店を継承する若い社長への応援歌③

 

8月10日(金)

 

2. 創業者から歴代の経営者が歩んだ歴史を知る

 

創業理念と合わせて歴代の経営者たちがどんな状況で、どのように苦難を乗り越えてきたかということです。歴代経営者の決断と歩みは自分の中に流れている血を知ることに役立ちます。

 

歴代経営者を知ることはすなわち多くの先祖の力を借り、応援してもらうようなものです。お盆の先祖供養が意味するのは「自分の血を知る」ことで力を得ることにつながっているのです。

 

もし自分が得手としている分野があれば、先祖のなかに自分と同じような人がいたはずです。逆に欠点の場合も然りです。良くても悪くても自分の中には先祖の血が脈々と流れているのです。

 

比較的分かりやすいのは四人の祖父母です。祖父母は脳裡に焼きついているかもしれません。祖父母の父母になると遺された写真や記録が頼りです。よく聞くのは四人の祖父母の中の○○に自分は似ているという話です。

 

百年以上継続している老舗には中興の祖と呼ばれる人がいるはずです。彼らに共通するのは先代の教えを守りながら、時代の流れを先取りする商略を打ち出し、お客様の支持を得たことです。

 

特に戦中戦後の混乱の中をどのように乗り切ってきたかは重要なポイントです。

敗戦はまさにパラダイムシフトにほかならなかったからです。現在は戦後に創業した店が圧倒的に多いようです。

 

*明日から19日まで夏季休暇でブログは休みます。

 

店を継承する若い社長への応援歌②

 

8月9日(木)高知よさこい祭〜12日。

 

社長就任に当たり下記の点を確認していただきたいと思います。

 

1.「なぜ店を創業したか」の理念、背景を知る

2. 創業から歴代の経営者が歩んだ歴史(血)を知る

3. 先代社長はどんな気持ちで店を託したのだろう?

4. 地域と自店の現状分析から未来を見つめて!

 

1.「なぜ店を創業したか」の理念、背景を知る

 

創業者がどんな状況のなか、なぜ店を創業したかを知ることはこれからの経営、商売の本質を知る上で極めて重要であり、今日まで継続してきたことに感謝しなければなりません。

 

なぜなら商いの歴史で店は三代目で潰れる確率が高いからからです。「三代目破産説」です。もしあなたが三代目の経営者なら、必ず「店は潰れる!」を肝に銘じることです。

 

もっとも近年では二代目で多くの店が淘汰されています。なぜでしょうか?その多くは急激に変化する社会への適応力を失い、目先の利益に惑わされお客様への奉仕の心を忘れてしまうからです。

 

「店は必ず潰れる」ことを前提にわが店の創業理念をよく噛みしめてください。「店はお客様のためにある」のお役たちの理念が必ず書かれているはずです。理に合わない店が存続することはできないからです。

 

今日まで存続してきたのは理念を守り、変化への適応に知恵を使い、日々の努力を続けてきたからにほかなりません。

 

店を継承する若い社長への応援歌①

 

8月8日(水)

 

本日から後継者として店を継承していただく方々へのささやかな応援歌です。「社長就任のごあいさつ状」をいただいた方へは、下記の拙いひと言「社長の心得」をハガキで送らせていいただきました。

 

社長就任は責任重大!安易に「おめでとう」とは言えないのです。まさしく「ご苦労さま」です。しかし、就任の覚悟に対して「おめでとうございます」と申しあげたいのです。

 

  社長就任ご苦労さまです。

  おめでとうございます。

  「社長の心得」をひと言。

 「われ一人行かん されどみんなと共に行かん!」

 

50数年前、筆者が創業したときの偽らざる心境です。だれが反対しようと自分の信じる道を行く覚悟であり、同時に共感してくれる仲間と共に歩んで行きたいとの決意です。

 

正直なところ資金はない、客はいない、経験はない未熟者の先の見えない不確実な創業に賛同してくれる人がいるはずはありません。やがて小売業のPR戦略、イメージ戦略を必要とする時代がやってくるという情熱だけ。

