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アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

※以前の古い事件、2月に起こった事件、前回に書き洩らした事件などを含めて新たに更新致しました。

 

 

2004年 大阪府 「実在しない寺」の名による度牒(お坊さんの得度証明書)を発行し、氏名を変更して金融会社から借金をさせた事件。

 

2009年 滋賀県 同じく「宗教法人」が借金目的の名義変更のために度牒を発行。

 

2009年 天台宗のインド人僧侶サンガラトナ師の知人を名乗って寄付を募る偽インド人僧侶に対する注意喚起が、サンガ師より天台宗各寺院に連絡される。

 

2011年 京都市内の天台宗古刹が、寺院什物・土地・建物を競売に掛け、住職が僧籍を剝奪される。寺院は名称(宗教法人格)だけ残して、他の宗教団体に売却される。

 

2012年 修行の厳しさに耐え兼ねて京都の有名な禅宗の僧堂を抜け出した僧籍のある男が、京都のインターネットカフェで他人の健康保険証を盗むなどして逮捕される。

 

2013年 京都の臨済宗の某門跡寺院の住職が、霊感商法的に信者に仏像を販売して訴えられる。

 

2015年 寺門宗系の僧侶が弟子に法名を与える形で、度牒(得度証明)を使った詐欺を行う。ちなみにこの手口による同様の事件は非常に多い。

 

2013年 京都のとある禅宗系の尼門跡 霊感商法まがいの行為により住職が逮捕。

 

2018年 奈良県 華厳宗僧侶による強制わいせつ。

 

2018年 京都 浄土宗の寺院 塔頭内で次期住職の座を巡る脅迫事件など。

 

2019年 大阪府 浄土真宗の住職によるあおり運転事件。

 

2019年 京都府 僧侶による強制わいせつ。

 

2019年7月 京都市内の天台宗の有名観光寺院の役僧が、路上で女性に良からぬ行為を働き逮捕される。

 

2019年10月 大阪市阿倍野区の真言宗の有名寺院の住職一家が行方不明になり、寺が競売に掛けられた。

 

2021年4月 茨城県の日蓮宗寺院住職が、交通トラブルの相手をボンネットに乗せたまま車で逃走。

 

2021年 香川県 僧侶による強制わいせつ。

 

2021年 京都府 僧侶による強制わいせつ。

 

2023年6月 鳥取県内の僧侶が母親に暴力。

 

2023年7月 東京都の臨済宗寺院住職が他人の妻に横恋慕し、別れさせ屋を使って違法なことを画策。

 

2023年8月 栃木の臨済宗寺院住職が、坐禅に誘った女性の身体を警策(坐禅指導のための禅杖)で触って逮捕される。

 

2023年9月 京都市内の天台宗の有名観光寺院の役僧が、盗撮目的で女子トイレに入り逮捕。

 

2023年10月 東京の寺院住職が境内墓地の経営を委託した霊園業者とのトラブルで、その墓地の地下納骨堂で練炭により殺害される(事件そのものは7月に発生)。

 

2023年12月 岐阜県各務原市の真言宗系の寺院に勤める僧侶が大麻所持で逮捕される。

 

2023年12月 茨城県つくばみらい市の浄土宗寺院の僧侶が女性に対する暴行罪で逮捕される。住職の息子であるこの僧侶は以前から同様の余罪で問題を起こしていたとのこと。

 

2024年1月 四国の天台宗寺院住職が得度させた女性を長年に渡って心身共に支配。当該住職と住職を女性に紹介した回峰行者を懲戒処分にするよう、本山に訴える(2024年11月、天台宗はこの二人の男性僧侶に対し、懲戒審理が相当という判断を示す)。

 

2024年10月 日蓮宗の一派である本門仏立宗の寺院で師僧が弟子の尼僧に性暴力。逮捕されていたのは5月だが、上記の天台宗事件に触発された被害者が会見し、10月に発覚。

 

2024年11月 前年7月に東京の寺院住職が霊園業者とのトラブルで練炭により殺害された事件の初公判が行われ、犯人が起訴内容を認める。

 

