「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月24日(金)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第4節「宗教と道徳の一如相即性」の3回目で、宗教、道徳は元来「人間の生き方」をその根本眼目とする人間的努力に他ならないと述べています。

 

かかる重大な問題が、ほとんど指摘されなかったのは、いわゆる自力、他力の論争の多くは、それによって衣食が支えられている、それぞれの専門家によってのみ論争され、しかもそれが教義の外形の相違について争われ、その内面なる“いのち”の自証の問題としては、ほとんど取り扱われない処から、それによって“いのち”の一如態に還る途は、永久に閉ざされているに近いといってもよい。

 

わが国仏教の専門家の多くは、自らを専門家と称して局外者の言に対して、謙虚に耳を傾ける人は稀というに近い。昔と全く様相の一変した現在において、尚かつ「只管打坐」の永遠不変の真理性を、如何に変容したら現下の実情に適応せしめるかなど、少なくとも自己を賭けたと思われる言説に接することは、ほとんど稀というに近い。

 

このように考える時、かの宗教と道徳との一如相即性の如きも、今こそ堂々提出されて然るべきではるまいか。実質的に「人間の生き方」を説くこと深くして切ならば、宗教とか道徳などの形式的概念的なコトバなどは、用いないのが本当だと言えるであろう。

 

そもそも宗教といい道徳というも、「人間の生き方」をその根本眼目とする人間的努力に他ならぬというべきであろう。しかるに人文の進歩はその分化を招来し、分化はやがてその専門的割拠を促すのは、現実界裡の諸相について見るも、ほとんど例外的事象を見るに苦しむほどである。

 

かくの如く考察するならば、道徳と宗教とが分離して考えられ扱われるのも、何ら怪しむに足りぬといえるであろう。この際、注意に値すると思われるのは、道徳と宗教との別れを力説するものは、宗教の側だという点である。今その因由について考えれば、道徳はいわば庶民ないし民衆の側のものであるのに対して、自ら専門領域としている宗教を、民衆の道徳より一段と上位に押し上げたとも言えるわけである。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月23日(木)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第4節「宗教と道徳の一如相即性」の2回目で、わが国の仏教において、両極ともいうべき自力教と他力教は、自らの旧き殻を脱して“いのち”の新生を求むべき途について深省する要がある、と述べています。

 

次に今一つ、二種の異質的思想体系とは別の観点から、自らの旧き殻を脱して“いのち”の新生を求むべき途について、深省する要があるであろう。それはこの節の題目として掲げたように、宗教と道徳との相即的な不離一体性の確認により、いわば体内的にも脱皮すべきだということである。

 

それと言うのも、わが国の仏教において、いわば両極的ともいうべき自力教と他力教とは、それぞれが個別の立場から、道徳の意義に関しての価値認識において、いささか低きに過ぎる窮み無しとしないものがあり、特にこの点では他力教において甚だしきものがあるといえよう。

 

そもそも他力教は、その独自の教学よりして、念仏称名以外の人間的努力はすべてこれを否定する立場をとっていると言ってよい。そこで努力が肯定され、否、奨励されているのは、如上称名念仏及びそのための聞法の重視力説のみと言ってよく、自余一切の努力はすべて雑行(ぞうぎょう)として、徹底的に排除し否定されていることは周知の事柄といってよい。

 

道徳的努力の全面否定の立場に立つ他力教の信者に対して、周囲の人々があがめて尊信するようになるには、相当に永い期間の徹底的聞法がその前提となるといってよく、この点の消息は卓れた妙好人たちの永き聞法的苦闘の果てに、ようやくにして到り着いた境涯なることを承知しているが故に、あえてかような言を為さざるを得ないのである。

 

他力教と比べれば自力教の方は、前者に見られるような道徳的努力への明らかな排除、否定はないといってよい。だが、自力教自身の本格的立場として力説されるものは、いわゆる只管打坐の行でなければならぬはずであるが、その化他的啓蒙の際、この点に及ぶ場合はほとんど見られぬといってよいであろう。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月22日(水)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第4節「宗教と道徳の一如相即性」の1回目で、わが国の仏教者は、キリスト教とマルクス主義の二種の異質的思想体系を触媒とし、自らの“いのち”の再生を期せねばならない時期に当面しつつあると述べ述べています。

 

わが国の現状では、仏教は世界的にも多数の信者を擁し、そのために外面的には仏教国ともいえようが、その実情は必ずしもそのような誇称が、安易に許されるべき現状ではないと言えるであろう。それを如何に改めるべきかは、それ自身独立の調査と論究とを要する一大問題であるが、その骨子と精要については、すでに前節で一応の論述を試みたのである。

