というわけで、僕は結婚した。
2006年4月16日。




前からこのブログで、結婚が決まったと報告してたけども、それがついに結実に至った。

今年の3月から、入居予定のマンションの手続き、仕事の追い込み、そして結婚式の準備と繁忙を極め、本ブログを更新するまでの余裕がなく、ほぼ2ヶ月間放置してた。




ただ、唯一の救いは2ヶ月放置しても、誰も更新を待望していない、残念がならないといった、このブログが極めて冷められたブログであるということだ。




なるほど、まことに世は世知辛い。




しかしながら、これはこれで良い。
気ままなネット落書き、これでいいのだ。




さあ重い腰を上げて、これからのブログ更新に取り掛かろう。
誰も読んでないのだから。
書くなら今だ!



なぜか亀梨君なのだ。




この私、生まれてこのかた男を30年の永きに渡り生きてまいりましたが、若い軽薄そうな男、しかも年下に魅力を感じております。
それがKATTUNの亀梨君なのです。




といっても、これは男色の類というわけではありません。
やれテレビに出ている、やれ雑誌に出ているからといって、全てに食いついているわけではなく、街角で彼の写真を見かけては、ええ男やなあとちら見している程度、そんな感じの魅せられ方なのです。




基本スタンスとしてジャニーズは嫌いなのですが、亀梨君はなぜかいい。
僕自身、なぜこう想うに至ったか全くわからなかったのですが、最近ようやくその理由がわかったのです。

それは亀梨君が、亀の名前に恥じない男の憧れであるあの方に似ていたからです。




あの方はとは、指一本で全てを薙倒すケンシロウに負けず劣らず、指二本で全ての女性を昇天に導く

加藤鷹御仁、まさにその人。




そう僕の亀梨君贔屓が、この加藤鷹とイメージが被っているところから始まっていると、気付いちゃったのです。





だから、何?
と突っ込まれても、今日は何も答えませんよ。
まったく。






taka




つれづれ日記などを。




昨日は仕事の関係で、浦賀に行く。
祝・浦賀童貞卒業。




駅前で立食い蕎麦、海苔むすび、ゆで卵を食す。
同期A君からゆで卵の剥き方が上手いと誉められる。
そういえば、いつ誰に云われたかとうに忘れてしまったが、以前にも同じことを云われた。
今までゆで卵の剥き方が上手いなどと、僕個人は思ったことは一度もないのだが、これを機に『ゆで卵剥き』がプロフィールに載せよう。何か?




駅からタクシーに乗り東京マーティスに。
観音崎からは東京湾と太平洋が眺望でき、まさにお江戸の玄関口だということがわかる。

が、それにしても寒い。
仕事上、海を見ながら話を聞いたのだが、客のジョークも寒さで半減するほどに寒かった。
いや、そもそもジョーク自体が寒かったのか。それすら判然としないほどに寒かった。




ペルリ率いる黒船を見て、腰を抜かした御江戸の人々に思いを馳る。
岸壁に立つ黒集りの群集が揃って腰を抜かす図を想像したらちょっと笑えた。
しかし、ここから見た風景が、当時の青年諸君を突き動かすほどに衝撃的だったことを考えると、今現在それほどに衝撃的なことなどあるのだろうか。
永田議員の事件、ライブドアショックなど単なるゴシップの一つに過ぎない。
それとも己の気持ち一つか。




浦賀から横浜に移る。
豪華客船『飛鳥Ⅱ号』を見る。すげえっす。
それにしても飛鳥Ⅱ号を見て、桜木ルイ主演の名作『金閣寺2』を思い出してしまった愚かな僕を、神はお赦しくださるだろうか。
たんなる『Ⅱ』繋がりだけなの、何か?




仕事終りで、中華街は『山東』 にて、仕事飲み。
青菜炒め、黄ニラと豚肉の炒め、水餃子、海老の唐揚、ウナギの甘酢餡かけ、牡蠣の甘辛炒め、チャーハン、ビーフンを順繰り食しつつ、紹興酒あおり飲み。
とにもかくにも美味し!
特に、水餃子、ビーフン、わかりやすく美味し!




しかし、そんな美味さも、眼前に部長が座したため、半減。
くだらぬ謎々を答えるはめに。
見れば見るほど、坊ちゃん部長やな。
オドレは、安い石鹸を効率良く泡立てるために陰毛を使う貧乏人の気持ちなどわかるまい。
けど俺もわからない。何か?