 

反対されればされるほど意地でも信じる道を求めたいというエネルギーが湧いてくるものです。これが怖いもの知らずの若さです。「われ一人行かん されどみんなと共に行かん!」は天の声。

 

お手本のない未知の世界への冒険が始まったのです。みんなが反対するところに勝機あり!物事はやってみなければ分からないのです。

 

経営者はリレーランナー㉕

 

8月7日(火)仙台七夕祭り〜8日。

 

・シュバイツァー(1875年〜1965年)

 21才の心願を貫き研鑽。神学者となり世界的演奏者となり、30才より医学修

 得。アフリカ原生林の聖者となる。「すべての生命は尊敬に値し、われわれは

 すべての生命との連帯を悟るようになる」。

 

・ヘレン・ケラー(1880年〜1968年)

 幼くして盲・聾・唖の三重苦をもつ。家庭教師サリバン先生の愛に目覚め、

 一生を福祉と平和運動に捧げる。「心にいつも光をもち続けよう」

 

・永海佐一郎(1889年〜1978年)

 隠岐出身。加藤与五郎先生につき苦学。東京工大教授。定年後も隠岐にて研

 究。「無機化学」の権威者でかつ人間教育者。「人から受けた恩はつつしん

 で忘れるなかれ。人に施した恩はつとめて思うなかれ」。

 

・コルベ神父(1894年〜1941年)

 ポーランド出身。聖母の騎士会を創立。六年間長崎にて伝道。帰国後ドイツ

 軍の地下牢にて身代わりとなり帰天の聖者。「聖母マリア様はすべての恵みの  

 仲介者です」。

 

・宮沢賢治(1896年〜1933年)

 比類なき詩人にして童話作家であり、劇作家であり、卓れた教育者であり、

 科学者、そして無償の農民指導者。「詩人は苦悩をも享楽する」。

 

・永井隆(1908年〜1951年)

 長崎医大助教授のとき原爆被災。如己堂(にょこどう)にて父子三人暮らし。

 療養の身で執筆。五年間に十七冊。まさに原子野の聖者。「なんじの近き者を 

 己の如く愛すべし」。

 

経営者はリレーランナー㉔

 

8月6日(月)原爆記念日。

 

・田中正造(1841年〜1913年)

 栃木県生まれ。正義感極めて強く、私利私欲をこえた抵抗の闘士。足尾銅山

 の公害問題に取り組んだ実践的先駆者。「三十余年一夢の如し。天地の三十年

 はほんの一瞬」。

 

・御木本幸吉(1858年〜1954年)

 三重県鳥羽の生まれ。十一人兄弟の長男として家業に精励。忍耐・工夫を重

 ね、真珠養殖に成功。地域社会に一大貢献。「禍を転じて福となす」が信条。

 

・豊田佐吉(1867年〜1930年)

 静岡県鷲津町生まれ。勤労・感謝・奉仕をモットーに豊田式自動織機を発明。

 進取・発明・工夫の先駆者。「障子を開けてみよ。外は広いぞ」。

 

・キュリー夫人(1867年〜1934年)

 ポーランド生まれ。清貧のなか勉学と研究を重ね、夫ピエールと共にラジウ

 ムを発見。女性初のノーベル賞受賞者。「どんなに厳しくても自分に負けては

 なりません」。

 

・ガンジー(1869年〜1948年)

 インド独立の父。政治運動の指導者であるのみならず、非暴力の宗教的信念

 に生きた博愛・奉仕の聖者。「決して暴力に訴えてはならない」。

 

・芦田恵之助(1873年〜1951年)

 兵庫県武田の生まれ。40才にして静坐の師により開眼。国語教壇の師父と

 して全国行脚。芦田式七変化の教式は有名。「『共に育ちましょう』私の教育

 信念はこの一語につきる」。

 

経営者はリレーランナー㉓

 

8月3日(金)秋田竿灯まつり〜6日。

 

・伊能忠敬(1745年〜1818年)

