壁にはメイドが自身の手で書いたと思われる模造紙のカレンダーが貼られていた。
とても安っぽいのだが、このメイドが作ったという手作り感、いやメイドだけにハンドメイドされたという感じが、メイド可愛いやと思いやってくる秋葉系男子諸君に喜ばれるのだろう。
僕はそれがむかつくのだが、それはまあ容認してあげるべきことだ。
そのカレンダーの主たる目的は、このメイド喫茶で行われるイベントが、いつあるかを提示することにある。
日付の書かれている欄に、イベント名が書き込まれてあり、イベント名の横には、ヘタクソなウサギとかハートの絵が添えられていた。
それにしてもこのイベント名である。
どの日付をとってもみても、全て『萌え萌えデー』としか書かれていない。
何月何日『萌え萌えデー』、それとは別の日にも『萌え萌えデー』、また別の日にも『萌え萌えデー』、どこをとってもイベントが全て『萌え萌えデー』で統一されているのである。
その統一性たるや、金正日に捧げれられるマスゲームの如く、一糸乱れることなく『萌え萌えデー』なのであるが、この萌え萌えデーがどういったイベントであるのかが、ようとして知れない。
僕としては、そこが知りたいところなのだが、この何があるのかわからないといったところが、オタク諸君のドキドキ感、胸の高まりを誘うのだろう。
安っぽいメイド喫茶も一丁前にオタク心理を逆手に取った営業をしているのである。
その『萌え萌えデー』であるが、なんとそれが本日であるということは、僕たちの担当だとぬかすメイドから教えられた。
『ご主人様、本日は萌え萌えデーなのですぅ』と。
家の行事やイベントは、この家の主である僕たちご主人様が決めることであって、一介のメイドが自分勝手に『萌え萌えデー』などと訳のわからぬことをして良いわけがなかろう!と怒気荒く叱っても良いのだけれど、オタクだってアメンボだって僕たちだって、やはり『萌え萌えデー』がどういった趣向のイベントなのか興味がないわけじゃない。
むしろ興味津々だ、ごめん。
『萌え萌えデーって何するんですか』
と素直に尋ねてしまった。
するとメイドは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、目をランランとさせて『萌え萌えデー』が何たるかを説明した。
『はい、本日の萌え萌えデーは、ご主人様にメイドと萌え萌えじゃんけんをしてもらいまして、ご主人様が3回勝負して勝てば、メイド手作りのクッキーを差し上げることになっております』
なーんだじゃんけんかと思ったものの、ちょっと待てよ。
萌え萌えじゃんけん?何だ、それは?
すると、僕たちの担当とぬかすメイドは、いきなりすくっと立ち上がり、自らの調子に合わせて、右手で招き猫、左手で招き猫、両手のこぶしでうさちゃんの耳をつくり、うねうねと踊り始めた。
『萌え萌えじゃんけん♪じゃんけん、ポン♪』
なっ。
『これが萌え萌えじゃんけんです』
なっなんと、これが萌え萌えじゃんけんなのか。
かなり恥ずかしいことになっとるぞ、君よ。
これを僕らに強要するというのか。うさちゃんの耳をつくらせるつもりなのか。
僕らは両者ともに卯年生まれで、無理やりウサギのマネしなくても、すでにウサギの資格を有している。
だからそんなうさちゃんの耳をつくる必要もないのだが、やはりやらないと駄目なのだろうか?
『無理にしていただかなくてもいいんですけど、萌え萌えじゃんけんしてくれた方がメイドは嬉しいにゃん』
にゃんって、ウサギだか猫だかわからんことになってるけど、ええーと僕は一体全体どうすれば良いだろうかと思い悩み、TONARIXに助け舟を求めるように彼を見た。
すると彼は薄笑いを浮かべ、完全にメイドを見下しているようである。
俄然メイドを辱めてやろうとしているのが表情に表れていた。
こんな奴にどうすればよいか相談なんぞ出来やしない。
しかし、やるかやらぬかの回答は直に出さねばならず、さあ大変困ったことになった。
それにしても『萌え萌えじゃんけん』である。
これをやれば、人間世界の悲惨。
やらなければ、我が破滅。
進もう、メイドの待つところへ、我々を侮辱したメイドの待つところへ、賽は投げられた!