帰りに月餅を購入。
合わせて計4種類、黒餡、クルミ餡、胡麻餡、栗餡、寝る前に全て平らげる、ゲフ。




帰宅後、サッカー日本代表戦を、ふむふむ、むふふ。
こんなんで本番大丈夫かいな?と思う間もなく、酔いが回って爆睡。
ゴールシーン全て見逃す愚か者。
まあどうでもいいけど。




その後、酔いが覚めて、お目々パッチリ。
深夜2時。中途半端で嫌になっちゃう。
どうしようもないから、読書。
どうしようもないからと、オナニーしていた時分から随分な進化、いやそれとも退化か。




東野圭吾『容疑者Xの献身』を読了。
意外とあっさりとした読了感、ふーん。

彼女から薦められ『白夜行』を読んだのが、東野作品の最初。
東野圭吾は知っていたが、読むとミーハーだと思われそうで、ずっと手にしなかったのだが、これがなかなか面白かった。
それでこの直木賞作品を手にしたというわけ。


東野 圭吾
容疑者Xの献身

しかし森博嗣もそうだが、理系出身者のサスペンス作品は、日常会話にしては不自然なほど理系の専門用語が飛び交いすぎる。
たとえ研究者でも日常会話で、小難しい専門用語を話すのだろうか?
僕自身がまったくの文系人間なので、その真偽のほどがわからないのが残念だ。
でも、絶対にこんな会話してないと思うの。



まったく眠くならない。
なので引き続き、塩野七生の『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年』を読み進める。
それにしても、この人の文章は、女性のそれじゃないな。
まるで男が書いたような簡潔さ。

と思っていたら、文章は出来るだけ無駄をなくし簡潔に書きたいと、そこにこだわっているとは本人のあとがき。カエサル、マキャヴェッリの簡潔な文体を目標としているらしい。
そりゃ納得。




それにしてもこの人の本は面白い。
30ページほど読んだところで、目がしょぼついてきた。
やや、睡眠タイムかと、時計を見ると4時半。



塩野 七生
塩野七生ルネサンス著作集〈4〉― 海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉

さあ、よい子は寝よう。
そして寝すぎるのよよよ。


お昼はパスタでいやんいやん ピストン東京です。
滅多にこの手の記事は書かないのですが、面白きことありてグルメリポートをなぞを少々。




昨日のお昼はパスタを食しました。
OLがきゃっきゃと賑わうおされな店内に、完全なる異分子として、50歳ピッチリ七三で眼光鋭い課長、口元と肛門がユルイ主席係長、同期のA君とで、注文を待っているあいだ、全員でイチゴミルクをチュウチュウ飲みながら、猥談にふけっておりました。




しばらくして、注文のパスタが来ました。
僕の注文したパスタは、キノコとシソの塩味パスタなるもので、シメジが沢山入ったものでした。

さて、シメジといえばキノコですが、キノコといえばおチンチンに似ています。




カサの部分はカメアタマに、茎の部分はIN・Kに、見立てられます。

考えてみれば、キノコってやつは、しっかりとカメ頭がついており、ご立派にも血液の充満したモノに見立てられ、バナナ、きゅうり、茄子といった一本調子な擬似おチンチンよりも形態的にはよりリアルで、随分大人な感じがします。




しかしながら、キノコは本当にリアルおチンチンに近いのか?を考えると、すんなりと納得できません。




人間社会、特に日本人社会においては、キノコのように一皮剥けたおチンチンを有する成人男性はあまりおらず、実際にはほとんどが指を使って剥きっ!とするような嘘つきな人たちばかりで、そういった現実から考えると『キノコは本当におチンチンに似ているか』という命題を、日本人に限定すれば、答えはNo!となるはずなのです。


しかし、キノコを見て平然と『おお、色艶ともに俺のに似ているじゃないか』と云ったりしている人が大概なので、実に困ったことだなあと僕などは危機感を持っております。




しかし、奥さん、ここで朗報です。
これぞまさに日本人というべき、キノコが僕のパスタに入っておったのです!
このキノコこそ、日本人の象徴、ビバほっかむり。

日本人男性の虚勢の歴史が、このキノコを見れば、一気に瓦解するに違いありません。
このキノコ、『みんな嘘をつかなくていいんだよ、ありのままでいいじゃないか』と諭しているようにも見えるじゃあないか。




嘘をついてまで、指で剥きっ!としている愚かな男性諸君よ!
さあ、このキノコに日本男児のなんたるかを学ぼう!








