥っていたことへの自省が欠除していたと言わねばなるまい。何となれば、人間存在の最根本的な特質は、それが身・心相即的存在たるところにあるが故である。

 

しかるに日本仏教は、ある意味では人間存在のかかる根本的な特質を忘却し、不知不識の間に、いつしか民族の根本性情ともいうべき、心情的側面に陥りつつあったかの観があるともいえよう。即ちそれは、救いとか悟りへの希求に固執するところから生じた、一種の観念的空転の陥穽(かんせい)といってもよいであろう。

 

かくして日本仏教は、今や空前ともいうべき一大転回点に立たされているというべく、今日に到ってもそれを自覚しなかったとしたら、その衰退はいよいよ急傾斜を示して行われると言ってもよいであろう。ではそれへの第一歩は、如何に踏み出されるべきであろうか。

 

だが、それについては、すでに提示しておいたはずである。即ちキリスト教に学び、マルクス主義についても吸収しなければならないであろう。それは畢竟するに、社会及び政治への開眼といってよいであろう。

 

さて、この点まで辿り着くことによって、初めて人類の将来に対する新たなる展望が開けかけた感を禁じ得ないのである。それは何かというに、人類の将来は「宗教にウラづけられた政治」への渇望といえるからである。あるいは、宗教を根底とした政治というべきであろうか。これこそが、その本来相だと思うのであるが、わたしにはこの五躰を通して、いささかのためらいをも覚えるのである。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月29日(水)昭和の日。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第5節「人類における宗教と政治」の2回目で、我々は救いとか悟りという観念にのみ執せず、むしろ「献身」の一歩を踏み出すべきだと述べています。

 

「隠者の幻」で意図した根本眼目は、畢竟するに人間は、この肉と躰をもっている限りは、名利の念を根切りにすることはついに不可能だということに、比叡谷の洞窟生活七年にしてついに到達。かくして、かような自己の分際を超えた観念的執念の野望を放棄し、たとえささやかな事しか出来ないとしても、とにかく人の為に尽くすべく起ち上がろうとしたが、すでに不治の病患のために起てず、よって人々に迷惑をかけるに忍びず、ついに独り深山にその蹂跡を没したという筋である。

 

このように、救いとか悟りというものは、ある意味では一種の心的状態といってよく、いわゆる観念性を全脱し得ないものゆえ、常持続の状態においてこれが把握されるということは、それこそ難中の最至難事というべく、これ親鸞が「易行にして難信」と言ったゆえんであろう。

 

随って親鸞の意を体していえば、この語はむしろ、「易行なれども真に難信」というべきかと思われるのである。それ故にこそ、我々常凡の徒は、あまり救いとか悟りなどという観念にのみ執せず、むしろ翻身一転「献身」の一歩を踏み出すべきかと思われるのである。

 

即ち「献身」実践により、救いという観念の空転を切るわけである。そのような救いへの希求と献身の実践という、異質的二者の相互に自己否定的な相互交錯によって、徐々に“いのち”の内面的自証の世界が明らかになるかと思うのである。

 

ともすれば日本仏教にまつわりついて離れ難い“救い”ないし“悟り”への希求の観念的空転、ないしは停滞を断ち切るには、どうしても現実界への個身の全的投擲としての「献身」こそ、宗教における究竟眼目たることが、明らかにされなければならない旨を提言したゆえんである。けだし献身とは、何らかの意味、程度において、社会性が含蓄されていなければならないと考えるが故である。

 

全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月28日(火)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第5節「人類における宗教と政治」の1回目で、現在の宗教は悟りと救いばかりで、「献身」が示すような感動が見られないと述べています。

 

従来の宗教が個の“いのち”の救い、ないしは解脱に執する余り、ともすれば消極態に陥りやすく、そのため真に献身の積極態に生きる人の意外に少ない現状を指摘することにより、真の宗教生活とは、現実的には「献身」に到るべき旨を力説したつもりである。

 

