東北関東地震で亡くなられ方のご冥福と被災された方々へのお見舞い申し上げます。
地震の発生から、早10日が経ちました。
この間、被災された方は、もちろん、「隠れた被災者」の方も、多いと感じております。
今回の震災では、福島原発の影響により、茨城のほうれん草と福島の牛乳に微量の放射性物質が
検出されています。
茨城県等の原発近隣農家の方は、風評被害等も含め、出荷が出来ない可能性があります。
福島原発の放射性物質は、目に見えないものですが、放射線量を計測することで、放射能が
どの程度付着しているかどうかを判断することが出来ます。
対策としては、農家の方も、消費者も放射性物質の知識をつけるとともに、健康被害が出ないような対策をきちんと講じる必要があると思います。
■チェルノブイリと比較されやすいので、財団法人 高度情報科学技術研究機構のHPで、
放射性物質の健康への影響を調べてみました。
↓
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-03-01-12
■平常時にも、農業環境技術研究所で、農産物をモニタリングしていました。
↓
http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/publish/niaesnews/086/news08608.pdf
【カンボジアのソーシャルビジネス】
カンボジアの世界遺産のアンコールワットに行ってきました。
1960年、カンボジアのジャングルに発見された寺院、あれだけの遺跡を創り上げたクメール王朝の文明は、一見の価値があります。かなり侵食されていますので、興味のある方は、お早めに行った方が、いいと思いました。(このままだと、立ち入り禁止の場所が、どんどん増えるかもしれません。)
さて今回、カンボジアでの見学したのが、職業訓練校をかねた伝統工芸店とクッキー店のソーシャルビジネスモデルです。
①KHMER ANGKOR FOODS CO,.LTD(アンコールクッキーのお店)
2004年に設立された、日本人のマダムサチコさんによるクッキーのお店です。だだのクッキー屋さんでは、ありません。カンボジアというと地雷や内戦があり、まだまだ情勢も落ち着かない国での、起業です。平均収入が、1万円位の最貧国で、どうやって商売を始めたのか?
それまでは、カンボジアでは、長期保存のできるお菓子がなかったそうです。そこに着目して、起業して、いまでは、100名の従業員を雇用できる会社となっています。お店の企業理念は、以下に書きました。ソーシャルビジネスのお手本で、応援したくなります。(私もお土産をしっかりと買いました。)
●カンボジア人の手によって本当のカンボジア製品を作り出し、カンボジアを訪れる観光客に品質のいいカンボジア土産を提供すること
●援助とういう一方的に与える関係ではなく、若い人たちが自分の足で自立して生きていくためにカンボジアの人に働く場所を提供していくこと
●カンボジアの若い力がこれからの国づくり、カンボジアの未来へ貢献していけるようにするため、スタッフひとりひとりが夢と希望を持てる職場環境を作り、カンボジアの若い人たちの可能性を広げていくこと
http://www.angkorcookies.com/japanese/jp_home.php
②Artisans Angkor
カンボジアの伝統工芸をユニセフ等の支援で、伝統工芸の職業研修所を立ち上げて
貧しい農家の若者を訓練して、シルク・絵画・彫刻等を作成し、作業工程を見学する
ことで、外国人観光客の興味をもたせて、販売する仕組みでした。感心したのは、
訓練生徒の5%を障害者の方の雇用をしていたところです。
ソーシャルビジネスモデルとしては、良いモデルであると感心ました。
↓
http://www.artisansdangkor.com/index.php
カンボジアの世界遺産のアンコールワットに行ってきました。
1960年、カンボジアのジャングルに発見された寺院、あれだけの遺跡を創り上げたクメール王朝の文明は、一見の価値があります。かなり侵食されていますので、興味のある方は、お早めに行った方が、いいと思いました。(このままだと、立ち入り禁止の場所が、どんどん増えるかもしれません。)
さて今回、カンボジアでの見学したのが、職業訓練校をかねた伝統工芸店とクッキー店のソーシャルビジネスモデルです。
①KHMER ANGKOR FOODS CO,.LTD(アンコールクッキーのお店)
2004年に設立された、日本人のマダムサチコさんによるクッキーのお店です。だだのクッキー屋さんでは、ありません。カンボジアというと地雷や内戦があり、まだまだ情勢も落ち着かない国での、起業です。平均収入が、1万円位の最貧国で、どうやって商売を始めたのか?
