もうはるかかなた、彼方のこと。
55年くらい前、いや、もっと前かな、
僕が4才くらい頃からのこと。
世の中難しいことばかりしないといけないと、
あっぷあっぷしていました。
もちろん、10年ほど前の50歳の頃に覚えた
「いっぱいいっぱい」という単語を覚えるまで、
自分の限界を周りにアピールして助けを求めるなんて
方法を知りませんでしたから、両親に当たるばかりでした。
それは、当たる方向が違うので両親が気の毒ですよね。
だから今は滅多にないです。
元に戻らないと話しがわからないですね。
「ぼく」という意識を持った時、それは4歳の時だったと
思います。器械体操を器用に演技していました。
幼稚園の放課後に河合体育教室に通っていたからです。
器械体操は非常に得意でした。
ただ、「水泳」が苦手でした。
鼻の穴に水が入ってきて苦しいのに助けてくれません。
「生きてるだけでたいへん!」
それが、「ぼく」という意識を持った最初の頃の記憶。
それ以降も基本的には「ぼくの気持ち」は変わりません。
なんて苦しいんだ。
その気持ちが僕の記憶の最初の頃の思いだったと思います。
なにかを覚えるのが誰より苦手でした。
誰もそんなことを信じてくれませんでした。
中学では学年600人中常に10番以内でした。
他人は「頭いい」と簡単に切って捨てます。
僕が勉強の中で編み出した記憶法は、同じことを
10回繰り返して覚えなおすやり方でした。
自宅の電話番号は、何も見なくても言える人が多いと思います。
あのやり方です。
掛け算の九九と言ったらいいでしょうか。
記憶している領域に一種の傷のように刻む方法です。
歴史の年号なども一度覚えて、教科書の3ページ後に
また訪れて覚え直し、また5ページ先で戻って覚え直し。
これを繰り返しました。
とてつもない時間がかかりましたが、忘れません。
これは、一夜漬けの定期試験前日に作った記憶を
永続的な記憶として入学試験まで永らえらせる方法なのを
みずから確認しています。
忘れる間際にもう一度覚えなおす。
たいていの試験では十分ですが、10回やると忘れません。
10回という回数は実際はどうでもいいです。
覚えたという確信が持てれば分かることが多いです。
この記事は、自分の過去のことを久しぶりに思い出して、
嫌な思いがあまりしなかったのでVol.1として書きました。
過去の僕自身のことに関しては、今となっては、おおむね
よく頑張った、人間離れしてるほど頑張った、という思い、
よく今まで生きていた、生き残ったと思います。
Vol.1(その1)としたのは、今となっては、浮かぶ記憶を
いっぺんに処理して書き下ろせないからです。
だから、このあたりで一度区切ります。
この記事の「書き足し、書き直し」で対処するかも知れません。
そんな思いです。閉鎖病棟で読んだこの漫画が、小学生版の
入試でこけた小学生の自分を見ているよう、そう思えてきます。
思いっきりこけた中学入試だったのに、4年生の弟に算数を
教えていました。
彼はすんなり附設に合格して、僕の頭は?マークでしたし、
意味不明でした。