それというのも、宗教の普及そのものが、現在では一種の職業と化し、真の人生の現実と切り結ぶ趣から遠ざかりつつあるが故であろう。少なくともそこには「献身」という語の示すような感動が、“いのち”の波紋として見られるような場合は、ほとんど欠落している観があるとさえいよう。

 

それには種々その原因とすべきものがあろうが、最深の因というべきものは、我が国の仏教が、主として救い、または悟りを以って、あたかも宗教の究竟目標であるかに考え、如何に生きるべきかという点が、ほとんど閑却されてきたが故と言ってよいではあるまいか。

 

換言すれば、何ゆえ人は救われねばならないのか、何のために悟らなければならないかーーという点についての考察が、全欠しているが故かと思われるのである。たまたまかような問いを発する者でも出現すれば、異端どころか、かかる考え方は功利打算の徒として、非宗教的、否、反宗教的なるものとされるのがオチだと言ってよいであろう。

 

そして自ら独り清しとして、心秘かに周囲の人々を見下し、さなくとも自己独り澄めりとして、心中周囲の人々との間に視えない一線を引きつつ、それを以って却って、宗教的であるかに誤想している場合が少なからず見受けられるのである。

 

そもそもわたくしは、“救い”とか“悟り”などというものは、この生身の人間には、徹しては得られないものらしいーーとの自省の一面は、この肉の躰をもつ我々としては、終生離れ得ないものだと思うが如何であろうか。この点をわたくしは、拙著「隠者の幻」(小説)の中心眼目としたつもりである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月27日(月)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第4節「宗教と道徳の一如相即性」の4回目で、宗教・道徳共に人間の“いのち”の自証がその根本題目だと述べています。

 

宗教といい道徳というも、畢竟するにこれ“いのち”の問題であり、如何に生きるべきかがその根本眼目というべきである。しかるにかかる根本問題を外にして、互いに蝸牛角上の争いにも似た狭小な視野に立ち、いわば同族互いに嫉視するが如きは、厳に廃せねばならぬ危機に際会しつつあると言ってよいであろう。

 

しかるに、かかる当然の自明事ともいうべきことが、とかくに閑却されがちなのは、先に挙げた二大異質的媒介を虚心に聴き、虚心に学ぶことを怠っているが故だと言ってよいであろう。

 

この点は、例えばマルクス主義をとってみても、もし虚心にその行動の激しさとその影響の甚大さを省みる時、何人も蝸牛角上の閑葛藤などしている暇のないことは、これ以上自明事はないと言ってよいであろう。

 

なお念のために一言すれば、宗教・道徳共に前述のように、人間の“いのち”の自証がその根本題目といってよく、随って、如何に生きるべきかの大道を照破するところに、“いのち”の自証光の照射の真意義はあると言わねばなるまい。

 

かくの如きを宗教・道徳の相即する“いのち”の自証の根本処とすれば、かかる共通の大本に立ちつつ、道徳の方からは、かかる生き方について、いわばその具体的現実面にその重点が置かれ、宗教の方では、かかる具体的な現実生活と取り組む根本態度、ないしはその根底を明らかにするものと言ってよいであろう。

 

随って道徳の方は、必ずしもそれらの凡てが、“いのち”の自照光に導かれなければならぬとは限らないが、それらの根底が如何にならなければならないかを明らかにするのが、“いのち”の自証としての宗教と哲学との相即的一境というべきであろう。

 

 

「生き方の研究」(森本哲郎著)から

 

4月25日(土)

 

「生き方の研究」(森本哲郎著、PHP文庫)には、三十九人の先人たちが登場します。本日は教科書にも出てきた「徒然草」の兼好法師の「生き方」です。

 

「古来、インド人は人生を四期に分けて送ってきた。第一期は『学習期』といい、ヒンズー教の経典をはじめ、必要な知識を習得するための時期である。それがすむと一人前になり独立して家を構え、家族のために働く。これが第二期の『家住期』である。

 

