前回、歴史とは「限られた過去の遺物をつなぎ合わせて、あり得そうなストーリーを創作したものに過ぎない」と書きました。
以前書いたとおり、ニュースで報道される、自分のいる場所から遠い地域で起こっていることも、その殆どは直接自分では確かめようがありませんが、自分が生まれる遥かに昔の過去の出来事も同様です。
たとえば私は1970年代前半の生まれ、両親は1940年代初め生まれ、祖父母は明治の終わり〜大正の初め(1912年前後)の生まれです。
ですので、自分が生まれる前の話については、祖父母から聞いている20世紀初頭まで、およそ100年くらいは遡ることはできます。
父方の祖父母は四国の田舎で生まれ育ちました。
祖父母から聞いた子ども時代の四国の農村の様子はというと。
⚫︎水は井戸から。台所は土間。ガスや電気はなく薪で火をおこしていた。
⚫︎農耕に使用するため、牛や馬を飼っていた。
⚫︎卵採取のために鶏も飼っていた。
⚫︎祖母の女学校では、生徒の半分くらいは和服、半分くらいは洋装(セーラー服)を着用。
⚫︎農家なので基本、食べる物には困らなかったが、お金を出して買わねばならない砂糖を使った上等なお菓子は滅多に口にできず、主なおやつは庭や山に生えている果物。
⚫︎トイレは母屋から離れた外に設置。当然汲み取り式。
わりに原始的です。電気もガスもありません。
調べると、一般家庭にも電気の灯りが行き渡ったのは1960年代以降ということです。(ご参考)
明治〜昭和初期を舞台にしたドラマなどでの演出は、どうやら当時の実状を本当に反映していると考えて良さそうです。
しかしこの更に前となるとどうでしょう。
1800年代以前の世界です。
まずは19世紀。
私たちが学校で教えられた公式の歴史を振り返ってみましょう。
日本では、1853年に黒船が来航します。
それ以降は、毎年のように地震は起きるわ火災は起きるわ、コレラ流行するわ麻疹は流行するわ、西洋人どもが病原菌や厄災を持ち込んだんじゃないかというくらいの災害が続く中、国内では内戦が続き、ついに1867年の大政奉還で明治維新は一応決着となります。
海外はどうでしょう。
欧州では、1815年ナポレオン戦争が終結して、その後ヨーロッパ諸国ではウィーン体制と呼ばれるフランス革命以前の絶対王政の時代に戻るが、その王政復古の体制もやがては市民の反発により、1848年のパリの二月革命、ベルリンとウィーンの三月革命が起こり、終焉を迎えることになります。
米国では1860年代に南北戦争が終わり、その後アメリカの産業革命が進展していくようです。
英国は、19世紀の殆どはヴィクトリア女王の治世です。シャーロック・ホームズの時代ですね。
英国ではロンドンに地下鉄が開業したものの、19世紀はまだ蒸気機関車であり、主な交通手段は馬車でした。これは他の欧州各国や北米でも同様だった筈です。
どこを見ても、19世紀はまだまだ原始的で本格的な近代化は20世紀に入ってから、という印象です。
でも、この頃はぼちぼち写真なんかも残っていますし、英国の地下鉄などを考えても、何となく現代へと通じる流れが感じられます。
しかし更にそれ以前、18世紀以前となるとどうでしょう。
日本では所謂「江戸時代」です。
御侍さんがちょんまげ結って、着物を着て帯刀しており、士農工商で身分が分けられていた、徳川幕府による治世とされています。
「時代劇」や「大河ドラマ」のイメージでしょうか。
欧州でも、18世紀より前というと、時代ものの衣装を着た肖像画のような人たちが生きていた世界。
ナポレオンもマリー・アントワネットも、そのエピソードはいまいち実感を持てず、物語の世界のような気がします。
そう。明治以前の時代って、現代との直接的なつながりがあまり感じられなくないでしょうか。
現実味をもって捉えづらい「時代劇」の世界。
19世紀の初めに、神か宇宙人かは知りませんが、何か人智を超えた力によって人類の文明がリセットされ、その後で捏造された過去の歴史を教え込まれているという話が、ふと本当ではないかと思ってしまうのは、私にとってはここにあります。
歴史学者の皆さんは、「本当に知識のない素人は莫迦なことを」と言うのでしょうが、しかしあなた方の信じているストーリーも、結局ストーリーに過ぎませんからね。
改めて考えてみてください。
中世に造られたという見事な巨大な建築物。
フィレンツェのドゥオモ、トルコのブルーモスク等。
19世紀後半〜20世紀初めにあれだけ原始的な生活を送っていた私たちの祖父母よりも、更に近代的な技術を持たなかった筈の人々は、こんな完璧な幾何学模様を正確無比にデザインした大きな建物をどうやって設計し、機械なしで人間の手だけで加工し、建設作業を行ったというのか。
それについての具体的な記録はあるのでしょうか。
そもそも建物の年代や、地層からの年代特定、その方法論だって本当に正しいのでしょうか。
そういう根本的なところから、疑って掛かっても良いのではないでしょうか。
これって意外と面白くないですか?
私たちは本当に巨大な詐欺に騙されているのかもしれませんよ。