健一は何を理由に合コンを断ろうか考えていたが

坂井の「矢田はもうメンバーに入ってるぞ」という言葉で

しぶしぶ行くしかないか、と考え始めていた。

坂井は心からその合コンを楽しみにしている。

健一は坂井のそういうところが少しうらやましく感じる。


木曜日の夜、あやの携帯電話が鳴った。

矢沢あいのコミックを読んでいたあやはその着信音で

すぐに相手は健一だと分かった。

「もしもしぃ?けんいちぃ?」

読んでいたコミックのシーンとは違ってあやの声は明るい。

「あっもしもし?あや?」

健一とあやは2日か3日に一度は電話で話す習慣が付いていた。

社会に出た健一とまだ大学生のあやとの溝はなかった。


健一はもちろん合コンのことをあやに話すつもりはなかった。

しかし金曜の夜に会社の飲み会があると告げた。

「めんどくさいんだけどね、参加しないといけないんだ」

「そっかーどうせ参加するなら楽しんできてねー!?」

健一はあやに嘘をついたことが悲しくなった。

あやに嘘をつくのははじめてだった。

そしてあやのやさしさで罪悪感を覚え、ますます合コンに行きたくなくなった。

最愛のあやに嘘までついてまで行くようなものでは到底なかったし、

この嘘があやと僕との溝を生むものになるのではないかとまで考えた。

しかしこれも社会の厳しさだと自分に言い聞かせた。

健一は【付き合い】というものが嫌いだったが

社会ではそれが重要なものであることはわかっていた。


合コンにやってきた3人の女性はみんな綺麗だった。

そして何かフェロモンをかもし出しているような女性だった。

みんな同い年だと聞いていたが年上に見えた。

健一が思った通り坂井のテンションは上がっていた。

健一は坂井に便乗して少しだけテンションを上げた。

その女性3人に失礼だと思ったからだ。

いやそうすることが合コンを楽しむ方法だと知っていたからだ。

健一の合コンモードのスイッチが入った。

合コンモードとはいえ普通の付き合いモードのスイッチと同じものであるのだが。


お酒を飲みながら女性の一人と話していると

「矢田クンって彼女いるの?」と聞いてきた。

「いるよ」

どう答えようか迷ったが素直に言った。

この質問は特に深い意味はなく普通に会話の中に出てきただけだったが

健一の脳裏にはあやが現れた。

この女性もすごく綺麗な人だったが

あやとてんびんにかけるとあやのほうが断然勝った。

いやてんびんにかけるような勝負ではなかった。


「キミも彼氏いるでしょ?!そんなに美人なんだから」

と一応相手を褒めておいた。

流れで全員電話番号を交換することになった。

その合コンはあっさり終わった。

健一が抱いていた不安もなんのその

普通に楽しく過ごすことができた。


帰りの電車の中で健一は

あやと今日の合コンの美人3人の違いについて考えていた。

あれだけ美人なのに僕はなぜ何も思わないのだろう。

化粧が少し強いからか。

フェロモンはあるのに。

僕はただのロリコンなのか。

答えは出なかった。

健一はあやに対してはとても一途であることを再認識した。

そしてあやのことをもっと好きになった気がした。

合コンで知り合った子を口説くぐらいなら

あやをもっと口説いてあやに自分をもっと好きになってもらおうと思った。


合コンも悪くないなと思った、

それが自分の恋人の良さを再認識するものになるのであれば。

あやが合コンのようなものに行く機会があっても

無理に引き止めることはしないでおこう。

それが自分が良い彼氏だと再認識するものになるのであれば。

アルコールのせいかそんな自意識過剰な考えを張り巡らせながら

健一は家に着いた。



■次へ■

健一が社会人になって3ヶ月が過ぎようとしていた。
新入社員にはまだまだ覚えなければならない仕事がたくさんあったが、
会社の空気には慣れはじめていた。

健一は上司に怒られることがたまにあった。
新入社員の誰もが時々厳しく喝を飛ばされていた。
本当に重大なミスを冒してしまい怒られることには文句はなかったが、
上司のイビリや気分次第で怒られることには嫌気がさす。
そんな時、健一あやの笑顔を思い出すことにした。
そんな自分だけの「やり過ごし方」というものがあるのかもしれない。

健一と同僚の坂井もよく怒られていた。
坂井は学生時代体育会系だったようだ。
健一のただの予想だが、坂井は野球部だったということになっている。
坂井は上司に怒られると大きな声で
「はい!すいません!」と言う。
上司は
「すいませんじゃないだろ!『申し訳ございません』だろ!」
と言う。
「はい!すい…ま…、申し訳ございません!」