 伊能家の再興を果し、五十才より天文学を修め、日本全国の海岸線を歩いて

 測量、精密地図を完成し、日本最初の偉業を果たす。「まずは眼前のこと篤敬

 (とくけい)、着実に処理すべし」。

 

・良寛(1758年〜1835年)

 越後の生まれ。詩情に富み、玉島の国仙和尚につき修業。名利を離れ山中独

 居。後世に詩歌・墨蹟の名品を遺す。「きてみればわが故郷は荒れにかり 庭

 のまがきも落ち葉のみして」。

 

・二宮尊徳(1787年〜1856年)

 百姓の子として辛酸をなめ家系を復興。藩主の命により、桜町復興をはじめ

 幾多の村落再建を果たす。道経一致の指導者。「譲るに益あり、奪うに益なし」。

 

・トルストイ(1828年〜1910年)

 ロシアの地方貴族の生まれ。幼くして両親に死別。軍隊に入り戦争体験の後 

 農民生活に入る。人間愛の世界的作家。「最も偉大なる真理は、最も簡潔で

 ある」。

 

・吉田松陰(1830年〜1859年)

 荻藩の下級武士の生まれ。読書と実践に精励。身命を賭して国難に殉じた先

 覚者にして、「松下村塾」に留魂録をのこす。「身はたとひ武蔵の野辺に朽ち

 るとも 留め置かまし大和魂」。

 

・石川理紀之助(1845年〜1915年)

 秋田の生んだ農事実践の指導者。明治の二宮尊徳と呼ばれる。膨大な短歌や

 著述が多く詩情深き社会教育者。「天地のご恩忘れるべからず」。

 

経営者はリレーランナー㉒

 

8月2日(木)青森ねぶた祭〜7日。

 

21. 人生の晩年期に備え「偉人の伝記」を読み直し、

   人生最後の心願を考えたい 

 

読書は「偉人伝記に始まり、偉人伝記に終わる」といわれます。自分を見つめ直すという意味で、「自伝」を書く時は伝記を読むチャンス。偉人伝記を読むチャンスは人生で三回あると森信三先生。

 

・第一期は12才から18才前後にかけた立志の時期。

・第二期は35才から40才歳前後の発願の時。

・第三期は60歳前後の耳順の年に。

 

寺田一清先生は森先生の遺志を継承し、「伝記シリーズ」(登龍館発行)を発行して21名を紹介しています。各人の紹介と代表的な語録を紹介します。

 

・中江藤樹(1608年〜1648年)

 大洲藩士として出世の地位を捨てて脱藩。郷里の母の許に帰り、村人たちに

 人間としての道を説く。知仁勇共に卓れた霊覚者。「孝は愛敬なり。愛敬とは

 上を敬い、下を愛するなり」。

 

・石田梅岩(1685年〜1744年)

 元禄亨保の世に呉服屋の番頭を退き、町中で講席を開き、町人階級に人の

 道を説く。生涯独身、石門心学の祖。「倹約とは物の肝要を守ることなり」。

 

・カント(1724年〜1804年)

 日常において厳しく自己を律し、学問の探究に没頭。生涯独身を貫き、純粋

 理性の開発を究めた西洋哲学の祖。「形而上学とは、純粋理性の開発である」。

 

経営者はリレーランナー㉑ 

 

8月1日(水) 第53回PR現代夏季セミナー。弘前ねぷた祭〜7日。

 

本日は弊社第53回夏季セミナー。テーマは「さあ、ウェボリューションをはじめよう!」。新しいネット社会へ適応するためにアナログとデジタルを融合する「ウェボリューション」は必要条件です。

 

弊社が提案するのは各店の状況に合わせた「ウェボリューションの5段階」、すなわち①ブランドポジショニング ②新規客づくり ③リピーターづくり ④フアン客づくり ⑤新たな顧客感動の創造です。

 

さて、後継者を得て店の暖簾(ストアブランド)を無事に譲ることができるのは、リレーランナーとしての使命を果たしたことになります。しかし、すでに見てきたように新しい人生はこれから始まります。

