この連休中に大峰奥駆け道を単独で登山して遭難した50代の男性が、この度、無事下山していたとのニュースが報じられた。信仰の山とは言え、(山上ケ岳だけは今だに女人禁制ながら)一般の登山者でも自由に歩け、登山ガイド本なども出版されている奥駆け道ではあるが、この山道での遭難はなかなか後を絶たない。
天台寺門宗系の本山派(聖護院系)は熊野から吉野・大峯へと抜ける順の峰入り、真言系の当山派(醍醐寺系)は吉野・大峯から熊野へ向かう逆の峰入りという違いがあり、またそれらとは別に那智山の現ご住職が熊野修験の復興に力を注いでおられて、昔、一緒に奥駆けに参加しないかと誘って下さった時には、ご縁が熟さず果たせなかったものだ。
その後、各地で修行を続け、寝袋を担いで托鉢行脚を繰り返していた頃に、今度は一人で奥駆け道を歩こうかと意気込んだのだけれど、あの山だけは先達もなしに一人で登るなと、人に言われて断念したことがある。この度のニュースを見るに付け、あの時に私の若気が昂じず何よりだった。
役行者(えんのぎょうじゃ)が吉野山を開く時、本尊にふさわしい仏の示現を祈念したら、まず最初に現れたのが釈迦如来、それでは末世の衆生を導くのには穏やかすぎると思った行者が祈念し直したら、次に現れたのが弥勒菩薩、それでもまだ納得が行かない行者がさらに祈念して現れたのが、憤怒の表情も怖ろしげな蔵王権現。
役行者はいたく満足し、蔵王権現は今に至るまで、吉野の金峯山寺のご本尊だが、さらに別系統の伝承では、釈迦、弥勒の他に千手観音が現れたとするバージョンもあって、役行者の験力の凄さよりも仏の慈悲深さ、忍耐強さは流石だなあと思って昔に詠んだ拙い川柳一句、
行者には 仏も顔を 四度まで
おしまい。
※「比叡山と大峯山…二つの千日回峰行」もご覧ください。
※「ホームページアジアのお坊さん本編」もご覧ください。