おはようございます。
市川学です。
最近、愛され感覚を取り戻す瞑想、
っというのを日々の生活に取り入れています。
ゆるゆる、リラックスを大切にして、
呼吸を意識して、日々意識的に生きる。
そんなおだやかな日々を過ごしながらも、
心のどこかで、感じていたことがありました。
「本当にこれでいいのかなぁ?」
自分に対する、なんでしょう、なにかを感じていたんです。
そこで、まず気づくのは、
ゆるゆるリラックスしている自分はOK、
でも、ストレスまみれな自分はだめ?
そんな感覚。
ゆるゆる愛に繋がっている自分はOK、
欲がでてきて、エゴさんに支配されている自分はだめ?
そんなのもアリ。
なんの痛みもなく感情的に満たされている自分はOK、
身体や心に痛みがある状態、満たされていない自分はだめ?
ん~~~、あるかも。。。
・・・・・・
で、結局、どんな自分もいるし、それでOK。
どんな自分も大丈夫、拒絶はいらない。
そうは言っても、拒絶している自分がいることもOK。
ただただ、そこにいる自分、今ここにいる自分、
ただそれだけで、本当にOK。
全部、大丈夫、私は愛されてるから、大丈夫。
愛されてない自分もOK、誰にも認められなくてもOK、
自分が認められない自分がいても、OK。
本当になんでもOK、なんです。
「OKじゃないよ!」
なんて声が聞こえてきてもOK。
むしろ、その声が聞こえてきたことに感謝する。
その声を今までは無視していたかもしれない、
そんな声、自分の声じゃないと否定してたかもしれない。
でも、今はそれを受け容れてる。
ちゃーんと認めてる。
だから、OKなんです。
ゆるゆると、リラックス、ただ今ここに在る。。。
ただ、今、ここ。。。
今、ここ。。。
この瞬間が全て、創造の原点。。。
「なに言っての、そんなわけないじゃん、意味分かんない、
本当にいい加減にしてくれないかなぁ~?」
そんな声があっても、大丈夫、OK。
「OKOKって、なにがOKなんだよ~?」
そんな声もOK。
その感覚、思考、感情、観ていくと、すっといなくなる。
こっちが本気だってわかったら、
ちゃかすような声はなくなる。
自分を否定している自分もいつの間にかいなくなってる。
いや、いるんだけど、おとなしくなってる。
自分にとって、本当になにが真実なのか、
それを、ちゃんとふか~いところまで浸透させていく。。。
静かな、深い呼吸と共に。。。
・・・・・・
ココから少し、大切な呼吸のワークを紹介します。
全身で呼吸をする、そんな呼吸法です。
チャクラをご存知の方は、
頭頂の第7チャクラから、第1チャクラまで、
エネルギーがどんどん流れていく、
その感覚を味わいながらお試しください。
呼吸するたびに、エネルギーが、
頭、眉間、喉、ハート、みぞおち、丹田、性器、
そこから下へと流れていくイメージです。
足はしっかりと地につけて、
行う方が効果的ですよ♪
・・・
全身で呼吸をする。
肺に入れた空気を、ゆっくりとお腹の方へ、
そして丹田の方へ、おろしていく。
肺から、背骨のほうを感じながら、
みぞおちのほうを通りながら、
身体の奥の奥までしっかりと浸透させていく感覚。
そして体中の力を抜きながら、
ゆっくりと息を吐いていく。。。
・・・・・・
体中の緊張、抵抗感をときほぐしながら、
創造のエネルギーを感じながら、呼吸をする。
全身で、深く、ゆっくりと呼吸をする。。。
体中の自分を守るためのバリアが柔らかくなっていく感覚。
本当は、守る必要なんてない、
守る必要があるのは、エゴさんで、
エゴさんが創った恐怖のバリアはいらない。
本当は私達は、もともと大きな愛に守らている。
世界に、一つ一つの物質に、それが自然なものであれ、
人工物であれ、一つ一つの物質にも見守られている。
優しいまなざしで、あるがままの自分で、
ただ、ここにいるだけで、呼吸をしているだけで、
命は祝福され、愛されている。
・・・・・・
ここまで深く、感じることが出来ると、
「そんなこと言ったって、俺は愛されてない!」
「私は愛されてない!」
っていう声も、また聞こえてくるかもしれません。
その感覚を身体に感じるかもしれません。
過去に傷ついた幼いあなた、
インナーチャイルドのあなたが、
はじめて怖さを体験した時のあなたがでてくるかもしれません。
その時には、大きな優しさでくるんであげてください。
身体の一部にぐーっと力が入る時もある、
身体を動かしたくなる時もある、
そのいろんな反応そのままに、感じていくんです。
身体の内側のエネルギーをそのままに、
ただただ、感じていく。
身体の内側のエネルギーを観察するように、
感じていけば、その感情の波には飲まれなくなります。
もし、感情の波にのまれそうになったら、
ただ、深呼吸。
息をゆっくり、吐きます。。。
落ち着いてくるまで、呼吸を繰り返します。
そして、ただただ、静かに感じていきます。
前回、音源をダウンロードしていただいた方は、
是非、音源を聞きながら、感じてみてください。
ただ、ひたすらに今、ここの感覚を思い出すんです。
今の感覚に気づいていくんです。
それは言いかえれば、今を受け容れていくことです。
息を吸う時、現実を受け容れていく感覚で、、、
息を吐く時には、新しい現実を創り上げていく。
そんなイメージもいいですね。
呼吸と共に、身体の感覚を味わってください。。。
・・・・・・
さて、こういう呼吸をしてみると、
日常に戻った時に、反発を感じたり、
なにかを拒絶する感覚を、味わうことがあるでしょう。
そうしたら、反発している自分、拒絶している自分に、
まずは、ただただ、気が付いてあげてください。
他人を裁くような感覚や批判、
そちらに意識を向けるのではなくて、
自分の内側の拒絶、反発に意識を向けてください。
力を与えるのは、外側の現実ではなく、
自分の内側です。
どんなときにも役に立つのは、まず呼吸。
一日のうちに何度でも、呼吸を意識して、
そして、今この瞬間を感じてみてください。
外側でなにが起こっても、
次の瞬間にはそれは、過去です。
もう過ぎ去ったこと、流しましょう。
そこにこだわるのが、私達人間のエゴさん、ですが、
その現実が起こったその瞬間に、その創造は完了です。
次の瞬間は、新しい現実を創造していけます。
その力を取り戻すのが、
今回書いた、内側を感じる呼吸であり、
どんな自分も愛している、世界に愛されている。
その感覚を取り戻す、ということです。
これは自分を閉じ込めていた檻から、でる、
という選択をすることであり、
自分を縛っている過去やエゴさんから解放される、
っという選択でもあります。
・・・
ただ、檻の中をまだまだ体験したい、という時もあるでしょう。
その時には、その感情、思考にどっぷりつかってみてください。
まだまだ、感じ切れていないかもしれませんよ?