 

だが、問題の重要性のゆえに、今一度その要点というべきものを再言すれば、そこには何よりまず、千年以上に及ぶ永き無媒介的独善の夢より醒めることが真先に必要とされるが、それにはまず異質的媒介の途をとらねばならないであろう。この場合必要とされる異質的媒介としては、何といってもキリスト教とマルクス主義とが挙げられるであろう。

 

前者は同じく宗教であっても、その性格上幾多の学ぶべきものがあると思われる。しかるに現在では反して逆に、キリスト教の方から手がさし伸ばされている現状である。特に真摯なカトリック教徒の中から、禅を触媒として盛んに求められつつあることは、まことに驚嘆に値する現象といってよい。

 

しかるに仏教徒のこれに対する態度を見ると、多くは「キリスト教もようやく目覚めかけたせいか、仏教に学ぼうとし始めた」というような尊大さすら見られるといってよい。謙虚の徳は仏教自身の中でも特に力説されているにも拘らず、この点に省み、自らの根本的脱皮と覚醒のために、虚心にキリスト教に学ぶことである。

 

かくして現時点において、真に仏教の甦新を希う者は、次に第二の異質媒介として、ある程度マルクス主義に学ぶところがなくてはなるまい。それは一口に言えば、社会的現実に対する開眼のためには、不可避の重要性をもっているが故と言えるであろう。かくしてわが国の仏教者は、如上カトリシズムとマルクス主義の二種の異質的思想体系を触媒としつつ、自らの“いのち”の再生を期せねばならぬ時期に当面しつつあると思うのである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月21日(火)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第3節「救済・自証及び献身」の4回目で、わが国の仏教界は、今や宗派的偏見が深く固定化していると批判しつつ、「身心脱落」「自然法爾」の後の“いのち”は「献身」の一道だと説いています。

 

何故このようなことを力説するかというに、わが国の仏教界は、今や宗派的偏見が深く固定化して、ほとんど救うべからざる状態に陥っているが故である。一例を挙げれば、わが国仏教者の多くは、己れの所属する宗派の開祖の教義や用語については、微に入り細を穿って他の宗派との優劣を挙げつらいながら、ひとたび大本の釈尊については、ほとんど説くこと稀だという一事によっても、証せられるであろう。

 

では何故かかる風潮を生じるに到ったかというに、これはひとえに「救われた」とか、「悟った」というコトバに囚われて、実は“いのち”の自証の内面的風光を伝えるための方便的用語に過ぎないことが閑却されること久しく、今やほとんど忘却し去られようとする危機に

際会しているが故だといってよい。

 

第二は宗教で希求されるべき根本眼目は、畢竟じて如上“いのち”の内観自証といってよいが、それは単にそれのみに留まるべきではないであろう。真の仏教では「救われたり悟ったりするだけが真の目的ではなく、それから一体何をすべきかが明らかにしない限り、真に救われたのではなく、真に悟ったのでもない」という、真に卓越した識見というべき逸材がいないわけではない。

 

では、救われたり、悟った者はその後の“いのち”を一体いかに生きるべきであろうか。今その点を端的に言うとすれば「献身」の一道の他ないであろう。今これに対して、かの「上求菩薩、下化衆生」という古典的用語をさけ、ただ「献身」の一語をもって答えるのは、仏教もここまで形骸化してくると、本来持っていた深奥な“いのち”の真理も今やほとんど形骸化したが故である。

 

自力・他力という心なき論争に対して、「献身」の一路によって超剋されるべきことを強調したいのである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月20日(月)穀雨。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第3節「救済・自証及び献身」の3回目で、仏教は元来自証教を本来とするとし、「自己にとっては絶対的なるも、対他的には相対性しか持たぬ」と説いています。

 

仏教は釈尊の菩提樹下の悟りによっても明らかなように、元来自証教たることを本来とすると言ってよい。即ち坐禅禅定により、我見という“いのち”の底を打ち抜かれて、そこに超箇の“いのち”への直接性を体解体認しようとするのであって、これ自力教と呼ばれるものに他ならない。

 

尤もこの自力教という呼称は、それ自身自ら自称した名称ではなく、他力教の立場からの非難の意味を以ってつけた名称といってよい。何となれば、如何なる宗教も根本的には、絶対者の“いのち”に直属するとの自覚ないし自証によって、箇の有限性の制約から来る苦悩を超えることが可能だからである。

 

