僕の会社からは東京タワーが見える。
今日も降り続ける雨の向こうに、変わりなくそれは暖色ネオンを纏って建っていた。
そんなとき、ふとリリー・フランキーの『東京タワー』は良かったなあと思い出したりした。
『東京タワー』、言うに及ばないベストセラーである名作だが、僕がこんなアホなブログで何や書かなくても、既に各種方面で取り上げられ、評価されているのは周知のこと。
しかしあえて感想を述べるとすれば、この作品はは内容云々を取り上げて褒めるよりも、男それも故郷を遠く地方に持つ男がほぼ共通して、母親に抱くであろう潜在的な思慕を喚起させる力、それが作品の中にあることを褒めるべきだと思う。
作品自体が私小説だけに、共感を求める描写が他の創作的な小説よりも多いことは否めないが、それを考慮しても尚この作品の良さは、この点に尽きると思う。
さてこんなまじめ腐った話はどうでも良いとして、今日は僕の母親のことを書いてみたいと思う。
僕は一度だけ母親と海外旅行をしたことがある。
旅先は不思議の国オーストラリア。
僕が19歳のときだから、もう11年前のことになる。
母との旅の目的は観光ではなく、当時シドニーに語学留学している弟に会い行くといったものだった。
高校を卒業したばかりの洟垂れ息子が、遠く異国でいかなる生活を送っているのが、心配でしょうがない母親たっての要望で二人して旅立ったわけだが、今考えると母親と二人きりで海外旅行というのはこの先もうないかもしれない。恐らくかなりの確率でないはずだろう。
そう思うと、この旅は僕にとっては実に思い出深いものになった。
そのときの僕の役目は通訳兼ボディーガードだった。
通訳といっても、たいして英語が話せるわけでもないのだが、母親よりも幾分マシだろうということで父をはじめ他家族から、この大任を仰せつかった。
もちろん母親も、僕に対して期待しているところがあったと思う。
日本を旅立ちシドニー空港に降りたった僕たちが、最初にネイティブな外人とファーストコンタクトをとらなければならない場面があった。
それは税関チェックであった。
ここで僕らは日本から持ち込んでいるものを説明しなければならなかった。
僕らが日本から持ち込んでいるものといえば、ほとんどが弟のために持参した食料品だった。
おかき、せんべいなどの乾き物多数、そして弟の好物である生めんタイプのラーメン数個。
これが食料品であることを伝えるのは、当然のことながら通訳である僕の役目なのだが、実際僕だって外人と会話をするのは初めてに等しい。
語学力がないうえに、緊張するのは必至で、その説明のたどたどしさといったら、もう目も当てられないものだった。
『These are Japanese foods』
とまず中一レベルの説明をしたわけだが、そんなことはお構いなしに、相手はさらに詳細を訊ねてきたのである。
『What's that ?』
『えー、This is Japanese snack.えー “OKAKI”& えー “SENBEI”』
などと頼りない返答をする始末。
僕の英語力が思った以上にないことに、母親も心配になってきたのだろうと思う。
税関員がラーメンを指差し、『What's this ?』と訊ねたときである。
僕が説明しようとしたまさにその瞬間、僕と税関員の間に母親が入ってきて、こう云ったのだ。
『ラーメン、ラーメン、ジャパニーズラーメン!』
母親の表情は、私でもこれくらいは答えられるわよと満足げだったが、当の税関員は当惑していた。
それには母親も気付いたのか、再度『ラーメン、ラーメン』と、今度は巻舌気味に繰り返した。
しかし税関員の顔はスッキリしない様子。
当たり前だ。
ラーメンは英語ではないからだ。
しかし母親はラーメンがカタカナ表記であるがために英語であると信じて疑っておらず、そして臆面もなく巻舌で言い放ったわけで、逆に『なぜわからないのだろうか、この外人は』とでも言いたげであった。
これはいけないと思った僕が、すかさず『Nudle,this is Jpanese nudle』と説明して、初めて税関員は納得したわけだが、同時に横に立つ母親も『そっかヌードルかあ、カップヌードルのヌードルね』と納得のご様子であった。
僕はそれを見て思わず大笑いをしたものだが、当の母親本人は馬鹿にされたと思い少し腹を立てていた。
11年たった今でもその母親のふくれっ面を思い出すと思わず顔がにやけてしまう。
故郷のおっかさんは今ごろ元気だろうかと、結婚を間近に控えたためか最近ふと思うことがある。
そしてそんな時は決まって、この時のふくれっ面した可愛い母親の姿を思い出す。
僕もそろそろいい歳だし、まあそれも仕方ないか。