その出来事にこだわるとしたら、
どうしても執着してしまうのなら、
その感情の波に、まだまだ飲みこまれ足りないのでしょう。
そんな自分もOK、です。
急ぐ必要はまったくありません。
ゆったり、ゆるゆると、感じていきましょう。
新しい選択肢に、気づいているはずです。
でも、今まで通りの選択をするのもアリです。
ただ、意識的に選択をしたいものです。
どんな選択も、良い悪いはありませんし、
ただただ、自分が体験したものを選ぶ、というだけです。
そのどの選択も、祝福されていて、
あなたはその、ありのままで愛されています。
感じることが出来ようと、出来まいと、
私達は、命は、いつも愛されている。
存在してはいけないものなんてなにもなくて、
全ての現実は、完璧に創造されている。
それを信じるも信じないも自由です。
その選択もあなたに委ねられています。
盲目的に受け取らない、それは素晴らしいことです。
耳触りのいい言葉だけに囚われない、
そこで疑いを持ってみる、素晴らしいことです。
なぜなら、それは愛を深めることであり、
必ず確信を強めることになるからです。
自分の中の真実を、導き出すための、
最高のギフトになり得るからです。
疑問を持つこと、本当にそうなのかなぁ?と疑うこと、
信じられないこと、拒絶すること、全て素晴らしいことです。
そういう感覚、味わってみてください。
その感覚を知りたくて、私達は肉体を持ったんです。
身体の感覚を、知って味わって、
それが愛なんだと感じてみてください。
ゆっくりと呼吸をしながら。。。
・・・・・・
私の中で、拒絶をゆるす、拒絶を受け容れる、
これは大きな課題だったようで、
その渦中にいるときは、本当にいろんな感情を味わいました。
すごく、辛い、と表現されるような、
そういう感情も感じ切っていきました。
でも、拒絶をすることも、愛であり、
拒絶されることも、愛である。
っと今は感じています。
受け容れることが100%正しい、
なんてことはなくて、受け容れなくてもいい、
そこに正しい間違っているはないんですよね。
受容と拒絶も表裏一体、陰陽で表裏があって一つ。
愛がないような状況を感じるからこそ、
愛の暖かさを尊ぶことが出来る。
全ては完璧に創造されている、と、
言葉ではなくて、感覚で感じる今日この頃です。
さてさて、長くなりましたが、
お読みいただき本当にありがとうございます。
中間の、自分を感じていく呼吸。
あれは、本当にパワフルですよ~♪
是非、お試しあれ☆
っというわけで、本当にありがとうございます♪
おはようございます。
市川学です。
ふと、2014年、始まった時を思い出します。
2014年もいろんなことがありました。
すっごい怒涛の癒し&気づきの4カ月だったような気が。。。
癒しや気づきの渦中は、
今まで隠していた内面、見たくなかった自分との対面、
エゴさんの抵抗、感情的な揺れ動きで、辛かったりします。
でも、振り返ってやっぱり一つ一つの出来事が必然で、
必然のタイミングで気づきが起きて、
今に至るなんだなぁ、と確信してもいるんです。
なので、今、もし癒しの渦中で辛い!と思ったら、
3ヵ月後、を思ってみるのもいいかもしれません。
この癒しが必然の体験で、この人生で、
絶対に体験したい、と決めてきた体験なんだ、って、
そう言う風に感じてみてください。
その出来事に良い悪い、という意味付けをしたり、
今ある感情に良い悪い、という意味づけをする。
そういう意味づけがあると、
必然の体験なのに、必然の感情の揺れ動きなのに、
それをブロックしようとしたり、感じてないフリをしたり、
そんなもの自分の中にはない、という風にしたり。
今、せっかく気づきのタイミングなのに、
そのタイミングを逃すことになって、
余計に長引きます。
体験をしきるまで、感情を感じ切るまでは、
何度でもその体験が起こってきます。
その体験は、あなたが今までの殻を破るために起こります。
今までとは違う体験へと旅立つための、
一つのゴールとして、今の体験があります。
だから、どんな体験であれ、感じ切ってあげてくださいね。
そして、人生変わった!と想うような気づきがあると、
そこでスゴロクでいうアガリみたいな、
そういう感覚になることもありませんか?
でも、その後も人生はもちろん続いていくし、
気づきの先には、さらに新しい体験、新しい気づきがあります。
その体験を、悩み、と呼ぶことも出来ます。
悩みは尽きない、問題はなくならない、
こんな風にも表現することは出来るかもしれません。
でも、全ての体験は、自分が創造をしていて、
そこで感じる感情、波動、身体の反応、を楽しむために、
自分のいろんな側面を知るために起こります。
無限の意識である私達は、
その反応を知ることが極上の喜びなんですね♪
だから、楽しんでいきましょう♪
どんな感情も感覚も、自分が意味づけをしなければ、
必要以上に大きな辛さ、になることはないんです。
こんなの嫌だ、自分じゃない!などなど、
拒絶や否定をすればするほど、ちゃんと感じて!
っと、感情や感覚は大きくなっていきます。
問題や悩みが大きくなっていく、とも表現できます。
だから、一瞬嫌だなぁ、と感じても、
それを感じ切る、体験をここで終わらせる、って決めて、
そして、丹田の奥深くで感じてあげるんです。
頭で感じるのではなくて、
胸のあたりで感じるのでもなくて、
丹田の奥深くで、身体の芯まで浸透させる感覚で。
深い呼吸とともに、全身全霊で体験してください。
体験しきったときに、辛い辛いと避けていた感覚は、
辛さ、ではなくて、単なるエネルギーになります。
そのエネルギーが自分の元に戻ってきます。
拒絶するにはエネルギーがいります。
体験が大きければ大きいほど、エネルギーがかかります。
私達の通常の状態では、
無意識のうちにこの抵抗のエネルギーがあって、
外側にどんどんエネルギーが漏れ出ています。
このエネルギーを内側へと取り戻していくんですね。
統合していく、とも言いますね。
拒絶する、というのは、ものすごくエネルギーを使います。
嫌うのはいいんですけど、嫌いなものがないかのように、
嫌いなものを拒絶していると、ものすごく疲れませんか?
