前田 良一
役行者―修験道と海人と黄金伝説

役小角、中大兄皇子の時代を中心に、修験道と北九州の海人のかかわり、修験道と吉野の鉱物資源のかかわりなどを推論しています。
吉野は聖域でもあり、必ずしも物証が多くあるわけではありませんが、著者は修験道取材の長いジャーナリストで、文献や論文、地名や苗字の分布と実地の探索により説得力のある本となっています。
また、役小角の呪術については、空中浮遊は凧、また幻術は西域渡来の幻術であり、呪文などは道教が元になっていると推理しています。
目次は以下の通りです。
「第1章 天皇の転覆を謀った呪術師」「第2章 吉野の風土と修験道」「第3章 小角の呪術を推理する」「第4章 小角はどうやって空を飛んだのか」「第5章 忍者のルーツは小角」「第6章 吉野に残存する海の習俗」「第7章 山伏の起源は大航海大国」「第8章 奴国と吉野を結ぶ連鎖」「第9章 小角のルーツは宗像海人」「第10章 海人に支援された天武天皇」「第11章 井光は日本最古の鉱山技術者」「第12章 山伏のルーツは井光」「第13章 黄金は蔵王堂の地下に」「第14章 吉野山は「鉱山都市」」「第15章 宣教師が記す「南米の「小角」」

浅田 次郎
中原の虹 第一巻

張作霖を主人公に清朝末期の満州を舞台とした中国歴史小説です。
「蒼穹の昴」の続編と言える小説で、宦官となった春雲もわずかに登場します。
張作霖と馬賊たちの様子が生き生きと描かれ、今後のストーリー展開にも期待を持たせます。
マンガの「龍(Ron)」では放射性物質として描かれていた「龍玉」がこちらでは、持つのにふさわしくない人間が持つとからだがばらばらになる力を持つというダイヤモンドとして描かれています。
この龍玉を得た張作霖が今後どう活躍するのかは第2巻以降となります。
浅田次郎の大時代的な表現はあまり好きではないのですが、この小説には違和感はありません。

岩井 三四二
難儀でござる

戦国時代の甲斐、駿河、三河などを舞台にした短編集。
収められているのは「二千人返せ」「しょんべん小僧竹千代」「信長を口説く七つの方法」「守ってあげたい」「山を返せ」「羽根をください」「一句、言うてみい」「蛍と呼ぶな」の8編です。
家臣や禅僧など、脇役的なひとたちを主役に、それぞれが難局に当たってどのような気持ちでどのような行動を取ったのかを描いています。
人質となっている幼少時の家康をめぐる交渉を描いた「しょんべん小僧竹千代」、「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」で有名な快川老師を描いた「一句、言うてみい」などが印象に残りました。
歴史を題材に読みやすい文章で短編に仕上げています。
さらっと読める作品集です。

広瀬 弘忠
人はなぜ危険に近づくのか

著者は災害心理学の第一人者で、タイトルもそういう感じなのですが、内容は、不運な人は幸せな人と何が違うのか、心の持ち方で人生は大きく変わる、という「幸せへの道」を説いた本でした。
目次は以下の通りで、始めのほうは「危険」や「災害」の話で、徐々に「男性と女性の違い」、「幸せに感じて暮らすには」といった感じの話になっていきます。
「第1章 近づきたい危険、遠ざけたい危険」「第2章 「今でないいつか」の心理」「第3章 災害を待ちのぞむ心理」「第4章 恐いものを見たい心理、見たくない心理」「第5章 不安と恐怖が身を守る」「第6章 蜘蛛の子を散らすようなパニックは起るのか」「第7章 凍りつき症候群は死んだふりの名残」「第8章 危険を愛好する男、回避する女」「第9章 獲得したい男と失いたくない女の関係」「第10章 怒りに対する感受性」「第11章 希望のプリズム」「第12章 幸せへの道」
男性のほうがリスク愛好家で短命、男性は獲得することに価値を見出し女性は現状を変えないことに価値を見出す、男性は他人の怒りに敏感で女性はそれ以外の感情に敏感、などそれなりにわかりやすく解説はしていました。
幸せについては、ワイズマンの「ラック・ファクター」や他の調査などを引用して、基本的には、積極的な方向でものごとを考えるという、まぁ一般的な結論に落ち着いています。

川上 弘美
ハヅキさんのこと
1999年から2005年までに書かれた10ページ程度の掌編が23編収められた短編小説集です。
あとがきに書いてあるのですが、エッセイを依頼されたものの、うまく書けないので、エッセイの体裁をとった小説を書いたら意外とうまくできたので…ということです。