坂井と健一はよく昼休憩を共にした。
「今日、何にする?」
「う~ん、今日はカツ丼だな」
「いいねー」
健一と坂井は上司に怒られた事なんかを報告しあったりしていた。

「おい矢田、中西さんには気をつけろよ」
「え?中西さん?あの人やさしそうじゃんかよ」
「やさしいと思うだろ?オレもそう思ってたさ」
「でもなあの人、静かにキレるんだよ。その説教が長いってなんの」
「昨日の昼休憩、あの人の説教で終わっちまったよ」
「へぇー」
「やさしそうだからさぁ、けっこう気軽に話しかけてちょっとなれなれしくしてしまったんだよ」
「腹へりましたねー!?とか、今日眠たいです…とか」
「あはは、それはおまえが悪いよ」
「やる気無いのか、とか言われたんだろ?」
「そうなんだよー!そんなんでやっていけないぞ!とかさー、
坂井おまえここを学校だと思ってるんじゃないのか?!とかさー」

健一も確かに坂井はここを学校であるかのように思っていると感じることがあった。
坂井といると学校にいるような気分であることも確かだった。
健一は自分には坂井の存在はアリだなと思った。
しかし上司からするとそれは仕事をする意識ではないと怒られるのも当然だと思った。

「そんなことより矢田!来週合コンあるんだよ!来るだろ?」
「え?合コン?」
「おう!三対三なんだけど、女の子かわいいぞ!たぶん」
「いやオレはいいよ、彼女いるしさ」
「何言ってんだよ!合コンだぞ合コン!彼女とか関係ねぇよ!」
「バレないって!いやバレないって言うか浮気しろって言ってるわけじゃないし、なっ!?」
「う~ん、考えとくよ、いつ?」
「来週の金曜!花金だな!」

健一は合コンなんて興味がなかった。
いや合コンなんて行きたくなかった。
合コンが嫌いなわけではなかったし彼女が居ないときにはたまに参加していた、
健一は合コンでそこそこモテる。
健一は集団行動が嫌いなのだ。
初対面の相手と何を喋ればいいのかわからないとか
女の子と話すことに慣れていないというわけではない。
健一のトークはおもしろいと言われたこともあった。
ウザがられることもないし生理的に受け付けられないということもなく、
むしろ一般的に見ればさわやかで楽しい人間で人気者になることもあった。

健一が合コンに参加したくないのは
人間嫌いが主な理由だ。
会社に入って新たに関わる人間がたくさんいるのに
これ以上増やしたくない、それも自ら進んで人間関係を増やす必要はない。
それよりも合コンに参加している時の自分が好きではなかった。
自分が【きぐるみ】を着ていると強く感じる場であるのだ。
あきらかにいつもの自分とは違う自分を演じてしまうのだ。
それは盛り上げるため、自分を楽しい人間と見せるため、
自分を良く見せるため。
それは会社では学校でいる気分ではなく、立派な社会人だという意識を持つのと似ていた。
会社ではビシッとしていなければならないのと同じように
合コンでは楽しい人間でなければいけない。
そんな疲れるものに自ら進んで参加したいとは到底思えなかった。

一方坂井にも1年ほど付き合っている彼女がいた。
坂井は合コンや飲み会が大好きな男だ。
健一は坂井の性格が理解できなかったが、少しうらやましいと思うこともあった。
坂井は健一が知る限りの人間で一番オープンな人間だと思った。
いやもう一人オープンな人間を知っていた。
あやだ。
健一の恋人、宮下あやもオープンな人間だった。