エネルギーが垂れ流しになってしまっているんですね。
嫌いなものは嫌いでいいので、
拒絶ではなくて、そういのもあるよね、アリだよね、
っと、その存在は認めるあり方になると、だいぶ変わります。
自分に起こってくる出来事なんかを、
テレビドラマを見るかのように、観察できるといいんですよね。
観ている側の人間だからこそ、
そのドラマを味わって、感じ切ることが出来るじゃないですか?
人って不思議で、ドラマって架空の世界ですよね?
なのに、そのなかに感情移入して、
泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり出来るんですよね。
これって、すっごく特殊な能力です。
人間の脳は、イメージと現実世界の区別がつかない、
とかっていう話しもしたことがあったんですけど、
まさにドラマの世界に感情移入が出来るっていうのは、
イメージと現実の区別がついてない証拠ですね。
現実には、家でいすに座って、ご飯を食べているのに、
テレビドラマの中で起こっている事件に、人の言葉に、
一喜一憂しているわけですから。
だから、ドラマとか映画とか、
本当に没頭したあとって、意識がなんか変じゃないですか?
変っていうのは、現実がなんか違って見えるというか、
なにが現実だったっけ?みたいな(笑)
ちょっと危ない人、って感じかもしれませんが、
一日で24を全部観た方はこの感覚、わかるはずです(笑)
「あ、そういえば、私って○○、っていう名前で、
○○っていう会社に勤めてて、家はここなんだよね、って。
24は架空の世界なんだよね、あー、そっか。」
みたいな。
あなた、っていう人を説明するもの、っていうのは、
いろいろありますよね?
名前、血液型、誕生日、仕事、肩書き、などなど。
でも、そのどれもがあなた自身、ではありません。
あなたの思考、感情、これも、
本当のあなた自身ではないんです。
思考や感情は、観察される側の意識、エゴさん、です。
本来のあなたは、観察する側の意識、空、です。
辛い出来事、っというのは存在していなくて、
たんに出来事があるだけで、その出来事に、
あなたが辛い、と意味づけをしたから、
辛い出来事が存在するかのように錯覚するんです。
この感覚、不思議ちゃんなんですよね。
「だって実際に辛いっていう感情はあるし、
こんな現実、辛いに決まってるじゃん!」
って、こういう話しを知った時には思いました。
でも、辛い出来事、っていうのはないんです。
これが真実です。
出来事には意味はないんです。
あなたが、意味をつけるまでは、です。
無意識のうちに、いろんな意味づけをしています。
私達は日々、いろんな出来事に遭遇して、
いろんな意味づけをして、いろんな思考があって、
いろんな感情があって、いろんな行動があります。
そしてまた、その結果があり、また思考し、
また感情を感じ、そしてまた行動します。
こういうことを、無意識、で行っています。
この無意識を、意識する、観察する。
これって、すごいことなんですよ。
人生にすごいインパクトがあることです。
ただただ、観察するんです、
小学校の頃、あさがおの観察日記みたいの、ありましたよね?
人生は自分観察日記、なわけです。
私はこういう人、って意味づけがあるとして、
それは、あなたの好きなように変えていいんです。
あなた、っていう人は、決まった人ではないんです。
自由に、あなたの好きなように自分を決めていいんです。
これってすごくステキじゃないですか?
悲劇のヒーロー、ヒロインになることも出来れば、
幸せの達人になるのも出来るんです。
なんでも、自由です。
まずは、観察する、っていうこと。
自分に気づく、っていうこと。
飾らず、そのままを観る、っていうのが、
もんのすごく大事なポイントです。
さて、っというわけで、
今日もお読みいただきありがとうございます。
ステキな一日をお過ごしください♪
P.S
時間というのも実は思考で、幻想です。
時間なんてものは、存在しないんです。
あるとすれば、今この瞬間、だけが在るんです。
明日、とか一週間後、一時間後、
概念上、思考の中ではありますけれど、
明日を体験することは出来ません。
明日になったときには、、、
今、この瞬間、だからです。
今この瞬間に存在する、ていうことの大切さ。
人生には、今しかないんです。
だから、今、を大切にするんです。
っと同時に、こんなことを思っていました。
「3ヵ月後、気づきの毎日を送って、
どれだけ成長するんだろう?」
癒しの渦中で辛い時には、
この癒しを抜けたあとのことを思え、
なんてことも書いてます。
でも、3ヵ月後、っていうのは思考で、
あるのはただただ、今、この瞬間、なんですね。
ってことは、、、
3ヵ月後に、悟っている、その感覚を今、味わえるとしたら、
あなたが癒された後の感覚を今、味わえるとしたら、
その感覚は、今、この瞬間に在るわけで、
ってことは、もう癒しのプロセスは完了です。
始まりと終わりは、セット。
今の現実の創造は、その出来事が起きた時点で完了。
次の、今この瞬間は、また新しい瞬間の創造です。
だから、違う波動、悟っている感覚を、今味わえるのなら、
あなたは悟りの感覚で現実を創造していきます。
感覚で、腑に落ちていきますか???
悟りの波動に一瞬なっても、
辛い波動をまた選べば、現実はまた、
その波動によって創られます。
今、この瞬間、毎瞬毎瞬が創造の瞬間です。
今、この瞬間、気づいたら完了。
これは、すごい気づき。
わぉ。
ではまた~♪
市川学です。
ふと、2014年、始まった時を思い出します。
2014年もいろんなことがありました。
すっごい怒涛の癒し&気づきの4カ月だったような気が。。。
癒しや気づきの渦中は、
今まで隠していた内面、見たくなかった自分との対面、
エゴさんの抵抗、感情的な揺れ動きで、辛かったりします。
でも、振り返ってやっぱり一つ一つの出来事が必然で、
必然のタイミングで気づきが起きて、
今に至るなんだなぁ、と確信してもいるんです。
なので、今、もし癒しの渦中で辛い!と思ったら、
3ヵ月後、を思ってみるのもいいかもしれません。
この癒しが必然の体験で、この人生で、
絶対に体験したい、と決めてきた体験なんだ、って、
そう言う風に感じてみてください。
その出来事に良い悪い、という意味付けをしたり、
今ある感情に良い悪い、という意味づけをする。
そういう意味づけがあると、
必然の体験なのに、必然の感情の揺れ動きなのに、
それをブロックしようとしたり、感じてないフリをしたり、
そんなもの自分の中にはない、という風にしたり。
今、せっかく気づきのタイミングなのに、
そのタイミングを逃すことになって、
余計に長引きます。
体験をしきるまで、感情を感じ切るまでは、
何度でもその体験が起こってきます。
その体験は、あなたが今までの殻を破るために起こります。
今までとは違う体験へと旅立つための、
一つのゴールとして、今の体験があります。
だから、どんな体験であれ、感じ切ってあげてくださいね。
そして、人生変わった!と想うような気づきがあると、
そこでスゴロクでいうアガリみたいな、
そういう感覚になることもありませんか?
