戦国武将の生年月日
「私説桶狭間」84回目です。こちらです。(←文字クリックで移動します) 本文から少し戻った話になりますが、今川義元は永正16年(1519)の生まれといわれています。これは『寛永諸家系図伝』や『今川系図』などで義元が永禄3年(1560)桶狭間の戦いで討死した年齢が42歳と明記されているため、逆算したものだそうです。しかし『駿河志料』という資料では享年45歳とされているので、上記の生年は通説ということになります。同じような計算から、長兄氏輝は永正10年(1513)、3男で義元と家督争いをする玄光恵探が永正14年(1517)、4男の象耳泉奘は永正15年(1518)、6男で義元の弟とされる氏豊は大永元年(1521)といわれています。次男とされる彦五郎はいつ生まれたのか分かっていません。次に本文で登場する有名な戦国武将の生年も列記します。織田信長は諸説ありますが、天文3年(1534)5月12日生まれといわれています。現在の暦(グレゴリオ歴)だと7月3日、午年のかに座となります。豊臣秀吉も記録はあります。天文6年(1537)2月6日です。現在だと3月27日、酉年の牡羊座。彼は天文5年1月1日の説もありますが『絵本太閤記』の創作だといわれています。この場合現在だと2月2日で申年、みずがめ座です。徳川家康は天文11年(1542)12月26日、現在だと翌43年2月10日、卯年のみずがめ座です。家康は寅年の寅の日に生まれたとして将来を期待された逸話がありますが、あくまで当時のお話しとなります。武田信玄は大永元年(1521)11月3日、現在だと12月11日、巳年のいて座です。上杉謙信は享禄3年(1530)1月21日、現在なら2月28日、寅年うお座です。北条氏康、彼は永正12年(1515)生まれといわれています。彼も月日は分かっていません。こうやって見ていくと、やはりメジャーな人物は生まれた月日が残っているようです。逆にいうと、生まれた月日が残っている武将が超メジャーといえるのかもしれません。