捉え後の世界(捉え暦):4ヵ月16日

原始体操開始から:5ヵ月4日

検証理論:北京原人理論(重心力トレーニング)

 

上虚下実」が芽生えてから、気を抜くと上昇する重心を、「感覚的には深く膝を曲げる意識」で、「腑に落とし」てながら数日生活をしていた。

 

芽生えたての「上虚下実」は下への重みが半端なく脚はそれの対応に追われていた。脚の、特に内腿、腿裏、お尻周辺、股関節あたりに使用感をかなり感じていたが、足裏のペラペラ感覚は維持されていたので、そのままにしていた。

 

そんなこんなで過ごしていると、ある日、骨盤に重みを感じるようになった。もちろん「腑に落ちた重心」が骨盤内にあるからそうなのだが、骨盤に重みが集中しだしたのだ。それまで「上虚下実」の必要条件だった「感覚的には深く膝を曲げる意識」が無くとも、重心が骨盤内に落ちる。

 

そして、骨盤に重みを感じるようにしていると、足裏のペラペラ感覚はもちろんのこと、自然と上半身が上虚の感じになった。「捉え」と「緩やかなS字の背骨」が確立される。

 

そんなんでさらに過ごしていると、今度は「骨盤の重み」を感じている状態だと、前の記事に書いた、「足裏全体がペターっと地面張り付く感じ」が強くなった。張り付くからといって、決して重みで足裏にストレスを感じているという感は無く、むしろ柔らかい感じである。それから、なんか足指が解放されいる感じがある。

 

まとめると、身体全体は、

・上半身が上虚に近い

・骨盤に重み(股関節にも重みをもちろん感じる)

・足裏は地面に満遍なく付いているが、フワフワ柔らかい。足指の解放。

・内腿、腿裏、お尻周辺、股関節あたりに使用感を感じるが、前ほどではない。ただまだ、何か力加減を調整中って感じがある。

 

さらにさらにこんな感じで過ごしていると、今度は、「お腹(下っ腹)を凹ます(腹圧)」を軽くかけることで、上記の状態を作り出せるようになった。なんというか、骨盤内に重心を収納するというかなんというか。

 

で、こちらの記事→中心軸と重心線の相違、を思い出した。これには、

 

「骨盤内に重心保持力が 集中しているときが、「股関節の捉え」だ」

 

とある。

 

一連の変化を踏まえると、「捉えの深まり」と、それに伴い上半身の癒着が取れた結果、「緩やかなS字の背骨」が確立され、重心が骨盤内に落ちて上虚下実が芽生え、その骨盤内の重心を保持する・制御する力がついてきた結果だと思われる。

 

解放された上半身の重みをほぼダイレクトに骨盤内・股関節の上に集中して預けることができ、それをその状態で維持できている状態なのかもしれない。

 

言い換えると、現在はその骨盤内に集中している重心(重心ボール)を感じとれ、さらにその状態を「骨盤(だけ)に重み」あると感じており、さらに腹圧によりしっかりと骨盤内(股関節の上)に重心をとどめておけるようになったのだと思う。

 

断片的に構築されきた様々な回路がある程度一気に連続して繋がったことにより、「捉えがぐんと深まった=骨盤内重心集約力がぐん上がった」のだと思う。

 

実際、「骨盤に重み」を感じている方が、そうでないよりも、歩いている時の足の運びが軽い。また、地面から足裏にかかる圧力も軽減されているように感じる。

 

これはおそらく、骨盤内・股関節の上に重心が安定したことにより、身体の重みを無理なく「一番力がスムーズに伝わるライン」で地面に伝えられており、地面から足裏に返ってくる力、つまり地面が足裏を押す力(反作用)を、「最大限かつ一番スムーズなライン」で受け取れているからだと思われる。

 

このライン構築に不可欠な要素が「股関節の捉え」である。

 

つまり、上半身がリラックスして身体の重みが骨盤内・股関節の上に集中・維持されることで、このラインが出来上がる。

 

立位の時は、物理には明るくないが、感覚的には次の図1のような感じである。

 

図1

(図:PKGJ)

 

地面に接地している部分が足の裏である。重心は骨盤内・股関節の上にある。赤線は重心の中心を徹って身体を貫いており、いわゆる中心軸という感じのもの。青は重力で引っ張られている力である。三角形を逆にしたのは、赤線が青線から外れたとすると、倒れてしまう、または、倒れないように無駄な力がどこかにかかってしまうというのを、分かり易くするためである。また、点で支えても図1のような感じであれば、垂直に物体は立つ。