やがて子供も成長し、独立するようになると『林住期』を迎える。ゆっくりとした老後を送るために町を離れ、静かな森のなかにささやかな住まいを設けて、思索や瞑想の日々を送るのである。そして最後に「遊行期」を待つ、夫婦で聖地を巡礼して歩くのだ。

 

彼らは人生の四季、いや、四期をもっている。彼らの人生に対するイメージのなかには「四住期」が生きつづけている。私はこれこそ見事な生涯設計であり、人間の暮らし方の規範だと思う。できることなら、この『四住期』をこれからの日本人の生き方のモデルにしてはどうかと思う。

 

日本人の生き方も『四期』をなしていると見られなくもない。しかし、私はもっと意識的に、もっと積極的に人生の四期を考えてはどうか、と思うのだ。そうすれば各期をそれぞれに生きる目標も与えられるし、人生の設計も容易になろう。しかも、生活にはっきりとけじめがつく。

 

現代人の不安は、じつは生活にけじめのないところからきているのだ。いつまで働いたらいいのか、老後をどのように暮らしたらよいか、何歳くらいから老人になるのか、そうしたあいまいな人生行路が人びとをいつまでも落ちつかせないのである。人生にとって何より大切なのは、いかに生くべきか、しっかり見定めることである。それに明確な解答を与えるためには、人生に節目を設ければならない。

 

などと考えるとき、私の胸中に浮かびあがってくる一人の人物がいる。兼好法師である。生き方というなら、兼好ほど生き方について思いをめぐらした男はいまい。その結実が『徒然草』なのである。といっても、当世流行(はやり)のハウツー式処世術を説いたものではなく、理想的な暮らしぶりとはどういうものか、についての信念を吐露したものである。

 

『徒然草』全編を貫く主題は『なまめかしさ』(奥ゆかしさ)

 

冒頭で兼好は書いている。――人間としてこの世に生まれた以上は、こうありたいと願うことはたくさんあるだろう。だが、いちばん願わしいことは、“なまめかしく”あるということだ。

 

この“なまめかしい”とは現代においては、『つやっぽい』『あだっぽい』の意に解されているが、本来は『抑制された美しさ』のことである。つまり、派手やかではないが、気品がにじみ出ていて美しく感じられることであり、奥ゆかしいと同義である。

 

その美学が『徒然草』の全編を貫く主題であり、ここから道徳を含めた彼のすべての人生観が流れ出ているといってもよい。美しきことが善きことなのであり、正しいことでもあり、それが人間の条件なのである。したがって、彼にとっての人生の指針は、どのようにしてそうした美学を身につけるかということになる。人間としての教養はそれにつきるのだ。

 

兼好はその規範を過去に求める。『源氏物語』や『枕草子』の王朝時代に極点に達したあの優雅さこそが、美的生活の理想として彼の心に映っているのである。そのむかしを繰り返し偲びつつ、彼はつくづく述懐するーー何事も、古き世のみぞしたはしき。

 

そしてつづけてこう記す。――当世ふうというのは、まったく下品で、ますますいやしくなっていくようだ。指物師の作る器の類も昔のもののほうがずっと趣があるようにみえるし、手紙の文句も先人の書いた文章のほうがはるかに立派である。人びとが口にする言葉に至っては、何とひどく情けない有様になってしまったことか・・・・(第二十二段)

 

いつの時代にあっても、また、洋の東西を問わず、あくまでも歴史の流れになり成り立つものであり、伝統と遺産の上に花咲くものだからだ。したがって、問題は伝統と革新をどうつなげるかにある。『論語』にいう『温故知新』はその知恵を説いたものであり、芭蕉が教えた『不易流行』もこの課題への解答にほかならない。

 

そして兼好の『徒然草』の読み方もまた、この観点から試みられねばならないと思う。兼好が憤慨するのは、先人がつくりあげた文化的な価値を後人が台なしにしてしまっているということなのである。これは現代についてもおなじようにいえる。だから私はもういちど兼好の意見に耳を傾ける必要があると思うのだ」。(つづく)