私と英語⑥~苦悩のはじまり編~ | 一己の世界観

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「成長していくための空間」と「真の英語教育」そして現在勉強中の「コーチング」、この3つを組み合わせて何か面白いことができないか模索中。
また、「本を読むための読書」ではなく、「行動するための読書」という観点から書評も書いています。

さて、無事アメリカに着きました。(本当は無事ではなかったのですが、ここでは一旦そばに置いておきます。)


2年間のアメリカ生活の第1日目、もうどっぷり英語の世界です。誰も日本人はいません。当たり前ですが、日本語は通じない。完全な異空間。何もかも新鮮でした。なんせ私はそれまで台湾しか海外に行ったことがなかったのですから。


でも、なんとなくみんなの言っていることがわかりました。それでも4割といったところでしょうか。


あれだけ英語を勉強していても、あれだけリスニングしても4割なんです。


テレビをつけました。テレビをつけると英語が流れてくる。これも新鮮でした。


言っていること、2割。


どうしよう。もうすでに帰りたくなりました。とりあえず親に無事に着いたことを国際電話で伝えました。でも、やり方がわからなかったので、国際電話ができるまで1時間かかりました。


こんなんで大丈夫だろうか。日本が恋しい。日本語しゃべりたい。ここは日本語がしゃべれない監獄?これは修行なのだろうか。だったら、何のため?


こんなマイナス思考が頭の中がぐるぐる回っていました。


よくホームシックって言いますが、ホームシックを超えていたのかもしれません。


この監獄で2年間暮らしていけるのか、私には自信が持てませんでした。でも、帰ることは許されない。


自分に負けたと自分で思い、これからの人生それを引きずることになるだろうという思い(内面的)と、


友達に笑われる、親に笑われる(外面的)という恐怖、


そして、せっかく手にしたアメリカ学士取得留学の切符を話すまい(意地)というプライド、


この3つに私は支えられました。


そして長い長い1日目を不安のうちに終え、時差ぼけの中、浅い眠りにつきました。