でも、その後も人生はもちろん続いていくし、
気づきの先には、さらに新しい体験、新しい気づきがあります。
その体験を、悩み、と呼ぶことも出来ます。
悩みは尽きない、問題はなくならない、
こんな風にも表現することは出来るかもしれません。
でも、全ての体験は、自分が創造をしていて、
そこで感じる感情、波動、身体の反応、を楽しむために、
自分のいろんな側面を知るために起こります。
無限の意識である私達は、
その反応を知ることが極上の喜びなんですね♪
だから、楽しんでいきましょう♪
どんな感情も感覚も、自分が意味づけをしなければ、
必要以上に大きな辛さ、になることはないんです。
こんなの嫌だ、自分じゃない!などなど、
拒絶や否定をすればするほど、ちゃんと感じて!
っと、感情や感覚は大きくなっていきます。
問題や悩みが大きくなっていく、とも表現できます。
だから、一瞬嫌だなぁ、と感じても、
それを感じ切る、体験をここで終わらせる、って決めて、
そして、丹田の奥深くで感じてあげるんです。
頭で感じるのではなくて、
胸のあたりで感じるのでもなくて、
丹田の奥深くで、身体の芯まで浸透させる感覚で。
深い呼吸とともに、全身全霊で体験してください。
体験しきったときに、辛い辛いと避けていた感覚は、
辛さ、ではなくて、単なるエネルギーになります。
そのエネルギーが自分の元に戻ってきます。
拒絶するにはエネルギーがいります。
体験が大きければ大きいほど、エネルギーがかかります。
私達の通常の状態では、
無意識のうちにこの抵抗のエネルギーがあって、
外側にどんどんエネルギーが漏れ出ています。
このエネルギーを内側へと取り戻していくんですね。
統合していく、とも言いますね。
拒絶する、というのは、ものすごくエネルギーを使います。
嫌うのはいいんですけど、嫌いなものがないかのように、
嫌いなものを拒絶していると、ものすごく疲れませんか?
エネルギーが垂れ流しになってしまっているんですね。
嫌いなものは嫌いでいいので、
拒絶ではなくて、そういのもあるよね、アリだよね、
っと、その存在は認めるあり方になると、だいぶ変わります。
自分に起こってくる出来事なんかを、
テレビドラマを見るかのように、観察できるといいんですよね。
観ている側の人間だからこそ、
そのドラマを味わって、感じ切ることが出来るじゃないですか?
人って不思議で、ドラマって架空の世界ですよね?
なのに、そのなかに感情移入して、
泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり出来るんですよね。
これって、すっごく特殊な能力です。
人間の脳は、イメージと現実世界の区別がつかない、
とかっていう話しもしたことがあったんですけど、
まさにドラマの世界に感情移入が出来るっていうのは、
イメージと現実の区別がついてない証拠ですね。
現実には、家でいすに座って、ご飯を食べているのに、
テレビドラマの中で起こっている事件に、人の言葉に、
一喜一憂しているわけですから。
だから、ドラマとか映画とか、
本当に没頭したあとって、意識がなんか変じゃないですか?
変っていうのは、現実がなんか違って見えるというか、
なにが現実だったっけ?みたいな(笑)
ちょっと危ない人、って感じかもしれませんが、
一日で24を全部観た方はこの感覚、わかるはずです(笑)
「あ、そういえば、私って○○、っていう名前で、
○○っていう会社に勤めてて、家はここなんだよね、って。
24は架空の世界なんだよね、あー、そっか。」
みたいな。
あなた、っていう人を説明するもの、っていうのは、
いろいろありますよね?
名前、血液型、誕生日、仕事、肩書き、などなど。
でも、そのどれもがあなた自身、ではありません。
あなたの思考、感情、これも、
本当のあなた自身ではないんです。
思考や感情は、観察される側の意識、エゴさん、です。
本来のあなたは、観察する側の意識、空、です。
辛い出来事、っというのは存在していなくて、
たんに出来事があるだけで、その出来事に、
あなたが辛い、と意味づけをしたから、
辛い出来事が存在するかのように錯覚するんです。
この感覚、不思議ちゃんなんですよね。
「だって実際に辛いっていう感情はあるし、
こんな現実、辛いに決まってるじゃん!」
って、こういう話しを知った時には思いました。
でも、辛い出来事、っていうのはないんです。
これが真実です。
出来事には意味はないんです。
あなたが、意味をつけるまでは、です。
無意識のうちに、いろんな意味づけをしています。
私達は日々、いろんな出来事に遭遇して、
いろんな意味づけをして、いろんな思考があって、
いろんな感情があって、いろんな行動があります。
そしてまた、その結果があり、また思考し、
また感情を感じ、そしてまた行動します。
こういうことを、無意識、で行っています。
この無意識を、意識する、観察する。
これって、すごいことなんですよ。
人生にすごいインパクトがあることです。
ただただ、観察するんです、
小学校の頃、あさがおの観察日記みたいの、ありましたよね?
人生は自分観察日記、なわけです。
私はこういう人、って意味づけがあるとして、
それは、あなたの好きなように変えていいんです。
あなた、っていう人は、決まった人ではないんです。
自由に、あなたの好きなように自分を決めていいんです。
これってすごくステキじゃないですか?
悲劇のヒーロー、ヒロインになることも出来れば、
幸せの達人になるのも出来るんです。
なんでも、自由です。
まずは、観察する、っていうこと。
自分に気づく、っていうこと。
飾らず、そのままを観る、っていうのが、
もんのすごく大事なポイントです。
さて、っというわけで、
今日もお読みいただきありがとうございます。
ステキな一日をお過ごしください♪
P.S
時間というのも実は思考で、幻想です。
時間なんてものは、存在しないんです。
あるとすれば、今この瞬間、だけが在るんです。
明日、とか一週間後、一時間後、
概念上、思考の中ではありますけれど、
明日を体験することは出来ません。
明日になったときには、、、
今、この瞬間、だからです。
今この瞬間に存在する、ていうことの大切さ。
人生には、今しかないんです。
だから、今、を大切にするんです。
っと同時に、こんなことを思っていました。
「3ヵ月後、気づきの毎日を送って、
どれだけ成長するんだろう?」
癒しの渦中で辛い時には、
この癒しを抜けたあとのことを思え、
なんてことも書いてます。
でも、3ヵ月後、っていうのは思考で、
あるのはただただ、今、この瞬間、なんですね。
ってことは、、、
3ヵ月後に、悟っている、その感覚を今、味わえるとしたら、
あなたが癒された後の感覚を今、味わえるとしたら、
その感覚は、今、この瞬間に在るわけで、
ってことは、もう癒しのプロセスは完了です。
始まりと終わりは、セット。
今の現実の創造は、その出来事が起きた時点で完了。
次の、今この瞬間は、また新しい瞬間の創造です。
だから、違う波動、悟っている感覚を、今味わえるのなら、
あなたは悟りの感覚で現実を創造していきます。
感覚で、腑に落ちていきますか???