2024年11月 天台宗で得度した男性芸人千原せいじ氏(法名・靖賢)が、仏教系一般社団法人「日本仏教協会」(公益財団法人「全日本仏教会」とは全く関係のない団体)の顧問に就任したとのニュースが報じられる(追記:2025年に退任)。

 

2024年11月 大阪の浄土真宗本願寺派の寺院で住職の死後も同寺の役僧だった僧侶が住職を名乗り法務を続けていた件が「僧侶なりすまし事件」として報道される。

 

2024年12月 草津市のスーパー銭湯で京都市の僧侶が、男子中学生を撮影して逮捕される。

 

2025年1月 大津市の円満院門跡を懲戒解雇された僧侶2人が寺側を訴える。事件は約3年前のものだが、この度、判決があったのでニュースとなる。この事件は派遣僧侶に関する興味深い問題点を含んでいるように思う。

 

25年2月11日 京都にある浄土真宗大谷派が運営する僧侶の養成機関「大谷専修学院」の指導主事と指導が、同意なく役職の異動換を命じられたのを不服として、宗派を訴える。

 

※以上の内、本願寺派僧侶のなりすまし事件、大谷派の学院事件、および先日書かせて頂いたインドの鶏足山を尊足山と呼ぶ件については、インドにお詳しい知り合いの真宗僧侶の方が、近々インドに行かれるそうなので、一度お聞きしてみようと考えています。

 

 

 

 

                   おしまい。

 

「ホームページ アジアのお坊さん 本編」もご覧ください。

 

先月のことだけれど、ガザ地区から解放された人質のタイ人が、もしも無事に解放されたら出家するとブッダに祈っていたので、解放後、実際に出家したという報道があった。また、息子が解放された後のニュースで、もしも無事だったら出家させますとお寺参りの時にお願いしていたのだと語る父親の姿もテレビで見た(บวช ブアット=出家する、得度する、というタイ語を父親が口にしていた)。タイでは子供が出家するのは何よりの功徳で、また災難に見舞われた後は厄払い的な意味で出家得度することもよく行われると、日本のニュースでも解説されていた。

 

前回このブログで、なぜお寺の出身でない自分がお坊さんになりたかったのかを書かせて頂いたが、私がお坊さんになれたのは、ごくごく普通の檀家寺の住職である私の師匠が、突然飛び込んで来た私を弟子にして下さったからで、それについては本当に感謝してもし切れない。

 

そして比叡山で得度させて頂いた後、師匠は得度式の感想文を書くように私に言い、それをお山に提出したら、優秀な物が宗報か何かに載るからとのことだったのだが、結局、採用されたのはお寺の子弟らしき小さな子供たちの素直な文章ばかりで、「今昔物語集」における出家の功徳を述べたエピソードを引用し、老翁が残り少ない寿命であるにも関わらず得度したいと願ったことを神々さえも喜んでその功徳に預かろうとした話を、我が身の出家に引き寄せて書いた、私のひねた文章は採用されもしなかった。

 

その上、今昔物語の頃の日本や現代のタイのように、家族が出家することが七代後までの功徳だと思って喜ぶ身内も私にはおらず、大反対された挙げ句の得度ではあったのだけれど、上記に述べたタイのニュースを見て出家の功徳を思い、今昔物語集19-12や宇治拾遺物語の「出家功徳」の話を読み直しながら、何としてでもお坊さんになれたことを、そしてその後にタイでも得度して修行できたことを、心の底から改めて嬉しく感じた次第。

 

 

                 おしまい。

 

「ホームページ アジアのお坊さん 本編」もご覧ください

 

 

 

※AsiaNewsの記事より

 

「From Gaza, while he was held hostage by Hamas militiamen, he said he begged Buddha every day to get him out of that hell alive. There,' he added, 'he made an oath to himself: if he managed to save himself, he would become a monk. On 15 January, Natthaporn was ordained a monk in Ban Nongsang, Nakhon Pathom province.」

先日、インド仏跡巡拝の動画を配信しておられるお坊さまにちなんで鶏足山のことを書かせて頂いたのだが、普段インターネットの動画など見ない私がそこに気づいたのは他でもなくて、とあるテレビ番組でお坊さんになりたい小学生の特集があったということを人から教えて頂き、その子供がインターネットの動画を見て憧れたというご僧侶のことを検索してみたら、鶏足山を尊足山と表記している動画に行き当たったからだ。

