アメリカってとこは、
不思議なところだ。
私が渡米した時は、
仏教神道どちらも信じているわけでもなく、
ただ習慣でどちらかになりすましていた。
自分自身常識があると思っていて、
人には迷惑をかけたくないという、
一般的な日本人だった。
それが十数年前のある時、
じわじわと気持ちが変わり、
ケン兄ちゃんが生まれた直後に、
私はクリスチャンとなる。
クリスチャンになって改めて、
アメリカは聖書の元に成り立った国だと私は気付いた。
もしそうでなければ、
こちらで行われる事は日本と同じように、
ただの習慣だと思っていただろう。
もちろんこの土地は元々、
先住民ネイティブアメリカンが住んでいた。
そこにピューリタン(キリスト教プロテスタント)が、
約400年前にイギリスからやってくる。
その時の先住民の人達が、
ピューリタン達の移住後を助けたことにより、
アメリカの代表的な祝日である感謝祭(サンクスギビング)があると、
私は理解している。
裁判所でも聖書に手を置いて誓いを立てたり、
すべてのお札(ドル)にはしっかり「IN GOD WE TRUST」と印刷してある。
会った相手がクリスチャンだと、
同じ聖書の秩序に沿った考え方だと思い、
仲間意識が出てきたり、
何故だか安心して話をすることができる。
日本で生きていた30年間では、
想像できなかったほどに、
私はたくさんの人達に助けられて、
この異国の地で生きて行くことができている。
そんなアメリカではあるけども、
秩序と無秩序の差があまりにも激しい。
優しい人が多い中に、
自己中心的な人が多い。
自分を主張していかないと、
生活をしにくい国だ。
「4 Way Stop Sign」という道路標識があるが、
これは四つ角に止まった車が、
一台一台順番に発車することにより、
事故が起きないようになっている。
日本に住んでいる妹曰く、
「こんな標識が日本にあると事故が起こりそう。」
私はアメリカ人の気長な習慣により、
相手の車を待つことが苦痛ではなくなり、
黄信号でもゆっくり止まる事が多くなった。
しかしそれとは反対に、
毎日学校で行われる子ども送迎バトル。
校舎の出入り口の前の道はロータリーなっていて、
そこに車を乗り付け子どもを下ろす。
皆順番に並んでいるが、
いきなり車を止めて出会った人と世間話。
後ろに何十台車が並んでいようと、
全く気にしない人が多い。
ひどい時は出入り口の真正面に車を止め、
下りて校舎内に入って行ってしまう人。
その人の車のせいで車の流れが悪くなり、
大渋滞を起こしてしまう時もある。
今朝は並んでいる私の車の前に急に割り込み、
停車ランプをいきなりつけてしまう人がいた。
「どうしてこんな事ができるのだろう。
人に迷惑を掛ける事を何とも思っていないなんて。」
特に日本人だとそう思うだろう。
聖書に書いてあるゴールデンルールは、
「自分のしてほしことを他の人にする。」
ということは、
「自分のしてほしくないことは他の人にはしない。」
このようなルールが通用しない、
秩序と無秩序が同居しているような、
そんな不思議な国なんだよね。
アメリカって。
この国では、
思いもよらない人の優しさと、
思いもよらない人の傲慢さを体験した。
それでも良い国だとは思いつつ、
日本に帰ると、
改めて日本は良い国だと感じる。
小さな島国で、
多くの天災を抱えていながらも、
助け合って生きてきた日本人。
周りに迷惑を掛けないようにという思いから、
間違った方向に向かいがちだし、
真面目だとお堅いと言われるし、
意見をはっきり言うと冷たい人に見られる。
けれども、
安心できる優しさが日本人にはある。
でもこうやって思う事が出来るのも、
日本を出てしまったからなんだよね。
もしあのまま日本にいると、
日本の本当の良さを、
私は今ほど感じなかったのではないだろうか。
「住めば都」
今は私にとっては、
どちらの国も都である。
住み慣れれば、
アメリカは住みやすい国。
イライラさせられたり、
がっかりさせられる事が多いけど、
日本と違った優しさを持つ国だと思う。
それにしても、
こうやって毎年行き来できるのも、
今年までかもしれないと思うと、
すごく寂しい。
でも今は子どもの事を一番に考え、
生活していかなくてはならない。
もっと歳を取って一人になったら、
また日本の国にどっぷり漬かりに行きたいなぁ。