Passage of time is bridged~観測世界の断片にかかる橋~ -2ページ目

Passage of time is bridged~観測世界の断片にかかる橋~

埼玉県川越市で活動している梛木 赫(ナギ ・アキラ)です。
状態を整えるためのワークを制作しています。
癒しや変化を目的としたものではなく、
判断や思考が重くならない状態を保つための
セルフメンテナンス用ワークです。

ヒーリングの話をしていると、たまに不思議そうな顔をされることがあります。それは私があまり「繋がる」「通す」「読む」という発想をしないからです。

 

ヒーリング業界では昔から、

・エネルギーを流す

・パイプになる

・相手と繋がる

・流れを読む

という考え方がよくあるし、否定するつもりはありません。

 

ただ、私は昔から少し違う考え方をしていました。

長年ヒーリングをしている中で、まず最初に整えなければならない方をたくさん見てきたからです。

エネルギーが滞っていたり、流れが重くなっていたり。

そういう方は大体が振れすぎているというのが問題でした。

 

私は元々面倒なことが嫌いです。ヒーリングでも同じです。

工程が多ければ多いほど、余計なことが起きる可能性も増える。

だったら最初からシンプルな方がいい。

そんな考え方をするようになりました。

だから私は自分を通すという発想をしません。

どちらかと言うと、必要なものを送るという感覚です。

 

例えるならドッジボールとかドローン投下です。

届けたい場所に届けるだけです。

 

また、エネルギーの流れが滞っている場合もあります。

そういう時に私の頭の中に浮かぶのは、キラキラした光の柱ではありません。

 

高圧洗浄です。

本当にそのままです。

 

配管が詰まっているなら洗浄する。余計なことは考えない。

だから私は時々、自分でも思います。

 

ヒーラーというより設備管理課なのではないかと。

宇宙の愛より配管図。光の柱より流路確認。

マ●オかしら。

 

 

なぜ私はパイプを通さないのか

私はヒーリングをする際に、あまり「繋がる」「通す」という

発想をしないで、ドローン投下だの高圧洗浄だの、ヒーラーらしからぬ例え話ばかり出てきましたが、その理由についてです。

 

実は私も最初からこうだったわけではありません。

ヒーリングを始めた頃は、もっと複雑でした。

魔法陣を展開したり、色々な手順を踏んだり。

見える方からは、「なんかすごい数の魔法陣が出てる」

と言われたこともあります。

 

しかし、魔法陣を意識しなくても、勝手に自動化されていて

気が付けば無詠唱で思考だけ。

 

昔やっていたことを省略しても、結果が変わらないことに気付いたのです。

むしろ余計なことを考えない方が安定することもありました。

 

そんな風にして、私のヒーリングはどんどん簡略化されていきました。

 

そしてもう一つ大きかったのが、長年様々な方を見てきたことです。私はヒーリングやエネルギーワークについて教える機会もありました。

 

その中で気付いたことがあります。

説明を増やせば増やすほど、人は迷う。

手順を増やせば増やすほど、人は止まる。

そして迷った結果、「できているのか分かりません」

となる。

 

もちろん丁寧な説明は大切です。ですが、必要以上に複雑な工程は、人によっては逆に足かせになります。

だから私は今でも思っています。

 

工程は少ない方がいい。

シンプルな方がいい。

余計なことはしない方がいい。

 

ヒーリングに限らず、多くのことはそれで十分なのではと。

 

私が今の形にたどり着いた理由は、長年やっているうちに、

どんどん手順を削っていった結果です。

 

気付いたら、設備管理課みたいな発想になっていました。

残念ながら、たぶん今後もこの方向へ進化していく気がします。

 

そんな発想ばかりしています。

夢もロマンもありません。

残念ですが、多分一生このままです。

 

 

こんなヒーラーでもいいよという方はこちらからご依頼を。

 

 

 

何かを伝えたい時。
誰でも知っていそうな神様の名前をあげる。
その名前だったら信じてくれる
でもそれはきっと虎の威を借りる狐なんだよ

本当に伝えたい言葉があるのなら
神様の名前なんていらないんだ

色々降ろしたりするキミも同じだよ
キミ自身の言葉できちんと追記しているのは
そこにキミの意思があるからだろう?