だが、それにも拘らず、自・他力というような分別論を生じたのは、そこに用いられる方便の別に基づくものといってよい。即ち念仏易行を唱える浄土真宗の側では、その難信の面は裏に廻して、只管打坐の難行性に対する非難を主として掲げるのも、主として「自力教」という標語によるといってよかろう。

 

宗教とは、いやしくもそれが箇的有限性を免れ得ない有限者の生命が、絶対的生命に触れることにより、自己は元もとそれとの直接的連続において生かされて来ていることの、承受と自証に他ならないわけである。

 

随って宗教の徒にして、自己の属している教団の慣習を絶対視し、そのため宗教の根本眼目ある“いのち”の自証に到らないとしたら、これ最も唾棄すべきものというべきであろう。

 

かくしてそれぞれ自らの回心開眼への所縁となり、“いのち”の自証への触媒となった方便――例えば称名念仏、只管打坐――のもつその内面的意義を明らかにする経典などは、一応絶対性を持つといえようが、対他的には相対的意義しか持たぬことを、くれぐれも深く内観自省する要があるであろう。

「生き方の研究」(森本哲郎著)から

 

4月18日(土)

 

「生き方の研究」(森本哲郎著、PHP文庫)には、三十九人の先人たちが登場します。本日はセネカ(古代ローマの思索家)の2回目で、注目したいのは死に方です。

 

「セネカが極力、強調しているのは『多忙』から自由になるということである。なぜなら、多忙は自分自身を見失わせ、結局はなにひとつ充分に成就させてくれないからである。

・・・しかし、人間が生きてゆくためには、いやおうなしに多忙にならざるを得ない。雑事というものは人生からけっして消し去ることのできないものだからである。

 

多くの人びとは多忙な毎日を送りつつ、五十歳になったら悠々自適の生活に入ろう、六十歳になったならば、いっさいの仕事をやめて静かな思索の日々を過ごそう、などと思っている。セネカは問う。きみはその年まで生きられるという保証があるのか。

 

そこで彼は『毎日毎日を最後の一日』のように思いつつ生きることをすすめる。明日を頼りにして今日を失わないことである。彼のいう『多忙』とは心の多忙さであって、『自分で自分をわずらわす』ことである。そういう多忙さをセネカは「怠惰な多忙」と呼んでいる。

 

このような考えは、ギリシャの哲人ゼノンを祖とするあのストア派の哲学の忠実な継承である。ゼノンはアテナイの柱廊で心の平安こそ、何ものにも代えがたい人生の至宝であると説いた。ゼノンは欲望に引きずられる情念を魂の病とみなした。その病状は、たとえば不安、憂鬱、狼狽、逡巡、憤激、恐怖、野心、見栄、嫉妬、羨望等などである。

 

こうしたゼノンのストア派に対して、もうひとりの賢人エピクロスは快楽主義を主張した。人生は短い、だから人間は徹底的に快楽を追求すべきだ、というのである。けれども、彼のいう快楽主義とは、官能の享楽ではない。それどころか、逆に肉体的な欲望を否定した魂の平安こそが『快楽』なのである。

 

真の快楽とは、わずらわしさの代わりに自由をもたらすものでなければならない。その自由を得るために必要なことは『自足』である。つねに、みずから足れりとすることだ。つまり際限のない欲望から解放されることだ。

 

生涯をかけて学ぶべきは死ぬこと

 

ストア派とエピクロス派は、対立するように見えながら、じつはおなじ生き方の知恵を説いている。帰するところ、最も賢い生き方は、心の平安を保ちつづけることである。セネカはこうしたギリシャの英知に学んだのだ。

 

しかし、セネカの悲劇は、そうした哲学を学び、信条とし、それを説きつづけながら、彼自身の生き方がまるで逆だったということである。・・・たしかに言行不一致を責められても仕方のない生活を送っていたのは事実であろう。何よりも、すさまじい“宮仕え”を長年にわたってつづけたという“実績”がそれを証している。

 

だが、人々は往々にして、自分で自分にいいきかせるものだ。自分の説くところは、しばしば自分がそうありたいと願う理想なのである。この意味でおのれの抱く思想は理想であり、願望だとさえいえる。だからセネカの生活は、彼の説くところとはまるで反対だったことは充分にあり得るのである。

 

セネカの実際の生き方がどうだったのかは、今となれば確かめようがないが、すくなくとも死に方においては、立派に自分の思想に殉じたとえるであろう。タキトゥスの「年代記」」が、彼の最期をくわしく描いているからだ。

 

ネロの使いが『死の宣言』をたずさえてセネカの家にやってきたとき、セネカは泰然自若として遺言を書かせて欲しいと要求した。百卒長がそれを拒絶すると、彼は食事を共にしていた友人たちに向かって、『自分の遺言は、私がこの世に生きた姿だ』と語り、小刀で自分の腕の血管を切った。