■次へ■

初出勤の健一は首からIDカードをぶら下げている。

着慣れないスーツだがスタイルの悪くない健一はビシッとしている。

朝一番から入社式で行われた挨拶の練習が始まる。

やる気の無かった健一も次第に声も大きくなり

姿勢も磨かれて行った。

接客・販売のカテゴリーに配属された健一は

一日目は店内を見て廻りどこに何があるかなど

また各責任者やリーダーと呼ばれる人を眺めていた。

上司・先輩は誰もがビシッとしていた。

しかし満面の笑顔と丁寧な話し方であるのが

客と接している姿から見て取れる。

話し上手、聞き上手。

健一はそんな印象を見る人にどちらか一方を付けていた。

10人程の同僚の内の一人が話しかける。

「すごいな?!あんなのオレ達にできるかな…」

健一は圧倒されすぎだろと思ったが

適当にうなづいておいた。


自分はなぜ接客・販売に配属されたのだろうと健一は考えていた。

この会社の人事部は何を思って配属を決めるのだろうと…。

{僕が接客がうまそうだから?}

{いや逆に下手そうだからか?}

{聞き上手だと面接で言ったのと関係があるのか?}

{面接での話し方が良かったのか?}

そんなことを考えていたが

考えても答えは出ないのでやがて考えるのを止めた。


昼休憩に出た新入社員らは外に食べにいくことにした。

健一ら10人はみんなで一緒に行くことにした。

和食のお店に入った10人は

それぞれうどんやそば、カツ丼、親子丼などを注文した。

健一は親子丼と天丼と迷ったが結局親子丼にした。

注文をする前からそれぞれ自分の隣りや前にいる人間と話していた。

自分の首からぶらさげているIDカードを手にとって相手に見せて名前を伝えた。

「何歳?」

「22歳」

「オレ23歳」

一人だけ24歳が居てあとは22歳と23歳である。

1歳2歳差では歳の差も感じない。

みんな敬語にすることもなかった。

「どこに住んでる?」

とか

「どこの大学だった?」

とかそんな会話が続いた。

食べ終わって一息ついたころ

「さぁ!みんな戻ろうぜ!」

と一人の男が言った。

しきりたがりやタイプだなと健一は思った。

健一は集団行動が苦手だった。

というより嫌いだった。

もちろんしきることなどしない。

かといってわざわざ単独行動に走ることもない。

リーダーシップを執りたがる人間

そのリーダー格をサポートする人間

それらに従う人間

健一はそんな役割付けをされるのを嫌うがゆえに

自分が心の中で役割付けをしてしまっていた。


健一は他人と自分との間に壁をつくる。

他人に邪険なわけではない。

心の奥底で壁を作ってしまうのだ。

仲良くなれないわけでもない。

ただ心のどこかで

「僕はこいつらとは違う…」

という思いがあった。




■次へ■
二章

4月1日春が訪れていたが
まだ少し肌寒い空気が流れている。
多くの企業の入社式が行われようとしている。
駅や街には多く新社会人と思われる若者が
少し大きめにも見えるスーツを着て歩いている。
新しい濃紺のスーツに白シャツにネクタイ、
黒のスカートスーツに白シャツ、
そんな人の群れが流れていく。

その中に健一は居た。
着慣れないスーツを着て黒いかばんを提げ、
髪型も耳が出て前髪も眉毛が見えるように調髪されている。
健一も入社式会場に向かっていた。
オフィス街の大きなビルでその入社式は行われる。
自社ビルではなく入社式のためにその会場を借りている。
健一はそのビルに入る前に自分の右手の薬指にはまっているリングに気付いた。


「アクセサリはまずいか…」
健一はあやとおそろいのリングを風呂や洗面台の前でしか外すことはなかった。
そのリングは健一がビルに入るのと同時に
健一のポケットに入れられた。

広い会場につくと多くの人が前から順番に座っていき
健一は前から5番目の真ん中辺りの席に着いた。
会場もいっぱいになり健一は辺りを見回した。
自分と同じような格好をした人間が無数にいた。
女性も4割ほどいるようだがそれも白黒の身なりである。
舞台の上では役員が準備をはじめていて
マイクのテストなんかをしている。

「みなさん、おはようございます」
司会らしき人があいさつをする。
「声が小さいですね、元気良く行きましょう!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
体育会系が嫌いな健一は二度の挨拶も同じ声量である。

退屈な話に何度もあくびをこらえて
涙目になった健一はおもしろくない映画を見るような気分だった。
しかし入社式の後の研修では退屈は消えた。
挨拶の練習だった。

「おはようございます!」
「いらっしゃいませ!」
「少々お待ちくださいませ!」
「お待たせ致しました!」
「ありがとうございます!」

そんな発声練習が延々と続いた。
おじぎの角度から声の大きさ、表情まで
厳しく指導される。
ちらほらと個人的指導を受ける。
健一もお待たせ致しましたのおじぎの角度を注意された。
誰もがうっとおしいな、と思っているだろうが
表情から読み取られるのを恐れ
必死にがんばっているように見せた。
いや必死にがんばっていた。

一日目の入社式と研修が終わり
夕方になった外に出た健一は早速たばこを吸い
ニコチン切れを解消して
恋人あやに電話をかけた。
あやは電話に出なかったが、
健一が帰宅の電車に揺られているときに
あやから電話がかかってきた。
健一は辺りを見まわして電話に出るのをあきらめた。