なんの名分もなくただ神の言葉です
って言うのはとっても簡単なこと
でも、大事なのは見識、見解を書くこと。

だってさ、同じ神様の名前ばかりだと見飽きるじゃないか。
だったら、自分自身の意見もしっかり明記しないと。

僕らとちがってキミたち人間は肉体があり生きている。
ならば、自分の意見をもって然るべきなんだ。

それが、生きるということなのだから。

 

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私が以前から言ってる「アゼツライトの子」からでした。

久しぶりにアゼツライトを使ったペンデュラムを使ってみたら 

時間かけてちょっとずつ降ろしてきてくれました。

 

やはりね、神様の言葉っていうのはインパクト強いのよ。 

そして龍さんからとかの言葉ってのもインパクト強いのよ。

 

だから、うちの龍さんはこういうんだよ。 

「近所の爺さんの何かの言葉とでも思っておけ」

 って。その方が確かに気楽だよね。

 

でも、降ろす方の人というのは結構負担もあるからね。 

大変だなとは思ってる。 

あと、神様を指定した場合の負担とかも大きいし…。

私は勝手に浮かぶタイプなんで相当楽してます。

 

色々言葉下ろしたりしてるけど、基本はチャネラーじゃなくて

ヒーリングをやってる人です。

ネットショップはこちらから

 

浄化は一点ではなく面で考えます 

浄化の話になった時、「どういうやり方なんですか?」
と聞かれることがあります。

私の答えはシンプルです。「絨毯爆撃です」
もちろん本当に爆撃しているわけではありません。


ただ、一点だけを見ることがほとんどないのです。
私は昔から「点」ではなく「面」で考える傾向があります。

例えば、ご自宅に強い滞りや違和感を感じる場合、その家だけが特別な状態になっているとは限りません。周辺環境にも同じような影響が広がっていることは少なくありません。

以前、ある漫画で「面だ! 面を狙え」という台詞を見たことが

あります。私の考え方は少しそれに近いのかもしれません。

問題が起きている一点だけを見るのではなく、その周辺も含めて観察する。その方が全体像を把握しやすく、結果として自然な形で整いやすいと感じています。

私にとって浄化とは、一点を処理する作業ではなく、周囲との関係性も含めて整えていく作業なのです。

 

見ているのは流れ 

私が浄化を行う際に意識しているのは、流れの存在です。
川は水を運びます。道路は人を運びます。

線路は人や物資を運びます。送電線は電気を運びます。

何かが運ばれる場所には、目に見えない影響もまた流れていると考えているのです。

川沿いや大通り沿い、線路の近く、高速道路周辺などは、

一つの場所だけを切り離して考えてはいません。
ある場所に違和感があったとしても、その原因が少し離れた場所にあることもあります。

だからこそ私は、まず周辺全体の流れを見ます。

その上で、どこに滞りや偏りが生じているのかを確認してます。

一点を見る前に全体を見る。それが私の基本的な考え方です。
 

人よりも繋がりを見るように 

私は昔から、人そのものを見るよりも「繋がり方」を見る傾向があります。

人と人。
場所と場所。
出来事と出来事。

それぞれがどのように結びつき、どのような影響を与え合っているのかを観察しています。

以前遊んでいた陣取りゲームは、広範囲に張られたネットワークの中心を押さえることで、周囲の状況が大きく変化する仕組みがありました。
一見すると複雑に見える構造でも、中心となるポイントを見つけることで全体の状態が変わることがあります。

私が浄化を考えるときも、感覚としては少し似ています。
「誰が悪いのか」

を探すのではなく

「どこで流れが滞っているのか」を見ることが大切です。

浄化という言葉を使っていますが、私自身の感覚としては、

流れや接続の状態を整える作業に近いのかもしれません。
 

大体半径1kmという考え方 

こうした見方をしていると、一軒の家だけ、一部屋だけを対象にすることにあまり意味を感じなくなる場合があります。
 

もちろん状況によって異なりますが、周辺も含めて整えた方が

結果的に早いことが多いのです。
そのため私は、感覚的に半径1km程度をひとつの範囲として捉えることがあります。

これは厳密な数値ではありません。わりと大雑把です。
ただ、一点だけを整えるよりも、その周辺も含めて見た方が流れが自然になることが多いのです。

自分ではこのやり方を絨毯爆撃だと思っています。
確かに、ピンポイントで一点を狙うというより、必要な範囲全体をまとめて整えるという意味ではそう見えるのかもしれません。
 