 

その番組を教えて下さった方が、お坊さんに憧れてお坊さんになったという私のことを、あなたもあんな子供だったのでは? と仰ったのだが、いかんせん、私はそんな素直にお坊さんに憧れ、お経を覚えたり唱えたりするような可愛らしい子供ではなかったはずだ。

 

私は実在の、家にお経を上げに来たり町で見かけたりする生身のお坊さんにではなく、昔話に出て来る旅のお坊さんにこそ憧れた。日照りに苦しむ村に辿り着いた旅の僧が杖で岩を突くや否や、岩から清水がこんこんと湧き出す、そんな昔話のお坊さんに。

 

そして私はまた、国語辞典の「鳳凰」や「鬼」や「河童」といった項目の挿し絵を見るのが好きだった。また、小学校の図書館にあった「なぜなに百科事典」という本を見るのも好きで、そこには昔の人が考えた、世界の果ての絵なども載っていた。それは水平線の向こうが滝になっていて、深みに魔物が住んでいるような奇妙な絵だった。

 

或いはまた、子供たちの間で神さまって本当にいると思うか? という議論がなされることがあったが、そんな時、私たちは漠然と、白い髭を生やした西洋風の神さまを想像していたように思う。そして私だけが幾つになってもその疑問を胸に抱え続けて大きくなった。

 

小学校の低学年の頃は幽霊やお化けが怖くて、ドラキュラには十字架やニンニクのような弱点があると知った時には本当に嬉しかったものだ。或いはお化けが怖いくせに、当て物の景品として手に入れた骸骨のおもちゃを大事にしていたのだが、年長の子供たちに、そんな物をいつまでも持っていたら呪われるぞと脅されて捨てさせられ、悔しく思うと同時に呪いとは何なのかという疑問が噴出したものだ。

 

小学校の高学年になると、「学校の怪談」なるものの正体は「噂が噂を呼ぶ」ことではないかと思い、友達と一緒に新しい怪談を捏造して他の同級生たちに話してみたが、演技力に欠けていたためか、噂は一向に広まらなかった。

 

その頃のことだ。高野山の林間学校でもらった冊子に五輪塔の説明があり、5つの文字が宇宙を表していると書いてあったので驚いた。文字で宇宙を表現できるとは!

 

そう言えばその林間学舎で宿坊の世話をしてくれた何人かの修行僧の内、無口でちょっと取りつきにくそうな19歳のお坊さんに、さして積極的な性格でもない私が、なぜかその五輪塔の載っていた冊子の余白にサインをしてもらった記憶がある。生身のお坊さんに憧れた記憶はないし、その方を見てお坊さんになりたいと思った訳でもないのに、私はまあ一体なにゆえに修行僧のサインをもらったりしたのだろう。その冊子は失くしてしまったし、そのお坊さんの名前も一向に思い出せないのだけれど。

 

さてまたその後、高校入学直後のこと、地理の教科書に古代の世界地図がたくさん載っていて、その中にギリシャ人の考えたオケアノスの絵があった。海洋が大陸を丸く取り囲むこの世界観こそが、子供の時に見た「なぜなに百科」の世界の果ての挿し絵の原型だったに違いないと気づいたその頃から、私は忽然と宗教や伝説のことを研究し始め、そんな本ばかりを読むようになった。昔話や伝説の舞台となったお寺や史跡も少しづつ巡り始めた。出家してお坊さんになりたいと思ったのは、もう少し後のことだ。

 

その夢はすぐには適わず紆余曲折を経たが、今思えばそう何年もせずにお坊さんになることが出来た。子供の頃の私がお坊さんになろうと思ったのは、以上のような次第だ。

 

 

 

                 おしまい。

 

※ 「ホームページ アジアのお坊さん 本編」もご覧下さい。

インドの仏跡巡礼の様子を配信しているお坊さんの動画の中に「摩訶迦葉尊者にちなむ仏跡・尊足山」という文字があったのだが、摩訶迦葉ゆかりの仏跡と言えば「鶏足山」ではないのか? と思って調べてみたら、鶏足山のことを尊足山とも呼ぶらしい。

