TBSニュースのネット版によると、国連総会の委員会で2日、核兵器廃絶を目指す決議案が採択された。この決議案は日本が主導したもので、今年は新たに、世界の指導者や若者らに被爆地の訪問や被爆者の証言を通した理解を促すことが盛り込まれた。
 
この決議案には、中国、ロシア、北朝鮮が反対した。核兵器廃絶の提案に対して反論は難しいが、被爆地への訪問を促す項目を入れることにより、中国などに反対ができ易いようにしたようだ。
 
何故、広島と長崎への訪問を促すような項目を入れたのか、さっぱりわからない。中国の反論を聞いて、不愉快な思いを多くの日本人は持つだろうし、多くの米国人は密かに喜ぶだろう。
 
核兵器など廃絶できるはずがない。そのような無駄な提案の主人公になって、日米の火種を再確認するようなこと、更に、地下深くでの米国と中国の繋がりを仲介するようなことを何故するのか?非常に愚かなことだと思う。
1)今朝(2015/11/3)の読売新聞31面の記事によると、早稲田大学は2日小保方晴子氏の博士号を取り消したと発表した。早稲田大学鎌田薫学長は、小保方氏が修正して再提出した博士論文を再調査した結果「審査するべき完成度に達していなかった」と述べた。また、早稲田大学は、2006年以降に提出された博士論文2789本についても不正がないか調査した結果、89件に引用論文の記述の不備が見つかったが(補足1)、いずれも博士号の取り消しに該当しないとした。
 
これに対して、小保方氏は「指摘された問題点を全て修正して論文を再提出した。(取り消しは)学術的な理由でなく、社会風潮を重視した結果だ」とコメントした。また小保方氏の代理人三木弁護士は、「不合格が前提の手続きだ。決定の取り消しを求めて、提訴することも視野にいれている。」と語ったという。

2)審査もしないで何故「審査すべき完成度に達していなかった」と言えるのか?非常に不思議である。更に、指摘された項目について、修正してもなお審査すべき完成度に達しないような論文なら、何故最初の審査で合格となったのか? それほど、箸にも棒にもかからない論文を審査して、博士号授与を決定した教授連中の処分はどうなっているのか? 彼らがそれほどの能力しか持たないとしたら、何か処分をした筈だが、どのような処分なのか? 
 
先ず、審査にあたる教授達がまともな研究者だったとしたら、何故、学位論文の再審査が必要なのかについても、今までの記述や発表ではわかりにくい。博士論文について若干説明してから、私の意見を述べる。
 
学問の世界は日進月歩である。その中で研究とよぶ”格闘”を通して、一つあるいは幾つかのテーマで自分の考えをまとめ、博士論文として提出する。主査一人と副査数人が審査し、それが一定のレベルに達していると判断すれば、合格となる。その後、書かれた結論がたとえ最終的に間違っていたと解っても(極めて稀であるが)、博士号が取り消されることは通常ない(補足2)

例えば、地動説と天動説が張り合っていた時に、誰かが天動説で一定の説得力のある論文を提出して博士号を取得したとする。その後天動説が否定されてもその博士号は取り消されることはない。それは、地動説は天動説を否定する過程で確立されたのであり、最後の地動説の論文だけで確立されたわけではないからである。
 
文章や画像のコピー&ペーストであるが、文章については自分の書きたい主旨に合致しておれば、一部の文章を借用するのは全く問題ではない。画像についても、一般的な説明(例えばイントロダクションに用いる)の画像なら、問題はないだろう。ただし、実験結果の写真などが不正に使用されたのなら、問題であり博士号の取消理由になると思う。しかし、それが取り違いなどのミスであり、元々使う予定だった正しい写真に置き換えられたのなら、博士号の取消理由にならない。
 
もし、最初提出された小保方氏の博士論文が、当時の判断基準で合格するレベルであったのなら、取り違えた写真などを差し替えるだけで良いはずである。もし、最初の論文が不十分なものなら、つまり、指摘事項の修正が最初の論文提出前になされていたとしても、箸にも棒にもかからないレベル(つまり、審査の必要がなく不合格と言えるレベル)だとしたら、そのような判断をした審査員らの責任をどう判断し、彼らをどう処分するのか発表するべきである。