悟りの波動に一瞬なっても、
辛い波動をまた選べば、現実はまた、
その波動によって創られます。
今、この瞬間、毎瞬毎瞬が創造の瞬間です。
今、この瞬間、気づいたら完了。
これは、すごい気づき。
わぉ。
ではまた~♪
おはようございます、市川学です。
もうすぐ新月ですね。
また新しいエネルギーになっていきます。
新月から満月、満月から新月。
月の満ち欠けにもリズムがあるように、
感情にもリズムがあります。
身体にもリズムがあるし、
世界は波動、つまりは波で出来てますから、
波も常に動き、振動がありますよね?
心臓の鼓動がドクン、ドクンと波打つように、
全てのものには、リズムがあります。
この動きが止まるとどうなるでしょう?
心臓がとまれば、身体は死んでしまいます。
感情には良い悪いはなくて、
ただ、その振れ幅の中での体験があるだけです。
ポジティブ、な心地よい感情、
ネガティブ、な心地悪い感情。
両方がセットで存在していて、
片方だけ、というのはあり得ないんですね。
そして、ポジティブが良い、ネガティブが悪い、
そういう判断、ジャッジは本当はないんですよね。
感情に善し悪しがない、という話しは、
あなたもミミタコかもしれませんが、
この話しは、しっくりときていますか?
私は、何度も何度も聞いてきた話ですし、
自分でもそうだなぁ、と実感しながら、
何度も何度もこのブログで書いてきました。
なのにです、驚愕なんですけど、
いまだに、この感情は嫌だ!と、
拒絶している感情がありました。
感情はただのエネルギー、だなんて書いてるくせにです。
感情も自分自身と一体ではなくて、
エゴさんだから、その感情と自分を同一化する必要はない。
なんていうことを書きながら、
すっかり感情の波に飲み込まれていた自分がいました。
飲み込まれまい、と抵抗する自分もいたのに、
抵抗していたことにすら気づかず、
感じていないフリをして、でも実際には感じてる。
それはわかっているのに、気づいていないふりをして、
私の中にはそんな感情はないんだ、と、
かたくなに拒絶していたものがあったんですね。
それは、昨日の記事に書いたような、
心の中の感情のブロックになっていて、
それを感じていった時には、もんのすごく、
身体の中に痛みとしてエネルギーを感じました。
「こんなの感じたくない!一刻もはやく脱したい!」
そう願うも、その波は次から次へと押し寄せてくる。
「これはもう降参するしかない、
感じるままに感じ切るしかないのかぁ。」
っと観念すれば、抵抗をやめれば、
苦しいのはおさまるかと思いきや、
さらにさらに、追い打ちをかけるようにやってくるんですね。
これには正直驚きました。
ず~っと前から、感情さんとは向き合ってきて、
仲良くなれるように取り組んできたのに、
いまさら、こんな感情の波がやってくるとは。。。
エネルギーが腑に落ちていく、というのでしょうか、
五臓六腑に沁み渡るというか、
もんのすごいエネルギーでした。
身体の底から湧きあがってくるようなエネルギーで、
到底自分でコントロール出来るようなものではなかったし、
自分の内側のエネルギーを正直甘く見てました。
今までの自分を守ろうとしていた、
その堰がバーンと外れて、リミットが解除されたような、
そんな感覚と言えば、わかりやすいかもしれません。
辛い感覚、と書いたのですが、
これはまさにエゴさんの死、の痛みだったと感じます。
今までの自分を守ろうとしていた、
そのエゴさんから解放されていったというか。
それは、本当の自分、観察者としての自分、
本来の自分へと還っていくような、そういう感覚です。
ここで少し話しを変えますね。
人間は、力を発揮できるエリアと、
力を発揮できないエリア、というのがあります。
コンフォートゾーン、と呼ばれるゾーンがあるんです。
これ以上でもなく、これ以下でもない、
っという風に、自分を制限しているリミット、
みたいなものですね。
このゾーンをセルフイメージ、って呼んだりもします。
で、人間はこのゾーンの中にいる時には、
自分らしい力を発揮できるのですが、
このゾーンの外にいると、自分の力を発揮出来ません。
サッカーで、アウェーとホーム、ってありますよね?
ホームのほうが圧倒的に有利、とか言われます。
コンフォートゾーンの中がホーム、
コンフォートゾーンの外がアウェー、
人は、誰でも、このゾーンを持っています。
で、、、
あなたが理想とする自分、
本来のあなた自身へ戻っていきたい、と、
頭では思うかもしれません。
でも、あなたのエゴさん、潜在意識さん、
っというのは、コンフォートゾーンの中にいたいんです。
本来のあなた、というのは、
コンフォートゾーンの外です。
だから、コンフォートゾーンが変わらないと、
本来のあなたを一瞬感じても、また一瞬で元に戻ります。
なにか気づきのきっかけがあったり、
いろんな本を読んで勉強したり、
セミナーに行ってみたりして、
一時的にコンフォートゾーンの外に行くんですね。
テンションが上がったり、自分の本当の夢が見つかったり、
こういう自分として生きたい!という理想像、
そういうものが一回は出来あがったり、
感覚として、自分の理想の感覚が味わえます。
でも、そこはコンフォートゾーンの外なので、
一時的には、心地悪かったり、エゴさんの抵抗があります。
っと、こういうことがある、っていうことを、
覚えておいてください。
リミティングビリーフとか、感情のブロック、
っというのは、コンフォートゾーンの外に行こうとした時、
生かせないようにするための安全装置みたいなものなんですね。
コンフォートゾーンの外を、潜在意識さんは、
危険な場所、心理的、ではなくて、命の危険がある、
っとそう判断するんですね。
だから、今に戻そうとするんです。
ホメオスタシス、恒常性、と言ったりします。
これは人間の身体の機能、なんです。
人間は、脳が発達したために、
もともとは身体の機能だったホメオスタシスが、
心の領域にまで働くようになっています。
なので、ほっておくと現状を維持しよう、
っていうのが、私達の目標になっているわけです。
だから、ようは感情のブロックとかって、
悪者のように扱われているというか、
邪魔ものに思われるかもしれませんが、
本当に自分を大切に想ってて守ってくれてる存在なんです。
自分が今とは違う場所に行きたい!