 

会長に就任した方々に手始めとしてお願いしたいのが「報恩録」。自分を見つめ直すチャンスです。そんな時に読んでいただきたいのが偉人の伝記です。読書は「偉人伝記に始まり、偉人伝記に終わる」そうです。

 

伝記に触発されながらわが人生を振り返って書き綴り、あるいはテープ収録をお願いできればお店の貴重な資料になります。いかに多くの方々とのご縁に生かされてきたかの感謝です。

 

さて今月は店を譲る立場に代わり、逆に店を継承していく後継者への応援メッセージです。後継者に求められるのは一人の人間、商人、経営者として限りない「自己挑戦」です。

 

「自己挑戦」はまさに「新しい村」への「五十年祭」、武者小路実篤のメッセージです。「自分の生命を生かそう。生かしたい、充実して生きたい。皆を愛し、愛されて生きよう。協力して皆で本当に生きよう。」

 

武者小路実篤の「新しき村五十年祭」へのメッセージ

 

7月31日(水)

 

「新しき村」は昨年百年を迎えました。50年前の「五十年祭」へ向けた実篤のメッセージを紹介します。

 

「五十年祭を目出たく行いたと思っている。勿論来年まで僕が生きていられるかいられないかは、今の僕にはわからない。しかし生きていなくても五十年祭をするには別にさしつかえない。

 

・・・死んだからと言って、新しき村の行き方の本当さに変わりはない。僕は益々新しき村のゆき方が本当だと思う。自分に託された一つの生命を大事にしている人は少ない。

 

ただ食う事とか、この世に生きただけが事実で、この世に生きただけ、この世の為、人間のため、自我のために働こうと考えている人は少ない。生存が総てである。自分の使命と言うことは考える必要がないように思っている。

 

自分が生きたので、世の中が少しはよくなり、皆が幸福になった。少しは皆の役に立った。それ以上に自分を本当に生かした。そういう自覚をもって生きている人は殆どいない。そして自分を正直に生かそうと思う者を馬鹿にしている。

 

・・・そういう人から見ると、我々のしようと思っている事は空虚に見えるであろう。だが、僕達は、自分を本当に生かそう、自分を本当の人間として正直に生かそう、嘘の自分では閉口だ。

 

・・・自分の生命を充実して生かそう。本当に自分を生かしたい、充実して生きたい。本当に皆を愛し、愛されて生きよう。嘘のない生活をしよう。皆が協力して皆で本当に生きよう。この気持ちのわからない人に新しい村はわからない。」(「新しい村」1967年7月)

 

経営者はリレーランナー㉑

 

7月30日(火)

 

20. 人間は何人も「報恩録」を書くべきである

 

「自伝はこの世に生を賜ったいのちの歩みの記録であると共に一種の報恩録」と森先生。寺田先生は述懐しています。

 

「報恩録、この一語によって私は脳天の一撃を受けました。自伝というのは著名人の専有物と思っておりましたが、われわれ無名無力の者にとってもこういう見地から書き残すべきであると徹底して教えられました」。

 

社長を譲る人には「お孫さんのために自伝を書いてください」とお願いしました。今まで十名ほどの社長に経営者としての生き方、商売の格言などを語録にして出版するお手伝いをさせていただきました。

 

一番喜んでいただいたのはご本人以上に成長してから本を手にしたお孫さんたちです。自己形成にとって何よりも身近で貴重な資料となり、宝物になったに違いありません。

 

そんな時、「一冊の本にまとめていただきホントに良かった」、と。社長を譲る時には生涯を振りかえり、人生、商売への思いを語っていただき一冊にまとめていただきたいと期待しています。

 

想い出していく中で、その当時は気づかなかったことで、「そういうことだったのか!」と気づかされ、ハッとすることがあります。多くの方が昔を思い出すなかで「元気になった」といわれるのも嬉しいことです。

 

ちなみに筆者の報恩録は2001年から書いている「れいけいブログ」でしょうか!