欲しいものをむしり取る
自分の欲しいものを他者から搾取するということがあります
親子であっても。
親が欲しいものを子どもからむしり取る
「私を大事にしてよ!」
「私を必要としてよ!」
「すごいって認めてよ!」
本当は、親が、子どもを大切にして、子どもの自己有用感を育てて、子どもの自己肯定を助けてあげる…というのが本来の姿。
しかしそれが出来ない親も居る。
○○してやってるんだ、感謝しろ、なんて言ったりして…。
さらに、親に対してこれくらいして当然でしょ?という要求も。
現実的に金銭搾取などもあるし、人生を搾取することもある。
自分が高学歴が欲しかったから子どもを一流校にいかせようとか、自分がアナウンサーになりたかったから子どもにさせようとか。
欲しいものは人からとってはいけません。
自分で解決しなければなりません。
搾取された側の人は、傷ついてますね。
取り返そうとしなくても大丈夫です。
あなたには新しいものが与えられます。
悲しみからの逃避
人は悲しい感情が心にあるときに、つらくてそこから逃避したくなります。
それは妥協であったり、一種の逃げです。
しなければならないことがある、けれどすごく悲しい、悲しいからやっぱりやめた!!耐えられない!という逃げ。
悲しみというつらさから逃げ出したくなるのは当然のことかも知れません。
しかし、保留や抑圧とはまた違います。
悲しむという現象そのものから逃避するのです。
自分を傷つける存在がいる。
親などにつらく当たられる。
離れることは可能です。
しかし離れることが喪失になるときに、それが悲しすぎるので、妥協してつきあい続けようとする。そうしたら喪失しなくなるので、悲しまなくてすみます。
妥協することでさらに痛みを受ける可能性があるのなら、妥協しないことは決断です。自分で決めます。
決めたら、保留しながら少しずつ消化します。
ここで抑圧になってしまうと大変です。
私の場合、子どもの前で悲しまないようにします。
心配しますから。
まぁ大きい子なら事前に、○○の事で悲しんでるだけだから気にしないでね。と伝えることもあります。
悲しみが襲ってきても、ぐっとこらえて、そこから意識をそらして「あとでね」と認識させます。
そして一人になったときに、○○を失った状況などを思い描いて、悲しみを味わいます。泣きます。
思い描いても涙が出なくなるまで何度も味わいます。
昨日の記事にもあるように、悲しみの大きさに応じて、処理までかかる時間は差があります。
数日で済むものもあれば、年単位のこともあります。
どうしても出てこないときはあります。
そのときは、「今は自分の心が耐えられない段階」という事もあります。
耐えられないときは無理しない。
「悲しまなくては!」とプレッシャーに思うことも無いです。
一人で泣けないときは誰かに寄り添ってもらうのも良いですね。