 

が、彼はかなりの年をとっており、摂食のため痩せてもいたので血の出方が悪く、さらに足首と膝の血管も切り開いた。彼の妻も夫に殉じようと、同じように自殺をはかる。が、自分の苦悶している姿を見て妻の意思がくじけるのではないかと思い、妻を別室に連れて行かせる。その苦悶のさなかに語り遺したい思想がつぎつぎと思い浮かんだので、それを写字生に書きとらせ、死をいそぐべく毒薬を飲む。だがそれもきかない。そこで最後に熱湯のふろに入り、発汗室に運ばれて、そこでついに息をひきとった・・・という。

 

悲惨な死にざまだが、これこそ、彼の生きざまでもあった。セネカは一生をかけて、身をもって生き方を研究しつづけたのだ。彼は書いている。――生きることは生涯をかけて学ぶべきことである。そして、おそらくはそれ以上に不思議に思われるであろうが、生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月17日(金)春の土用入り。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第3節「救済・自証及び献身」の2回目で、日本民族の罪悪感への感受性は、キリスト教に比べて薄いとされているが、親鸞の浄土真宗はキリスト教と酷似していると述べています。

 

では罪悪感のほうは如何であろうか。日本民族の罪悪觀に対する感受性は、西洋のキリスト教国民と比べて薄いとの見方もあるが、このような見方をする人々の多くは、キリスト教信者の場合が多いといえよう。

 

そのように罪悪感が浅いのは、わが国の風土が、キリスト教を生み出したイスラエルの荒涼たる風土と異なり、四辺を海を以ってし、気候温暖、地味また肥沃、そのうえ一年が四季として、ほぼ等分に配分されており、海の幸山の幸などに恵まれていることを挙げている。

 

だが、それにも拘らず他方には、親鸞というような、深い罪悪觀に徹した卓れた宗教家が出現しており、その教義は多少の色調の相違はあるにしても、根本的にはキリスト教のそれと、ほとんど符節を合するものともいえよう。その根本中心を為す罪悪觀の深さにいたっては、ほとんど酷似しているとさえ言えるであろう。

 

かくして、キリスト教にしても浄土宗にしても、共に罪悪觀を基調とする立場は、必然的に絶対者を超越的な至高存在として、それへの仰信をその中心眼目とするわけである。即ち、

わが身は「罪悪深重」の身とて、自らの努力ではとうてい自己を救い得る資格なしとし、絶対者の大愛大悲にすがって救われる他なしとする点においては、ほとんど符節を合すると言ってよい。

 

但しキリスト教にあっては、神と人間との間に、キリストという仲保者の存在を認め、それは神が人間のために遣わし給うた神の一人子とする点が、浄土真宗との間に見られる唯一の相違点と言えるであろう。

 

しかしそれにはエホバの神は憎しみの神であったのが、キリストの出現により、また愛の神たることが証しせられたわけであって、そこにキリスト教における最深の秘儀があると言えるかと思われる。

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月16日(木)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第3節「救済・自証及び献身」の1回目で、「無常觀が民族の美意識と結びつく時、種々の卓れた作品が現成した」と述べています。

 

さて、第一の無常觀であるが、これが日本人の中にかなり浸透度を見せていることについては、何人にもほぼ異論はないであろう。かの「方丈記」の冒頭はいうまでもないが、「平家物語」の書き出しにしても、これらの書物が永く日本人の心に浸透し、かつ親しまれているのは、その主調音が実に無常觀によると言ってよいであろう。

 

しかもこの無常觀たるや、その根源は印度民族にその端を発するといってよく、かの釈尊の菩提樹下の悟りも、その内容としては十二因縁にも伺われるように、広義の無常觀にあるともいえるであろう。けだしこの十二因縁たるや、この天地間の一切事象が生滅流転を免れ得ないこと、即ち無常觀に他ならないわけである。

 

随って仏教国たる日本国民に、無常觀の滲透の根深いことは、何ら不思議とするに足りないわけである。この無常觀がわれらの民族によく浸透したのはーー民族の一つの特色は、美的な民族といえるかと思われるがーー民族の美意識と結びつく時、そこに種々の卓れた作品が現成したが故かと思われるのである。

 

同時に今一つ考えられることは、われらの風土は所謂山高く水清く、その上に四季の配分がほぼ均等になっていて、それが順次循環しつつあり、そのことがやがて転変常なき無常觀の想いを植えつけたかと思われるが、無常觀はつねに美意識と結びつき、詠歌の感を伴って、民族の心魂の底まで浸透しているといってよいであろう。

