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いつも感謝で

アトランタ在住のうぃどう、ぽーの日記





今日はマサキの学校で、
表彰式が行われる。



だがこんなめでたい日に、
何事もすんなりいかない、
ぽー家の日常。
またポカをしないよう、
今日の失敗談を記録しておこう。



まず一つ目。

買い物の帰りに銀行へ寄った。
入口の近くの駐車スペースへ車を停め、
日常の業務を済ませる。
そして銀行の外へ出てみると、
見えるはずの私の車がないっ!


えええええっ!
中古で買ったばかりの私のフィット君!
頭の中が真っ白になる。


そして2、3歩近寄っていくうちに、
何が起こったかわかってしまった。


(///ーー;//)


めっちゃ恥ずかしい事に、
私のフィット君は駐車場の真ん中にいた。
・・・そう、
サイドブレーキを引くのを忘れていたのだ。
周りに数人人がいたから、
私はそそくさと車に乗り、
すぐにその場を離れた。

ひゃぁ~~~、恥ずかしいっ。
皆何で車がコロコロ動いているんだろって、
不思議に思っただろうなぁ。
それとも何て情けない持ち主だと思っただろうか。
やっぱりそっちだな。^^;

15年以上オートマチックに乗っていたから、
ついついサイドブレーキを引くのを忘れちゃうんだよね。
たまにマニュアルってのも忘れて、
信号で停まっている時に足を離しちゃうし。
ああ、老いてるわぁ・・・。



そして二つ目。

今日の晩御飯は楽して野菜炒め。
と言っても焼肉と一緒に炒める。
焼肉に韓国のタレがついているから、
野菜にも味が付くだろうと食べてみたら、
少し薄味だったので冷蔵庫からタレを取りだす。

果物や野菜の入っているタレだから、
ちょっと振った方がいいなと思い、
右手で野菜を炒めながら、
左手でその大きなボトル状の容器を振った。


・・・ドバチャッ!


あたり一面に焼肉のタレがぶちまけられる・・・。@@;
そのボトルの大きな口から、
殆どのタレがガス台と床に飛び散った。
目が点になりながら、
少し残ったタレを炒め物に混ぜた。
キッチンマットにも大量にタレがかかり、
その後の掃除がどれほど大変だったか、
想像に任せるとしよう。





さて、マサキの表彰式。
こんなドジな母から生まれたとは思えない我が息子。

前回の学年中間の表彰式で、
オールAが貰える校長賞を貰えなく、
どれだけ彼は悔しがったことか。
ある意味彼の人生で初めてのことだったから、
今回は頑張ったようだ。
しっかり校長賞を貰っていた。

そして州全体で行われている、
CRCTのテストの表彰。
英語のリーディングとランゲージアーツは、
それぞれが校内最高得点。
数学は全問正解で賞を三つ貰った。

学問の面では、
いつも楽をさせてもらっている母。
昨日の母の日の朝食と同じくらい、
母は嬉しかったぞ。

来年は5年生。
テニスの道を更に突き進んで学校を換えるか、
それとも今の学校に留まるか、
いろいろ悩んでいる母である。
勉強ももっと難しくなってくるだろうし、
マサキは更に頑張らなければね。

神様、ありがと。m--m
そういうところは手のかからない息子で・・・。
こんな母だからこんな息子なのかもね。









あ、そうだ!
もう一つ事件が!

数日前に裁判所から通知が来た。
私達の帰国の前日、
娘のティティが裁判所に出向かなければいけなくなった。
それは国民の義務である「Jury(陪審員)」。
その裁判が一日で終わるか、
2週間で終わるか、
その日になってみないとわからない。
ああ、果たしてティティは日本に行けるのか。

何事もすんなりいかない、
ぽー家の日常である。













日曜日の今朝は教会へ行こうと思っていたが、
昨日の夜寒くても何もかけてなかったせいか、
朝起きたら体が重かった。
ケンタは昨晩友達のところへ泊まっているし、
大雨の中を運転して行くのは、
少ししんどいと思い、
今日は休むことにした。

