先日の電話相談を受けた後に感じ取ったもの。
好ましい結果、好ましくない結果という概念からの卒業。
元々は解決する方が良いこと、改める方が良いことが
一つも存在しない世界と命。
ストレスや問題、苦悩を生み出しているのは、
「こうなって欲しい」「こうなりたい」「この方が良い」といった、
事前に希望したストーリー体験が正確且つ自動的に展開し続ける、
元々の世界と命の姿を捻じ曲げている自身の我の欲と想い。
日々の時間の流れの中で自身に起こる反応を誤魔化さずに見ると、
色々な蟠りが湧き起こっていることに気付けるが、
これらはその元々の世界の姿とのずれ。
このずれを生み出している我のエネルギーの影響を仕舞い込んでいると、
その蟠りを感じさせられる出来事が形を変えて起こり続ける。
その存在を自分自身として受け入れて統合してもらえるまで。
好ましい結果に拘って手に入れようとして、
存在を認められず、直面することから逃避している要素は何だろう?
夢を実現しなくても良い。
生き生きと輝いて過ごせなくても良い。
やりたいこと、好きなことができなくても良い。
不幸と感じているままでも良い。
成長して立派にならなくても良い。
品行方正でなくても良い。
劣等感だらけの自分でも良い。
恋人やパートナーがいなくても良い。
愛されなくても良い、認められなくても良い。
喧嘩ばかりで理解し合えなくても良い。
孤立しても良い、仲良くできなくても良い。
お金が無くても良い。
自由が無くても良い。
逃避してきた蟠りの存在を受け入れて許していくと、
その蟠りの影響が希薄になっていき、起こらなくなっていく。
心身が軽くなり、緩まっていく。
解決する方が良いこと、改める方が良いことが一つも存在しない
元々の完全な世界と命の姿に戻っていく。
得たい感覚、体験したい時間は足元に存在していたと、
改める必要性は何もない成すがままの世界と自分で
大丈夫だと感じるようになっていく。
何とも逆説的で皮肉な有様。
調和や良い人などの道徳心の影響を受け続けているのは、
他者のためというより、自分自身の平安のためでもあるのだろう。
加害者や被害者の想いからの防衛。
元々は事前に希望したストーリーを体験するための
完全な場所、完全な命として自然に機能し合うシステムが
組み込まれている地球アトラクション。
迷惑をかけること、迷惑を受けると感じることも、
そのストーリーを遊ぶために欠かせない要素であり、
完全に消滅させるべき現象でもなく、完全に消失させることはできない。
道徳心を持って生きることを心掛けても、
迷惑をかける体験や迷惑を受ける体験は不可避。
そういう視点で見ると、道徳心に影響されて、
自身が傷つくことから身を守る習慣に縛られるのは、
自我人格にとっては報われない疲弊する生き方、息苦しい生き方。
人は道徳心、お金、その他の分野でも、
起きたら不快になる現象や避けたい痛みと直面しないようにするための
バリアーを作ることにエネルギーを費やす習性から、
なかなか自由になれない傾向を持っている。
事前のセーフティネットやバリアーが全く無い状態で、
もうどうなっても良いから起きてくる感覚のままに解放的に生きて、
それでも絶対に大丈夫という絶対的な信頼感の中に
存在していたいという想いが伝わってくる印象。
目に見えない形でのそのような信頼と安全は最初から
用意されているようだが、こんな話を耳にしても、
そんな生き方にすぐに踏み出す人はほとんどいないだろう。
自我の人格の方が大乱闘を起こして、ありとあらゆる
理由付けや忠告を煩く持ってきて、黙ることをしない。
自我人格の影響の色に染まっていると、
どれだけ勇気を振り絞っても踏み込むことは大変困難。
ご両親や家族とか、親しい人達も反対したり、
引き止めたり、許さない反応を示してくるケースが多いので、
その圧力に飲み込まれるのが自然。
しかも前述の絶対的な信頼の中で生きなくても、
充実した人生を送ることはできると思うので、
無理してする必要性は全くない。
ただ、不安や恐怖に囚われていない絶対的な安心と信頼と喜びの
連鎖の世界を体感するには避けて通れない道。
話を耳にする中で、その内容を突き詰めていくと、
苦悩や問題、ストレスを生み出している存在を見る。
パターンは様々だと思うが、その中で、
「お金を必要としている」
「お金が無くてはならない」
この囚われのエネルギーの影響が内部に存在し続け、引っ張られて
抜けられない状態はよく原因として見られるケースの一つだろうか。
地球アトラクションの進行を管理している本体の人格は、
前述の囚われのエネルギーの影響から解放された時、
全能の力を使用して、どんな世界の光景を映し出すのか。
令和生まれの子達、新しい時代を作るストーリーを遊びに来た者達の
本体の人格なら、現代の人類の自我人格では想像もできない
新しい可能性と新しい世界の姿を創造してくれるかもしれない。
こんな囚われのエネルギーの影響から解放される必要はないし、
解放されることが素晴らしいことでもなく、
囚われたままでも健やか且つ幸せに過ごすことはできる。
ただの好奇心。
不安や恐怖に基づいて、お金に安心、安全を見て、
それを得ようとする今この瞬間のエネルギーの流し方。
この従来の視点をどこかで果敢にシフトさせる流れが、
タイミングが来た時点から始まっていく。
一生の喜びの影響の思い出となり得る変容を渡せるか。
旅立ちを見送られた時に相手の涙を流す姿を見た時。
そのような心境を味わったことがないと思った。
そんな体験はできそうにないと思った。
しかし、縁が無くなるわけではないものの、
今までの距離感と関係が無くなるような旅立ちの話を聴くと、
自身が旅立ちを見送られた時の相手の涙のような
痛さと切なさを初めて感じた。
人間という存在に対して思い入れや愛着のような心境を体感するとは、
随分と貴重な時間が起きたような気がする。
存在しているのが当たり前だと認識しがちな
健康が壊れると健康に愛着を持つように、
普段は喜びの大きさに気付けないが、無くなっていく事実が
目の前に現れると、自身の生き続ける選択を支えてくれていた
要素になっていたことに気付けるようなものだろうか。
現実世界から去ることを思い留まれるような影響を
お互いの存在がお互いに与え合っている時間を過ごせる遊びは、
心の琴線に触れる温かさが流れているような印象。
そんな微笑ましい忘れられない思い出が刻まれて、
振り返った時に温かな気持ちが蘇り続ける親しさの時間を、
動物でも、人でも、どんな間柄でも体感できる時が増えると、
地球に温かい影響が伝播していくかもしれない。
新しいテスト音楽が出来上がってきたので、
シェアすることにしました☆
スタジオジブリ作品の音楽が好きだという声を聴いて、
国民的作品にはあまり詳しくないため、調べたところ、
神秘系の世界観やノスタルジック系の世界観の音楽が多いのでしょうか。
そういう方向性の音楽を作ってみようと思ったのですが、
今回の音楽からは絵本や童話のような温かいファンタジー世界の時間や、
その温かいファンタジー世界を探検しているような
イメージが浮かんできました。
テスト音楽4
余談ですが、音楽制作を通して表現できる世界観の多彩さには
面白さと驚きを感じずにはいられません。
これから世界が滅亡に向かっていくような、
魔王が降臨するような音楽(笑)を
試しに作った時は思わず笑ってしまいました。
それと、ゲド戦記の挿入歌として扱われているテルーの唄の
ピアノアレンジの一つがとても印象に残りました。