 

寡聞にして知らなかったのは私の浅学ゆえなのだけれど、だがしかし、昔から摩訶迦葉が入定したのは「鶏足山」とするのが一般的だったのではなかろうか? と思って先ずは「大唐西域記」を調べてみたら、なるほど、確かに尊足山という言葉が見える。

 

「鶏足山の旧跡 吒播陀(クバダ)山(原注 唐に鶏足と言う)に至る。また窶廬播陀(グルパダ)山(原注 唐に尊足と言う)とも言う」

 ー 「大唐西域記 3」(平凡社 東洋文庫)112頁 より

 

そして玄奘は、迦葉尊者を敬してこの山を尊足と呼ぶのだとして、その後に、弥勒下生時にこの山で入定した摩訶迦葉が再び現れるという伝説を記している。

 

さて、続いてインターネットを見てみると、先ずインド仏跡旅行を扱っている旅行会社のサイトを始め、「鶏足山」を「尊足山」と表記しているものが複数あるし、また龍象寺というお寺さんのホームページに「尊足山(鶏足山)参詣」という見出しの高野山時報が載っている。

 

一方で「つながる!インディア」というサイトの中にブッダガヤインド山日本寺の先輩であるご僧侶が、「マハーカサッパ(摩訶迦葉尊者)の霊山 鶏足山」という記事を書いておられたので、抜粋させて頂くことにする。

 

ー「その山は「鶏足山(けいそくざん)」現地では「グルッパ・ギリ」、かつては「ククパタ・ギリ」と呼ばれています。インド国鉄ガヤ駅の東、グルッパ駅の南1キロほどにそびえ、ニワトリの様な形をした岩の山頂を望む事が出来ます。」

 

ところで、上に述べたように、56億7千万年後の未来に弥勒菩薩がこの世に出現する日まで、摩訶迦葉がこの山でブッダの遺品を預かって待っているという伝説があるのだが、韓国の通度寺の境内には、それにちなんだ摩訶迦葉の奉鉢塔というものが建っている。

 

また、星野之宣氏の漫画「宗像教授異考録」の中の「大天竺鶏足記」という短編にも鶏足山と摩訶迦葉が登場するし、大本教の出口王仁三郎が自身を弥勒菩薩になぞらえるのに当たって影響を受けた神道霊学者の大石凝真須美(おおいしごりますみ)はその著作の中で、鶏足山の出て来る弥勒菩薩下生経について触れている。

 

ちなみに、鶏足山と弥勒菩薩の伝説については、南方熊楠著「十二支考」の「鶏に関する伝説」にも詳しい記述がある。

 

そんな訳で、「鶏足山」で良いのではないかと思うのだけれど、如何でしょうか?

 

                 おしまい。

 

 

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松田道弘氏の奇術とミステリに関する随筆「とりっくものがたり」に、アイザック・アシモフ「黒後家蜘蛛の会」の一編「ロレーヌの十字架」のことが載っていて、そこにラリという奇術師が演じるトリックのことが記されていたのを10代の頃に読んだ。

 

そして、この程はじめて「黒後家蜘蛛の会 1」を読んでみたら、とても面白い。読み終わってから、瀬戸川猛資氏の「夜明けの睡魔」を確認してみたら、「黒後家蜘蛛の会」のことを「これは短篇ミステリの連作として近年最高のものである」と書いてあったのだが、瀬戸川氏の仰っている「黒後家蜘蛛の会 1」の最終話「死角」などは本当に素晴らしかった。

 

だがしかし、肝心の「ロレーヌの十字架」が収録されているのは「黒後家蜘蛛の会 3」であり、第1巻が面白かったからと言って「黒後家蜘蛛の会 2」をわざわざ全作よむのはちょっとしんどい。そこで「ロレーヌの十字架」の入っている第3巻の「黒後家蜘蛛の会 3」だけを図書館で借りて読むかどうかを、現在、思案している最中だ。

 

                      おしまい。

 

「アシモフの描くラリという奇術師の演技はクロースアップ・マジックはかく演ずべしという演出のお手本です。文句のつけようがありません」

 ー 松田道弘「とりっくものがたり」(筑摩書房)より

 

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