マサキも昨日の夜は遅くまで遊んでいたから、
そのまま寝させる事にし、
私もまたベッドに戻った。



どれくらい寝ただろうか、
一階で何か音がする。
ケンタが友達のところから帰って来ていた。

マサキに何か食べ物を作っているのか、
何かを作っている匂いがする。
「ケンタ、帰って来たんだね。」
と階段の上から言うとマサキが、
「ママ、下に降りてこないでね。」
と言うから二人で何をしているんだろうと、
自分の部屋に戻ってテレビを付けた。

ほんの少しして、
マサキが大きなお盆を持って、
私の部屋へ入って来た。

「ママ、ハッピー・マザーズ・デイ。」

お盆のお皿の上には、
朝食が乗っている。
「ケンタがママのために作ったんだよ。」
私はマサキに思いっきりハグをした。
料理を持ってくるのは、
照れ屋のケンタの役ではない。

「ケンタにもハグしなきゃ。」
「ママ、ケンタはいつもの様にさせてくれないよ。」
「大丈夫だもん。後ろから捕まえるから。」

一階に下りて、
自分達の朝食も作っているケンタに、
後ろからハグをした。
やはり照れ屋なので顔を見せないヤツ。

私は自分の部屋でテレビを見ながら、
息子の作った朝食を食べる。
こんなささやかな幸せ、
いいよね。



夏休みに入るまで、
残り一週間。
明日はマサキの学校で表彰式。
金曜日にはケンタの卒業式。
そして日本に帰国するまでに、
後三週間もない。

慌ただしい日々の中での、
今日はまた特別な日となった。




いつも感謝で-m














学校で表彰式のパーティがあるため、
息子のワイシャツにアイロンを掛けた。

アイロンを掛けながら、
夫のことをふと思い出す。
毎日のように夫のワイシャツに
アイロンを掛けていたことがあったな・・・。

今では夫と同じサイズになってしまった、
息子のワイシャツ。

夫よ、
あなたの息子はこんなに大きくなったよ。




パーティはホテルで行われた。
表彰式はマグネットクラスの生徒だけのもの。
だから全校合わせても百数十人しか集まらない。
私もホテルでのディナーだから、
久々のおしゃれをしたりして。
やっぱりちょっとはステキな母でいたいしね。
(自分でそう思ってるだけなんだけど。^^;)

到着すると、
既に丸テーブルには前菜が並べられ、
何人かは座っていた。
隣に座った女性は、
誰かの母親だと思ったら、
息子と同い年だったことに驚く。

大きなスクリーンには、
生徒たちの写真が次々と写し出され、
写真の中の息子を発見すると、
「ああ、良い高校生活を送っていたんだな。」
としみじみ思う。

食事が運び込まれ、
メインを食べ終えた頃、
表彰式は始まった。

表彰されるのは、
圧倒的に女子生徒の方が多い。
アメリカ国内では女性の数の方が多いが、
理由はそれだけではないだろう。
私の職場でもそうだが、
どちらかと言うと女の子の方が真面目に勉強をする。

一層拍手が多かったのは、
The Gates Millennium Scholarsという奨学金を受け取った、
ケンタの友達ト二―が呼ばれた時。
この奨学金はかの有名なビル・ゲイツが出していて、
どこの大学だろうと全て必要なお金を出してもらえる。
ケンタもノミネートされたものの、
残念ながら落選してしまった。

後でケンタに、
「トニーとあなたの違いは何?」と聞くと、
「彼は努力家だから。」
「そりゃぁ、彼が選ばれて当然ね。」
我が息子に「努力」という言葉は存在しないんじゃないかと、
母は彼が小学校に入学して以来、
ず~っと思っていることなんだよね。

何とそれでもケンタは賞を貰った。
その賞に受かった生徒の名前を呼ぶために、
ステージに上がった初老の先生は、
自分の老眼鏡を忘れてしまい、
名前をすべて読み上げることができない。

ケンタのファーストネームを読めなかったのだろ。
彼女は彼をラストネームだけで呼んだ。
そうすると、
そこにいる大勢の生徒達は声を合わせて、
「ケ~~ン~~タ~~~。」と呼ぶ。