この正直ものめ!①

kinoko1

微妙に黒ずんだりしてます。






この正直ものめ!②

kinoko2

男の虚勢、虚栄は、おチンチンが根源である。







グルメリポートでした。








僕の会社からは東京タワーが見える。
今日も降り続ける雨の向こうに、変わりなくそれは暖色ネオンを纏って建っていた。




そんなとき、ふとリリー・フランキーの『東京タワー』は良かったなあと思い出したりした。
『東京タワー』、言うに及ばないベストセラーである名作だが、僕がこんなアホなブログで何や書かなくても、既に各種方面で取り上げられ、評価されているのは周知のこと。
しかしあえて感想を述べるとすれば、この作品はは内容云々を取り上げて褒めるよりも、男それも故郷を遠く地方に持つ男がほぼ共通して、母親に抱くであろう潜在的な思慕を喚起させる力、それが作品の中にあることを褒めるべきだと思う。
作品自体が私小説だけに、共感を求める描写が他の創作的な小説よりも多いことは否めないが、それを考慮しても尚この作品の良さは、この点に尽きると思う。




さてこんなまじめ腐った話はどうでも良いとして、今日は僕の母親のことを書いてみたいと思う。




僕は一度だけ母親と海外旅行をしたことがある。
旅先は不思議の国オーストラリア。
僕が19歳のときだから、もう11年前のことになる。




母との旅の目的は観光ではなく、当時シドニーに語学留学している弟に会い行くといったものだった。
高校を卒業したばかりの洟垂れ息子が、遠く異国でいかなる生活を送っているのが、心配でしょうがない母親たっての要望で二人して旅立ったわけだが、今考えると母親と二人きりで海外旅行というのはこの先もうないかもしれない。恐らくかなりの確率でないはずだろう。
そう思うと、この旅は僕にとっては実に思い出深いものになった。




そのときの僕の役目は通訳兼ボディーガードだった。
通訳といっても、たいして英語が話せるわけでもないのだが、母親よりも幾分マシだろうということで父をはじめ他家族から、この大任を仰せつかった。
もちろん母親も、僕に対して期待しているところがあったと思う。




日本を旅立ちシドニー空港に降りたった僕たちが、最初にネイティブな外人とファーストコンタクトをとらなければならない場面があった。
それは税関チェックであった。
ここで僕らは日本から持ち込んでいるものを説明しなければならなかった。

僕らが日本から持ち込んでいるものといえば、ほとんどが弟のために持参した食料品だった。
おかき、せんべいなどの乾き物多数、そして弟の好物である生めんタイプのラーメン数個。




これが食料品であることを伝えるのは、当然のことながら通訳である僕の役目なのだが、実際僕だって外人と会話をするのは初めてに等しい。
語学力がないうえに、緊張するのは必至で、その説明のたどたどしさといったら、もう目も当てられないものだった。




『These are Japanese foods』

とまず中一レベルの説明をしたわけだが、そんなことはお構いなしに、相手はさらに詳細を訊ねてきたのである。




『What's that ?』

『えー、This is Japanese snack.えー “OKAKI”& えー “SENBEI”』

などと頼りない返答をする始末。
僕の英語力が思った以上にないことに、母親も心配になってきたのだろうと思う。




税関員がラーメンを指差し、『What's this ?』と訊ねたときである。

僕が説明しようとしたまさにその瞬間、僕と税関員の間に母親が入ってきて、こう云ったのだ。




『ラーメン、ラーメン、ジャパニーズラーメン!』




母親の表情は、私でもこれくらいは答えられるわよと満足げだったが、当の税関員は当惑していた。
それには母親も気付いたのか、再度『ラーメン、ラーメン』と、今度は巻舌気味に繰り返した。

しかし税関員の顔はスッキリしない様子。




当たり前だ。
ラーメンは英語ではないからだ。




しかし母親はラーメンがカタカナ表記であるがために英語であると信じて疑っておらず、そして臆面もなく巻舌で言い放ったわけで、逆に『なぜわからないのだろうか、この外人は』とでも言いたげであった。

これはいけないと思った僕が、すかさず『Nudle,this is Jpanese nudle』と説明して、初めて税関員は納得したわけだが、同時に横に立つ母親も『そっかヌードルかあ、カップヌードルのヌードルね』と納得のご様子であった。




