前回の補足として、リトル・マーメイド『アリエル』の由来を書きます。




前回にも書いたが、洗剤『アリエール』は、ヘブライ語のアリエール(エアリエルとも)の『空気の精』をイメージし、それを商品名にしたらしい。
そもそもは『神』を意味するこの語は、中世になって『空気の精』という意味にに変化し、そして定着したらしい。




『空気の精』と定着させた仕掛人は、なんとシェイクスピア。
作品『テンペスト(あらし)』に、アリエールを空気の精として登場させ、妖精としての側面を生んだとのこと。




関係ないが、7年ほど前、上原多香子がSPEEDとは別に『My first love』でソロデビューしたときのPVを観て、そのあまりの透明感に『この娘は妖精なんじゃなかろうか』と本気で思ったことがある。
しかし、それもダパンプ・一茶のせいで、あえなくぶち壊されたが。
あのハゲ野郎、納豆くったあとキスして伊藤美咲に嫌われろ。




話を戻します。

アリエルとはディズニーの『リトル・マーメイド』に登場する人魚姫の名前。

しかし、アンデルセンの原作を辿っても『アリエル』なる人魚姫は登場しない。
原作は、ただ人魚姫としか記述されていないのです。
これはディズニーサイドの創作らしい。




『リトル・マーメイド』のアリエルは、なぜかとても明るい。
原作の人魚姫のように恋に恋して自らを犠牲にはするような悲劇のヒロインではないのである。
しかも最後は、ハッピーエンドまで掴んでしまう。




これは原作のコンセプトである悲恋をまったく無視したシナリオだ。
アンデルセンもこれじゃ浮かばれない。
というより、むしろアンデルセンとは関係ないところの人魚を主役にしたストーリーになってしまう。




ちょっとやりすぎたかな、だってアンデルセン関係ないもん。
おそらくディズニー製作スタッフは、そう思い少し反省したに違いない。




そこで彼らは、せめて名前だけでも原作を想起させるものにしようとした。
空気の精の名である『アリエール』にちなんで、『アリエル』とすることで、泡と消えてしまう人魚姫の面影を留めたのである。




これがアリエルの名の由来。




ちなみにこれは僕の想像だが、『アリエール』と『アリエル』は、非常に均衡した関係にあるに違いない。
なぜならエとルの間にある『ー』だけの違いによって、商標権争いをしないですんでいるのだから。
お互いそのあたり気を使っているのだろう。




だけど本当の商標権はシェイクスピアのものだと思うんですがね。




あ、そうそう今日は木村カエラの誕生日らしい。

おめでとう。

しかし、新曲『beat』は買わんぞ。







 良いアイデアは、こんをつめて考えるよりも、何かふとした拍子に突然思いつくものだ。




 例えば、ある放送作家は、ネタを考えるとき、自分が降りる駅の一つ手前の駅で下車し、いつもより多く歩て帰る。トボトボと歩いて帰っているうちに、ぱっと素晴らしいネタが思いつくらしいのだ。




 特にネタをひねり出そうとしたわけでもなく、心の隅に面白いことがないかあと軽く思っていただけ、鼻歌をフンフン鳴らしたり、目に留まるポスターを何気なく見たりしているとき、それは突然やってくる。




素晴らしいアイデア。




 直感的な発想が産み落とすこのようなアイデアは、理論的に熟考したわけでもないのにもかかわらず、実に的を得たものであることが多い。
これは多くの方が体験していることだと思う。




 例えば有名な話では、十九世紀のドイツの化学者ケフレの大発見がある。
彼は、当時の科学最大の謎とされていたベンゼンの分子構造の研究に取り組んでいた。

ベンゼンが六つの炭素原子と六つの水素原子からなることはわかっていたが、どういう構造でそれが一つの分子になり得るのか誰もわからなかった。




 ある日、ケフレが暖炉の前でウトウトとしたとき、眼前に何匹もの蛇があらわれて、身をくねらせはじめた。
そのうちの一匹が自分の尾っぽを噛んで輪になった。




『そうか、わかった』




 このとき、ケフレは六つの炭素分子が輪になったベンゼン環の構造を思いついたという。




 この話は夢が画期的なアイデアをもたらした話として語られているが、半分睡眠状態に陥っている状態であるがゆえに、こんをつめてベンゼンについて考えているとはいえない。
ウトウトしているのだから、むしろ何も考えてない状態と同じといえる。




 しかし、世界最大の謎が解けてしまったのである。
これは驚くべきことであるが、ここまでの大発見はないにせよ、多くの人が遠からず同じように、ふとした拍子にアイデアを創出しているはずである。




 ポール・マッカートニーが、『yesterday』を思いついたのも、朝起き掛けにベットでグズグズしているときだったという。
 中学生が、好きな女の子の裸をリアルに思い描くのも、まったく耳に入ってこない授業中であることが多いのもそうだ。




そして今日の僕である。




 昼食後、決まりきったかのように便意をもよおし、僕はトイレに駆け込んだ。
力んで脱力、力んで脱力を、数回繰り返した後の脱力のとき、それは突然舞い降りた。




  『・・・・洗剤のアリエールは、人魚姫アリエルから名付けられたのでないか』




最後に泡になって消えてしまう人魚姫アリエル。



アリエール




そして泡となって最後には汚れを消し去る洗剤アリエール。



アリエル






これは実にアリエル話だ。

いや、むしろ的中しているに違いない。




 僕ははやる気持ちを抑えて丁寧にケツを拭き、自席に戻って早速インターネットで、この両者の関係を調べてみた。




そして結果はというと。





はずれてたんだなあ。





あぁぁっと気が抜けたら、嫌な感じで残糞感が甦ってきた。
もむーん。




 それにしてもなぜアリエールとアリエルのことが、頭を過ぎったのだろうか?