っと思った時には、邪魔もののように見えてしまうんですけど、
本当はそうじゃない、愛すべき存在です。
それで、です、
今の自分が嫌だ、現状が嫌だ、今の現実が気に入らない、
そう感じることはあると想いますし、それでいいと思うんです。
でも、今の現実を拒絶すると、
それは、自分自身を拒絶しているのと同じことなんですね。
今を必死で守ってくれている、
守ってくれてきた存在を拒絶しているのと同じですよね?
ってことは、自分自身を拒絶しちゃってるんですね。
だから、今を受け容れることがめちゃくちゃ大事なわけです。
今、感情的な抵抗があるとしても、
その抵抗が本当に愛すべき抵抗なんですね。
今が嫌いなのはいいんですけど、
でも、拒絶はしなくてよくて、今を認めて、受け容れる。
それが、すごく大事。
ありのままを観る、ありのままの自分を認める、
っていうのは、こういうことなんですよね。
今、ある問題や課題、目標達成までの障害、
それらは、ただ存在しているだけで、
ある意味、自分を守るために存在してくれているんです。
それらがなくなったら、違う自分になってしまうから、
そこはコンフォートゾーンの外だから、
必死になって自分は自分を守ろうとしてくれているんです。
だから、問題や課題、障害をそのまま認めて、
受け容れて、そこで感じている感情や思考、
そういったものも全部、受け容れてあげるんですね。
で、こういうスタンスを一回やってみると、
自分の内側の抵抗や拒絶、っていうのに気づくようになります。
今の現実を否定するような、そういう自分に、
より深い部分で気づけるようになってきます。
その拒絶を、拒絶しているエネルギーを、
自分の内側へと取り戻していく感覚です。
必死に問題がないかのように振舞っている、
その問題を見ないようにしているエネルギー、
自分の心の中のカベを創り出しているエネルギー、
そういったものを、手放して、自分の内側へと取り戻す。
そうすると、自分の外側に与えていたエネルギーがなくなり、
自分の内側へと戻ってくるので、外側の問題は、
す~っとなくなっていきます。
現実として問題が今すぐに一瞬でなくなる、
ってわけじゃなくても、その問題には力がなくなります。
問題に力がなくなるっていうのは、
その問題は自分でどうとでも出来る、っていう、
そういう視点を持つことが出来る、っていうことです。
解決するも出来る、そのままも出来る、
また見ないふりをするも出来る、
今まで見えなかったようなやり方で解決するも出来る。
コンフォートゾーン、っていうことを取り上げて、
このことを説明させていただくとわかりやすいかもしれません。
問題解決の方法はいくらでもあります、と。
でも、問題解決する自分と言うのが、
コンフォートゾーンの外、
問題を見ないフリ、問題なんてない、と思ってる自分、
というのがコンフォートゾーンの中です。
拒絶をやめて、問題を受け容れる、っていうのは、
コンフォートゾーンを広げて、問題解決する自分、
っというのをコンフォートゾーンの中にいれる。
っというようなイメージです。
で、問題を見ないふりをしているのが、
コンフォートゾーンの外になれば、
ものすごい勢いでコンフォートゾーンの中にいきます。
すなわち、問題を解決している位置へと移動する。
そうすると、問題解決法は見つかるし、
それを実行することが出来るようになる、っというわけです。
で、こう書くと、コンフォートゾーンを広げて、
問題解決出来るのが善、のように感じるかもしれません。
ってか、私はそう感じてきました。
なので、セルフイメージを上げる、
コンフォートゾーンを変える。
そういうことにフォーカスしてたこともあります。
が、、、
物事には善悪がないんです。
問題解決が善、問題放置が悪、ではないんです。
ただ、観察者としての私達は、
そこでのエネルギーを感じたかっただけ。
解決できない問題がある、というその難題、
そこで感じる感情、思考ぐるぐる状態、
そういうエネルギーをただただ、楽しみたかったんですね。
私達は、問題解決できないような現実を、
楽しみたくてわざわざそういう問題を創ったんです。
遊んでいたんです。
そういう意識が、私達の超意識、空、と呼ばれるような感覚です。
宇宙を創造した、その見なもととなるような存在です。
それが私達一人一人の中にあるんです。
信じられませんか?
信じなくてもいいんですよ、ただ、そうなんです。
そうだからといって、なにも困ることはないですし、
そうでなかったとしても、それはそれで今のまま、です。
ただ、信じ始めるとどうなるのか、っていうと、
問題解決できない、という状態を、100%味わいきって、
そして、その状態がもう飽きたな、って感じたら、
今度は、空に戻っていくらでも問題を創造し直すことが出来る。
ただ、それだけです。
空、観察者としての自分を持つと、
今の自分のことが本当に大好きになれる、と想います。
だから、私はこういう考え方、そういう仕組み、
っというものを自分の中に取り入れて採用しています。
そういう視点で世界を眺め始めて、楽しんでます。
子供って、大人ならカンタンに解決出来るような、
そういう問題ですっごく悩んで、必死じゃないですか?
で、解決できなくて泣いて、抵抗して、
でも、もう一回やってみて、出来た!って言うその瞬間、
もんのすごくうれしそうじゃないですか?
空、という意識から観る自分、というのは、
そういう感覚です。
子供が悩んでる時、大人からしたら、
頑張れ、もうすぐ出来るよ、とか、
あ~、それだと失敗するけど、うん、でも大丈夫、もう一回!
とか、暖かく見守れますよね?
で、チャレンジしている子供を愛おしく感じますよね?
自分をそういう風に観れたら、
すっごく楽になれると思うんですよ。
深刻に悩むんじゃなくて、
真剣に物事に取り組めると思いませんか?
問題がある自分をダメだ、て感じる、
それがエゴさんであって、
その問題と自分を同一化する必要はないんですね。
エゴさんと本来の自分を同一化しなくていいんです。
本来の自分て言うのは、
エゴさんを観察するその視点が本来の自分です。
今の思考、感情、銀行残高、持っているモノ、肩書き、
そういうものに価値を感じているのがエゴさん。
なにかを失ったり、今の肩書きとか、銀行残高、
持っているモノが不十分と感じるのがエゴさん。
それを観察して楽しんでいるのが、
本来の自分、空、という意識です。
観察者であり、創造のエネルギーを持っている意識なので、
もし、今のエネルギー、波動がもういいや、ってなったら、
いつでも、今この瞬間にでも、エネルギーを変えることが出来る。
そういう意識が、本来の私達の姿です。
観察者としては、感情を味わいきっていない、
そういうエゴさんはつまらないわけですよ。
まだ、そのエネルギーを知ることが出来ていない、
だから、そのエネルギーを感じきるまでは、
今、を創り続けるでしょうね。
だって、そのエネルギーを感じたくて、
今を自ら創ったわけですから。
感じきったら、自然と次へといけます。
そのことが、今回私自身の体感としても、
今まで以上にわかったので、
改めて書かせていただきました。
では、今日もお読みいただき、ありがとうございます。
ステキな一日をお過ごしください♪
もうすぐ新月ですね。
また新しいエネルギーになっていきます。
新月から満月、満月から新月。
月の満ち欠けにもリズムがあるように、
感情にもリズムがあります。
身体にもリズムがあるし、
世界は波動、つまりは波で出来てますから、
波も常に動き、振動がありますよね?