僕はそれを見て思わず大笑いをしたものだが、当の母親本人は馬鹿にされたと思い少し腹を立てていた。
11年たった今でもその母親のふくれっ面を思い出すと思わず顔がにやけてしまう。




故郷のおっかさんは今ごろ元気だろうかと、結婚を間近に控えたためか最近ふと思うことがある。
そしてそんな時は決まって、この時のふくれっ面した可愛い母親の姿を思い出す。

僕もそろそろいい歳だし、まあそれも仕方ないか。









それにしてもトリノオリンピックがつまらない。




と云っても日本選手団がメダルを獲れないことが、そうさせているのではない。
正直今回のオリンピック、日本のメダルがゼロでも僕個人は全くかまわない訳で、一番人気の上村愛子の声が意外と低くてもこれも全く構わない。
もちろん里谷多恵が夜リンピックでパツ金の金○マをゲットしても全く問題ない。
大いに乱れてよろし。




ならば、何をばもってつまらないと云っているのかといえば、それは妖精の閉め出し。
そう真央ちゃんの不出場、これが大いに僕の興を殺がしているのだ。




完全なる真央ちゃんホリック。




僕は無性にあの片手ビールマンが見たいんです。
見たいというか、ちょっとやってみたいんです。
というか、やってみた。




アホやね。
まったく美しくない。
美しくないというか、全く出来てない。
出来てないというか、それを鏡の前でするな!とノリ突っ込みする次第。




でもね、仕方ない。
真央ちゃんになりたかったんだから。




そういえば、真央ちゃんといえば、あるドキュメンタリーでこんなことを云っていた。




『あーあ、ママがあと3ヶ月早く私を生んでくれたら、オリンピック出れたのになあ』




15歳の真央ちゃんは無邪気にもこんなコメントを母親にしていたわけだが、ちょっと待てよと僕は考えた。



世の15歳は、出産の10ヶ月前には必ず大人の行為があることを、『女子だけ体育館』のおかげで当然知っているはず。
それは真央ちゃんもしかりであって、彼女も絶対に『女子だけ体育館』を体験しているはずである。
ということは、この年齢の女子が、人の出産を口にするということは、ある意味では性行為を前提に話をしていると考えるのが当然であって、つまりこのコメントにより、真央ちゃんがそれを承知で、自分の両親の性行為の時期を非難していると云えるのである。




15歳の女の子といえば、思春期真っ只中。
大人の行為には興味は津々だけど、そんなの恥ずかしくて口に出せないはずだ。
出せないはずというか、個人的には恥ずかしがってほしい年齢だ。

しかし真央ちゃんは云っちゃったのである。




これは大変に困ったことです。
全くもって深読みしたがる僕のような中年の脳天を麻痺させるコメントなわけだから。

しかし、皆々さんご安心あれ。
ここからさらに踏み込んで深読みしてみたら、意外な事実が見えてきたのです。




まずもって真央ちゃんは人間ではない。
これが忘れてはならないポイント。




彼女は妖精。
妖精は何から生まれるか。
妖精は花の蕾から生まれるの!




そうなんです。
つまり、蕾から生まれた真央ちゃんは、肉体と肉体をぶつけ合う性行為について言及したのでは決してなく、蕾の開花時期について言及したのです。

真央ちゃんホリックの方々は、これを読んでほっとしたことでしょう。




『ああ、そうかそうだったんだ。真央ちゃんは、そう云ったんだ』と。

いやあ、良かったよ。
良かった、良かったよ。




これに気付いたとき、僕は少し涙ぐんだ。

真央ちゃんの健全さと、そして僕の思考の愚かさに涙だぐんだの。




さあ、もう寝よう。








もう夜も日が変わろうかとする時間だったと思う。
いきなり僕の携帯電話がけたたましく鳴った。




誰やろ。。。。




少し面倒だったから数秒ほど出るか出まいか逡巡したが、彼女からかも知れないと思い改めて携帯電話をとった。
だがディスプレイに表示された名は、彼女ではなく、親友のTONARIXだった。




酒の肴は「ミミガー」のみに拘泥し、数字を一つ書き誤ったたがために落札する予定ではなかった2億3千万の商談を成立させてしまい、混乱した頭でそのことを会社に報告するより前に母親に報告、挙句には「つまりお母さん、僕は実家に帰りたいと考えているのです」と言い放ち、更年期障害の母親のホルモン分泌をさらに狂わせ、最近はというと同郷出身もモデルの相沢沙世に入れ揚げ中学二年生なみに悶々とした日々を過ごしながら、どちらにも似てないがアンガールズ似と評されて久しく、かつ最近はリバプール所属のクラウチに似ているとの声も聞かれるあの男、そうあのTONARIXだ。




