ボーイのゲイ
祐司は皿に盛ったポルチーユのパスタを対面カウンターへ置き、すかさずホールへ持っていくのを目のはしで確認しつつ、新しい鍋を火にかける。 「……つくってるばっかりで、てめえがまったり食う時間って、ほとんどないんだよな。 たまに連れとメシ行っても変に探究しちまってさ、こないだも、この味どうやって出してんだって真剣になってたら、黙って食うなってすっげえ怒られ、」「くだらないこと云ってないで働いてください!」澄みきった声が空気を切り裂いて、本城も祐司も飛びあがった。 声の主は、木下南だった。 店に入ってまだ一週間あまり、今年専門学校をでたばかりの二十歳である。 新人は、祐司たちに怒鳴ったのではなかった。 両手を腰にあてだ恰好でサトシを睨み据えている。 サトシは南が入ったことによって見習いから前菜担当に昇格し、同時に彼女の指導係に任命されたが、サトシが指導係らしくしている場面は、今のところだれも目にしていない。
オネエ系のゲイさんと仲良しになりました
「ひとつの性に属していること、それは他のすべてを切り落とされていることなのだ」(『薔薇色の星』)。 一方の性に属しているからといって、自分のなかのもう一つの部分をあきらめなくてはならない理由はない。 真の男とは、どこか女性的な特徴を秘め持っている人をいうのだ。 「崇高な存在であるためには、英雄は唯一の性の人間であってはならないのである」(『ガニュメデスの誘拐』)。 『ソドムとゴモラー』でプルーストは、倒錯者たちの起源を遠く動植物の雌雄同体の時代にまでさかのぼって論じる。 マルセルー゛`ユレールに従って彼の考えるところをまとめれば、異性愛とは他者性への転落であり、倒錯者と称される存在が実際には自然の延長上に位置するのだ。 その本能的な性向は、性の分化に先立つのであるから。 それより以前、同性愛者としては別のタイプに入るシードもまた、やや違ったニュアンスながら、両性具有状態への郷愁を吐露したことがあった。 彼によれば、人間の失墜は「両性者たる〈人間〉が自己の二重化に愕然となり、彼とほとんど同一なこの半分に気がかりな欲望を感じて、不安と恐怖に震え上がった」(「ナルシスについて」)日に始まるのだ。
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晩年のプルーストに仕えた女性セレストーアルバレによると、彼はあるとき旧友にして師ロベールードーモンテスキュー伯爵が彼にかかわる物事の「核」なのだと洩らしたことがあった。 ユイスマンスが『さかしま』のデーゼッサントのモデルとし、ジャンーロランもアンリードーレニエも自作に登場させたこの世紀末の詩人が、シャルリュス像の形成に大きく寄与したことはよく知られている。 シャルリュスもまた、『失われた時を求めて』の「核」なのである。 本書ではこれからさき、男爵パラメードードーシャルリュスから目を離さずにいよう。 古来ヨーロッパで同性愛をめぐって積み上げられてきた言説の多くが、彼に付与されていることが見て取れるだろう。
ビデボでゲイとの出会い
「何してるの」もういちどつぶやいて、姉は佐伯さんを振り返った。 「なんか云って」下着だけでもつけたいと思ったが、ぜんぶ居間のほうで脱いでしまっていた。 佐伯さんと視線が合った。 佐伯さんはすぐ姉のほうに目を戻した。 姉がまたぼくを見る。 もう無表情ではないが、怒っているようにも見えなかった。 ぼくがもしよその女だったら心おきなく怒れるのか?関係ないじやないか。 弟だってなんだって遠慮なんかいらない。 髪をつかんでべ″ドから引きずり出し、裸で縮こまるのを蹴飛ばして罵声を浴びせればいい。 でも、姉はただ両手で顔を覆った。 右手にエングージリング。 左手にマリ″シリング。 指のあいだから、あああ、と吐息がもれた。 「麻子」佐伯さんが呼んだ。 「なんなのよ」姉は呻いた。 「なんてことしたのよ。 この子あたしの弟だよ?」「麻子聞いてくれ」「この状況で何を聞けっていうの」「そうだけど、でも聞いて」「もしかしてわざと?」姉は床に落ちた紙を拾いあげ、佐伯さんのほうへ突きつけた。
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「ピザも食っとくから」自分でも何を云っているのやらだった。 「ごめん」「いいから。 車拾われたら追いつけないよ」「祐司」佐伯さんはとつぜん折れるほどぼくを抱きしめた。 腕をゆるめたかと思うと部屋から出ていた。 ピザ屋に何か云っている声は、もう落ち着いていた。 玄関が閉まって足音が遠ざかり、そして、ぞっとするような静けさがきた。 うちの家も佐伯の家も、窓には明るい灯がともっていた。 それが逆に不吉に見えて、門の外で立ちすくんでしまった。 おそるおそる入っていくと、肉じゃがっぽい匂いがした。 キ″チンの続き部屋で、両親がテレビを観ながら夕飯を食べていた。 姉が結婚して以降、夫婦だけだとそこですませる習慣なのだ。 「あらあら」母が茶碗を持つたままぼくを見た。 「ご飯は?」食べてきた、と答えた。 どうせ食欲はない。 ピザも手をつけずに捨ててきた。 そのわりには鎌倉駅のトイレで吐いてしまった。 「仕事はどうなんだ」父がめずらしく話しかけてきた。