電車から降りるとすぐに健一は着信履歴を出し
あやの着信履歴から発信した。
あやは2コールで電話に出た。


「もしもしぃ!けんいちぃ?」
「おう!あや?電車乗ってたから出れなかったよ」
「あ、そうなんだぁ~私も最初の電話のとき電車だったんだよ、同じだね~」

あやはいつもどおり明るく天真爛漫だ。
入社式どうだった?と訊いたあやに
健一は普通だったと答えた。
健一はただ思い出したくなかった、その面倒だった入社式を。
社会人初日の初々しさをあやに伝えたかったが、
初日が素晴らしいものではなく将来への第一歩となるような光は見えなかった。
それを思い返すのが嫌だった健一は、あやに普通だと答えたのだった。



■次へ■

海辺のベンチで話す僕達の周りは夕日が落ち
電燈が点き始めていた。
僕は「覚えてるよ」と言った。
「ほんとにぃー?!」とあやは少し疑った。


僕は僕らのファーストキスを再現した。
いや再現するのはもう一度キスするための口実だった。
もうキスで顔を赤くすることのないあやは
このファーストキスの再現で頬を赤らめた。
僕はあの時とっさに抱きしめてキスしてしまったことや
手を出すことが早かったがあやとはプラトニックでもいいなんてことを告白した。
あやはさすがにそれは半信半疑だったが嬉しそうだった。


本当に僕はあやと肉体関係がなくても好きだと思える自信があった。
しかしセックスを我慢する必要のない現実に
セックスできないという状況にない今の状態で
プラトニックラブである必要がない。
つまり実際はあやと情事に耽ることを辞めることはなかった。

この日僕はあやにもう一度愛の告白をした。
あやは僕にとって特別な存在だと。
今までの恋人とは格段に違うと。
今までの恋人との経験はあやのためにあったと。
あやの今までの恋人も僕のためにあったんじゃないかと。
しかしそれは言えば言うほどあさはかに感じられた。
軽くあやを口説いているような感覚に陥った。
僕はやっぱりあやへの愛は言葉では表せないと告げた。
そしてエッチだけでも伝わるものではないことも告げた。
あやは喜んだり難しい顔をしたり照れたりうなづいたりした。

大学の講義で聴いたことを思い出した。
アイデンティティとは何か、という講義だった。
アイデンティティとは人の仕事や学歴や見た目ではない。
人が生まれた環境、育った環境、経験したことがその人のアイデンティティを形成する。
つまり僕が付き合ってきたこれまでの恋人も

僕のアイデンティティを形成する一部となっているのか。
確かにその通りだと思った。
僕を形成しているのは僕を取り巻く環境と人とのつながりだったのだ。
そんな僕をあやは好きだと言ってくれる。
他人の過去を詮索しない僕なのに、あやの過去や昔の恋人が気になった。
聞こうか聞くまいか少し考えた。
あやの顔を見た。かわいかった。
見た目や顔はアイデンティティではないと思いつつも
あやの顔や体を形成してきた環境や周りの人間に感謝の念まで生まれた。

カサノーヴァ「回顧録」にこんな言葉がある。
【全女性が同じ顔、同じ性質、同じ心立てをしていたのなら、     】
【男は決して不貞をはたらかぬだけでなく、恋をすることもないだろう】


この意味を少し理解できた気がした。
全ての女性があやだったら僕はあやに恋をしない。
全ての女性はあやという一人の女性を引き立てるために存在するのだ。
人嫌いの僕は、タイプでない女性や性格がキツイ女性、関わりたくない女性なんかは
あやをひきたてるために存在する、そう考えれば人嫌いが少し治った気分になった。

僕は心底あやに惚れていた。
危ないぐらい惚れているなと自分で思った。
愛することは独占したくなるからだ。


僕は昔に付き合ってた恋人にそういうことがあった。
よう子という名前だった。
彼女は僕の全てを知ろうとした、僕の心に土足で入ってきた。
そういう経験がはじめてだったがために少し楽しんでいたのかもしれない。
しかし僕の大学の時間割からアルバイトの時間帯やケイタイの着信やメール履歴まで
少しでも彼女の不満に引っかかれば泣いては怒り夜中まで話し合いをしたりした。


今考えるとよう子も自分で何を言っているのか理解できていなかったのかもしれない。
独占欲をだすことは、恋人の間に致命的な傷を与えることも。

僕はあやを独占したいと思う気持ちが危険だと思った。
あやにとって僕がよう子のようになるのを恐れた。
恋人のあり方マニュアルなんてものがあるのなら
絶対に独占欲は否定されているだろう。

