よく親御さんに、
「先生のような歌への情熱はどこから来るのですか?」
とか、
「うちの子は、音楽は嫌いではないと思うんです。どちらかといえば、好きだとは思うんですよ?でも、覚悟を決めて、練習に取り組む、という感じではなくて…。もっと真剣に取り組んでほしいのですが。」
とか、相談されたりします。
直接的な答えになるかはわかりませんが、
私の気持ちを書いてみたいと思います。
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私にとって歌は
私の人生そのものです。
歌を続ける事は、自分を成長させてくれます。
歌は
やめる
やめない
の話ではなく、
やめてしまったら、
自分が自分でなくなってしまうもの。
人生には、
やめる
やめない
という
選択が無いように。
やめる=死
を意味するように。
歌が無くなるときは、
私が私でなくなる時。
私の一生は
歌に捧げる
と決めています。
もし、
喉が潰れたら。
声が出せない日が来たら。
それでも
音楽とともに、
生きるでしょう。
もし
聴覚も、
腕も、
何もかもなくして、
音楽が出来ない日が
生きている間に
訪れたのなら、
その時は、
新たな人生、
新たな私の
はじまりになるでしょう。
それぐらいの事が無ければ、
私から
歌を切り離す事は出来ない。
と思っています。
昔から
音楽しかない。
不器用な私は、
他に選択肢がない。
と思って生きてきた部分もあります。
この
執着
とも言える
強い気持ち
っていうのは、
最初からあったものではなくて、
日々の積み重ねでできた物だと感じます。
出会った時から、
最高の親友!
という人が存在し得ないように。
あ、この人と気が合うな。
友達になりたいな。
その気持ちが、
その人との
時間を重ねる事で
日々育っていくような。
だから、
少しの好き
からでも良いんです。
実際に回数を重ねてみないと、
本当に親友になれるかは
わからないのと同じで、
気持ちは、
無理に固めなくても、
気づいたら
固まっているものなんです。
気持ちは温度計のようなもの。
今が
暑いか
寒いか
は教えてくれるけれど、
教えてくれた温度が
寒いから嫌だ!
って思っても、
暑くする事が出来ないように。
気持ちを
無理やり変える事は出来ません。
温度計の数字を
無理やり変えてみたって、
実際の気温は変わりません。
それはただ
自分に嘘をついて、
誤魔化しているだけ。
-10度なのに、
温度計を25度って書き換えても、
そこにずっと居たら
死んでしまうでしょう?
それと同じで、
自分の気持ちに
正直に生きる事が
幸せに生きていくことだと思います。
世間体に惑わされずに、
皆が皆、望むままの道を、
望むように生きれば良いと思います。
私は
プッチーニに触れていると、
彼の熱さが
身体の中に満ち満ちて、
温度計が
30度を超えてしまうのです。(笑)
だから
好きなのです。
私の心が
彼の音楽が好きだ!
と叫ぶのです。
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勉強をはじめた初期の頃ほど、
なるべく沢山の作曲家、
色々なジャンルの、
様々な曲に触れる事が良いのではないでしょうか?
心に響くジャンル、作曲家、曲が見つかれば、自然と、歌いたい気持ちになるのだと思います。
(私はレッスンで必ず生徒さんに、ご本人が好きな曲を聞きます。
好きな曲なら、おのずと歌いたくなりますから(*^^*))
別のパターンでは、
受験や、オーディション、コンクール等が、逆にプレッシャーになって、好きなのに歌に向き合えない時もあります。
人間ですから。
でも、
「どんな歌を歌っても、どんな結果でも、私はあなたを誇りに思うし、愛している。」
と親御さんが伝える事も大切だと思います。
私は母にそう言われると、いつもホッとして安心でき、安心するとやる気スイッチが入っていたように思います。
命の危機のような、恐れや不安にかられた状態では、どの道、良い歌は歌えませんから。
お子様がどんな状態でも、
許し、
認めてあげて、
そのままでも十分素敵だよ。
と常々伝え続ける事が、
心の安定、
ひいては、
音楽に向かう気持ちにも繋がるように思います。
結論:
気持ちは、無理やり変えようとするモノではなく、感じるモノ。
温度計のように、自分がどういう状態なのかを、お知らせしてくれるモノ。
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P.S.
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