見上げれば、3羽ばかしの鳶らしき姿と、それに混じって小さな鳥の姿。
合計4羽はぐるぐる旋回しながら空を滑る。
子鳶の巣立ちか?
……と思ったけれど、それにしちゃ随分時期が早いような?
部屋に戻ってネット検索して分かりました!
あれは鳶と烏の追いかけっこ!?
小さいのが烏。
鳶と烏って犬猿の仲なんだそうです。
地上で見上げる人間から見れば、気持ち良さそうに羽ばたく姿ですが、実は熾烈な争いが繰り広げられていたのですねぇ。
人間って一番のん気な生き物かも知れません(-_-;)
因みに私は、巣立ち中の鳶のキュ~キョロロロ~と言う頼りない鳴き声が可愛いくて好きです♪
IQ探偵ムー そして、彼女はやってきた。(深沢美潮/JIVE)
転校生たるもの、謎と不思議に満ちていなければならない!
……と言うわけで、銀杏が丘第一小学校5年1組に、突風とともにやってきた不思議少女茜崎夢羽。
幽霊屋敷に住んでいて、豹みたいなサーバル・キャットを飼っている。
無愛想で殆ど口も利かない。
長い髪はもつれてボサボサ。
そんな夢羽がクラスメイトの元、理香と謎を解く……!
最初の謎は、消えた絵。
その次は視線の謎。
まだまだ夢羽とのお付き合いの序曲と言う感じですか……、これから続いていく物語の導入部分、人物紹介みたいな1冊でした。読みやすいし絵も可愛いし、女の子の読者が多そうですね。
これからどんどん、夢羽の不思議っぷりが出てくるのでしょうか。
プー先生やバカ田トリオも活躍するかな?
元は夢羽と理香にめちゃめちゃ振り回されそうだし。
読み進めると楽しそうです♪
この本は、プラネタ用ではなくて自分が読みたくて中古で購入。
その内、銅夢のリサイクル本コーナーに並べておきます。
陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり
……と言うわけで、本日3月5日は啓蟄です。
地中でぬくぬく眠っていた虫たちが、暖かさに誘われてひょっこり地上に顔を出し始める日……と言っても、今朝は少々冷えて、霜がおりた道は白く、朝日を浴びて輝いておりました。
まだまだ寒いよなぁ……と、流石に3月になったので、若干薄めに変えたコートの前をかきあわせ、白い息を吐きながら車に向かい、白くくもったフロントを拭いて出社したわけですが。
職場の駐車場につくと、どこからともなく鶯の声が……。
ホ~ホケキョ♪
……なんだろう、朝からこの長閑さ……(笑。←職場が山のふもとなので)
息は白いが朝日は輝いているし、光を浴びて木々も光ってるし、鶯も鳴くし。
ここで一句!!!
と、制服に着替えながらうんうん指折り言葉を連ねてみましたが、いい感じに思い浮かびませんでした。残念。
季語とかが今ひとつ、よく分からないんですよね。
似たような言葉を繋げるとくどいし。
そう言えば家に歳時記があったよな~勉強すべきかも。と思って、帰宅してみれば、私が持っている歳時記は「秋」でした。
春を読まなくっちゃ!!(買わなくっちゃ)
さーて。
虫も起きることだし。
鶯も鳴くことだし。
私もそろそろ炬燵から出なくちゃなぁ。
……ところで、鶯ってもう鳴くものなんですかね。
自宅周辺ではまだ聞いたことがないですが……、鶯って、よく「ホーホケキョ!」って鳴く練習しますよね?(練習なのか?)