僕はあやの部屋に泊まることはできるだけ避けた。
それも僕は苦い経験があったからだ。
部屋に二人で居ることに幸福感を感じそれだけでいいと思ってしまうからだ。
平気で大学を休んで仕事を休んで二人で居たい、それだけの日々はゴメンだ。
僕が経験した過去はまさに恋人二人で怠惰になるということだった。
僕が大学4回生で多く取り残した単位があったのはこのせいだった。
あやと二人で人間として落ちていくようなことは絶対に避けたい。
あやの甘い声に、寂しそうな表情に負けそうになる。
実際何度かは負けた。
しかし僕はあやと二人で前を見ていた。
立ち止まらないように。

あやとの関係はとても良いものである。
過去の経験を活かして二人は順調に愛を深めていった。
マンネリというものは微塵にも感じなかった。
僕は結婚願望なんかなく
結婚するにしても30歳かそれ以降だなと思っていた。
その結婚時期に変わりはなかったが
あやとの結婚は有りだと思った。

全てのことが前向きだった。
全てが前進していると思った。
そうあんなことが起こるまでは…。



一章終わり

■二章へ■

あやと体の関係を持ったのは、次にあやをバイクで家まで送った時だった。
あやのマンションについた僕は尿意をもよおしていた。
「あや、トイレかりていい?」
僕は本当に小便をしたかった、本当にそれだけの目的で言った。
あやは何か感じていたのかもしれない。
トイレをかすことは部屋にいれるということ、
部屋に入れるということは初めてけんいちぃが私の部屋に来たときにキスをしてきたこと。
そして今日も部屋に入れることがキスの先のことが起こることを。


僕にはあやがどう思ったのかは予想はできなかったが、あやは
「うん、いいよー」
と快く承諾してくれた。

すぐにトイレをかりてすっきりした僕はそこでトイレをかりたことが
あやの部屋に入ったことであるのに気付いた。
そこから下心が生まれたのは否定しない。


初めのキス以来、それからも何度もキスはしていた。
1つの部屋に恋人が二人っきりになることで
キスしたいキスしようと考えるのはごく自然のことだ。

テレビのついた部屋に入るとかばんを床に置いたあやは
その日に撮ったプリクラを眺めていた。
ひとつもちゃんと写っていない僕を見てニヤニヤしている。
僕はあやの隣りに座りプリクラを覗いた。
「けんいちぃこの顔おもしろ~い♪あはは」
「うるさいなぁーどうせブサイクだよ」
「ううん、けんいちぃ最高にかっこいいよぉー!?」
その言葉で見つめあった僕らはどちらからともなくキスをした。


そのときのキスはいつものキスと違っていた。
どちらともなく舌がからみあっていった。
僕はあやの背中から衣服の中に手をやった。
あやのブラジャーを外している間も激しいキスは続いていた。

ブラジャーがあやの肩にかかったまま僕は胸に手をやった。


つけっぱなしのテレビから聞こえる声は頭に入っておらず
あやの「ぁん」という声だけが頭に入った。
唇を離した僕はあやのTシャツを脱がそうとすると
あやは僕の手を止めて僕の衣服を脱がせようとした。
僕の上半身が裸になってから僕はあやの上半身を裸にした。
頬を赤くしたあやはマットだけのベッドの上で薄い毛布をかぶった。
僕もその薄い毛布の中にもぐりこんであやの唇を探した。
薄暗い毛布の中で僕達はまた激しいキスをした。
僕はあやのデニムのスカートの中に手を入れた。
下着の上から陰部を触った時にはもう少し湿りを感じた。
それから少し経ったあと、あやも僕の下半身に手をやった。


僕が目覚めたのはつけっぱなしのテレビの声だったのか
となりで眠っているあやの動きだったのかはわからない。
壁にかかっている時計を見ると
僕がトイレに行った時間から3時間が経過していた。
僕は乾いた唇であやの頬に軽くキスをした。
あやはゆっくりと眼をあけた。
微笑みあった僕らはまた抱き合った。
「だいすき」
僕らは情事に耽っている間に何回好きと言い合っただろう。
愛のあるセックスだと確かめるかのように
その行為だけでも好きという言葉だけでも満足できないかのように。