奴が電話を掛けてきたのだ。

しかし、奴からの電話は正直珍しくはない。
むしろプライベートではあまり電話を掛けない僕にとっては、彼との電話は頻繁と云える。

しかし、それにしてもこんな遅い時間に何の用があるのだろうか?
僕は電話をとった。




僕 「はいはい、もしもし」


TONARIX(以下TX)「どもども」


僕 「どしたん?」

TX 「えーあー、あのうですね。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけども」

僕 「何?」

TX 「君がカラオケでよく歌う、路上セックスを描写したあの歌を教えて欲しいんだけども」

僕 「ああ、あれね。でも何で今それが知りたいの?」

TX 「今ね、カラオケにいて、無性にそれが歌いたくなったのよ」

僕 「ええご身分やな。こんな時間にカラオケとは」

TX 「まあね。で、あの歌の題名って何だったっけ?」

僕 「ピエールとカトリーヌ」

TX 「あ、そうそうそれそれ。その名前が思い出せんかったんよ」

僕 「しかしやなあ、ピエールとカトリーヌを歌ったら、正直女の子がドン引くぞ。とくにコンパ流れのカラオケ

  だったら」

TX 「ああ、それに関しては心配御無用!」

僕 「なんで女の子とカラオケにおるんやろが、こんな時間やし」

TX 「んにゃ、男と二人だけで個室でカラオケなんです」

僕 「あ、なるほど。それなら安心。歌っても構わんな」

TX 「そういうこと。それじゃありがとう、んじゃね」

僕 「んじゃ」




電話を切って、少したって僕ははっと気付いた。
こんな夜も遅い時間に、男としかも二人きりでカラオケに繰り出し、歌う曲があの「ピエールとカトリーヌ」とは、これ全く安心じゃないじゃないか!




むしろ危険だ。狂っている。




しかも無性に歌いたい衝動に駆られているとは、これは断じてほっとけない。




・・・いや、ほっておこう。
どうでもいいや。

そう思うと急に気が楽になった。
そして僕は床に着き、今日も結構仕事をしたなあと思って寝たのよよよ。




じゃっかん歌詞が違うが音源です ⇒⇒⇒⇒  【ピエールとカトリーヌ】




50問の質問に答え、そこから導き出した解答によって、己がいかなる行動パターンをとるのか、それがいかなる職に向いているのかを診断してしまうというなんとも高慢チキなサイトがある。




50問そこそこの質問で、俺の30年の人生がわかってたまるか!と思う。
映画観て涙を流し、鳥肌実で感動し、そして路傍の糞をツンツンしてえへへっと笑うような、そんな俺の何たるかが顔も合わせたこともない人間が構築したデータの塊にわかるわけがない。
それをば、50問でわかっちゃうんだYO!てな軽いノリで、云い切ってしまうとは高慢チキとしかいいようがないじゃないか。




僕は非常に腹立だしい。
高慢チキであることもそうだが、その高慢さを知って知らずか多くのミーハーたちが、このサイトにアクセスラブし、うっきょー!と楽しんでいること、そしてその結果このサイトが人気サイトになっている事実が腹立だしいのだ。




あまりにも腹立だしいので、ちょっとやってみた。
テヘ。




以下、質問の抜粋。

( 【】は質問、⇒は解答 )



【『働かざるもの食うべからず』だと思う】
⇒そんなことない。体たらくなダメ人間でも大いに食うべきだ。ガチョウなどは食べられるために働かず食わされている。


【年上、先輩、両親はとにかく尊敬すべきだ】
⇒それは偏りすぎだと思う。仮に落合福士くんが先輩だとしたら、僕は100%浣腸かましていると思う。


【自分に出来ないことを他人に「やれ」というのはおかしい】
⇒体育教師はこういった人種の一例で、例えば陸上競技が専門の先生は、バレーの授業の時にクラスのバレー部員に「トスの模範を見せろ」と命令したりする、まったくもってケシカラン奴らなのだ。ちなみに僕の母親は体育教師です。


【子供と遊ぶのは好きなほうだ】
⇒嫌いです。子供と犬は、こっちが飽きているのに、ずっとジャレついてくる。10分が限界。


【人の話を聞いて、涙を流したことがある】
⇒身近な人ではそういったことはないなあ。人には涙より笑いを求めるほうだからか?