更に、差し替えた写真が、小保方氏の博士論文の中に当初意図した形で当てはまるかどうかなどの判断は、門前払い的にはできない。再度審査しなければ無理である。


以上、現状では、三木弁護士の考え方の方が正しいと私は思う。
 
補足:
1)引用論文の記述の不備なら、事務員でも探せる。引用文献の著者が抜けているとか、発表年がないとか、ページ番号が書かれていないとかだろう。この記述が大学の発表通りなら、まともな調査などしていないだろう。
2)多くの博士論文は挑戦的な内容のものが少なく、間違いが指摘されることは稀だろう。正しい手順で得た実験結果が前提だが、後で間違いと解るモデルや論理で、複数の審査員を説得するレベルの論文が書ければ、研究室が長年行っている研究の一部を切り出して提出したような論文(最も多いタイプ)より価値は高いだろう。
昨日の記事(直前のもの)に、「少数意見尊重」と名乗る方から以下のコメントをもらった。
アメリカの
犬の詐欺安倍!!
許してワン!?
ぶざまな姿が
お似合いだな!?!? 削除
それに対する返答の意味もあり、以下に私の考えをかく。

確かに「慰安婦問題が未解決の問題として認めよ」という米国の指令があったのかもしれない。それならば、それを認めて、さっさと15分で会談を終了するべきだ。犬でも独立した生命であることを示すべきである。この件、日本国民は安易に納得せず、深く考えて今後の外交の方向を探らなくてはいけない。

今朝の読売新聞一面のトップにこの件がとりあげられている。見出しが、「慰安婦」協議年内にも で、副見出しが、賠償問題「解決済み」堅持である。賠償問題が解決済みで、何を協議するのか?パククネは天皇陛下と総理大臣に、元慰安婦に向かって頭を揃えて下げろとでもいうのか?

そもそも、賠償の義務がないのに、外交問題として協議するとはどういうことか? 読売新聞レベルでも、一言くらい解説記事をかけるだろう。それを書かないのなら、エロ週刊誌ほどの存在価値もない。社説の内容は表通りの風景の解説に過ぎず、全く不十分である。

慰安婦がいたことは事実であるし、給与が慰安婦に支払われていたことも事実だ(と思う)。半島の人たちが非常に貧しく、身売り同然に業者に娘が引き渡されたこともあっただろう。その悲惨な姿は想像に難くない。それと同様に、戦争時には多くの悲惨なことが起こった。多くの民間人が無慈悲に殺された。日本国内でも原爆など空襲で、何十万人という婦女子や子供を含む民間人が無差別に虐殺された。人類の歴史の中に目次だけで山ほどになるだろう、悲惨な虐殺強姦などの出来事の結果として、我々現代人が生き残っているということである。そして、それを乗り越えるために講和条約があるのだ。

パククネ氏に聞きたい。あなたの国の民だけが、そして日本国だけが、先の大戦時に際立って悲惨な人生を強要された民とその犯人というのか?講和条約に等置されるべき、日韓基本条約を、今後平和に我々両国民が生き残るために結んだのではないのか?

要するに、日本の政治家は米国の指導者たちとまともに話ができないのだ。問題の本質をしっかりと論理的に言えば、かれらがもっとも大切にする”表の論理”の力で、不当な介入をある程度防げるはずである。彼ら西欧人が裏の工作の名人なのは、かれらが表の論理を重視し、”論理”には勝てなければ負けだからだ(補足1)。

さらに、日本が道徳的に汚れた国であるということにできれば、それが米国の利益になるということだ。常に米国の頭にあるのは、原爆と都市部空爆による数十万人の虐殺なのだ。それを帳消しにする日本の歴史的悪行が欲しい。それが、南京大虐殺であった。しかし、ありがたいことに、従軍慰安婦という問題を韓国が出してくれた。それを利用しない訳はないと裏で考えているだろう。

そんなことは戦後すぐに分かっていたはずだ。吉田茂以下の戦後日本の政治を担った、自民党の主流政治家は何者なのだ。長州の明治政府(本当は英国の飼い犬か?)から何の進歩もない。

キーワード:韓国 慰安婦 中韓同盟 明治政府と英国の関係=戦後政府と米国の関係 アングロサクソンという民族

補足:
1)西欧人は論理的に正しいと言えるように最大限の努力をする。もちろん、場合によっては論理を無視する。無関係だが、プロコルハルムの青い影の歌詞を思い出した。and likewise if behind is in front then dirt in truth is clean