■次へ■


「部屋寄っていく?」とあやは切り出した。
あやは一人暮らしをしていることは知っていた。
マンションを良く見るとけっこういいマンションだった。
「寄ったら、手出してしまうよ?!」と冗談交じりに僕は返した。
「あははは、オオカミだオオカミィ!」
「あはは、満月の夜は気をつけな!」
「今日満月じゃないじゃん!じゃ大丈夫だね?!」
と冗談を言い合いながら結局僕は彼女の部屋に寄ることになった。

あやの部屋は、淡いピンクとベージュが基調となっていて、
ぬいぐるみが置いてあり壁にはポストカードが貼られていた。
きれいな部屋だが化粧品や洗濯物・請求書なんかが散乱していた。
マットだけのベッドのところに腰掛けた僕のところに彼女は
「散らかっててゴメンねーけんいちぃが来るなんて思ってなかったから」
と言って冷たいお茶を持ってきてくれた。
どうやらけんいちぃと呼ぶのが気にいったらしい。
僕もまんざらでもなかった。


彼女は僕の目の前の壁に貼ってあるポストカードを指さして
「あれが、ほらあのアイルランドの大地の写真だよー」
「あっちはU2のポストカード」
と言いながら僕の隣りにちょこんと座った。
「へぇー」
僕は壁に貼ってあるたくさんのポストカードを見た。
僕らの後ろに貼ってあるポストカードも見回した。
彼女が飲んでいたお茶を目の前の机に置いた後に
僕はまたうしろの壁に貼ってあるポストカードを見回すフリをして
彼女の肩に手をやってまたキスをした。
すぐに唇を離したが、見つめあってまたくちづけた。
次は長い間唇が重なっていた。

長いキスはやがて離れたがまた見つめあってまたキスをした。
4度目のキスをしながら僕はあやの胸に手をやった
当然だがブラジャーと衣服の上からで堅い感触しかない。
あやは僕の手に反応してビクッと少し動いた。
しかし拒む様子はない。


僕はどうしようか少し考えたが、唇を離してあやと見つめあった。
僕はにっこりとして「手出すって言っただろ?」と冗談っぽく言った。
彼女も照れた様子でにっこりと笑い、彼女の胸に被さる僕の手をどけて
今度は彼女の唇が僕の唇に被さってきた。
それから二人は何度もキスをして、僕は帰路についた。

一人でバイクで帰る道のりは決して短いものではなかったのもあるが、
後ろで僕の腰に手をまわすあやがいないことが妙に寂しかった。


次のキスもあやのほうからだった。

【今日は楽しかったね☆送ってくれてありがとうオオカミさん♪('▽')】
【気をつけて帰ってねーけんいちぃ大好きぃ(^з^)-☆Chu!!】

家に着いた僕はメールが届いていることに気付き、
あやからのメールかなと思い、いやあやからのメールを期待して、早速読んだ。
これまであやとのメールのやりとりはしていたが、
このメールから文面が変わったのが忘れられない。
絵文字をよく使うあやだがキスの絵文字はこれが初めてだったし、
大好きなんて言葉は決して使わなかったのは当たり前だが、
何より僕がメールに本気で【好き】と書いて返信することがはじめてのことだった。



■次へ■

ファーストフード店から出て僕らの話題は
映画の話から選挙の話へと移りファッションの話、次に会える日の話へと移っていった。


「あや、バイクでちょっとどこかいこっか?!」
「うん!どこ行く?どこ行く?海とか?」


「海かー、よし!近くでいいとこ知ってる!いこ!」

と今度は僕が彼女の手を取り引っ張った。


250ccの僕のバイクの後ろにあやを乗せて走った。
風が気持ちいい。

あやもぼくの腰に手を回し風を感じている。
最初にバイクに乗せたときに見せた恐がり様はもう全くない。
海に着いた僕らは潮の香りとバイクで感じたのと同じような風を受けた。
辺りは陽が落ち始めほんのり暗くなってきた。
夕空が僕らを歓迎しているようだった。
海には夕日が映り、小さく波打っていた。
少し歩いてベンチに座った。


僕は彼女の唇にそっとくちづけた。
彼女は握っていた僕の手をぎゅっと強く握った。


「けんいちぃーそういや手出すの早かったよねー」
「え?!そ、そう?そういやちょっと早かったかな…」
「最初はびっくりしたもん」
「覚えてる?はじめてちゅぅした時のこと」



そうあれははじめて大学の外で会って映画を見に行った日だった。
帰る時になって僕はバイクで送ろうか?と提案したのだった。
「ほんと?嬉しいーでもバイクの後ろ乗れるかな?恐くない?」
と言った彼女のかわいさが僕は恐かった。