【人と付き合うときは長所を見つけて、短所には目をつむる】
⇒いわゆる美点凝視ってやつです。この考えは嫌いです。人のことをなんやかんや文句を云っておいて、最後に『でも基本手にはいい人だから』と締め括り自分の美点凝視ぶりをアピールする人も苦手です。そんな僕は粗探しが大好物です。それは粗がその人の面白いところでもあると思っているから。


【ボランティア活動をやっている。もしくはやってみたいと思う】
⇒意外かもしれないけど、ちょっとやってみたい。アフリカで井戸を掘りたい衝動に駆られるときもあったりする。


【世の中、頭の悪い人が多いと思う】
⇒NO。だれ様?


【調子が悪いときはムリをせず休む】
⇒調子が悪くなくても休んでます。勤労少年よ、サヨウナラ。


【友情がこわれるのが怖くて、友人に頼まれたらお金を貸してしまう】
⇒それで友情が壊れるのはまったく怖くない。むしろ自分が借りたいときに貸してくれなくなるほうが怖いのさ。


【だれもやってないこと、だれも知らないことに興味がある】
⇒中学生が童貞同士集まり、女の体ってどうなってるんだろう?セックスって気持ちええのかなあ?知りたい知りたいと思い悶々と過ごしている毎日を馬鹿にしているのか?周りが誰も知らないから知りたいのよ。そこが。


【理屈よりも、直感やヒラメキを大切にしている】
⇒大いにYES。来世はイタコに生まれ変わりたいくらいだ、この野郎。




とまあこんな感じで50問こなしていく。
そして、出てきた診断結果はというと。




●どちらかといえば攻めのタイプ
内向性・・・5点中2点
外向性・・・5点中5点


●特に向いている職種は?
作家、画家、彫刻家、作詞家、作曲家、翻訳家、応用研究者、学者。伝統工芸や芸能関係。陶芸やフラワーアレジメントなどの趣味を活かした仕事。シェフ、料理研究家、コンピュータのソフト開発など。


●仕事・・・組織、企業で働くより、独立した仕事が向くタイプ
作家、画家、彫刻家、音楽関係などの芸術家に多いタイプです。企業などの組織に属するより、独立して仕事する方が向いているでしょう。芸術家そのものにならなくても、自分の好きなアート関係や自分の価値観に合った製造、販売業が向いています。せっかくポジティヴで個性的な性格をもらったのですから、大きな夢にチャレンジしてみてください。新しいベンチャー系の仕事を立ち上げたり、自分で考えたり企画する仕事などであなたの個性は活きるでしょう。どんな分野で自分を活かしたいかを決めて、納得いくまでチャレンジすれば、自然と道は開けてきます。そして、相手への気配りを学んでください。


●性格・・・ちゃっかりクールなデジタル・タイプ(どんなタイプや!)
考え方はポジティヴでいつもクリエイティヴですが、白黒決着を付けないと気が済まないので、結果として周囲に対する配慮ややさしさに欠けると見られる傾向があります。自分の好みがはっきりとしていて、好きな仕事なら絶対の自信をもつでしょう。言いたいこともはっきり言うので、周囲はあなたを認めざるをえません。そのため、組織のなかでは同僚や部下、後輩からは孤立する傾向があります。人間関係ではどうしても自分の好みと論理が優先になりがちで、それが通る環境では大成功をおさめますが、人情や義理がからむ世界ではあなたの個性が活かせません。社会のルールや常識を無理に押しつけられると、かなりムカつきます。社会に出るとわりと目立つタイプですが、周囲から何と言われようとあなたは気にもしないでしょう。たとえ孤立を恐れなくても、本音を語れる友人はしっかり確保しておくことをおすすめします。




これが僕の結果。




ちょっと内向的で、しかし結構外向的で、かつポジティブでありクリエイティブでもありながら、社会のルールや常識を無理に押しつけられるとかなりムカつき、云いたいことははっきりと声に出して云う。

これって70年代のヒッピーじゃん。
ハハハ、大いに結構。



ラブ&ピース!
(ポジティブでクリエイティブ)
マリファナ最高!
(社会のルールや常識を押し付けるな!)
フリーセックス!ハクナマタタ!
(気配り無用、やりたいこと云いたいことはしっかりするぜ)




ほんまかいな?