一年に一回あるかないかという頻度でしか、これらの単語を口にしないのに。





もしかして老化しているのだろうか、僕は。







【補足】
P&Gの説明によると、アリエールとは、そもそもヘブライ語で神を意味し、中世になっては『空気の精』という意味に変化した言葉。清浄されたイメージがあるこの言葉を商品名にしたらしい。ふーん。










大学生の時分、僕は相当に暇だった。




クラブ活動で汗を流すわけでもなく、サークルで女の子と乳繰り合うわけでもなく、薄っぺらい遊び人として女子の純情を犯していたわけでもなく、学校には行かず、アホなテレビをみ、ポテトチップスを食べ、臭い屁をし、ぼぅっとしてると悶々としてきて、しかたないからオチンチンを触って、そして寝ていた。




唯一のカロリー消費が、オチンチンをいじることだけ、そのカロリー消費で疲れて寝るという、今考えると何とも羨ましい、そして最悪な日々を送っていた。
宮沢賢治の目標とする『でくのぼう』とは、まったく路線を異にした『でくのぼう』だった。




しかし、そんな僕の生活の中にも、終日外出する日が、月に1度か2度あった。
( そんな日は久しぶりの徒歩に僕の衰えた足はガクガクと震えてしまっていた。クララか、異常プリオンに犯された牛なみの足取り )




僕の唯一の外出とは、競馬に行くこと。

僕の大学生活は、競馬にはじまり競馬に終わったといってもよい。




遊ぶゲームは『ダービースタリオン』、愛読書は年度ごとに発刊される『種牡馬辞典』、雑誌は『Gallop』か『ブブカ』、ブブカは関係ないが、新聞は『競馬エイト』、夢はJRAに就職しハンディキャップ委員会に名を連ねることだった。




当時、僕の部屋のトイレには、Gallopが山積みされいて、大便をしている間中、馬体を眺め、はあ綺麗だなあ、ええ肉付きだなあ、ああ出るっといった一連の動作をトイレのルーティンワークとし、それを至福の時と考えていた。




東海Sを制覇した『チェリーコーマン』という何ともな名前の牝馬に同情しつつも、彼女の名付け親である馬主に、よくぞやったぞと賞賛したりもしていた。
チェリーコーマン、実に挑戦的な名だ。
キッコーマン、馴染みすぎてて薄れてしまっているが、しめつけが強そうな感じで、結構きわどいぞ。関係ないけど。




昨年は、ジャパンカップを制覇したオリビエ・ペリエを日比谷線で発見し、緊張して握手をねだったりもした。
その日は、右手に残るペリエの手汗が気になり、オチンチンいじりを自制した。




僕は、そう競馬オタクなのです。(今は少し競馬から遠ざかっているが)

ですが、こんなに競馬好きをアッピールしているにもかかわらず、本日の歴史的瞬間を、思いっきり見逃してしまった。




ディープインパクトの無敗三冠制覇。




どうしようもないから、スポーツニュースのVTRで観ることにしたが、あいつは強い。




一番強い勝ち方をした皐月賞もすごいと思ったが、前半あれだけ口を割って掛かりまくっていたのにも関らず、逃げ切り体勢のアドマイヤジャパンを、余裕で差しきった脚は、空を走るが如く。




『無事是名馬』とは『真珠夫人』でお馴染みとなってしまった菊池寛の言葉だが、ディープインパクトの今後の試練は、故障をしないことだろう。
なんせあんな細い足で、最速のスピードが生むGを支えているのだから。




それにしても、これだけディープインパクトの菊花賞、三冠制覇に興奮しているのに、なぜ僕はその瞬間を見逃したのか?




それは来年に控える結婚式の衣装合わせがあったから。
ブログを閉鎖している間に、ちゃっかりこんなことになってたんです。




はい。




おめでとう!





 『新東京ピストン運動記』として、以前ブログを書いておりましたが、7月半ばのある日に僕の書いた記事をきっかけとして、その他当時の僕の精神状態やら、僕を取り巻く環境やら、複合的にいろいろと考えるところがあって、当分ブログを書かないほうが当良いと判断し、ブログ世界から長らく遠ざかっておりました。



 が、ここにきてある程度、それらが落ち着きはじめ、ブログを書く余力が出てき、これなら、ブログ世界への復活をしても良いのではないかと考え、再び恥を晒すことを決意しました。



 いままで書いていたブログ『新東京ピストン運動記』のテーマであった『童貞の苦悶と狂気』(?)をそのままに、サンボマスター・山口隆が米ナス的な顔に滝のような汗をたらして叫んでいる『愛と平和』というコンセプトを新たに融合させ、『東亰ピストン帝国記』と名前を変えて再出発します。



 これまで『新東京ピストン運動記』でお付き合いがあった方はもとより、新たに訪問してくださる方も、どうぞ、僕の激しく無様なピストン運動を笑ってください。



 これからどうぞよろしくお願いいたします。




                                                       ピストン東京