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先日、新人研修に行ってきた。

内容は秘密だが、簡単にいうと野外活動をチームで行う、所謂アクティブ研修。

今の会社の新人は、本当に良い子達だ。素直で、直向に頑張る。仕事もどんどん吸収し、常に前向きな姿勢だと思う。

しかし、今回の研修全般に色々と思うところはあった。誰というわけでもなく、どう直せというわけでもない。ただ、自分が新人の時、当たり前だったことが、今の若者には当たり前ではなくなったと強く思った。

【最近の若者】
①段取りが悪いと文句を言う
②間違ったことがあったら、目上だろうがケチを付ける
③斜に構える
④仕事orプライベートではないこと=重要ではないことと認識している

【私が新人のころ】
①設定してくれた方に感謝。それだけでうれしかった。
②目上の方は絶対。意見は言うが、文句は絶対に言わない。
③ただ、実直に行動あるのみ
④会社にまつわることは全て仕事。プライベートも捨てていた。

見てもらっても解る通り、直せというものでもない。
私が新人のころは、研修も無ければ、会社が個人の成長に対してしてくれることなど無かったと思う。
(※もちろん上司や先輩は色々とやってくれたが、形式ばったものは無かったという意味)
自分が本当に無力だと実感していたので、上司は絶対だった。
自分が本当に無力だと実感していたので、行動するしかなかった。
自分が本当に無力だと実感していたので、結果を出さなければ、人間的な生活は出来ないと思っていたし、早く結果が欲しかった。だから、他のものは出来る限り捨てた。

そういう環境だった。本当に必死だった。説明しろといわれれば、体の良い言葉でしか説明できないが、率直にただただ、必死だった。自分が理想とするカッコ良さが欲しかっただけだと思う。もてたかったのかもしれない。お金も欲しかったと思う。要は”イケテル”やつになりたかった。

最近の若者の中にある、”イケテル”はあの時代とは違うのかも知れない。
人それぞれだと思う。

ただ、その時代を経て、必死に頑張った時期があったから、今、苦しい時に帰るイメージがあり、不安になりそうな時、奮い立たせる自信がもてる。

これは結構いいものだと思っている。価値観は解らないが、それだけはオススメできる。

そういう自分の昔と今を持って、飲みながら説教している時間は結構好きだ。
説教されている飲みも結構好きだ。昔と言われている時代、大手企業のサラリーマンたちが作って来た文化。

かっこよく生きるためには、結構捨てたもんではないと、思った。


なんか、すっきりしない。

①やらなければならないことが多分にある。

②やることは決まっているが実行するのは先だ。

③どうしていいか解らないことがある。

④これはありかもしれない!と思うものがあるが、何かが足りず、自分の中で形にならない。

⑤うまくいってないことがある。

こういうときは、とりあえず、別のことをやるとイメージが強くなるかも。

しかし、昔から良くない癖だが、プライオリティが高いもので引っかかると他のもののクオリティが下がる・・・

私は、一度会社を退職した経験がある。
今となっては、非常に良い経験をさせていただいたとつくづく思う反面。
本当にやめなければ良かったと思う。

それは、やめれば見えることが多いので、一度はやめた方が良いということではない。
人はある時期、夢を見ることがあると思う。
仕事なり自身の経験が一定の量(自己判断)を満たしたとき、俺はもっとできる。ここではできないが、他の世界にはもっと何かある。俺ならばやれる。ただ場所、環境が違うだけだ。

これは、妄想でしかない。
現実は、ベクトルがあっている組織に所属しているならば(一定期間働き、経験を積んだ場所は大抵の場合そうだと思う)、その中で確実に階段を上っていくほうが、自身が目指しているゴールには近いということだ。

これは、本当に当たり前の話。なぜならば、自分が積み上げてきたもの(信頼、経験、ルール、価値など)がそこには育っているからだ。自身が育つと同時に自分を取り巻く周りの環境も育っているからだ。

そんな育った環境の中で、自己を成長させ、夢の実現に向かうほうが、周りも説得しやすく、発言権や信頼も勝ち得ているので、ゴールが非常に早く、実現可能性が高い。

当たり前だけど、見失いがちな話だ。

実現しようと思うことがあるなら、初めに信じた場所で、構築するほうが遠回りしているように感じることもあるかもしれないが、何よりも確実で早い方法だと私は思う。

ちなみに私が退職する際、言って頂いた心に残る一言がある。

「人間、ワープはできない。階段を一歩一歩のぼり前に進むしかできないんだ。」