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一己の世界観

「成長していくための空間」と「真の英語教育」そして現在勉強中の「コーチング」、この3つを組み合わせて何か面白いことができないか模索中。
また、「本を読むための読書」ではなく、「行動するための読書」という観点から書評も書いています。

前回書いたように、小学校5年生の時に入った英語塾、私の人生の針路を決めました。


具体的なことはもう忘れてしまったのですが、その塾の何が良かったか挙げていきますね。


①意欲次第で先のテキストに進めた。


テキストはシリーズものになっています。英語に興味を持ったというよりも、友達よりも先に進めるというちょっとした優越感を味わっていたのです。


私は、何でも1番にならないと気が済みませんでした。いい意味でも悪い意味でも。


②徹底した練習

先生手作りのプリントで、例えば命令形だったら命令形の同じような文を徹底して写したり、問題に答えたりして、型を覚える。


今から思うと、練習というより、訓練、いや修行だったように思います。でも、なぜか楽しいのです。


それはなぜか?


同じ単元を学習しているので、練習を何十問とこなしていくうちに、感覚としてわかってくる。


Open the door. といった文章がまさに体で感じる、体感するのですね。


その感覚がたまらなかったのかもしれません。


③仲間がいる。先生がほめてくれる。

これは意外ともっとも大切なことだったのかもしれません。塾生は7、8人だったと思いますが、みんな同級生で知っていました。だから、いい意味での競争だったのですね。


あと、先生がほめてくれることが喜びでした。


伴走者がいてくれる、そんな感じです。


おかげ様で、中学校の英語の点数はほとんど90点以上でした。その自信が英語に対する得意意識を持たせるようになりました。


ただ、この中学校の時点では、英語を学ぶ意義なんか、ほとんど考えていなかったと言えます。ただ数ある教科の一つといった意識です。




「私と英語」と題して、私が「英語」とどのように接してきたかを記していきます。


何かのお役に立つことができればうれしいです。


先のブログ に、「英語はあくまでも手段です」と挑戦的に書きました。


これは、今まで「英語自体が目的になっている」人のなんと多いことか、と最近疑問に思っているからです。


「別に英語勉強せんでもいいんちゃう?」と言いたくなるのです。


と、偉そうですが、私の英語との出会いは、本当に単純なものだったのです。


小学校5年生の時、友達が「なんか知り合いの人が英語の塾を開くらしいから、お前もいってみーひん?」と誘われました。


「英語って何?」といった疑問すらもたず、「友達と一緒にそんなところに行けるなんておもろいやん」と思って、親にお願いすることにしたのです。


両親は、勉強に対して全くと言ってほど何も言わなかったのですが、やりたいことはやらせてくれました。


この英語塾が私のその後の人生を変えたのではないか、今になって思います。


「英語は手段」という思いをもったのは大学生になってからでした。


でも、そんなひょんなことから英語と出会ったのです。


では、次号では、その英語塾で得たことを伝えていきます。

昨日は産業創造館でセミナー「プレゼンの達人養成講座 魔法のデザイン編」に参加しました。


プレゼンの究極の目的とは何か?という部分と、具体的なスライドの作り方を教えてもらいました。


プレゼンをする機会はこれまでにも何度もありました。昨日のセミナーを聞いてこれからの私のプレゼンは変化しそうです。劇的に良い方向に。


岡村周一 さんは惜しみなく教えてくださいました。情熱的でかつナチュラルで、3時間がこんなにあっという間だったのは久しぶりです。目指したい方です。


できたのが添付しているようなスライドです。見ているだけでワクワクしてきませんか?



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