健一が社会人になって3ヶ月が過ぎようとしていた。
新入社員にはまだまだ覚えなければならない仕事がたくさんあったが、
会社の空気には慣れはじめていた。

健一は上司に怒られることがたまにあった。
新入社員の誰もが時々厳しく喝を飛ばされていた。
本当に重大なミスを冒してしまい怒られることには文句はなかったが、
上司のイビリや気分次第で怒られることには嫌気がさす。
そんな時、健一あやの笑顔を思い出すことにした。
そんな自分だけの「やり過ごし方」というものがあるのかもしれない。

健一と同僚の坂井もよく怒られていた。
坂井は学生時代体育会系だったようだ。
健一のただの予想だが、坂井は野球部だったということになっている。
坂井は上司に怒られると大きな声で
「はい!すいません!」と言う。
上司は
「すいませんじゃないだろ!『申し訳ございません』だろ!」
と言う。
「はい!すい…ま…、申し訳ございません!」


坂井と健一はよく昼休憩を共にした。
「今日、何にする?」
「う~ん、今日はカツ丼だな」
「いいねー」
健一と坂井は上司に怒られた事なんかを報告しあったりしていた。

「おい矢田、中西さんには気をつけろよ」
「え?中西さん?あの人やさしそうじゃんかよ」
「やさしいと思うだろ?オレもそう思ってたさ」
「でもなあの人、静かにキレるんだよ。その説教が長いってなんの」
「昨日の昼休憩、あの人の説教で終わっちまったよ」
「へぇー」
「やさしそうだからさぁ、けっこう気軽に話しかけてちょっとなれなれしくしてしまったんだよ」
「腹へりましたねー!?とか、今日眠たいです…とか」
「あはは、それはおまえが悪いよ」
「やる気無いのか、とか言われたんだろ?」
「そうなんだよー!そんなんでやっていけないぞ!とかさー、
坂井おまえここを学校だと思ってるんじゃないのか?!とかさー」

健一も確かに坂井はここを学校であるかのように思っていると感じることがあった。
坂井といると学校にいるような気分であることも確かだった。
健一は自分には坂井の存在はアリだなと思った。
しかし上司からするとそれは仕事をする意識ではないと怒られるのも当然だと思った。

「そんなことより矢田!来週合コンあるんだよ!来るだろ?」
「え?合コン?」
「おう!三対三なんだけど、女の子かわいいぞ!たぶん」
「いやオレはいいよ、彼女いるしさ」
「何言ってんだよ!合コンだぞ合コン!彼女とか関係ねぇよ!」
「バレないって!いやバレないって言うか浮気しろって言ってるわけじゃないし、なっ!?」
「う~ん、考えとくよ、いつ?」
「来週の金曜!花金だな!」

健一は合コンなんて興味がなかった。
いや合コンなんて行きたくなかった。
合コンが嫌いなわけではなかったし彼女が居ないときにはたまに参加していた、
健一は合コンでそこそこモテる。
健一は集団行動が嫌いなのだ。
初対面の相手と何を喋ればいいのかわからないとか
女の子と話すことに慣れていないというわけではない。
健一のトークはおもしろいと言われたこともあった。
ウザがられることもないし生理的に受け付けられないということもなく、
むしろ一般的に見ればさわやかで楽しい人間で人気者になることもあった。

健一が合コンに参加したくないのは
人間嫌いが主な理由だ。
会社に入って新たに関わる人間がたくさんいるのに
これ以上増やしたくない、それも自ら進んで人間関係を増やす必要はない。
それよりも合コンに参加している時の自分が好きではなかった。
自分が【きぐるみ】を着ていると強く感じる場であるのだ。
あきらかにいつもの自分とは違う自分を演じてしまうのだ。
それは盛り上げるため、自分を楽しい人間と見せるため、
自分を良く見せるため。
それは会社では学校でいる気分ではなく、立派な社会人だという意識を持つのと似ていた。
会社ではビシッとしていなければならないのと同じように
合コンでは楽しい人間でなければいけない。
そんな疲れるものに自ら進んで参加したいとは到底思えなかった。

一方坂井にも1年ほど付き合っている彼女がいた。
坂井は合コンや飲み会が大好きな男だ。
健一は坂井の性格が理解できなかったが、少しうらやましいと思うこともあった。
坂井は健一が知る限りの人間で一番オープンな人間だと思った。
いやもう一人オープンな人間を知っていた。
あやだ。
健一の恋人、宮下あやもオープンな人間だった。



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