高慢チキな《ニュートラ適性・適職診断》はこちらから ⇒⇒⇒ ■■入口■■





神父さんからあずかった大事な手紙をもってコンドは隣街の教会を目指しました。


街はずれまで来れば、隣街はもうすぐです。


しかし森のわきを抜けないと隣街にはいけません。


薄暗い森、最後の難所です。


森の暗さは今すぐにでもユーレイが出てきそうです。


ユーレイじゃなくても、恐ろしい動物たちがたくさんいることでしょう。


ガオー。


コンドは神父さんから森の中には入ってはいけないと云われています。


そもそもこんな怖い森に入ろうなんて思いもしません。


コンドは早く森をすり抜けたくて、走しろうとしました。


すると、森の中から、動物の声とは違う声が聞こえてくるではありませんか。


『何の声だろう』


コンドはその声が気になってしかたありません。

なぜって?


その声は神父さんがよく出す声に似ていたからです。


『オウ、ジーザス!オウ、イエス!』


こんな声が森の中から聞こえてくるのです。


コンドは、なるほどと思いました。


神父さんのような聖職者がこんな森の中にもいて、今まさに誓いをたてているのだと思ったのです。


『オウ、ジーザス!オウ、イエス!』


神父さんはコンドが神父さんの体にお仕事するときよくこう云います。


でもコンドは神父さんだから、ジーザス!イエス!と叫ぶのは当然と思ってました。


はい、間違いですね。


神父さんは感じて外人ならではの声をあげているだけなのです。


この声が聞こえてきたので、コンドはこの声に親近感をもってしまいました。


『だれが云っているのだろう?』


コンドは神父さんの云いつけを忘れ、その声が聞こえるほうへ歩いていきました。


森へ入ってしまったのです。


そこでコンドの見たものは、到底5歳の子供が目にすべきものではありませんでした。


しかしコンドはその光景を見て、『僕と一緒のお仕事してる人がいる』と思ったのです。


一緒のお仕事をしているのは、女の人で、その女の人に仕事をさせているのは男の人。


男の人はズボンを脱いでいます。


女の人は男の人の股間に顔を埋めています。


男の人は、叫んでいます。


『オウ、カモン!ジーザス!』


主はきませり。


でも来ませんね、はい。


しかしコンドは女の人は男の人をマッサージして、男の人はそれに合わせて神に祈っていると思ったのです。


おお、なんと無垢なコンド、なんと愚かなコンド。


コンドは、その場につかつかと歩みよりました。


『すいません。僕も一緒にお祈りをさせてください』


純粋さとは時に、無知のすげ替えでもあります。


突然の声に、男女は飛び上がりました。


飛び上がった拍子に女の人は、歯を立ててしまいました。


こんなことは義父に犯されて以来初めてののことです。


当然男は痛いのなんのって。


『痛っ!このズベ公、痛いじゃねーか』


男は痛さのあまり女の人を思い切り平手打ち。


バチーン!


『あいや、痛い。あたい、痛いのいやよ。いやなのよ』


『うっせー、こんなガキ一人にびびるんじゃねえ、ほらもう一発食らわしてやる』


バチーン!


『あいや、痛い。あたい、痛いのいやよ。いやなのよ』


『てめーふざけんてんのか、この野郎!もう一発だ!』


バチーン!


『あいや、痛い。あたい、痛いのいやよ。いやなのよ』


『てめーこれだけじゃ足りないってのか、クソ!これならどうだ!』


バチーン


『あいや、ちょっといいかも。ねえもっとぶって』


『このメス豚め。とうとう本性あらわしやがったな。ほら、こうだ、こうしてやる』


バチーン!


『ああ、あいやー、いいぃぃ』


『うっひゃひゃひゃひゃ』


バチーン!

バチーン!

バチーン!