母は何だか、
非常に我が息子が誇らしく、
皆と仲良くしていた事を確認できた。

その賞とはマグネットからの奨学金。
十人くらいが受賞した。
そしてたった一人男子のケンタ。
女の子の真ん中に立たされ、
照れくさそうに写真を撮ってもらっている姿を見て、
夫に見せたかったなと思う。

貰った金額は500ドルと小さいけれど、
これから引っ越しにお金がかかるだろうから、
母としてはすご~く助かる。

パーティが終わり、
一番世話になった先生に挨拶に行く。
「入学当時はどうなることやらと思ったけど、
とうとう4年間が終わろうとしているね。」
と言いながら、
私はその先生と抱き合い涙を流す。

高校入学した当時は、
ケンタは早生まれだからまだ13歳だった。
(アメリカの高校は日本の中3から高3までの4年間)
思春期と父親との死別からまだ数カ月。
ケンタには本当に大変な時期だった。
私は学校に何度行き、
何度話し合いをしたことだろう。

だから余計に感慨深かった。
そんな4年間をその女性の先生は、
いつもケンタを見守ってくれていたのだった。




パーティが終わり、
子ども達は集まりワイワイと写真をお互い撮っている。


ワイシャツを着た息子の後ろ姿を見つめながら、
母は何とも言えない想いに浸るのだった。
















ケンタが行く大学を決めた。
行きたかった大学には行けないけど、
山のようにあるアメリカの大学で、
ランキング50位だったら、
ぼちぼち良い方だろう。

ま、ランキングは関係なく、
何をやりたいかが一番大切。
彼は小学校3年生の時からの夢、
建築家の道を真っすぐに突き進んでいる。

その大学の卒業生達は、
良い作品を建てていることを聞き、
ケンタもいつかは、
自分の建てたい家を
建てれるのかもしれないと思うと、
何だか母の夢も広がる。

大学に行くと言う事は、
また新しいステップであり、
これまでの守られていた生活とは違い、
一人で戦っていかなければいけない、
将来に向けての真剣勝負。

母の懐から離れてしまうが、
たくさん苦労して、
そしてたくさん努力して、
自分の人生の基礎を築いて行ってほしい。

離れてしまう事は、
身が引きちぎられるようで、
母としては寂しく辛いけれど、
息子が成長していくためには、
必要不可欠なこと。

それでも母には不安はつきまとうが、
彼がしっかりやっていくことを信じ、
応援していくしかないよね。

頑張れ、ケンタ!
志を強く持ち、
我武者羅に突き進んで行ってくれー!






ちなみに、
面接を受けた一つの大学からは、
まだ連絡が来ていない。
でもそこは自殺者ランキングが高いから、
行きたくないらしい。
ちなみにアメリカ一位の大学は、
自殺者ランキング共に「ハーバード」。
勉強に追い詰められるからなのか、
アメリカの大学は厳しいからね。














先週末の土曜日、
雨が降ったら友達が誘ってくれた
「レディースナイト」への参加予定だった。
しかし運悪く・・・というか、
雨が降らなかったから息子のテニストーナメントがあり、
日曜の早朝試合のために、
その久々のお出かけはなくなった。
それはそれで良かったんだけど。

でもその替わりに、
もう一つの「レディースナイト」に参加できた。



土曜日の息子の試合のが終わり、
トーナメント会場に近い友達の家へ宿泊。
そこにはもう一人の友達が来ていて、
更にもう一人誘って女4人だけで外食する事に決めた。
もちろん旦那様(友達の)と
子ども達(友達と私の)はお留守番。
ちなみにうちの息子達は、
「あまりお腹が空いていないから行かない。」
と言った事を言い訳にさせてもらおう。



久々の「レディースナイト」。
クラブではないけどレストランへ。^^
ってことで私は何となくエキサイト。
友達の車に乗って、
彼らの行きつけの韓国レストランへ。

最近話題には出していないが、
私は未だに韓ドラファンであり、
未だ韓国俳優のファンではあるが、
この頃は随分大人しくなった。
とは言え、
疲れていない時以外は、
毎晩韓ドラを観て眠りについている。