僕はカエサル真っ青の決断を下した。
『・・・萌え萌えじゃんけん、お願いします』
云ってしまった。
云ってしまったが、最後言葉は記憶に残り、記録に残る。
この言葉は命を吹き込まれ、言霊となり、メイドの脳にインプットされたのである。
『ふああ、メイドは嬉しいですぅ』
よほど嬉しかったようである。
メイドのシェラスコのような足が、ブルルンと震えた。
『それでは、いいですかあ?』
良いわけがないが、良いといってしまった以上やるしかないだろう。
僕は、メイドの踊りを見よう見マネで、右手で招き猫、左手で招き猫、最後にうさちゃんの耳を作り、メイドの調子にあわせて歌った。
『萌え萌えじゃんけん♪じゃんけん、ポン♪』
・・・・・。
見事に打ちのめされた。
3本ともストレート負けを喫してしまった。
恥ずかしいとわかっていながら、勇気を振り絞って『萌え萌え』と歌い踊りそして狂いしたものの、シェラスコに負けた。
『ご主人様、ごめんなさい。メイドは負けようとしたんですけども』
うるさい。
そもそもじゃんけんなんて意図的に負けれるわけないだろう、ばっきゃろう。
シェラスコ野郎に苦杯をなめさされた僕は、もうTONARIXの仇討ちに期待するしかなくなった。
TONARIX、俺の仇をとってくれ。
と僕が祈るやいなや、もうTONARIXはメイドと萌え萌えじゃんけんを始めていた。
TONARIXはやる気がみなぎっていた。
喫茶中に響きわたらんかと思えるような声で、彼は『萌えおい!萌えおい!』と叫んでいた。
『萌えおい!萌えおい!じゃんけん!じゃんけん!ポーン!』
ポーンの声は凄まじく、耳を劈くようであった。
『よっしゃー』
一本目はTONARIXがとった。
この略して萌えじゃんは、この一本目で勝負が決したといってよかった。
彼は、よっしゃーの掛け声とともに目をひん剥き、口からよだれを垂らして、メイドを威嚇した。
勝負に勝つということが、いかに精神的な部分によるものかを、メイドに示したのである。
『萌えおい!萌えおい!じゃんけん!じゃんけん!ポーン!』
『よっしゃー』
2本目もTONARIXがとった。
『萌えおい!萌えおい!じゃんけん!じゃんけん!ポーン!』
『よっしゃー、勝ったどー』
完全に狂ってやがるぜ、ベイビー。
TONARIXは勝利の雄たけびをあげたのであった。
『ご主人様は強いにゃん』
負けたのにもかかわらず、嬉しそうにしているメイド。
まんざらでもなさそうである。
こいつも狂ってやがるぜ、ベイビー。
メイドはフリルいっぱいのエプロンからクッキー入りの袋を差し出した。
『はい、手作りクッキーです、ご主人様』
と云って、メイドは去っていった。
手作りと銘打っているだけに、どんなクッキーが出てくるのか興味があったが、意外や意外その形は整えられており、美味そうに見えた。
TONARIXは戦利品であるクッキーを手渡されるやいなや、バリバリとその封を開けて、クッキーを貪り食った。
ボリボリ、ボリボリ。
TONARIXの噛み砕く音が聞こえる。
『美味いか、そのクッキー?』
『普通じゃ』
TONARIXは、そっけなくそういって、2枚目を食いはじめた。
あの激闘を勝ち抜き、やっとのことで手にしたクッキーを普通だと言い捨てる彼をみて、いやはや強靭な男であるなあと、妙に感心してしまった。
彼でなければ、何回も繰り返される『萌え萌え』の呪文によって呪われているところである。
しばらく経った後に、僕たちは憧れのメイド喫茶を後にした。
店を出るとき、メイドが一斉に
『いってらっしゃいませ、ご主人様』
と見送ってくれた。
そんな彼女たちの目には、TONARIXが着ていた鳥肌実Tシャツの文字が見えていたはずである。
玉と砕けよ!
狂ってやがるぜ、ベイビー。

左は鳥肌実。
右は靖国神社で拍手を打つTONARIX。