道中膝栗毛 発端(8/n)
(地の文) 弥次郎兵衛の女房が出て行くと、兵五左衛門は大小の刀をとって放り出した。(会話文)兵五「やれやれ肩の荷が下りた。なぁ弥次さん、私の芝居はなかなか良かったんじゃありませんか」弥次「いやぁ駿河者の方言には恐れ入った。この田舎侍の身なりも良いね。こんな百石取りに見えるようなイイ男を、天秤持って行商する(タコによく合う)芋七にしておくなんて、どんなケチな後家の質屋に見せたって、もったいないっていうだろうよ。 それにまた、この矢場(弓矢で遊ぶところ。その実私娼窟でもある)のおタコの、田舎娘の身振りが良かったね。 これが皆俺の狂言(ウソ)で、二人に芝居を頼んで、女房をだまして追い出したのも、あの陰気な女に飽き果てたからだよ。 もうひとつには、急に十五両というかねがなければならないということで、芋七、お前にふっと話したら、『そりゃあちょうどいいことがある。あるところのご隠居が、家の女中に手をつけて孕ませてしまったが、婿や娘の手前、知られる前にと表向きに暇を出して(解雇して)、仲介人のところへ内緒で女を預けている。しかし何とか腹の子ごと、金15両で片づけたい、とちょうど私(芋七)が頼まれている。しかし女房がいるからどうも…』という話をする。 俺(弥次郎兵衛)もちょうど15両が欲しい最中である、例え腹に人の子が宿っていようが、金さえ持ってくればいい。ちょうど年増女房に飽きたところである。こいつは良い、と、このウソの芝居を計画して、お前たち二人を頼んで、まんまと上手に離婚したが、持参金っていうのは、急にやってくるのか、どうなんだどうなんだ?」芋七「いやすぐに来るはずだよ。お前(弥次郎兵衛)も金が急いで必要なんだろう、先方でも腹が落ちそうなくらい大きくなって産まれそうだから、一刻も早い方が良いと急いでおられるから。だから今夜遅くなってから、そっと駕籠でここにやってくるようにしておいた。ちょっとくらい酒でも出さなきゃならないだろうが、家にとっておいたのがあるかい?」弥次「やあやあ今夜来るのか!それはまた早急な話だな。そう知っていたら、今日散髪でもしておいたのに。どれどれちょっとヒゲだけでも剃って来よう。」芋七「こらこら、こんな時間にどこに床屋が開いてるっていうんだよ。それより酒の支度でもしておくといい。こらお前、何まごまごしてんだよ」弥次「いや何もしねぇけどよ、ちょっと爪でも切っておこうと思って」芋七「何だくだらねぇ、そんなことしなくたっていいじゃねえか」弥次「いやそれでも、手の爪十本全部切らなくてもさ、せめて(性交の前戯のため)二本の爪くらいは…」芋七「ハハハハハ、やめてくれよ。大笑いだ」※岩波文庫「東海道中膝栗毛 上」麻生磯次校注 1973年 45ページ~47ページ※「矢場」について、麻生磯次の校注によると、以下のとおり。矢場とは、楊弓場とのこと。「楊弓」とは、二尺八寸ほどの小さい弓を座って射る。楊弓場とは、料金をとって楊弓を遊ばせるところ。実は女を置き、私娼を営む家。※弥次郎兵衛のことを思い離婚してくれた女房だったが、全ては弥次郎兵衛の狂言であった。基本的にヤジさんはクズなのである。この後もっとひどい話や表現も出てきたと思う。読み進めるうちに、なぜ完訳本が少ないのか、お分かりになると思う…。※事情を知っている芋七と、おそらくある程度知ってはいるだろうおタコ相手に、なんでいきなり経緯を説明し始めているんですかね。お前はミステリーの最後に出てくる犯人か、弥次さん。