男と女は、コンドがいることも忘れ、いえ、5歳の子供が見ているというそのことさえも快楽にしてしまったのです。


そこには狂える獣がいるだけでした。


コンドの目に映るものそれは全て真実。


でも、5歳のコンドには、無知で愚かなコンドには、純粋なコンドには、常識ならざるものでしかありませんでした。


『神父様、これは何なのですか』


コンドは自分のなかの神父様に問いかけます。


それがすごく恐ろしいもの、いやらしいものだということだけは、さすがのコンドにもわかりました。


しかし、それを自分の中に取り込むことができないのです。


コンドが記憶している全てのことと、その男女の行為は結びつかないのです。


理解できないのです。


だから、神父様に問いかけたのです。


でも、神父様は答えてはくれません。


だって神父様は、コンドの心の中にいるだけ。


コンドの心の中のもの、それが例え神父様であろうと、事実それはコンド自身でしかない。


だからコンドが理解できないものに対し、コンド自身が答えれるわけがないのです。


だれも答えてくれない。


答えすらない。


なにもない。


そのときのコンドには『僕の中にはなにもない』という実感だけが、ただあっただけでした。


そして、コンドは再び走りだしたのです。


虚無とともに。









前回、ティンカーベルの話をしたので、ピーター・パンについて少々。




ピーター・パンと呼ばれる少年の姿を、一見して皆さんは人間だと思いますか?

先がとがった耳、すごい跳躍力なのに異常に細い足。




これは似ていいるけれども、ちょっと普通の人間の姿には見えませんね。

そう実は彼、ピーター・パンは人間として描かれていないのです。

では人間ではないピーター・パンとは一体何者なのか?

この疑問は、ピーター・パンをよく知る我々だけでなく、ピーター・パンと実際闘ったフック船長さえも疑問に感じたことなのです。

ピーター・パンとの格闘に苦戦するフック船長がピーター・パンに尋ねました。

『お前はいったい何者だ?』





ピーター・パン。





彼は原作者バリの独創のよって生まれただけのキャラクターではありません。

彼にはモデルがいるのです。

彼のモデルは、ギリシャ神話に出てくる半獣の牧神『パン』。

パンは、毛むくじゃらの体に、醜い顔、頭には山羊の角があり、下半身は山羊そのもので、そこにはむき出し陰茎がぶらりと垂れ下がっている姿をしています。

パンは、性欲そのものを神格化して生まれた神様です。

獣のように理性がなく、性欲の象徴としての神が、ギリシャ・ローマ神話の中のパンなのです。





世界には男根信仰とよばれる民族信仰が、必ずといっていいほど各国にあります。

もちろん古代ギリシャにも男根信仰は存在しました。

古代ギリシャにおける男根のシンボルは、ディオニソス神に象徴されます。

このディオニソス神の姿は、陰茎そのものとして描かれることが多いことでも有名です。

またディオニソス神は、他に葡萄酒醸造を発明した神でもあります。

酒=アルコール=酔う=本能がむき出しになる=性欲。

ディオニュソス神は性欲を様々な角度からシンボリックに表現された神でもあります。

(しかし性欲に限定される神でもない。それは割愛します。)

陰茎そのものの姿で描かれる神、このディオニソスと牧神パンとはギリシャ神話において同一視されます。

だからパンは自らの性欲を隠そうともしない獣の姿なのです。





山羊の角と足をもつパンと、尖った耳に異常に跳躍力のある細い足をもつピーター・パン。

モデルにされただけあって名前と身体的特徴はとても似てます。

しかしそれは見た目の特徴だけだろう。性欲としてのパンは一体どこにいったんだ?

特徴だけあげれば、類似点をもつ事柄は、パンとピーター・パン以外にも沢山ある。

性欲があってこそパンがモデルだといえるのではないのか!

ネバーランドは永遠に歳をとらないのだから、ピーター・パンは永遠に少年なはず!

そんなピーター・パンに性欲なんてあるわけがないじゃないか!

と、そう思う方も多いでしょう。

しかし考えてみてください。

性欲とは何か。

それは若さでもあるのです。

永遠に若さを保った少年ピーターパン、それは性欲そのものを象徴した牧神パンの姿なのです。





そういえばフック船長の問いかけに対するピーター・パンの答えをうっかり忘れてました。

『お前は何者だ?』と尋ねれたピーター・パンは快活にこう答えます。






『僕かい。僕は、若さだ。活力だ』






性欲みなぎる若さのシンボル、ピーター・パン。

その敵役としてオッサンであるフック船長を登場させたことは、作者バリにとっては当然のことだったのです。






ちなみにピーター・パンになりたっかった人たちは、そのモデルとなったパンがいかなる姿をしているか知るべきです。






ピーター・パンになりたかった人、その①

初代ピーター・パン、榊原郁恵









ピーター・パンになりたかった人、その②

ある意味、本物。







ピーター・パンの原形、牧神パン (パニックの語源でもある)


彼らの目指すべき姿。