創作ラボ2 -655ページ目

一人称と、三人称

一人称で物語を書いた場合は、主人公の目だけを通して、情景が見える事になる。


だから、物語の筋は分かりやすくなる。


三人称だと、登場人物それぞれの目線で情景が見える。


登場人物の数だけ、物語の筋があるという事になる。


読者は神の視点で物語を見る事になる。


個人的には、一人称で語られる物語が感情移入しやすい。



見知らぬ手紙

見知らぬ人物から、突然手紙が来た。


なぜ、自分の住所を知っているのだろうか。


しかも、シンガポールから。


怪しい。


Maria Duvalという名の霊能者からの手紙だった。


こんなものは、読まずに、ごみ入れに捨てるのだが、ガセネタのようなこの人物が存在しているのかどうかネットで調べてみた。


どうやら、存在はしてるようだ。


予言者、占い師として活動はしているようだ。


個人情報を集めるのが目的なのだろうと思う。


どこから、自分の住所が漏れたのか。


たぶん、ネット通販から漏れたのではないかと思う。



松本の、『砂の器』の上巻を読み終えた

松本清張の、『砂の器』の上巻を読み終えた。


いろいろな伏線があって、物語がどういう展開になっていくのか分からない。


この作品は、松本清張の、文庫本の中ではもっとも、売れている。


確かに、こってりとしたミステリーらしい作品で面白い。


だから、売れる。


下巻がどういう展開になっていくのか楽しみ。


いくつも張り巡らされた伏線がどういう具合に絡んでいくのだろうか。





今もどこかで

戦争の話は知らない。


戦争を語る者も周りにはいない。


やがて、日本が外国と戦争したという事実も忘れられていく。


戦争を繰り返してはいけない。


分かっているはずなのに、世界のどこかで、今も戦争している。



出雲弁と東北弁

松本清張の、『砂の器』の上巻の途中まで読んでいる。


どういう筋の話なのかはまだ分からない。


この物語で、事件のポイントとなるのが、東北弁と地名。


『砂の器』では、東北弁は、東北地方だけで話されているのではなくて、島根県の出雲地方でも話されている事になっているのだが、これは事実だろうか。


ネットで調べると、その可能性はあるような気がする。


しかし、出雲と、東北地方とはどういうつながりがあるのだろうか。


出雲と、東北弁を結びつけた着眼点は面白い。


実際、出雲では東北弁は話されているのか気になる。


それより、物語の展開が気になる。