 

同時にこの点では、無常觀を生み出した本家本元の印度と異なるはいうまでもないが、それを受けてわれらに伝えた漢民族とも、また異なる無常觀の受容様式を創造したともいえるであろう。即ち無常觀そのものへの徹し方は、不充分な点があるとしても、それが民族の美意識と結合して種々の卓越した美的芸術的作品を生み出したことは、民族の一特色として銘記に値するというべきかと思うのである。

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月15日(水)

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第2節「いのちの救済とその自証」の5回目で、自力教における「只管打坐」(しかんたざ)と他力教における「唱名念仏」から無常觀と罪悪觀です。

 

世上いわゆる自力教を知の宗教とすれば、他力教は情の宗教と見られているようであり、同時にそこには、それぞれに応しい方便が生み出されたものというべきであろう。即ち自力教における「只管打坐」(しかんたざ)と他力教にいける「唱名念仏」とがそれである。

 

だが、これら両者における方便の重視――それを軽んじては“いのち”の門には入れないがーーと共に、やがて到り着くべき世界の内的風光において、少なくともその基礎を形成しているものについては、“いのち”の内的自証がその基盤面となっていると言えるであろう。

 

先にわたくしが所謂「我見」の考察において、いささか構造的分析に立ち入ったのも、微意はかかる“いのち”の内面的自証のために、多少とも資し得るものがあればと考えてのことに過ぎない。

 

それというのも、自・他力両教のいずれもが、時代の転変にも拘らず、その方便をやや重視し過ぎるかの感があるゆえ、せっかくの努力にも拘らず、その終極目標たる“いのち”の自証についての自証度が、ともすれば充分ならざる感があるかに思われるが故である。

 

古来宗教には、二つの門があるとされている。無常觀と罪悪觀である。前者の無常觀は自力教への門となり、最悪觀は他力教への門といわれている。さらに日本人には、無常觀の色彩は比較的強いが、罪悪觀はともすれば稀薄だといわれている。

 

しかし、そうした日本人の中でも、罪悪深重を説く浄土真宗が、最も多くの信徒を持っていると言われるのである。かくしてこれらの事象は、それぞれの立場からは、それぞれ当たっている処がるといってよかろうが、そこには種々考慮すべき問題もないわけではあるまい。

 

 

 

「全一学」提唱の「創造の形而上学」

 

4月14日(火)春の高山祭〜15日。

 

森信三先生の晩年の大作、「全一学」提唱の「創造の形而上学」を紹介しています。本書は心情的な日本人にふさわしい哲学(全一学)の提唱です。本日は第9章「救済・自証・献身」の第2節「いのちの救済とその自証」の4回目で、「我見」からの離脱に仏教界に生まれた「自力」、「他力」を説明しています。

 

かくして人間存在にとって、最根本的というべきこの「我見」を、いかにして離脱するかに、古来大別して二種の宗教的方便があるといえよう。

 

わが国の仏教界に生まれた用語としての自力及び他力という語を、便宜上ここでも借用するとすれば、このような罪深きこの自分という人間は、自己の力だけではとうてい救われないゆえ、唯一念の念仏唱名によって、絶対者たる弥陀の本源力に打ち委せようというのが、いわゆる他力の立場である。

 

これに反して、「只管打坐」に徹して、この肉の体に根を下ろしている根深い我見も、それによって根切りにしようとするのが、いわゆる自力教の教えといえるであろう。だが、この際看過の許されない一事は、以上の二者は共に“いのち”の立場を離れていないという点である。否、いずれもその途こそ違え、“いのち”の徹底究尽というべき点であろう。

 

それにつき、わたくしの常に思うて忘れ難いのは、かの易行道を称せられる他力教においても、「易行にして難信」の語があるということである。この点に対してわたくしの疑問を裏づけるものとしては、篤信の妙好人の言動を録したものを読んで、いつも驚かされるのは、「易行」と言いながら、真の救済に到り着くのにいかに長い歳月を要しているかということへの驚きである。

 

しかもかかる長歳月が、一体何のために過ごされているかというに、いわゆる「聞法」の一事のために他ならない。即ち聞きに聞いて、聴きぬかなければならぬという「易行の法」だということである。

 

かくしてわたくしの感慨からいえば、真の他力の教法も易行とは言いながら、その難信たる点では自力による坐りに坐り抜く、「只管打坐」と、その方便の外面的な形態こそ違え、根本的にはほとんど異なるところなきを覚えしめられるのである。