心臓の鼓動がドクン、ドクンと波打つように、
全てのものには、リズムがあります。
この動きが止まるとどうなるでしょう?
心臓がとまれば、身体は死んでしまいます。
感情には良い悪いはなくて、
ただ、その振れ幅の中での体験があるだけです。
ポジティブ、な心地よい感情、
ネガティブ、な心地悪い感情。
両方がセットで存在していて、
片方だけ、というのはあり得ないんですね。
そして、ポジティブが良い、ネガティブが悪い、
そういう判断、ジャッジは本当はないんですよね。
感情に善し悪しがない、という話しは、
あなたもミミタコかもしれませんが、
この話しは、しっくりときていますか?
私は、何度も何度も聞いてきた話ですし、
自分でもそうだなぁ、と実感しながら、
何度も何度もこのブログで書いてきました。
なのにです、驚愕なんですけど、
いまだに、この感情は嫌だ!と、
拒絶している感情がありました。
感情はただのエネルギー、だなんて書いてるくせにです。
感情も自分自身と一体ではなくて、
エゴさんだから、その感情と自分を同一化する必要はない。
なんていうことを書きながら、
すっかり感情の波に飲み込まれていた自分がいました。
飲み込まれまい、と抵抗する自分もいたのに、
抵抗していたことにすら気づかず、
感じていないフリをして、でも実際には感じてる。
それはわかっているのに、気づいていないふりをして、
私の中にはそんな感情はないんだ、と、
かたくなに拒絶していたものがあったんですね。
それは、昨日の記事に書いたような、
心の中の感情のブロックになっていて、
それを感じていった時には、もんのすごく、
身体の中に痛みとしてエネルギーを感じました。
「こんなの感じたくない!一刻もはやく脱したい!」
そう願うも、その波は次から次へと押し寄せてくる。
「これはもう降参するしかない、
感じるままに感じ切るしかないのかぁ。」
っと観念すれば、抵抗をやめれば、
苦しいのはおさまるかと思いきや、
さらにさらに、追い打ちをかけるようにやってくるんですね。
これには正直驚きました。
ず~っと前から、感情さんとは向き合ってきて、
仲良くなれるように取り組んできたのに、
いまさら、こんな感情の波がやってくるとは。。。
エネルギーが腑に落ちていく、というのでしょうか、
五臓六腑に沁み渡るというか、
もんのすごいエネルギーでした。
身体の底から湧きあがってくるようなエネルギーで、
到底自分でコントロール出来るようなものではなかったし、
自分の内側のエネルギーを正直甘く見てました。
今までの自分を守ろうとしていた、
その堰がバーンと外れて、リミットが解除されたような、
そんな感覚と言えば、わかりやすいかもしれません。
辛い感覚、と書いたのですが、
これはまさにエゴさんの死、の痛みだったと感じます。
今までの自分を守ろうとしていた、
そのエゴさんから解放されていったというか。
それは、本当の自分、観察者としての自分、
本来の自分へと還っていくような、そういう感覚です。
ここで少し話しを変えますね。
人間は、力を発揮できるエリアと、
力を発揮できないエリア、というのがあります。
コンフォートゾーン、と呼ばれるゾーンがあるんです。
これ以上でもなく、これ以下でもない、
っという風に、自分を制限しているリミット、
みたいなものですね。
このゾーンをセルフイメージ、って呼んだりもします。
で、人間はこのゾーンの中にいる時には、
自分らしい力を発揮できるのですが、
このゾーンの外にいると、自分の力を発揮出来ません。
サッカーで、アウェーとホーム、ってありますよね?
ホームのほうが圧倒的に有利、とか言われます。
コンフォートゾーンの中がホーム、
コンフォートゾーンの外がアウェー、
人は、誰でも、このゾーンを持っています。
で、、、
あなたが理想とする自分、
本来のあなた自身へ戻っていきたい、と、
頭では思うかもしれません。
でも、あなたのエゴさん、潜在意識さん、
っというのは、コンフォートゾーンの中にいたいんです。
本来のあなた、というのは、
コンフォートゾーンの外です。
だから、コンフォートゾーンが変わらないと、
本来のあなたを一瞬感じても、また一瞬で元に戻ります。
なにか気づきのきっかけがあったり、
いろんな本を読んで勉強したり、
セミナーに行ってみたりして、
一時的にコンフォートゾーンの外に行くんですね。
テンションが上がったり、自分の本当の夢が見つかったり、
こういう自分として生きたい!という理想像、
そういうものが一回は出来あがったり、
感覚として、自分の理想の感覚が味わえます。
でも、そこはコンフォートゾーンの外なので、
一時的には、心地悪かったり、エゴさんの抵抗があります。
っと、こういうことがある、っていうことを、
覚えておいてください。
リミティングビリーフとか、感情のブロック、
っというのは、コンフォートゾーンの外に行こうとした時、
生かせないようにするための安全装置みたいなものなんですね。
コンフォートゾーンの外を、潜在意識さんは、
危険な場所、心理的、ではなくて、命の危険がある、
っとそう判断するんですね。
だから、今に戻そうとするんです。
ホメオスタシス、恒常性、と言ったりします。
これは人間の身体の機能、なんです。
人間は、脳が発達したために、
もともとは身体の機能だったホメオスタシスが、
心の領域にまで働くようになっています。
なので、ほっておくと現状を維持しよう、
っていうのが、私達の目標になっているわけです。
だから、ようは感情のブロックとかって、
悪者のように扱われているというか、
邪魔ものに思われるかもしれませんが、
本当に自分を大切に想ってて守ってくれてる存在なんです。
自分が今とは違う場所に行きたい!
っと思った時には、邪魔もののように見えてしまうんですけど、
本当はそうじゃない、愛すべき存在です。
それで、です、
今の自分が嫌だ、現状が嫌だ、今の現実が気に入らない、
そう感じることはあると想いますし、それでいいと思うんです。
でも、今の現実を拒絶すると、
それは、自分自身を拒絶しているのと同じことなんですね。
今を必死で守ってくれている、
守ってくれてきた存在を拒絶しているのと同じですよね?