 

地面に重力で引っ張られている力と、身体の重心の中心を徹る赤線が一致すれば、身体は歪みなく頭から足裏まで中心をまっすぐに引っ張られるので、引っ張られる力だけで地面に垂直に立てる。卵を立てるのと似ている。卵も、重心の中心を引っ張られる力と一致させれば、上手く転がらずに垂直に立つ。この重心が傾くと、もちろん卵はバランスを崩して転がってしまう。

 

まさかであるが、この原理と同じようなことが起こっている。

 

「地面に引っ張られる力だけで地面に垂直に立てる」ということは、重力まかせで立っていることであり、余分な力もいらなければ、まっすぐ立とうしなくても、まっすぐ立ってしまう。

 

追記①(OCT27/2018)[追記②は最後]

「これは最低限の力だけで立てるようになったのだろう。故に、筋力も最小限なはずで感覚的には筋肉で立っている感じはない。もちろん、まだ下っ腹を軽く凹まして重心が骨盤内からこぼれ落ちないようにしているので、この部分に多少の力は入っているものの、それより上の腹筋はふにゃふにゃである。鳩尾も開放感たっぷりである。

 

よくプラモとかフィギアを立てて飾る時に、⊥の形をした台にさして立たせようとすると思うが、これと似たような感じ。見えない⊥の台が地面に設置されていて、そこに身体をはめ込む・串ざす感じ。だから、極端に言えば、自力でたっているというよりかは他力(地球?重力?)で立っている感じである。地球さんに身体を預けると、地球さんが勝手に身体を垂直に立たせてくれる」

 

引っ張られる力だけで立っているわけだから、地面に接している足裏は磁石のようにピタッと勝手にくっつく。

 

しかし、地面に引っ張られて、体重が地面にかかるのだから、その反力が足裏を通して身体の中心を徹る。

 

そうすると、足裏が地球に押されているとさえ感じる。つまり、無駄な力がここで相殺されるようだ。だから、おそらくどっしりしているようでフワフワと感じるのかもしれない。

 

繰り返しになるが、この重力と中心軸の絶妙なラインの一致によるバランスを作り出すのに必要なのが、「股関節の捉え」であるのだと思う。骨盤内にしっかりと重心が集約されると起きるのだと思う。

 

これも繰り返しなるが、「重心が骨盤内にしっかり集約される」には、「捉え」に加えて、上半身の癒着が取れ、解放されて、「緩やかなS字の背骨」が構築されなといけない。

 

捉えが深まれば、上半身は開放されるし、逆もしかりの、相互作用だと思うのでどっちが先とも言えないが、「重心が骨盤内にしっかり集約」されるには「捉え」と「上半身の解放」の2つが必要であることは言えそうである。

 

「重心が骨盤内にしっかり集約」した状態、つまり「股関節で捉え」た状態で、上半身だけを、例えば右に傾けると、面白いことに、「起き上がり小法師」のように、上半身が中心に勝手に戻る。物理で言うとこの、復元力が働くのである。

 

嘘か本当か、以上、世にも奇妙な内部感覚からの報告でした。

 

もちろんまだ常態化には至っていない。

 

始まりはいつも北京原人から。

 

追記②(OCT27/2018)

『スーパーボディを読む』の「中心軸」の章で、「骨盤の重み」は「ハラができてくる」と同じようなことだと言っている。さらにこの「重み」を利用するともある。

 

しゅとう整体さんのHPには、「上虚下実」の欄で、次のようなことが書かれている。引用する。

 

「人の体は、上半身の力みが抜けてくると骨盤の中に力が集まり、重心が中心に寄ってきて、足腰がしっかりとしてくる構造をしています。
重心が骨盤の中に落ちてくると、自然と仙骨を両サイドの腸骨がしっかりと挟むような力が生まれてきます。 

結果、動く時に軸がブレにくくなり、余分なエネルギーを使わないために疲れにくくなります。
腰がしっかりすると姿勢が良くなり、視野が広がります。また胸郭が緩んで広くなり、呼吸もしやすくなります。」

 

ヒトであれば誰にでも「上虚下実」の状態を作れるということであるようだ。何故、作れないかは、上記の説明を元にすると、「上半身の力み」が抜けていないからである。

 

この説明は、今回起きている自分の感覚と一致する点が多い。

 

さらに、「誰にでもプロフェッショナルになれる」という伊藤昇氏の言葉や、北京原人理論でいう「才能」は原則関係ないということとも一致する。