だから韓国レストランへ行く事は、
私にとってワクワク♪なのである。



友達の行きつけレストランは、
小狭い感じで客は殆ど韓国人だった。
そこがまた韓国情緒溢れる、
私にとってはウキウキ♪な感じ。

友達は「全て食べ放題コース(たった15ドル!)」を注文したが、
あまりお腹が空いていなかった私は、
そんな時でも野菜ばかりで食べやすいビビンバを頼む。

そして出てきたのがコレ!↓

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初めてこの↑入れ物をドラマで見た時、
「アルマイト洗面器」を思い出した。
たぶん今でこそないが、
大昔何処の銭湯にもあった、
叩くと軽~い音のする金属の器。

そしてその器に野菜とご飯を突っ込み、
コチジャンをぶっかけて混ぜて食べる、
この豪快な韓国料理に驚かせられた。


それからその料理を何度もドラマで見るうちに、
だんだん実際に食べたくなり、
韓国マートのフードコートで初めて食べ、
いきなり私の好物となる。

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だからこの器に私がどれだけ感動した事か!
これをスプーンでコツコツと音をさせ、
かき混ぜながら食べることは、
韓ドラファンならではの至福の時なのよね~。(*´~`*)



友達も豪快に食べ放題の焼き肉を食べ、
その他の韓国料理もテーブルに所狭しと置いてある。
なんたって何でも食べ放題だからね。

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そしてふとテーブルの下を覗くと、
これもドラマでよく見る、
ドラム缶の台座。↓

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こんな事に感動して写真を撮る私の、
韓ドラフリークはまだまだ末長く続くのである。








週末明けの月曜日は、
私にとっては定休日。
小学校の行事の一泊旅行(詳しくはこっち)のため、
早朝にマサキ(=まー君)を学校へ連れて行った。


いつもの月曜日だと、
午後早めに夕飯を作り、
放課後に息子達が行っているテニスセンターへ、
マサキだけを迎えに行き、
その足で違うテニスコートへレッスンに行く。
そして帰宅するのは午後8時半から9時にかけて。
できるだけ10時までにマサキを寝させ、
朝7時に起こし車で学校へ連れて行く。


ああ・・・、
今日はレッスンもないし、
明日の朝は早起きしなくていい~。/(o^。^o)/



だからいつもはマサキの事だけで、
仕事以外は忙しくしている母は、
今日は娘のティティと、
もう一人の息子ケンタ(ケン兄ちゃん)のために、
何かをしたくなった。


マサキを学校へ送って行った後、
スーパーに寄り、買い物をする。
そして家に帰って台所を少しかたずけ、
少し早目の夕飯作りに取りかかる。


じゃがいもの好きなケンタには、
ベイクドポテトとチリ。
スロークッカーという調理器具に、
炒めた食材を入れトマトソースで煮込んで作る。
ちなみに私はこれに、
サワークリームを混ぜて食べるのが好き。↓

$いつも感謝で-c


ティティには彼女の大好きな、
サワークリームシナモンケーキを焼く。↓

いつも感謝で-s







誰もいない家で一人洗濯をしながら、
ベイクドポテトチリとケーキと韓ドラ鑑賞。
(「シティ・ハンター}視聴中)
ある意味これって、
幸せな事だよなぁと、
じ~~~~んと感じるのであった。

いつも感謝で-ち

いつも感謝で-け






今日はバイトで7時半に帰ってくるケンタ。
ティティはもっと遅くなるだろう。
二人とも無事に帰ってきますように。






さぁて、
洗濯ものでもたたむかぁ。















アメリカってとこは、
不思議なところだ。

私が渡米した時は、
仏教神道どちらも信じているわけでもなく、
ただ習慣でどちらかになりすましていた。
自分自身常識があると思っていて、
人には迷惑をかけたくないという、
一般的な日本人だった。

それが十数年前のある時、
じわじわと気持ちが変わり、
ケン兄ちゃんが生まれた直後に、
私はクリスチャンとなる。

クリスチャンになって改めて、
アメリカは聖書の元に成り立った国だと私は気付いた。
もしそうでなければ、
こちらで行われる事は日本と同じように、
ただの習慣だと思っていただろう。