それまでは、カンボジアでは、長期保存のできるお菓子がなかったそうです。そこに着目して、起業して、いまでは、100名の従業員を雇用できる会社となっています。お店の企業理念は、以下に書きました。ソーシャルビジネスのお手本で、応援したくなります。(私もお土産をしっかりと買いました。)
●カンボジア人の手によって本当のカンボジア製品を作り出し、カンボジアを訪れる観光客に品質のいいカンボジア土産を提供すること
●援助とういう一方的に与える関係ではなく、若い人たちが自分の足で自立して生きていくためにカンボジアの人に働く場所を提供していくこと
●カンボジアの若い力がこれからの国づくり、カンボジアの未来へ貢献していけるようにするため、スタッフひとりひとりが夢と希望を持てる職場環境を作り、カンボジアの若い人たちの可能性を広げていくこと
http://www.angkorcookies.com/japanese/jp_home.php
②Artisans Angkor
カンボジアの伝統工芸をユニセフ等の支援で、伝統工芸の職業研修所を立ち上げて
貧しい農家の若者を訓練して、シルク・絵画・彫刻等を作成し、作業工程を見学する
ことで、外国人観光客の興味をもたせて、販売する仕組みでした。感心したのは、
訓練生徒の5%を障害者の方の雇用をしていたところです。
ソーシャルビジネスモデルとしては、良いモデルであると感心ました。
↓
http://www.artisansdangkor.com/index.php
●うどん店舗での店内作業、接客業務、企業内実習などを通して職業自立を図る訓練施設である「なごや職業開拓校」のうどん店です。坂口校長にお伺いをしました。
■始めた職業応援する場をつくるキッカケはなんでしょうか?
1996年より以前は、”企業で働けるのは一部のエリート障害者だけ”というのが常識でした。「行き場のない障害を持つ人を守る」ということが障害者施設の、そして当時の私自身のアイデンティティでもありました。
そんな時、アメリカ等で重度障害の人でも企業で働くことを実現する「援助付き就労」のムーブメントが紹介され、衝撃を受けたということが一つのきっかけでした。
もう一つは、うちの会で当時働いていた障害を持つAさんでした。彼はよく他人への暴力やサボタージュなど起こしてしまう方でした。
『他の施設は所詮単なる福祉施設、うちはどんな障害の人でも受け入れ、どこもやっていないような支援をやっている、何処よりも素晴らしい所だ』という自負(思いこみ)がありました。
ある事件でAさんがとうとう辞めざるを得ないとなった時も「うちでダメだったら何処もないだろう・・・」と思っていました。
しかし数ヵ月後、たまたま街で再会した際、彼の口から出たのは『○○会社で働いています!楽しいです!』という言葉でした。
しばらく何が起こったのか理解できずにいました。2,3日考えて気づいことは、
①「人によって合う場(仕事)、合わない場(仕事)は違う」
②「地域にも彼らを受け入れてくれる人や場がある」ということでした。
人それぞれの多様性を大切にすること、地域の可能性、そして何より自分自身の不勉強さを、Aさんに教えてもらったと今でも心から感謝しています。
■なぜ、うどん屋さんを選んだのですか?
ここでの作業の主な目的は、技能を磨くことではなく、その人の適性や強みを発見し、基本的な職業習慣を学んでいただくことです。
作業はあくまでも”手段”なので、何でも良かったのですが(笑)、「就職を目指す訓練だから、ここでの仕事が、より実践的で地域とつながりをもてる仕事にしよう!」ということにはこだわりました。
紆余曲折の末、うどん屋にたどり着いたのは、製麺機製造販売や店舗運営コンサルなど行ってみえた香川の社長さんとの出会いのご縁が大きかったです。
「うどん店業界はそばやラーメンに比べ旧態依然で遅れている。君たち素人でも工夫次第で勝負できる」等などいろいろな熱いアドバイスやご指導を頂きました。
余談ですが、店のコンセプトやメニューを考える段階で名古屋周辺のうどん屋さんをとにかく毎日回りました。1日6軒とかいう日もあって、今より体重が10kg近く多かったです・・・。
今でも、24席の客席がお昼で3回転ほど回ります。お客様が多い日は、利用者の皆も大変だけどうれしいようで、ありがたい限りです。
■今後、将来の展開は計画ありますか?
「スタッフが一番幸せでいられ、日本一の就労支援サービスを提供する事業所」づくり。
15年前と比べ、障害を持つ人の雇用は進みました。ハローワークからの就職件数も知的は2倍、精神においては7倍の伸びです。しかし全国の雇用施策対象者(18歳~64歳)360万人のうち、企業で働いている人は、わずか44万人、12%です。
就労支援の機関やサービスも増えましたが、「景気低迷の中、障害者雇用は難しい・・」と、及び腰のところや成果が出せず辞める所もあるようです。また、この業界、若い人が夢を持って入ってきても、なかなか定着できない現状があります。
今後は、従来の活動に加え、支援事業所の増設、自ら障害を持つ人を雇う会社づくり、経験を生かした他機関へのコンサル事業などもできたらいいな!とアイデアはつきません。
鍵は、それを進めていく組織システムとそれを支えるスタッフだと思っています。
現在のうちの組織は、40年近く障害者運動に取組んできた歴史や実績が邪魔をして、なかなか新たなことに挑戦していこうという雰囲気や文化に乏しい面があります。
あくまでも私の勝手な思いですが、まずは社内ベンチャー的に新規事業組織を立上げ、上記の目標への取り組みのスタートにしていければと考えます。
※なごや職業開拓校 坂口校長ありがとうございました。また、機会がありましたら、おいしいうどんを食べに行きかせていただきます。働いているスタッフの方達が、とっても楽しそうに働いている雰囲気が印象に残りました。
「なごや職業開拓校」の則武家 うどん
↓
http://bit.ly/95tkp2