ホーホケキョ!の前に、ゲキョゲキョとかホーケキョ?とか、そんな声が聞こえたら、「春だな~」って思うのですが……。
何年か前に思いついたままなかなか実行に移せなかった事を、今年こそ頑張ってみようと思う次第ですが、そこはそれ、不器用な私一人では無理(*´Д`)=зなので、こふみちゃんに協力をお願いしてみようと。(お手紙書くから待っててねー)
年内にはきっと……!(←気の長い話です)
実現したら真っ先に、ここでお知らせしますね。
写真は今日、母が買ってきたはぎれ。またせっせとくるみボタン作りでも。
先日髪を切ったので、自分には使えないんですが(-_-;)
ポーチか何かも作りたいし。
色々、ちまちましたいです♪
だってまだまだ寒いんですもの!春はまだ遠い!(←明日は啓蟄ですが?)
おかあさんの紙びな(長崎源之助/岩崎書店) ←クリックでamazonに飛びます。
3月3日。
ひな祭りですね。
この年になると、もうお祝いなんてしませんが(とうとう今年もお雛様を飾りませんでした。今飾れば間違いなく猫の餌食。見るも無残な姿になること間違いなし)、子供の頃は、ちゃんとお祝いしたものです。
……蛤のお吸い物があったかどうかは記憶にありませんが。
ひな祭りを題材にしたお話も、沢山ありますね。
私が思い出すのは、小学生の頃にならったお話です。
タイトルが思い出せないのですが、多分、この「おかあさんの紙びな」で間違いないはずです。
戦争中の、食べるものの乏しい時代。
ある日、真っ白いご飯が食卓に並びました。
戦争中と言えば、真っ白いお米だけのご飯なんてあり得ない時代なんですね。
はっきりどのような食生活だったのかと聞かれても、一応、戦後生まれなのでよく分かりませんが……。
毎日お腹を空かせていた主人公は、その真っ白いご飯が美味しくて美味しくて、お代わりまで許されて、それはもう、満腹で幸せいっぱい。
その様子を、お母さんが寂しそうに見ていた。
そして、迎えたひな祭り。
お雛様を飾ってと言う主人公に、衝撃の事実。
あの日食べたお米は、大事なお雛様と交換して手に入れたものだったのです。
着物や家財道具、売れるものなら何でも売って、食べるものに変えていた時代。
「ほたるの墓」でも、そんなシーンがありましたよね。
同じように、雛人形も、お米に変わったのです。
子供心に、すごく複雑だっただろうなと想像しました。
お腹が空いて、毎日毎日僅かなご飯を物足りなく思っていた。やっと食べられた夢のようなご飯。
それが、何より大事なお雛様と引換えだったとは。
今のように、物に溢れた時代ではなく、人形もぬいぐるみもゲームも、当たり前のように誰もが持っていた時代ではなく。
女の子の何より大事な、年に1度の数日だけ飾って楽しむお雛様。
それが、満腹感とすり替わってしまった……。
食べてしまったお米は戻せないし、お雛様を買い戻すようなお金だって当然、ないのです。
人手に渡ったお雛様は、もう永遠に自分の元へ帰ってこない。
たったひと時の満腹感のために消えてしまったお雛様。
けれど、そのお雛様がなければ、元気に3月3日を迎えることだって出来なかったのです。
泣く主人公に、お母さんが紙のお雛様を作る。
そんなお話でした。(うろ覚えなので正しくない表現があると思いますがお見逃し下さい)
紙のお雛様なんて、ちっぽけなものです。
ちゃんとした形があって、綺麗な着物を着て鎮座するお雛様に比べたら、ゴミ同然です。
でも、お母さんには精一杯の愛情でした。
子供におなかいっぱいご飯を食べさせてあげたいと思う愛情。
そして、子供が失ってしまったものを、どうにか取り戻してあげたいと言う愛情。
子供の頃ですから、それが「愛情」と言うものだとは理解出来ませんでした。
でも、お雛様を失ってしまった主人公の悲しさと、それを癒そうとするお母さんの優しさが、妙に心に残っています。
教科書で習うお話って、意外なほど記憶に残っているものですよね。
習っていた当時は、勉強なんて大嫌いでどうでも良いと思っていたのに(笑)







