■第3日目 7月8日 ローマ
9:00、起床。
朝食を食べたら、即外出できるように準備する。
昨日に引き続き簡素な朝食。
ホテルに宿泊している他の客は、ほとんどが英語圏の人たちのようだ。
ペラペラペラペラ。
きゃつら、見ているとパンよりもフレークを好んで食べる人が多いんだな。
これどうでもいい気付き、屁をこいて寝ろ。
本日のメインイベントはヴァチカン市国にいくこと。
10:00過ぎ、昨日と同じようにテルミニ駅に。
『今日はバスで行ってみよう』
と僕が思いつきを言ったために、駅周辺で嫁とともに立ち往生。
・・・・バスってどうやって乗るんだ?
しかも、どのバスに乗って良いのかわからず、嫁とウニウニウニウニ、ちょっといちゃいちゃしてたらもう11時半。やっとこさ、ローマ一日周遊できる観光バスのチケットを入手し、いざヴァチカンへ。
11時45分。
ヴァチカン到着。
時間もだいぶ経過してしまっているから、昼飯はbarでパニーニを買って、行儀悪く食べ歩き。
レタスをサン・ピエトロ寺院前に落とすなどしつつ。
サン・ピエトロ寺院に到着。
いやーさすがカトリックの総本山、ご立派なものです。
いやむしろご立派なのは当然。
十分の一税など中世の昔から、当たり前のように税金を搾取している宗教団体だもん。
税金取る宗教ってどうなんだ。
異端審問、魔女狩り、免罪符などやりたい放題、すき放題、中世ヨーロッパの暗黒時代を作った本拠地であり、権力の巣窟。
そういう暗の部分を隠すかのような、真白い大理石造りの寺院がサン・ピエトロ寺院。
と暗い部分を浮き彫らせて見てしまうのは、僕たちのような非キリスト教徒で、キリスト教からすればここは教皇がおわしまします神聖な場所。
別にヴァチカンが悪いといっているわけではく、信仰は見る人によって様々であるというだけ。
一神教というのは、全知全能のl主なる神に何もかもをゆだねることができる反面、その神がその存在によって人間世界を縛りつけるという側面を持つゆえに、信者個人に精神的安寧を与えるが、同時に彼らの生活にしばしば実害をもたらすシステムを有している。
中世カトリックは、このシステムをうまく利用して富と権力を増幅した。
一方、多神教においては、神は全能ではないどころか欠点もおおく、それらは非常に人間的であるために、人々は神にすがることはなく己の内面を見つめる機会を持ち、また信仰に縛られることなく合理的な環境や国家を構築できる側面を持ち合わせている。
ギリシアで哲学が生まれそして栄え、ローマで国が永きわたり繁栄を極めたのは、彼らが多神教徒であったことが大いに関係している。
どちらが良いとか悪いとかでなく、ローマという一都市の中に、地中海世界に覇権を轟かせたローマ帝国があり、また世界最大の一神教であるキリスト教の総本山がありと、相反する二つの世界が渾然一体として残っているという、そのこと自体が非常に興味深いのです。
それがローマなのです。
さてさて、それでは早速サン・ピエトロ寺院に。
総本山だけあって、入場するには金属探知機をくぐらなければならない。
そのくらいの警戒は必要やね。
列に並ぶこと20分。
サンピエトロ寺院に踏み込む。
入ってすぐに右手に人だかり。
遠めでもわかった。
その時僕の毛穴が開いた。
ピエタ。
聖母マリアにそっと抱きかかえられるイエス。
慈悲深くイエスを見つめるマリアの視線が、イエスの受難をやさしく包む。
マリアの女性的な造形と、イエスの男性的な造形のコントラストが、真白な大理石によって、より強調されていた。作者ミケランジェロの傑作にまたひとつ触れることができた。
ダ・ヴィンチと違い、芸術作品を多く残したミケランジェロ。
この万能型の天才は、自らのイメージを確実に形にすることで、我々に中世に花開いたルネサンスの一片を残した。
いろいろと書きたいところだが、芸術作品の云々を述べるのは愚でしかないことは、僕にもわかっている。
芸術作品とは、その作品に付随する情報をもって鑑賞すべきではなく、あくまでも我々個人一人称で鑑賞すべきであり、また作品の作者になったつもりで鑑賞すべきだ。
ゆえに僕の感想なりを他人に伝えるのは、ここでは避けたい。
ピエタがミケランジェロによるものだと教える前から、嫁はその作品に魅了され、懸命にカメラのシャッターを押していた。僕は、そこに芸術作品に対峙すべきもっとも大切で基本的な姿勢を見たように思う。
サン・ピエトロ寺院を進むと、そこかしこに功績を残した教皇の遺影が残っていた。
ピオ四世。
この人もローマのルネサンスを支えた一人。
サン・ピエトロ寺院を出て、次はいよいよヴァチカン美術館へ!
システィーナ礼拝堂を拝観するですよー!
と勇んだが、ヴァチカン美術館は12:30で受付終了とのこと。
その時の時間、12:50。
首尾よく締め出され、ジ・エンド。
ローマに来て、ヴァチカン美術館を見れないという最悪の事態に。
ショック。
嫁に『またここには来るよ』と、自分への慰めも兼ねて声をかけつつ。
ショック。
ショックすぎて、今日はここまで。
三日目はまだ少し続く。

