もちろんこの土地は元々、
先住民ネイティブアメリカンが住んでいた。
そこにピューリタン(キリスト教プロテスタント)が、
約400年前にイギリスからやってくる。
その時の先住民の人達が、
ピューリタン達の移住後を助けたことにより、
アメリカの代表的な祝日である感謝祭(サンクスギビング)があると、
私は理解している。

裁判所でも聖書に手を置いて誓いを立てたり、
すべてのお札(ドル)にはしっかり「IN GOD WE TRUST」と印刷してある。

会った相手がクリスチャンだと、
同じ聖書の秩序に沿った考え方だと思い、
仲間意識が出てきたり、
何故だか安心して話をすることができる。

日本で生きていた30年間では、
想像できなかったほどに、
私はたくさんの人達に助けられて、
この異国の地で生きて行くことができている。



そんなアメリカではあるけども、
秩序と無秩序の差があまりにも激しい。

優しい人が多い中に、
自己中心的な人が多い。
自分を主張していかないと、
生活をしにくい国だ。

「4 Way Stop Sign」という道路標識があるが、
これは四つ角に止まった車が、
一台一台順番に発車することにより、
事故が起きないようになっている。
日本に住んでいる妹曰く、
「こんな標識が日本にあると事故が起こりそう。」
私はアメリカ人の気長な習慣により、
相手の車を待つことが苦痛ではなくなり、
黄信号でもゆっくり止まる事が多くなった。

しかしそれとは反対に、
毎日学校で行われる子ども送迎バトル。
校舎の出入り口の前の道はロータリーなっていて、
そこに車を乗り付け子どもを下ろす。
皆順番に並んでいるが、
いきなり車を止めて出会った人と世間話。
後ろに何十台車が並んでいようと、
全く気にしない人が多い。
ひどい時は出入り口の真正面に車を止め、
下りて校舎内に入って行ってしまう人。
その人の車のせいで車の流れが悪くなり、
大渋滞を起こしてしまう時もある。
今朝は並んでいる私の車の前に急に割り込み、
停車ランプをいきなりつけてしまう人がいた。

「どうしてこんな事ができるのだろう。
人に迷惑を掛ける事を何とも思っていないなんて。」

特に日本人だとそう思うだろう。
聖書に書いてあるゴールデンルールは、
「自分のしてほしことを他の人にする。」
ということは、
「自分のしてほしくないことは他の人にはしない。」
このようなルールが通用しない、
秩序と無秩序が同居しているような、
そんな不思議な国なんだよね。
アメリカって。




この国では、
思いもよらない人の優しさと、
思いもよらない人の傲慢さを体験した。
それでも良い国だとは思いつつ、
日本に帰ると、
改めて日本は良い国だと感じる。

小さな島国で、
多くの天災を抱えていながらも、
助け合って生きてきた日本人。
周りに迷惑を掛けないようにという思いから、
間違った方向に向かいがちだし、
真面目だとお堅いと言われるし、
意見をはっきり言うと冷たい人に見られる。
けれども、
安心できる優しさが日本人にはある。

でもこうやって思う事が出来るのも、
日本を出てしまったからなんだよね。
もしあのまま日本にいると、
日本の本当の良さを、
私は今ほど感じなかったのではないだろうか。




「住めば都」
今は私にとっては、
どちらの国も都である。
住み慣れれば、
アメリカは住みやすい国。
イライラさせられたり、
がっかりさせられる事が多いけど、
日本と違った優しさを持つ国だと思う。




それにしても、
こうやって毎年行き来できるのも、
今年までかもしれないと思うと、
すごく寂しい。
でも今は子どもの事を一番に考え、
生活していかなくてはならない。
もっと歳を取って一人になったら、
また日本の国にどっぷり漬かりに行きたいなぁ。












