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一己の世界観

「成長していくための空間」と「真の英語教育」そして現在勉強中の「コーチング」、この3つを組み合わせて何か面白いことができないか模索中。
また、「本を読むための読書」ではなく、「行動するための読書」という観点から書評も書いています。

私と英語⑦ から時間が経ってしまいました。


このシリーズもこれで最終回にします。


8回目は、完成編です。


大学卒業前後3ヶ月の時に私の英語力はピークに達しました。もちろん英語力を上げようと意図したわけではありません。ただ、卒業するために必死だったので、それに付随して英語力が上がっていきました。


アメリカの大学の卒論は内容重視ですが、文法ミスは許されません。自分で推敲し、さらに何回かライティングセンターに持って行きました。


テーマは、「スリランカとスーダンの紛争の比較と解決策」でした。


私の留学生活の集大成ともいえる卒業論文。


文献を調べたり、自分独自の思考の発展に時間を要しましたが、正直言って、英語自体に時間はかかりませんでした。


これはもちろん今までに身についてきた英語力のおかげでもありますが、その中で一番の要因は、


正しい英語を大量に読んできたこと


です。⑦の繰り返しになりますが、英会話にとどまらない、大量の英語を読んできたことが、論文作成というアウトプットに大いに生かされたのです。


70ページを1ヶ月で書き上げたと記憶しています。また、論文をプレゼンする機会を与えられました。こちらも、それまでは、プレゼンで何を言うかを綿密に準備して、覚えるまで練習をしていました。しかし、今回、もちろん練習はしたものの、それほど時間を要さず、結果として大成功でした。


論文も最高の評価を得て、卒業することができました。


少々自慢話のようになってしまいましたが、この私と英語シリーズで伝えたかったことは2つです。


①正しい英文を大量に読むことがアウトプットへの近道になる。


②英語の学習が進めば進むほど、英語習得が加速度的になる


②については、少々わかりにくいですね。


最初は、辞書を引いたり、音を聞いたりして、英文を読むのに時間がかかっていましたが、それも経験を積んでくると、知っている内容が多くなり、未知の内容を速く習得することができるようになっていくのです。


これは英語だけに限りませんね。


私と英語シリーズは私の経験を通じて、本当の英語力をつける方の何かお手伝いになればと思い、書かせていただきました。英語を学ばれている方で、疑問点などございましたら、いつでもメール等でご質問ください。


私の2011年を振り返るのに見落とせないのは、コーチングとの出合いです。


現在、私は教育関係の仕事に就いておりますが、そのコーチングという指導スタイルに前々から興味を抱いていました。


ティーチングといったこちらから与える方法とは違うスタイルに新たな可能性を見出していたのです。もちろんティーチングを否定しているのではありません。


ということで、8月から12月にCTIジャパンという国際コーチ連盟から認可された団体のコースを受講しました。


コーチングの本は以前から読んでいたのですが、体験型のコースを受講することで私の人生観が変わりました。一生の宝を得た、とはこのことですね。


2012年はさらにコーチングを深める意気込みです。


そして気づいたことが一つ。


新しいことを始めるには批判や懐疑心がつきもの。でも、それをありがたく真摯に受け止め、自分の進む道を歩んでいくことは、さらに自立の度を高めるということに気づきました。


2011年も多くの魅力的な方と出会うことができ、本当に幸せな気持ちでいっぱいです。


来年もさらに幸せな一年を。今年もありがとうございました。


私と英語シリーズも終盤に差し掛かってきました。今回はちょっとそれはそばに置いておきます。


コーチングを勉強し始めてのこと。特に最近、自分自身に質問を問いかけることが多くなりました。


最近問いかけていること、それは、


「どんなときに幸せを感じるか?」


ということです。答えは人それぞれですよね。


私の究極の答えは、


「社会に少しでも貢献したとき。もっと具体的には、目の前もしくは遠くの人のお役にたてたとき。」です。


この答えはありきたりかもしれませんね。


自分が作ったもの、奉仕したこと、それらによって、人が喜ぶ。その先にあるものを考えると、光が見えてくる。


ただ、これを実現するには、私の場合は、「常に無私の心であれ」という態度が必要です。


無私の心。


自分自身を消すこととは違うと私は解釈しています。


人に見返りを求めず、ただひたすら相手に奉仕する。その相手が目の前の人であれ、地球の裏側の人であれ、それは究極の喜びである。


言うは易し行うは難し。邪念が入ってしまいます。


「なんでこれやらなあかんねん」「今、忙しいのに」「全然わかってくれてない」


いつも反省しています。でも、この無私の心という軸ができれば、あとは反省と改善とともによくしていくだけ。自分を律していくだけ。


今日は無私と自我?の比率が30対70だったとしても、明日は31対69になるように頑張ろう。


そう考えると、とても楽しくなってきます。


試しに自分のブログネームを「無私の心ーなっしー」にしてみます。このアメーバを開くたびに反省するかもしれませんが。