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一己の世界観

「成長していくための空間」と「真の英語教育」そして現在勉強中の「コーチング」、この3つを組み合わせて何か面白いことができないか模索中。
また、「本を読むための読書」ではなく、「行動するための読書」という観点から書評も書いています。

3つの精神的支柱に支えられた私でありましたが、まだまだ苦悩は続きます。というか、それからより苦悩を味わっていきます。


まず授業。最初の半年では、教授の言っていることの3,4割理解しか理解できませんでした。


学生が発言しているのを聞くのは1,2割といったところでしょうか。なぜなら学生は教授より砕けた言葉を使うからです。


特に印象に残ったのは、アフリカのシエラレオネという国のご出身でイギリスで教育を受けた教授。


この授業は厳しかった!1セメスター(学期)で、レポートを12回提出するのですが、そのうちの3つは文法が間違っていたらアウト!即落第でした。私は何度も何度も読み返し、そしてライティングサポートセンターというところで何度も見てもらいました。しかも、イギリスなまりなので、英語が聞き取りにくい!


その他の授業でも莫大な量の宿題がでました。特にリーディングです。


そのころは大体1時間に10ページくらいのペースでしか読めませんでした。1つの授業に50ページくらい宿題が出されるのに、です。


でも徹夜しないように、土日、特に日曜日に頑張りました。みんなが遊んでるのを見るのはつらかったです。


そんなこんなで、私は英語を学びにアメリカに来たのではなかったのですが、この「修行」によって、私の英語力は格段に向上しました。


それは膨大な量のリーディングという土台でもって、授業での理解度も上がっていき、シエラレオネご出身の教授の授業によって、ライティングはネイティブと同等(言い過ぎか…)レベルまで向上したのです。


今から、振り返れば最初の半年間で私のアメリカ生活が盤石になりました。


ということで、今日のポイントは膨大な量のリーディングをすることで、英語の土台を築くことができるということでした。



さて、無事アメリカに着きました。(本当は無事ではなかったのですが、ここでは一旦そばに置いておきます。)


2年間のアメリカ生活の第1日目、もうどっぷり英語の世界です。誰も日本人はいません。当たり前ですが、日本語は通じない。完全な異空間。何もかも新鮮でした。なんせ私はそれまで台湾しか海外に行ったことがなかったのですから。


でも、なんとなくみんなの言っていることがわかりました。それでも4割といったところでしょうか。


あれだけ英語を勉強していても、あれだけリスニングしても4割なんです。


テレビをつけました。テレビをつけると英語が流れてくる。これも新鮮でした。


言っていること、2割。


どうしよう。もうすでに帰りたくなりました。とりあえず親に無事に着いたことを国際電話で伝えました。でも、やり方がわからなかったので、国際電話ができるまで1時間かかりました。


こんなんで大丈夫だろうか。日本が恋しい。日本語しゃべりたい。ここは日本語がしゃべれない監獄?これは修行なのだろうか。だったら、何のため?


こんなマイナス思考が頭の中がぐるぐる回っていました。


よくホームシックって言いますが、ホームシックを超えていたのかもしれません。


この監獄で2年間暮らしていけるのか、私には自信が持てませんでした。でも、帰ることは許されない。


自分に負けたと自分で思い、これからの人生それを引きずることになるだろうという思い(内面的)と、


友達に笑われる、親に笑われる(外面的)という恐怖、


そして、せっかく手にしたアメリカ学士取得留学の切符を話すまい(意地)というプライド、


この3つに私は支えられました。


そして長い長い1日目を不安のうちに終え、時差ぼけの中、浅い眠りにつきました。








第4話では、高校時代でしたが、いきなり時代は飛んで、大学2年生の話に進みます。


さて、外大に進んだ私ですが、第4話で出てきた目的を果たすため、どうしても留学したいという気持ちになりました。


その外大では2年間の留学で、外大の卒業資格に加え、留学先の卒業資格までもらえるという超お得ですが、超難関学位留学プログラムがありました。


当然、帰国子女のみなさんがそういったプログラムに合格するわけですね。


これにはTOEFLの試験に加え、その外大ならではの試験や面接がありました。


私はこれに合格してしまったのです。これには驚きです。


何も私が能力があったから合格できたのでは決してありません。私は普通の大学生でした。


本格的に留学したいという思いと挑戦心、そしてそのための努力があったからだと信じています。


さて、本題は、その学位留学に行く前に留学準備コースというものがありました。これが曲者なんですね。


といいますのは、このコースは、その名の通り、アメリカの本場さながらの授業を経験し、留学への準備をするコースなのです。アメリカの大学は、よく言われる「入るのは簡単、出るのは難しい」傾向にあります。


そのコースでは留学生と机を並べて、英語だけで授業をするので、はじめはみんなが何を言っているのか、全くわかりません。


加えて、宿題の量が半端ありません。宿題は主にリーディングでした。大量に大量を重ねる英語を読んだのはあの時が初めてでした。


そして、これが後々生きてくるのです。うわべでない英語力を獲得するのにはリーディングの量をこなすことが一番だと身に染みた初めての瞬間でした。


ページをめくってもめくっても終わらない。でも、留学が目の前に迫っている。


留学は私が望んでいたもの。だから、それほど苦にはならない。少しずつ英語力がついているなと思えるようになってきたときに、その半年間の準備コースも終わりに近づいてきました。


私は普通の人間ですので、人一倍努力をしなければならなかった。で、その努力は誰にも見せたくありませんでした。


真の英語力は、一朝一夕に身につくものではなく、努力の結果であると、今になって思います。