ティティはアルバイト。
ケン兄ちゃんは卒業旅行。
まー君も春休みに入り、
お友達の家へお泊りに行った。



そして、
私はたった一人、
家に帰る。

いつの日か、
たった一人になるんだろうな・・・、
と思った。

小さい部屋には大きすぎる、
キングサイズのベッドに、
小さい私が一人座ると、
なんだかもっと寂しくなる。



いつの頃だったか。
若い時にはしていなかったが、
ペディキュアをするようになった。

アメリカ女性は、
裸足で靴を履く人が多いと思う。
だからペディキュアをしている人も多い。
以前は私の考え方が古かったのか、
ペディキュアには抵抗があった。
でも女性上司も殆ど、
身なりを綺麗に整えている人も、
ペディキュアをしてるのを見て、
いつしか自分もするようになっていた。
そして何もしてないと、
裸でいるような気持ちになり、
サンダルを履く季節になると、
ペディキュアを塗る。



春になり、
靴をサンダルに換えたのに、
毎日忙しく駆け回っていると、
それすら億劫になっていたこの頃。

一人ぽっちでベッドに座ると、
裸の素足が私を見る。

アレルギーで顔も体もぼろぼろだけど、
足くらいは綺麗にしてあげなきゃね・・・。

広いベッドの端っこで、
私はペディキュアを塗った。



子ども達がいなくなり、
一人ぽっちになった時、
私は自分にもっと気を使うのだろうか。
まー君が家を出る頃には、
そんなことを考えれないような歳になっているだろうけど。



てな感じで、
一人感傷的になった夜。
後2ヶ月で、
鉛筆のような細い人々の中に(日本)、
このぶっとい我が身をさらさなければいけない。
足だけぢゃ、
あかんのだよ。
少しはダイエットもしなきゃ!

と思いつつも、
今日も友達の家で行われる、
「お好み焼きパーティ」へ、
勇んで行くのであった。













うちのおっさん坊や、
ケン兄ちゃんはまたもや・・・。

昨日(土曜日)家に帰ると、
キッチンのテーブルの上に、
書類の山があった。
まー君に「これ何?」と聞くと、
「ケン兄ちゃんがすぐ送ってって。」
「何ですってぇ?!」

ケン兄ちゃんは、
一昨日の夜から友達の家に泊まり、
昨日バスに乗ってニューヨークへ向かった。
男友達5人で春休みを使っての卒業旅行。
ああ、もう旅立つんだなと思っていたら、
まだとんでもないお荷物なヤツ!

私達が家に帰ったのは午後10時半頃。
朝は仕事で午後からテニス。
帰りに友達のところへ寄り、
夕食を食べて帰宅した。

そしてそこで発見した、
テーブルに置いてある書類の山。
その重要そうな書類には、
4月1日までの郵便局のスタンプ付きで,
所定の住所まで送るように書いてある。

「4月1日って言ったら、
明日の日曜日じゃんか~!
土曜日の朝に分かっていたら、
近くの郵便局が開いていたのに。
私が金曜日の夜に家に帰った時、
まだ自分は家にいたんだから、
何で私に直接言わないの?」

バスの中にいたケン兄ちゃんと、
激しく言い合いをした。
土曜日の早朝に、
まー君が母に言わなかったからと、
彼のせいにする。
このいつまでも人のせいにする性格が、
母は本当に悲しいんだよね。

電話を切ってから、
ウエブサイトでまだ開いている郵便局を捜し、
11時59分まで開いている場所を確認。
残り時間30分のところを、
母は車をかっ飛ばし、
11時53分に書類を送った。

携帯のテキストで、
書類を送った事を知らせ、
「Independence and responsibility(自立と責任)」
という言葉もケン兄ちゃんへ送った。



いつになったら、
我が家の長男坊は大人になるのだろう。
このままでいくと、
苦労しながらそれを学ぶのだろうなぁ。
これまで守られてきた事すら、
今はまだ感じていないんだろうから。