彼女が僕の人格を飲み込んでしまうのが。


しかしそのときだったかもしれない、あやを好きだと確信したのは。
あやと付き合いたいと思ったのも抱きしめたいと思ったのもこの時だった。
きゃーきゃー恐がってたあやを僕はうるさいなとも思わなくて
むしろ楽しかったのだった、後ろで騒いでいるあやと風を浴びることが。

あやの部屋のマンションの前に到着した頃には後ろの騒がしかった彼女も静かになっていた。
バイクから降りた彼女は少し疲れていたようだった。
僕がバイクから降りる時に彼女は「バイク楽しいねー!気持ちいいねー」と言った。
その瞬間彼女はフラッとよろけた、僕は彼女の体を支えた。
そしてそのまま僕はあやを抱きしめた。
抱きしめられたあやは「よろけちゃった…」と言った。
そのまま僕は彼女にキスをした


僕はキスしてやろうとか思っていたわけでは決してなかった。
よろけたあやを愛しく感じた。
あやを愛しいと思う事を伝えるのにはキスしか思いつかなかった。
いや思いついたというよりは体が勝手に動いたと言うべきか。

彼女の白い肌はピンク色になった。
あのアイルランド考察の講義ではじめて顔を合わした時よりもはるかに赤くなっていた。
僕も少し照れながらピンク色になったあやと少し見つめあった。
人通りもあるのですぐに離れたが
その見つめあった時に二人の心は通じ合った感じがした。


少し沈黙が流れたがすぐに話をした。
「バイク、気持ちいいでしょ?」
「最初は恐かったけど、すごい気持ちいいねー」とか。
「バイクに酔った?」と聞くとあやは
「ううん、けんいちぃに酔ったぁ!」と言った
この時はじめてあやはぼくのことを【けんいちぃ】と呼んだ。
「あはは、うまいこと言うねぇ」
「えへへへへ」
かわいい、あやの魅力は僕の人格を変える。



■次へ■


はじめて宮下あや会ってから一週間後の同じ講義で再会は訪れた。
木曜二限目のアイルランド考察である。
僕は講義開始の5分前にその大教室の前に着いた。

「あっ!いたぁ!」
あやだった。
僕の方を見ている。あやが近づいて来る。
僕もあやが言葉を発する前に彼女に気付いていた。
いや僕も彼女のことを探していたのかもしれない。

「覚えてる?この前はありがとう!」
「覚えてるよ、いいよいいよあんなの」
「ねぇ?一人でこの講義受けてるの?今日も一緒に座ってもいい?」
「あ、うん、いいよ、一人だし」

あやは初めの印象とは違ってすごく明るい。
少し軽い感じも前には感じられなかった。
しかし僕の中の彼女への好意は下がることはなかった。
「やったぁ♪わたし、宮下あや、よろしくね」
「オレは矢田健一、よろしく」
彼女の名前は知っていたが、初めて聴く振りをした。
初めて聴く振りというのもおかしいが、知っていることは彼女には告げなかった。
僕は彼女にもう一度会いたいと思っていたのに
会えて嬉しかったのに、そんな素振りは見せなかった。
彼女が僕を探していたことは明らかで隠そうとはしなかったというのに。
他人に対してきぐるみ着やがって!と思う僕自身も
きぐるみを着ていることに気付いた。
そしてまたあやもきぐるみを着ていることにも…。
いや全ての人間がきぐるみを着ていることに…。

彼女がすごく驚いたのは僕が22歳の4回生ということを知ったときだった。
宮下あやは20歳2回生だった。
「同い年か、ひょっとしたら年下かなぁって思ってた!」
「子供っぽいってこと?」
「う、うん見た目がね?すごい若い!高校生でも通るよ!」
「どう反応していいのかわからないな…、自分だって歳より若いじゃないか!?」
「う、うぅ、たしかにねぇ私も高校生にみられるからね…」
「僕らは高校生のきぐるみを着た大学生なんだよ」
「え?きぐるみ?あははおもしろ~い」
そのときに鳴った始業のチャイムが僕らの会話の終了のチャイムとなった。
それからのアイルランド考察は毎回二人で講義を受けた。
僕もあやも一度も欠席しなかった。
講義をまじめに聞いてる時もあれば、ひそひそ話している時もあった。
紙に言いたいことを書いて渡したりもした。