文体や言葉遣いはいつもの著者らしい感じですが、軽く読めてしまい、少し物足りない感じもします。

著者の文章が好きなひとには悪くはないかなと思います。

C. マクマナス
非対称の起源

原題は「RIGHT HAND,LEFT HAND」。
なぜ、(多くのひとの)利き手は右で心臓は左にあるのか、非対称の起源を、遺伝子やL-アミノ酸の繊毛運動から生命の誕生など、小は分子レベルから大は宇宙レベルまで広範囲に考察したものです。
「大多数の人はD遺伝子を持っているために右利きである。この同じ遺伝子が、大多数の人の言語中枢を脳の左半球に持たせている。また、心臓を左に位置させるのは、胎児の成長の初期、結節部の繊毛が成長決定子を含んだ流れを、右回りに運ぶからである。繊毛が右回りに動くのは、それが主にL-アミノ酸からなっているためである。L-アミノ酸の優勢は、また、「パリティ保存則の破れ」と呼ぶ原子未満レベルの弱い相互作用に由来するものかもしれない」ということです。
著者は、利き手および左右の機能分化の世界的権威の一人ということで、その博識ぶりはすごいのですが、ぼくにはやや専門的すぎました。

海堂 尊
ナイチンゲールの沈黙

前作「チーム・バチスタの栄光」と同じ東城大学医学部付属病院を舞台に、「愚痴外来」の田口センセイ、厚生労働省の変人・白鳥に癌網膜芽腫(レティノブラストーマ)の子供たち、小児科病棟の看護師浜田小夜、大量吐血で緊急入院した伝説の歌姫などが登場します。
今回の作品では殺人事件が起こるわけですが、事件の真相解明に、あり得ない能力が使われるなど、ミステリーとしては成り立ちませんし、かといってSFというほどでもありません。
変人・白鳥にも前作のようなキレがなく、全体に中途半端な感じです。
著者は現役の医者ですので、病院を舞台にしたものが書きやすいのかもしれませんが、ほかの設定にチャレンジしたほうがいいかもしれません。
この設定では「チーム・バチスタの栄光」以上のものは生まれないような気がします。


平山 瑞穂
シュガーな俺

「著者自身が糖尿病治療のため、入院した経験にもとづいて執筆した世界初の糖尿病小説」との謳い文句で、実はあまり期待しないで読んだのですが、意外に面白く読めました。
「ラス・マンチャス通信」や「忘れないと誓ったぼくがいた」とはまったくテイストの違う作品ですが、糖尿病の検査から治療、カロリー制限とその料理などの内容をメディカル・エンタテインメントに仕上げています。
また、先週の新聞に、「採血なしで血糖値測定」という記事が出ていたのですが、この技術の開発のインパクトはこの小説を読んだあとだったので、よくわかりました(糖尿病患者は血糖値測定のたびに指先から血を採るらしいです)。
まさに面白くてためになる小説です。

町田 康
真実真正日記

ストーリー、つまり嘘、を書き続けることに疲れた作家の「僕」は、本当のことだけを書く「真実真正日記」をつけはじめる。嘘と真実は次第に混沌としてゆき……ということなのですが、当然本書はフィクションです。
作家仲間と作った酒場「コンドル」やよくわからないメンバーと結成したバンド「犬とチャーハンのすきま」、日記のなかで作者が執筆している「悦楽のムラート」などどこまでが嘘でどこからがホントなのかの境目はよくわかりません(たぶんほとんどフィクションなのだと思いますが)。
「悦楽のムラート」は、執筆中の小説として、カート・ヴォネガットの小説の中に出てくるキルゴア・トラウトの小説のように、日記に進行状況があらすじとともに出てくるわけですが、その無茶苦茶な物語の展開もすごいものです。

主人公の江美保元は、さすらいのガンマンとして北海道のとある村を訪れ、エスパー・チャンという超能力者と話し合うために入った居酒屋で詩の朗読大会に巻き込まれ、弁天陣九郎というだみ声の男が現れたと思うと、江美は公認会計士となってダンサーと東京に逃げ、その後大地震で東京が壊滅し、静岡でみかん農家の出荷手伝いをする。そこでも東海大地震が起き、再会した元恋人と東京に戻るが再度地震に遭い、恋人から託されたクスリを飲むと阿修羅となってしまい、次には千手観音となり…といった具合です。
バンド「犬とチャーハンのすきま」の演奏する曲も「東京のガレージ」「あほの賛歌」「ホラー弁当」「クソ婆ァのオーシャン」「犬って麺好き?」「田園の選挙」「大敗の渚」「不細工なフィアンセ」とわけのわからない題名のオンパレードです。
町田康の言語感覚のすごさ、発想の突飛さが詰め込まれたような本です。

石田 衣良
美丘

純愛ものといっていいと思いますが、石田衣良のストーリーテラーとしての才能を感じさせる作品です。

うまいなぁと思います。
「セカチュー」では泣けませんでしたが、これは泣けます。
不治の病のヒロインとの短い恋愛を語り手のぼくが回顧して語る形式ですが、わかっていても泣けてしまう設定とセリフのうまさはさすがだです。
このような純粋な恋愛は過去も経験していないし、これからは更に望むべくもないですが、こういう純粋な気持ちになれたらいいなぁと思いました。
今年の号泣小説ベストスリーには入るのではないかと思います。