私がそうだった。
一人で暮らしてみて初めて、
父はよく家族を支えているなと感じた。
父と母に守られていた事を、
ずっと後になって感謝した。



もう朝は誰も起こしてくれない、
忘れ物をしても誰も届けてくれない、
家に帰っても自分で食事を作らなければいけない。

そんな寂しい想いをしながら、
彼はこれから大人になっていく。
いつまでたっても、
子離れできない母は、
それを考えただけでも辛くなる。



・・・きっと、
ケン兄ちゃんは大丈夫!
と心の中で思っているんだけどね。



高校に入ったばかりの時、
反抗期で大変だった。
その頃に行きたいと言っていた大学がある。
昨日その大学から入学許可の書類が届いた。
ケン兄ちゃんにその事をテキストで送ると、
とても喜んでいた。
本当に行きたいところからは、
まだ何の連絡もないが、
とりあえずは、
州外に出て行く事は決定した。

寂しくなるなぁ・・・。

とにかくこれから、
「自立と責任」の大切さを肌で感じながら、
ステキな大人になっていってほしい。






私の大好きな曲。
これをケン兄ちゃんに捧げたい。

ユン・サンヒョン「明日」
















人は誰でも、
辛い時がある。
他人から見れば、
どんな些細な事でも、
その人にとっては、
息ができないほど、
苦しい時がある。





友達はその苦しさの中で、
長い間もがいていた。
苦しくて苦しくて、
なぜ自分にこんなことが起こるのか、
どうしたらいいのかも分からない。


そして自分からか他人からか、
教会の門をくぐっていた。

中に入ると、
なぜか分からず涙が出る。
いつもいつも涙が出る。

そうしてそれを知る日が来る。
それは既にあったけど、
気付かなかった。

どうしてそんな気持ちになったのか、
なぜそれに気付いてしまったかも、
自分では分からない。

でも知ってしまうと、
容赦なく喜びが溢れてくる。
嬉しくて嬉しくて、
涙が止まらなくなってくる。





そんな友達を、
この一年間見てきた。
私と全く同じ経験を見て、
喜びと感謝で私も泣いた。





そして昨日同じ場所で、
私の斜め前のベンチに座っていた、
赤いシャツの男性が、
最初から最後まで、
ずっと涙を流していた。

彼も苦しんでいるんだ。
彼女と同じように、
私と同じように。

彼もまた、
私達と同じように、
喜びを感じる日が
すぐに来るのかと思うと、
私の胸は熱くなり、
私も涙が止まらなかった。

















この前車を買ってしまったから、
貯金も超少ないし厳し~状態。
月末に支払いをどっとする私は、
銀行の残高と支払金額を照らし合わせ、
何とかどこか減る所はないか、
しつこく探しまくる。

さっき家の電話の長距離サービスを削って、
なんとか20ドル減らした。
それでもガソリンが上がった分、
車の保険も上がったし、
物価も上がっている気がする。

でもね。
私のFit君はなかなかいいよ。
前のミニバンは満タン24ガロン(約91.20ℓ)で、
414マイル(666.54km)走る。
Fit君はこの前ガソリンランプが点くまでだと、
312マイル走ることができた。
満タンに注いだところ8.9ガロン(33.82ℓ)と
ミニバンのおおよそ三分の一。
1ガロン当たり17.25マイルのミニバンの燃費に比べ、
Fit君は約34.90マイル。
やったぁ、半分だ!

今はまだ苦しいけど、
これからガソリン代は少なくなるだろうから、
もう少し辛抱しないとね。

でもケン兄ちゃんが、
州外の大学に出るだろうから、
いろいろなものを揃えたりで、
出費がかさむだろうなぁ。

その後は食費がぐっと減るけどね。
でもケン兄ちゃんがいない分、
草刈りも誰かに頼まなければいけなくなるし、
出費が増える事もある。

もっと減らせるところがあるか、
捜してみなきゃ・・・。



4月初旬はスプリングブレイク(春休み)。
仕事も週後半は休みになる。
5月はケン兄ちゃんの卒業式。
・・・未だ信じられないけど。^^;
そして6月は里帰り。

早いなぁ。
歳を取るほど、
日々が駆け足で過ぎ去っていく。

こんなお金の事で、
うだうだ言っててももったいない。
毎日楽しく生活しなきゃ。
生きていけるだけでも、
感謝だね!