子供のためによかれと思っても
10年ほど前に、親子の癒やしみたいな某セラピーがあり、体験したことがありました。
きちんとした正規の団体のは今でもやってますね。
私がやったのは民間で個人が勝手にやってるやつでした。
子供の気持ちを受け止めて自分のインナーチャイルドも癒やすみたいな事でした。
あれから10年…
娘たちはもう大きくなりましたが
ある日突然…
「小さい頃さあ、どっかに行って○○するっていうのあったよね。よく覚えてないけどあれさー大っ嫌いだったんだよねー」
って言われましたよ(笑)
当時娘らは1~3歳くらい?
覚えてないかと思えば意外と覚えてて、当時感じてた感想まで今更ながら知れるとは。
結果としては
親の自己満足に過ぎなくて
子供には癒やしどころか
遊びたかったというのが本心で
メンドクセ!みたいなことです…
下手したら自己を子供に投影して自分を癒やす行為なので
子供を癒やしの道具にしてますね。
どこが親子の癒やしなのかと。
セラピーに頼りたいくらいしんどいのは
子供じゃ無くて親のほう
それにしても、育った娘から感想が聞けたのはとても良かった。
一番上の娘は、昔から結構ドライ
当時の幼かった娘が、そんな活動しないで遊びたかったというのもごく当然の話。
子供によかれと思っても、本当にそれが子供のためになるとは限らない。
まぁ、そんなセラピーに2~3回参加したのも、今となっては知識と経験としての糧になるので無駄ではありませんが。
いまでもちまたには色々なセラピーが日々出ては消えていきますね。
レベルが違うから見える景色
ある資格試験の過去問を見たときに
「難しそうだけど、勉強したらできそう」
という印象を受けました。
その後、色々なことを勉強して知識や理解が増えたときに
また同じように同じ資格試験の過去問を見たとき
「これは試験範囲がものすごく広い」
と思いました。
最初に見たときは、まだまだ知らないことが多くて、その難易度や難しさが私には見えなかったのだと思います。
後に見たときには、多少知識が増えた分、少し高い位置に上ることが出来て、全体を俯瞰できる範囲が広くなり、本当は難しいのだ、という現実が見えたのだと思います。
『簡単そうに見えて、実はやってみたら難しかった』 ということは結構たくさんあります。出来る人が、ちょいちょいっとこなしてしまうから自分にも出来るような気がしたり。
私の現在地が「試験範囲がものすごく広い」 として、ではさらに上に上ってみたらどうでしょう。さらに全体が見えるようになるはずですね。
おそらく「この辺をがんばれば出来る」 「ここはまだわかってない」 「出来そう」 「出来る」 などのレベルが上にはあるのだと思います。
そのように「見えていないこと」というのは日常にあふれているのだと思います。誰にでも。
甘く見てることって、意外といっぱいある自分に気づくのでした。
あなたが思う幸せが幸せとは限らないんだよ
自分が想定した幸せが他の人もそうだとは限りません。
わかりやすい例は、親は子供に進学してほしくて一流大学に進んでほしくてそのようにしなさいと子供に強いたとします。
しかし、子供本人が、進学して一流大学に行って一流企業に就職して、というのが幸せだと思うかどうかはわかりません。
逆に親が、進学なんてしなくてもやりたいことをやれば良い!とか思っても、子供本人は進学して就職してという道に行きたいかもしれない。公務員になって安定した生活をって思うかもしれない。
お金があれば幸せでしょ、って思う人も居るけれど
お金なんかいらない、山奥で自給自足して暮らすのが幸せ!って人も居る。
マンションがいい人も居れば一軒家がいい人も居るし、重荷になるから賃貸で良いわ!って人も居る。
車は人数が乗れないと!便利じゃ無いと!って人も居れば、維持費重視で軽、スペック重視でスポーツカーって人も居る。
誰かが悩んでいて、こうしたら相手も幸せなはずって思ってもそれが本当にその人にとって幸せかどうかなんてわからないのです。
インドアの人にアウトドア好きの人が、屋外のアクティビティは本当に楽しい!この楽しさを教えてあげたい!と思ったとしても、教えてあげたいのは良いとして、その人が楽しいと思わないかもしれません。
女の子はやっぱり結婚して子供を持つことが幸せなのよってお母さんが思っても、娘の方は結婚するよりも自分のやりたいことに突き進みたいかもしれない。
私も子供たちに、英語とふれあう機会を増やして、英語が得意になったら良いなとは思いますし、上手な発音を聞くと嬉しくなりますが、実際に興味を持ったり話そうと思うかどうかは本人次第。
親の出来ることは限られています、選ぶのは本人ですから。
でも選択肢がたくさんあるんだよということを教えてあげられるのが親の役目でもあるかなと思います。決めるのは本人だけど。
幸せの形はその人本人にしかわからない。
こうなれば正解というのは無い。
夫の好きなラーメン屋は私の好みじゃ無いみたいな(笑)
時に与えられる援助・支援が、支援者の視野で限定された支援だってこと、結構あるんだろうなと思います。