二限目アイルランド考察のあとはちょうどお昼ご飯の時間だった。
僕らは木曜日の昼食はいつも一緒に学食を食べた。
あやは野菜や惣菜ばかりだが、いわゆる少食ではなかった。
も普通によく食べる。
学食のお気に入りは南蛮定食だった。
あやは焼き魚と冷奴とサラダがお気に入りだった。
僕が大学を卒業した今でも彼女はあの学食を食べているのだろう。


アイルランド考察の講義が楽しいものとなったのは、
あやと受ける講義だったためか
本当にアイルランド考察が興味深いものだったのかはわからない。
しかしアイルランド考察の成績が他のものに比べやや優秀だったことは事実だ。
アイルランドの音楽についての講義を聞いた時には
二人で[ENYA][The CORRS]、[U2]のCDを聴いたりした。

彼女を好きになっていくのと同時にアイルランドも好きになっていった。
それは彼女も同じようだった。
映画「タイタニック」のアイリッシュダンスを見るために
DVDを借りて二人で見たこともRiverdanceを観にいったことも鮮明に覚えている。
アイルランドが僕と彼女の間を取り持ったという印象は今も変わ
らない。



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あやと出会う前までは僕は一年程恋人がいなかった。

僕は人嫌いとはいえ普通の成人男子と同じで彼女が欲しいなと思ってはいた。

少ない友人には「誰か紹介してよ」と言ってみたりもした。

しかしこれは会話としての流れであって、本気で紹介しておらおうとは思っていなかった。

なぜなら1つは自分が紹介してくれよといわれた時に「恋人ぐらい自分で探せよ!」と思うからだ。

もう1つは過去に僕が友人に女の子を紹介してあげたことがあり、

それがとても面倒なことだったからだ。

紹介したその二人は結局付き合うことになったのだが、

半年ほどしてけんかをしたと電話がかかってきたのだ。

しかも二人から別々に。

両者のいろいろな相談にのってあげて、結局二人はよりを戻した。

そこでも僕への相談はあまり意味が無かったのでは…と感じた。

そしてそれから数ヵ月後二人はまたけんかをしたと電話がかかってきた。

僕はもうどうでもよかった。

「またちょっと時間を置いたら仲直りできるって!」

「もうオレの言葉なんて意味ないだろう?勝手にやってくれよ」と突き放した。

しかしながら今回で二人は別れたと連絡があった。

僕が相談に乗らなかったせいなのか。

いやそんなことは無い。

一回目のけんかだって僕が相談に乗る乗らないどちらでも仲直りしてたはずだ。

今回だって同じだ、僕が相談に乗っていたとしても同じ結果になったはずだ。

なぜ他人のことで僕がこんなにも考えて悩んでいるんだ?

自分の恋愛のことならともかく。

紹介をしてあげたのに、僕は何かに責められている感じがした。

そんな過去の経験から僕は人を紹介する事に気が進まない。

自分が紹介してもらうにしても同じような苦悩が予想される。

そうじゃなくても意図して作られた出会いよりも運命的な出会いを期待するのは万人共通だろう。


特に女性は白馬の王子様を待っている。

白馬の王子を待つなら自分もお姫様のように自分を磨いておけよ、

と思うのはあまりにも皮肉だろうか。

出会いというのは今ではネットの出会い系サイトが発達している。

詐欺や犯罪、ワンクリック詐欺なんかがテレビから聞こえてくるが

非運命的な出会いで良いなら僕に紹介してもらうより出会い系サイトで探したらどうなんだ。

しかし出会い系サイトがどんどん増えているにはちゃんと理由があるのだろう。

一人身の人間がゴマンといるのだろう。


運命の出会いなんてものを僕は信じない。

いや不覚にもあやとの出会いには運命を感じてしまったのは否定できない。

しかしこの先も僕は運命なんて信じない、

信じないというよりは運命は作られている言っておこう。

肯定的に考えたいなら運命は自分自身で作ることができると考えれば良い。

運命の出会いというものがあるのなら別れの運命もあると考えるのが定石だろう。

つまり運命とは自分自身が納得するためのものだ。

出会いを運命という言葉で盛り上げ、別れを運命という言葉でなぐさめているにすぎない。

運命という根本的な言葉の意味はもう失われてしまった。

運命というのはいわばエンターテイメントでしかない。

そんなあさはかな自分勝手な現代の【運命】に吐き気がする。

人に異性を紹介してあげるという行為に、

愛のキューピッドという役割に、僕は何の喜びも持たない。

キューピッドという【きぐるみ】を着た僕は、その経験だけに満足して、

二度とキューピッドになることも、キューピッドの【きぐるみ】を着ることもないだろう。



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