豊田市と名古屋市のゴミ屋敷がテレビに話題になって久しい。そして、豊田のゴミ屋敷は先週25日に火事の火元となった。ここの住人は何度もぼや騒ぎをおこしており、この火事は普通の人には可能性の中にカウントされていた筈である。
 
ゴミ屋敷を放置することは行政の怠慢である。特に生ゴミを含むゴミを敷地内に乱雑に放置する豊田市のゴミ屋敷は、悪臭の問題、美観の問題などで周辺住民に多大の迷惑をかけている。苦情は市役所に何度も出されているだろうから、それに市長や市議会は対応する義務があった。
 
強制代執行を早期に実施して、ゴミ屋敷の住民に責任を取らすだけである。十分協力的な対応がとれなければ、刑罰の対象とすればよい。周辺の住民の協力でゴミ整理を行なう必要等ない。ご苦労様としか言いようがない。
 
何故、そのようなことが出来ないのかについては、近所迷惑はお互い様という古来の日本文化の美風もあるが、もう一つは行政の怠慢である。この迷惑は明らかに日本文化で説明のつく範囲を越えており、行政の怠慢が第一の原因だろう。
 
最近、しばしば話題になるが、地方自治体には何か改革を積極的におこなうという首長は数えるほどしかいない。政治環境は国際的にも国内的にも急激に変化している現代、首長はトップにたって、地方自治体の将来を担わなければならない。それは柔軟性と創造性に富み、実行力を供えた人だけになしうる仕事である。
 
勿論、阻害要因として国政がある。それは地方の権限で、事業も予算も決められない情況になっていることである。地方創生を霞ヶ関で行なう様では、地方の発展などあり得ない。
 
以上、ゴミ屋敷の火事から大きく話は移ってしまったが、健全な地方政府の育成には、中央政府の小型化、道州制などの地方分権の大幅な取り入れなどが必要であると思う。
 
このままでは地方政府は単なる増殖する金食い虫の巣になるだけである。それは27日に書いた、愛知県の天下りのところで書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42367524.html
今日の中日新聞19面に、木村留美の署名入りで”赤川次郎さん政治に怒る”というタイトルの記事が掲載されている。副題は、”言葉 ばかにするな”、である。

冒頭の取材概略の中で、赤川さんの言葉として「政治家にとって言葉は命。命懸けの真剣勝負であるべきなのに、、、。現政権はことばを軽んじ議論を否定する政治を行なっている」と現政権を批判している。
 
赤川さんは、文芸誌スバル8月号掲載の対談で安倍総理の政策を批判して、「日本語がおかしいと思いませんか。積極的平和主義って何ですか。ことばをそこまでバカにしていいのかと腹がたちますね」と発言した。
 
その意味についてこの取材で、赤川さんは「積極的平和主義という言葉には、“戦争”を“平和”と言い換える怖さがある。平和というのは戦争のない状態ではない。言論の自由があり、自由に行動ができて、海外と外交で問題を解決できることが平和で、戦争をしていないから平和でない。平和という言葉を良く考えないといけない」と語ったことになっている。
 
上記「」内の言葉は、安倍総理の言葉以上に解り難い。平和という言葉を広辞苑(第二版)で調べると、(1)平らかに和らぐこと。穏やかでかわりのないこと;(2)戦争がなくて世が安穏であること、とある。政治を語っているのだから、広辞苑の定義では、「平和とは戦争の無いおだやかな状態」である。言葉を大事にするのなら、勝手に言論の自由、行動の自由、海外との外交云々と、”平和”の意味を無遠慮に拡大するのはおかしい。これだけで、この記事は政治的プロパガンダであることが証明されたことになる。
 
また、「積極的平和主義という言葉には、戦争を平和と言い換える怖さがある」という言葉も殆ど日本語になっていない。政治的プロパガンダであるという読みを利用して敢えて解釈すれば、“日本国は過去に戦争を起こしたのだから、積極的になれば戦争するに違いない”という反日思想に辿り着く。
 
この記事は、解り難い日本語の連続である。副題、言葉 ばかにするな、の意味が解らない。言葉が、ばかにするなと喚いたということなのか? 記者なら、もっと論理的な文章を書いて欲しいものだ。次の「政治家にとって言葉は命」というのも解らない。政治家にとって命は、国民の命と財産だろう。言葉はそのためにもちいるものだ。「言葉は命」という半分宗教的な言葉を用いて、読者を催眠術にかけたいのだろう。

作家も記者も、「言葉が命」ではなかったでしょうか?

言葉を曲げてまで、このようなプロパガンダをしなければならないのかと、呆れてしまう。

 

週刊ニュース新書
 
中国経由の株価暴落について蓮舫議員が、日本の経済の実態が良くないことをしめしていると言ったが、それはまちがいである。第一に、米国や欧州の株価も同様の影響を受けていることに言及していない。

世界経済の実態が良くないというのなら、判らんでも無い。しかし、日本企業の現状は決算報告を見る限り、健全な場合がおおい。株価も株価利益率などを見るかぎり、高すぎるということはない。蓮舫議員は、日本経済の何処が不健全か手短に言及すべきであるが、何もなかった。
 
現政権が立憲主義を度外視したというのも間違いである。どこが憲法違反であるかは、最高裁判所が唯一判断する能力を持つ。自衛の権利が認められているというのを民主党が認めるのなら、集団的自衛権行使の導入により合憲だった自衛権行使が憲法違反になるという論理を解り易く展開するべきだ。民主党にはそのような議論はない。
 
安保法制に反対する者は、国家の安全保障がそれなしで達成できることを、論理展開すべきである。違憲だというだけでは、国会が違憲判断の能力がない以上、不足である。

民主党はダメだ。