ってことは、自分自身を拒絶しちゃってるんですね。
だから、今を受け容れることがめちゃくちゃ大事なわけです。
今、感情的な抵抗があるとしても、
その抵抗が本当に愛すべき抵抗なんですね。
今が嫌いなのはいいんですけど、
でも、拒絶はしなくてよくて、今を認めて、受け容れる。
それが、すごく大事。
ありのままを観る、ありのままの自分を認める、
っていうのは、こういうことなんですよね。
今、ある問題や課題、目標達成までの障害、
それらは、ただ存在しているだけで、
ある意味、自分を守るために存在してくれているんです。
それらがなくなったら、違う自分になってしまうから、
そこはコンフォートゾーンの外だから、
必死になって自分は自分を守ろうとしてくれているんです。
だから、問題や課題、障害をそのまま認めて、
受け容れて、そこで感じている感情や思考、
そういったものも全部、受け容れてあげるんですね。
で、こういうスタンスを一回やってみると、
自分の内側の抵抗や拒絶、っていうのに気づくようになります。
今の現実を否定するような、そういう自分に、
より深い部分で気づけるようになってきます。
その拒絶を、拒絶しているエネルギーを、
自分の内側へと取り戻していく感覚です。
必死に問題がないかのように振舞っている、
その問題を見ないようにしているエネルギー、
自分の心の中のカベを創り出しているエネルギー、
そういったものを、手放して、自分の内側へと取り戻す。
そうすると、自分の外側に与えていたエネルギーがなくなり、
自分の内側へと戻ってくるので、外側の問題は、
す~っとなくなっていきます。
現実として問題が今すぐに一瞬でなくなる、
ってわけじゃなくても、その問題には力がなくなります。
問題に力がなくなるっていうのは、
その問題は自分でどうとでも出来る、っていう、
そういう視点を持つことが出来る、っていうことです。
解決するも出来る、そのままも出来る、
また見ないふりをするも出来る、
今まで見えなかったようなやり方で解決するも出来る。
コンフォートゾーン、っていうことを取り上げて、
このことを説明させていただくとわかりやすいかもしれません。
問題解決の方法はいくらでもあります、と。
でも、問題解決する自分と言うのが、
コンフォートゾーンの外、
問題を見ないフリ、問題なんてない、と思ってる自分、
というのがコンフォートゾーンの中です。
拒絶をやめて、問題を受け容れる、っていうのは、
コンフォートゾーンを広げて、問題解決する自分、
っというのをコンフォートゾーンの中にいれる。
っというようなイメージです。
で、問題を見ないふりをしているのが、
コンフォートゾーンの外になれば、
ものすごい勢いでコンフォートゾーンの中にいきます。
すなわち、問題を解決している位置へと移動する。
そうすると、問題解決法は見つかるし、
それを実行することが出来るようになる、っというわけです。
で、こう書くと、コンフォートゾーンを広げて、
問題解決出来るのが善、のように感じるかもしれません。
ってか、私はそう感じてきました。
なので、セルフイメージを上げる、
コンフォートゾーンを変える。
そういうことにフォーカスしてたこともあります。
が、、、
物事には善悪がないんです。
問題解決が善、問題放置が悪、ではないんです。
ただ、観察者としての私達は、
そこでのエネルギーを感じたかっただけ。
解決できない問題がある、というその難題、
そこで感じる感情、思考ぐるぐる状態、
そういうエネルギーをただただ、楽しみたかったんですね。
私達は、問題解決できないような現実を、
楽しみたくてわざわざそういう問題を創ったんです。
遊んでいたんです。
そういう意識が、私達の超意識、空、と呼ばれるような感覚です。
宇宙を創造した、その見なもととなるような存在です。
それが私達一人一人の中にあるんです。
信じられませんか?
信じなくてもいいんですよ、ただ、そうなんです。
そうだからといって、なにも困ることはないですし、
そうでなかったとしても、それはそれで今のまま、です。
ただ、信じ始めるとどうなるのか、っていうと、
問題解決できない、という状態を、100%味わいきって、
そして、その状態がもう飽きたな、って感じたら、
今度は、空に戻っていくらでも問題を創造し直すことが出来る。
ただ、それだけです。
空、観察者としての自分を持つと、
今の自分のことが本当に大好きになれる、と想います。
だから、私はこういう考え方、そういう仕組み、
っというものを自分の中に取り入れて採用しています。
そういう視点で世界を眺め始めて、楽しんでます。
子供って、大人ならカンタンに解決出来るような、
そういう問題ですっごく悩んで、必死じゃないですか?
で、解決できなくて泣いて、抵抗して、
でも、もう一回やってみて、出来た!って言うその瞬間、
もんのすごくうれしそうじゃないですか?
空、という意識から観る自分、というのは、
そういう感覚です。
子供が悩んでる時、大人からしたら、
頑張れ、もうすぐ出来るよ、とか、
あ~、それだと失敗するけど、うん、でも大丈夫、もう一回!
とか、暖かく見守れますよね?
で、チャレンジしている子供を愛おしく感じますよね?
自分をそういう風に観れたら、
すっごく楽になれると思うんですよ。
深刻に悩むんじゃなくて、
真剣に物事に取り組めると思いませんか?
問題がある自分をダメだ、て感じる、
それがエゴさんであって、
その問題と自分を同一化する必要はないんですね。
エゴさんと本来の自分を同一化しなくていいんです。
本来の自分て言うのは、
エゴさんを観察するその視点が本来の自分です。
今の思考、感情、銀行残高、持っているモノ、肩書き、
そういうものに価値を感じているのがエゴさん。
なにかを失ったり、今の肩書きとか、銀行残高、
持っているモノが不十分と感じるのがエゴさん。
それを観察して楽しんでいるのが、
本来の自分、空、という意識です。
観察者であり、創造のエネルギーを持っている意識なので、
もし、今のエネルギー、波動がもういいや、ってなったら、
いつでも、今この瞬間にでも、エネルギーを変えることが出来る。
そういう意識が、本来の私達の姿です。
観察者としては、感情を味わいきっていない、
そういうエゴさんはつまらないわけですよ。
まだ、そのエネルギーを知ることが出来ていない、
だから、そのエネルギーを感じきるまでは、
今、を創り続けるでしょうね。
だって、そのエネルギーを感じたくて、
今を自ら創ったわけですから。
感じきったら、自然と次へといけます。
そのことが、今回私自身の体感としても、
今まで以上にわかったので、
改めて書かせていただきました。
では、今日もお読みいただき、ありがとうございます。
ステキな一日をお過ごしください♪