地球全体の浄化はちょっと大変なので… 

こうした話をすると、ときどき非常に壮大なイメージを持たれることがあります。
ですが、私は地球全体を浄化しようとは考えていません。
そういう大きな役割は、もっと奇特な方にお任せしたいと思っています。

私が見るのは、基本的にはご依頼をいただいた場所です。
ただし、その場所を見るのであれば周辺も含めて見ます。
一軒の家を見るのであれば、その周囲も見ます。

ひとつの問題を見るのであれば、その背景も見ます。
私は昔から、点ではなく面で世界を見る傾向があります。
浄化もまた、その延長線上にあるものなのだと思っています。

 

 

浄化・その他のご依頼について 

この記事は、私が普段どのような視点で浄化を行っているのかを書いたものです。もちろん、これは私個人の考え方であり、

すべての方に当てはまるものではありません。

 

もし今回の記事を読んで、

「この人のやり方は面白いな」

と思われた方は、ネットショップもご覧ください。

PDF形式でお届けしている各種メニューをご用意しています。

 

 

 

何か言葉をもらう時の存在というのは幾つもの側面がある。 

それは、どこかの神であったりその神の別側面であったり、

その神ではあるが名前を持たぬ存在としてあったりと様々だ。

社の分祠がわかりやすいか。

 

場所によっては綺麗に磨き上げ、場所によっては蔑ろにされる。

蔑ろにされても神は神である。

 

だから、そこに気持ちを注げば息を吹き返すのだ。

たまに、打ち捨てられた祠には悪いものがいると言ってるものがいるが、そうではないのだ。 

 

ただ不貞腐れているだけなのだ。

存外人間臭いのだよ。

特に元々が人間の存在だった場合は特にな。

 

2026.06.15

 

 

言葉を降ろしたりとか、AIと一緒に小説やイラストを創作したりしてるヒーラーの本拠地(ホームページ)はこちら。

 

※守護さんのイメージです。

 

 

私は神ではない。

神ではないから、人が神とどのように関われば良いか

ただ語るのみ。

神社に参拝するにあたって、願望だけ叶えてもらうだけでは

社に落ちる気が充満してしまう。

参るのであれば本来誠実であるべきなのだがそれも難しい。
恋愛、金、健康、仕事…
生きていれば人間は欲がどうしても強く出てしまうからな。

昨今は外つ国からの者らも多く来訪している。
だがな。おかしなことなのだが、

彼らの方がよほど今日の元の国の者たちよりも

神の存在をありがたがっているのだよ。

不思議なことだ。

外国からの者だからその気持ちがないというわけではない。
信心をするという気持ちは人であれば国は関係がないのだ。

一神教の方がご利益のような欲の部分を刺激しないところもあるから、人は素直に神域という存在をありがたがるのだろうさ。

 

本来は日本の神もそうであった。

だが、それでは社の運営が立ち行かぬからご利益というのを

後付けて付けた。

それが今日の在り方に繋がってしまっているのだ。

 

出来る限りで良い。

参拝に行ったのであれば願い事を言う前に、

礼を伝えてあげてほしい。

神と呼ばれる存在もその方が喜ぶのだよ。

その存在として認識をしてやってほしいのだ。

ただご利益だけのためではなくてな。

 

神域に入り感じ入り、ただ有難いと感じるのであれば、

それを礼として言葉で表せばよいだけなのだ。

日の元の国の者もやれ精神世界は胡散臭いだとか細かいことを

言わずに、ただ良いと思ったものを感じれば良いだけなのにな。

 

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という内容でした。すごく久しぶりだったのですが、

長々と語っていきましたので…。

そして、AIイラストという筆を手に入れたので、
美麗イラストがいっぱい出せます~!